2030SDGsで変える
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2分間に1人が命を落とす感染症“マラリア”をなくすために──「世界マラリアデー」イベントレポート

更新日 2022.02.03
目標3:すべての人に健康と福祉を
目標6:安全な水とトイレを世界中に
目標13:気候変動に具体的な対策を

世界でもっとも小さく、もっとも強い殺人兵器と呼ばれている生き物がなにか、みなさんはご存じでしょうか。
 
その正体は──“蚊”です。
 
蚊は、マラリアの病原体である寄生虫を媒介し、2分間に1人というペースで子どもの命を奪っています。現代医療では予防可能、治療可能であるものの、途上国では依然として広まり続けているのがマラリアという病気なのです。
 
そんなマラリアについての正しい知識を確認し、社会に周知するため、2018年4月25日(世界マラリアデー)、東京・四谷の上智大学で『ZEROマラリア2030キャンペーン2018  狂言「蚊相撲」と日本のマラリア』というイベントが開催されました。
 
イベントでは、専門家がマラリアについての講演やトークセッションを行ったほか、狂言師による“蚊”を題材にした狂言の上演も行われました。参加者・登壇者の垣根を超えて大盛り上がりとなった、当日の様子をレポートします。

世界のマラリアの感染者数は、年間約2億人にのぼる

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この日のイベントは、上智大学国際協力人材育成センター所長の植木安弘さんの言葉で幕を開けました。
 
「世界では、マラリアで2分に1人が亡くなっていて、年間の感染者数は約2億人に及んでいます。マラリアは日本にはあまり関係のない病気だと思われがちですが、途上国では非常に身近な問題です。
 
一例を挙げると、1999年に東ティモールがインドネシアに併合するかどうかの住民投票を国連が行ったとき、私も国連の政務官として現地に行ったんですね。国連の文民職員、約1000人が3ヶ月間現地に滞在したのですが、その中でなんと100人がマラリアにかかってしまいました。マラリアというのは、途上国ではそのくらい簡単に罹患(りかん)してしまう病気なんです。
 
上智大学では、エイズ、結核、マラリアという3大感染症の対策を行っているグローバル・ファンド(世界基金)事務局長による講演会を開催したところで、また、日本の企業なども蚊を寄せ付けない薬品を含んだ蚊帳を途上国に配るなど、さまざまな形でゼロマラリアに向けた取り組みを進めています。マラリアの撲滅には、政府や教育機関の協力ももちろんですが、民間の方々のサポートも欠かせません。このようなキャンペーンへの支援を、これからも引き続きお願い致します。」
 
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続いて、マラリアという病気の概要と、日本はこれまでどのようにマラリアとつき合ってきたかについて、国立研究開発法人国立国際医療研究センター(NCGM)研究所 熱帯医学・マラリア研究部長の狩野繁之さんが解説しました。
 
「マラリアという病名の由来は、ラテン語にあります。“Mal aria”は英語でbad air、つまり“悪い空気”という意味。これは、マラリアが流行り始めたころ、まだ感染の原因が分からず、“悪い空気”として漠然と恐れられていたことを表しています。
 
マラリアが蚊によって媒介される、と発見されたのは1890年代のことです。イギリスの医師ロナルド・ロスが、その発見によって1902年にノーベル賞を受賞しています」
 
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狩野さんはここで、クイズ形式で会場に問いかけました。
 
「マラリアを媒介するのが蚊であることは、もうみなさんご存じだと思います。では、その他の感染経路は知っているでしょうか?
 
