2016年6月23日。
日本のクラブカルチャーシーンにおいて、「歴史が変わった」と言うべき出来事が起きた。その出来事とは、風俗営業法の改正。全国の関係者から、「ようやく安心して夜通し踊ることができる」という安堵の声が上がった。
改正は、ただ天から降ってきたわけではない。弁護士やクラブ関係者、そしてクラブを愛する一般の人々による様々な働きかけがあった。6月21日の夜、東京・渋谷のクラブ「SOUND MUSEUM VISION」で開催された「ナイトカルチャーが引き出すTOKYOの魅力 ~6・23風営法改正で何が変わるか~」では、その中心人物となったZeebra氏(ヒップホップ・アクティビスト)、斎藤貴弘氏(弁護士)をゲストに迎え、著書『ルポ風営法改正~踊れる国のつくりかた~』(河出書房新社)がある神庭亮介(朝日新聞デジタル編集部記者・編集者)をコーディネーターとして、風営法改正までの道程をたどった。
旧風営法において、「踊らせる」行為は違法だった
DJが流す大音量の音楽に合わせて、夜通し踊る。
人々がクラブに対して持っているイメージは、きっとこういうものだろう。しかし、こうした営業は、かつての法律では“違法行為”だったのだ。
「旧風営法においては、無許可で客にダンスをさせると、2年以下の懲役か200万円以下の罰金。もしくはその両方が科されていたのです」神庭記者はそう語る。
風営法を守るために、クラブ関係者は“異質”とも思える対策をとっていた。「本来はダンスを踊ることが目的のダンスフロアで、『No Dancing』というポスターを貼り、踊らせていないという建て前を示していた」という。
2010年代に入ってから急激に摘発の件数が増え始める。大阪でクラブの一斉摘発があり、それが京都へ。そして全国へと波及していったのだ。
それに対し、クラブを愛する人々も黙ってはいなかった。
「この法律はおかしい。なぜダンスをする場所を規制されなければいけないのか。そう考えた人たちによって署名運動が始まり、『Let's DANCE署名推進委員会』が発足しました。委員会の呼びかけ人には、坂本龍一氏、大友良英氏、いとうせいこう氏といったビッグネームも名を連ねていたのです」と神庭記者は続ける。
署名運動は大きなムーブメントとなり、最終的には15万筆もの署名が集まった。それと呼応するように、超党派の国会議員から構成される「ダンス文化推進議員連盟」が発足。その連盟に署名が手渡され、政治の場でも議論がなされた。
起こったのは署名運動だけではない。アーティストとしての立場から、そして法律の専門家としての立場から、法改正のために活動し続けた人々がいたのだ。
「MCもDJもまずはゴミ拾いから」Zeebraが仕掛けた文字通りの浄化作戦
署名運動と並行して発足されたのは、Zeebra氏が会長を務めている「クラブとクラブカルチャーを守る会」だ。アーティストやDJ、MCなどから構成されているこの組織は、「PLAYCOOL」というマナー啓蒙キャンペーン活動を行っている。
「深夜に泥酔して叫ぶ、ゴミをポイ捨てするなどのマナーの悪さが、クラブ関係者に対する批判を招いてきました。それを払拭するため、クールに遊ぼう。カッコイイ遊び方ってなんだろう、と考え直すための取り組みです」だとZeebra氏は語る。
会の主な活動のひとつが、月に1回ほどの早朝清掃だ。朝6時に、クラブがひしめく東京・渋谷にメンバーが集まり、一斉にゴミ拾いを行う。
「法改正のための運動がなかなか進まない時期、自分たちも何かをやりたいけれど、やれることがない歯がゆさを感じていた。まずはゴミ拾いだったら自分たちでもできる」。そう思ったのが、活動のきっかけだという。
こうした活動をする上で、何より大事なのは「対話すること」。Zeebra氏はそう訴えかけた。
「クラブカルチャーと一口にいっても、その中には色々な立場、考え方の人がいます。その人たちときちんと対話し、意見を聞いていくことが重要。そうすることで、人々の信頼を得ながら活動をしていくことができたんです」
関係者とのコミュニケーションを通じて、活動は少しずつ人々の心を動かしていったのだ。
経済性と発展性。斎藤弁護士の“理”がもたらした空からの力
そんな中、法律の専門家という視点から“監督役”のような立場で活動を取りまとめたのが、斎藤弁護士だ。
「一般的には、警察や国会議員と話をしに行っても、話も聞いてもらえません。扱っているテーマが非常にマニアックでしたし、当時クラブ関係者がたくさん摘発され世間では悪者扱いされていたこともありましたから。ある時なんて、『夜は寝るもんだ』と国会議員に皮肉を言われたこともありました」
法改正のための提言をするには、まずは自分たちの存在価値を世の中に示す必要があった。そういった部分で、署名運動の高まりや、著名なアーティスト達のサポートは大きな助けになったという。
「自分たちの大義とか、持っているビジョン。そういったものを提示できたのが活動の基礎になりました。それから、朝日新聞をはじめとした様々なメディアに報道してもらうことで、政策の窓を開けることができました。こうして、話ができる土壌が作られていったんです」
そうして話し合いの切り口を開いていった斎藤弁護士は、ナイトカルチャーの持つ経済性や発展性の面から、根気強くアプローチを続けていった。
「東京オリンピックの開催が決定したタイミングで、クラブがあることによって生み出される経済的利点を主張しました。また、ナイトタイムエコノミーとか成長戦略という側面を押し出したこともあるし、クラブはコンテンツを生み出す場所でもあるので、クールジャパンというキーワードを用いたこともある。自分たちのやっていることを、政治家の方たちも分かるような言葉に翻訳して、文化の橋渡しをしていくのが重要だと思います」
警察、国会議員、クラブ関係者、そしてクラブを愛する一般の人々。斎藤弁護士は、その全ての仲介役であり続けたのだ。
「悪法も法。でも法なら変えられる」神庭記者が俯瞰する法律のあり方
法改正の流れを、神庭記者はこう総括する。
「『悪法もまた法なり』というソクラテスの言葉がありますが、これはダブルミーニングであると勝手に解釈しています。悪法も法律である以上は守らなければいけないという意味がひとつ。そしてもうひとつは、ひどい法律であっても、法律である以上は変えられる、ということです。この点を、風営法改正運動が示唆しているように思えます。『踊れる国』を作るためのムーブメントを、社会を変えるひとつのロールモデルとして考えていければいいと感じます」
“風営法”というフロアから始まった改正運動のダンス。そのステップは確かに今、「力を合わせれば、法律を変えることもできる」という大きな潮流を生み出しつつある。