たとえば、トラのような動物に噛まれたら、マラリアに感染すると思いますか? 答えはノーです。では、注射器を介した感染はどうでしょう? ……そうですね、マラリアの感染者に打った注射器を他の人に使い回したら、その人も感染してしまいます。途上国では、薬物の回し打ちで感染するという例が多いです。
 
では、輸血は? 答えはイエスです。過去1年以内にマラリアにかかった人やマラリアの流行地に行った人は、輸血ができないというルールがあります」
 
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そして、感染症の対策には、感染経路と病原体をしっかりと認識することがなによりも大切だと狩野さんは語ります。
 
「マラリアの病原体は細菌やウイルスだと勘違いしている人もいるのですが、そうではなく、寄生虫です。寄生虫のなかのマラリア原虫という、赤血球に寄生するものが病原体です。
 
マラリアは、感染経路と病原体が見つかったことで2000年までには撲滅されるだろうと言われていたのですが、非常に残念なことに、世界すべてのエリアでいまだに排除できず、具体的には、2016年では世界91カ国で年間2億1600万人が感染し、年間44万5千人が死亡している状況です。
 
WHOは、2030年までにマラリアの感染者数を限りなくゼロに近くするという“ゼロマラリア”を掲げています。もちろん、なんとしても達成しなければならない目標なのですが、現状の感染者数の推移を見ているととても心配です」
 
日本ではあまり関わりのない病気のように思われるマラリアですが、古くは平安時代、源氏物語のなかに「瘧(おこり)」という病名で登場したり、江戸時代にも青森県でも大流行を起こしていたといった解説がされると、会場の参加者は頷きながら狩野さんの話に耳を傾けていました。
 
「日本はずっとマラリアに苦しんできましたが、本州では1959年に当時アメリカの統治下にあった沖縄でも1961年に撲滅に成功しています。マラリアをなくしたという経験を、世界のなかで生かしていきたい。そして、2030年の“マラリアゼロ”に貢献したい、と思っています」

マラリアを媒介する“蚊”をテーマにした落語と狂言も

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次に登壇したのは、「ゼロマラリア賞」の2018年の受賞者となった、落語家の桂歌助さんです。
ゼロマラリア賞とは、ゼロマラリアに向けて活躍している人や団体を毎年、認定NPO法人Malaria No More Japanが表彰するという取り組み。桂歌助さんは、蚊を題材にした古典落語「蚊戦(かいくさ)」に狂言の「蚊相撲」をかけ合わせ、創作落語「蚊相撲」を作り上げた功績が評価されました。壇上で、Malaria No More Japanの水野達男事務局長から賞状が贈られました。
 
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続いていよいよ、桂歌助さんの創作落語の素ともなった狂言「蚊相撲」が、能楽師狂言方の大蔵基誠さんによって上演されました。
 
「蚊相撲」は、大名が“蚊の精”と相撲をとるというユーモラスな演目です。狂言自体が初体験という参加者も多く、迫真の演技に見入っていました。狂言の前後には大蔵基誠さん自らが演出をしたコントも上演され、そのなかで狂言が650年前から続く日本最古のコメディであることも伝えられました。
 
大蔵基誠さんは演じた後、この演目にかける思いをインタビューで語ってくれました。「『蚊相撲』で描かれているように、日本人にとっては大昔から蚊が脅威であったというのは興味深い事実ですよね。日本ではマラリアは撲滅されたとは言え、世界に目を向ければまだまだ亡くなる方も多く、他人事ではないなと思います。ただ、啓蒙活動としては、狂言のような形で笑いを交えて紹介することで、マラリアに興味を持つ第一歩を踏み出してもらえるんじゃないか、と思っています」

アジアでのゼロマラリアを達成するため、日本社会にできること

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狂言に続いて会場では、アジアでのゼロマラリアを達成するために、日本社会になにができるか? をテーマにしたトークセッションが開かれました。
 
登壇者にはビル&メリンダ ゲイツ財団日本代表の柏倉美保子さん、国連開発計画 駐日代表の近藤哲生さん、上智大学総合人間科学部看護学科准教授の武井弥生さんを迎え、モデレーターは朝日新聞社の石田一郎・マーケティング本部長が務めました。
 
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まず、上智大学総合人間科学部看護学科准教授の武井さんが、過去、マラリアの流行国であるエチオピアを医師として訪れた経験から、実際に対面した患者の様子を紹介しました。
 
「アフリカの角と言われるエチオピアの病院では、雨季はマラリアの患者が非常に増えてしまうので、家族でひとつのベッドをシェアするんです。たとえばこの写真の患者は一家のお母さんなのですが、頭痛薬が行き渡っていないので、ハチマキをすることで頭痛を抑えています。
 
また、写真の奥のベッドに寝ている女性は妊婦さんです。妊婦がマラリアになると、脳マラリアという状態になりやすく、赤ちゃんは残念ながら亡くなってしまいます。このケースでは非常に残念ながら、お母さんも亡くなってしまいました」
 
そして武井さんは、こうも語ります。
 
「日本ではマラリアと聞いても、あまり馴染みがないという人が多いと思います。でも、日本にも昔あった病気ですし、地球温暖化もマラリアの蔓延の原因になりえます。マラリアは、決して遠い病気ではありません。ぜひ今日ここにいらしたみなさんが、“マラリアって遠いようで近い病気だ”と周りの人に話してくれればと思います」
 
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次に、国連開発計画 駐日代表の近藤さんは、日本の企業や政府の取り組みについて述べました。
 
「私は、マラリアで亡くなる人が集中している地域、アフリカのサブサハラという場所に3年半勤務し、マラリア・結核・エイズという3大感染症を撲滅させるためのプログラムを実施していました。マラリア撲滅のための取り組みとしておもに行ったのは、蚊帳と抗マラリア薬の配布です。
マラリアというのは、そういった努力の積み重ねによって一時、犠牲者が減っても、その手を少しでも緩めると翌年には元のレベルに戻ってしまうという怖い病気です。
 
国連開発計画では、WHOやユニセフと協力してマラリア撲滅のための取り組みを行っています。そこでは政府や国際機関だけでなく、さまざまな日本企業が重要な役割を果たしているんです。マラリア撲滅のために重要なことは3つあって、ひとつは蚊を寄せつけないこと。この分野で言うと、住友化学が殺虫剤を蚊帳に浸み込ませて長くもたせるという技術を開発しています。そういった企業のイノベーションが必要不可欠なんです。
 
2つ目は、創薬。マラリアのワクチンの開発が待たれていますが、日本企業がもっとも製品開発に近い場所にいると言われています。そして、3つ目が診断技術の発達。マラリアにかかってしまったときにすぐに診断できる状況をつくるということですが、これも同じく、日本企業に大きな期待が寄せられています」

本当に必要としている人たちに、治療薬が行き渡るために

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さらにビル&メリンダ ゲイツ財団日本代表の柏倉さんが、ビル&メリンダ・ゲイツ財団の取り組みを紹介しました。
 
「ビル&メリンダ・ゲイツ財団では、最貧困国の最貧困層への支援を重点的に行い、約5000億円をグローバルヘルスやグローバルディベロップメントに投資しています。
 
特に日本に期待するのは、やはり民間企業の新薬の開発です。企業の持つイノベーションにより磨きをかけてもらいたいですし、ゲイツ財団も、さまざまな企業に資金を提供したいと思っています。薬が、途上国で本当にそれを必要としている人に届ききっていない現実があるので、それをなんとかしたいですね」
 
また、ビル&メリンダ・ゲイツ財団が2030年ではなく2040年をゼロマラリアが達成される目標年としていることについて、柏倉さんはこう言います。
 
「マラリアの死亡者は減ってきていますが、ここ数年を振り返ってみると、なかなか罹患者は減っていない。その難しさに直面して、やはり2030年にゼロマラリアにというのは少しハードルが高いなと思っています。リアルなデータを取り続け、課題に真正面から向き合うことがより効果的で効率的だと考えています」
 
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こうした登壇者からの話を受け、モデレーターの朝日新聞社・石田本部長は、
 
「今日会場にいらした方にはぜひ、帰ってからマラリアについて周りの人に啓蒙してほしいと思っているのですが、この問題がなかなか広まらない一因は我々メディアにもあるのかな、と考えています。朝日新聞が過去3年間で報じた3大感染症にまつわるニュースの見出しを調べてみたら、エイズにまつわる見出しは89件、結核にまつわる見出しは88件で、マラリアは17件でした。メディアもこれまで以上にしっかり取り組んでいかなければいけない、と強く思わされました」と述べました。

住環境や地球温暖化も、マラリア蔓延の見逃せない一因

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さらに、会場からの質疑応答の時間も設けられました。
 
「成虫ではなく、ボウフラの段階から蚊を増やさない対策も行われているのか」という会場からの問いに、イベントに参加していた住友化学株式会社代表取締役 兼 専務執行役員の西本麗さんが、「化学剤・生物剤などの対策法はもちろんありますが、なによりも住環境を綺麗にしてゆく、コミュニティを整備してゆくことが重要だと考えている」と答えました。
 
「近年、アフリカで特にマラリアの死亡者が増えてしまっている理由」についての質問に、NCGM研究所 熱帯医学・マラリア研究部長の狩野さんは、「診断システムの向上で患者が見つけやすくなったことと、メコン川流域に絞ると、薬剤耐性マラリアや蚊の抵抗性の問題があることが挙げられる」と分析しました。
 
また、「そもそもマラリアにかからない蚊を作り出すことはできないのか」という問いも。ビル&メリンダ ゲイツ財団日本代表の柏倉さんが「今まさに、イギリスの大学や研究機関と協力し、蚊の幼虫を成虫にしないようにすることで、マラリアを運ばない媒体にできないかという研究を行っている」と紹介すると、参加者はメモをとりながら興味深そうに聞き入っていました。
 
質疑応答を受けて、モデレーターの石田本部長がまとめました。
 
「さきほど柏倉さんからお答えがあったイノベーティブなことから身近なことまで、解決策へのアプローチは多様だということがあぶりだされたと思います。トークセッションのなかで武井さんからご指摘があったように、ぜひ、みなさんの周りの方々とこの問題について話し合うことから始めてください。
 
そして今日は、産官学、マルチセクターの方がお見えになっています。近藤さんのプレゼンテーションでSDGsの17の目標が示されましたが、3番の『すべての人に健康と福祉を』だけでなく、1番の貧困や4番の教育、13番の気候変動などいくつもの課題解決がマラリア撲滅につながっていくのだということもお話の中でわかってきました。どのセクターにいらっしゃっても、マラリア撲滅に貢献できる、ということをみなさんと確認したところでこのトークセッションを終わりにしたいと思います」。
 
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イベントの最後に、住友化学株式会社代表取締役 兼 専務執行役員の西本麗さんが登壇しました。
「ここ数年、マラリアの患者数を減らすスピードが残念ながら落ちています。資金の問題や医薬品、殺虫剤への抵抗性など課題は多くありますが、希望が持てるのは、さまざまな国の首脳がマラリア対策への強い意志を表明していることです。大手の化学会社5社も今週マラリア撲滅へのコミット宣言を行っていますし、ゲイツ財団からも積極的な資金援助をしてもらえています。会場のみなさんにも、引き続きマラリアに関心を持ち続けてほしいと思います」
 
こうした西本さんの力強い言葉で、イベントは幕を下ろしました。
 
マラリアが蔓延してしまう原因には、地球温暖化といった環境要素も含まれます。国連が掲げる世界目標「SDGs」のなかで、マラリアなどの感染症が大きく関わるアジェンダは3番目の「すべての人に健康と福祉を」です。
 
しかし、これだけでなく「気候変動に具体的な対策を」、「安全な水とトイレを世界中に」といった目標も、すべてマラリアを始めとした感染症の予防に関わってくるのです。
 
それらの目標を叶えるためには、まずはマラリアという病気の現状と対策がいま以上に広く知られることが必要不可欠です。日本にはもう関係のない病気、と関心を寄せないのではなく、まずは身近な周りの人たちに、マラリアについてみなさんが知ったことを話してみてはいかがでしょうか。
 
「SDGs」について、詳しくはこちら:SDGs(持続可能な開発目標)とは何か?17の目標をわかりやすく解説|日本の取り組み事例あり
 
<編集>サムライト <WRITER>サムライト

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