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8/11「山の日」によせて。アルピニスト野口健さんと、山と人の“心地よい距離感”を考える【未来メディアカフェVol.9】(1/2)

更新日 2020.10.22
目標11:住み続けられるまちづくりを
目標15:陸の豊かさも守ろう

「朝日新聞 未来メディア塾 未来メディアカフェ vol.9」が7月3日、長野県松本市のキッセイ文化ホールで開催された。初の地方開催となった今回のタイトルは、「『山の日』を語ろう!」。新たに国民の祝日として8/11に「山の日」が制定されることを記念し、長野県主催のイベント、「信州山岳サミット」も続けて開催されるという、これまでにない形で実施された。
 
参加者は、信州大学の山岳会とワンダーフォーゲル部、松本県ケ丘高校、大町岳陽高校の各山岳部の学生53人。ゲストは、登山家としてTVなどのメディアでも活躍中の野口健さん。
 
当日は、最近の山事情に関する話を聞いた後、8班に分かれて安全登山や環境保全など山に関する4つの課題について話し合い、そこで出てきたアイデアを同じ日にサミットを開く長野県への提言としてまとめた。
 
日頃から山に親しんでいる自分たちとは違う世代や立場の人たちに、山の魅力や安全のためのノウハウをどう伝えていけばいいのか。そのために自分たち学生にできることは何か。いつもとは異なる視点から山と向き合った学生たちの未来メディアカフェでの様子を2回に分けてレポートする。

登山スタイルの多様化。 “個”を重視しはじめた若者たち

近年、中高年登山者だけでなく若者や海外からの登山者が増えるなど、日本の登山スタイルは多様化している。
 
それに伴って起こっているのが、山岳遭難事故の急増である。2015年の遭難件数は2058件。これは10年前の2006年と比べると、約1.77倍となっており過去最悪の数字を更新中だ。
 
日本有数の山岳県である長野県でも遭難件数が増加しているという。同県といえば、上高地や槍・穂高など北アルプス山岳地域の玄関口として、四季を通して多くの登山客が訪れる、メッカ的な場所だ。
 
この日コーディネーターを務めた朝日新聞の山岳専門記者であり、松本支局長の近藤幸夫記者も信州大学山岳会のOBの一人。ゲストの野口さんとは、大学生の頃に山岳取材を通じて知り合った旧知の仲でもある。そんな二人が最近の山事情について語り始めた。
 
まず、近藤記者が取り上げたのは、山を登る若者の登山スタイルの変化について。
 
近藤:「“山ガール”をはじめ、数年前から日本の山へ登ると若者がずいぶん増えたように感じます。槍ヶ岳山荘の人に聞いた話では、特にテント泊の若者が増えているらしいですね」
 
野口:「実際に日本の山に登ると、本当に若者が多い。春の八ヶ岳に登った時も若い人が増えたと感じた。ファッションをきっかけに山の魅力に目覚めた“山ガール”たちがピッケルとアイゼン(冬山登山用の斧と靴)を買い始め、ちょっとした冬山にも行こうとしている。
 
だけど、大学の山岳部は部員が減って衰退しつつあるという現状がある。私の母校の亜細亜大学をはじめ、全国の大学の山岳部は衰退、廃部の危機に瀕しているところが多い。つまり、学校の登山部など団体に所属しないで山に登る若者が増えていると思います。
 
僕が一番山にハマっていたのが高校〜大学時代の山岳部の仲間とは今も仲がいい。ザイル(ロープ)を使っても使わなくても、山で命を助け合った仲間は生涯の友になります。山登りの魅力は自然の美しさもあるが、人と人とのつながり、チームワークも大きいのかなと」

登山をなめてはいけない。まずは、“山の先輩”と登ろう。

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セッションの次のテーマとなったのは、「山での遭難事故について」。
 
前述の通り、昨年、遭難件数・者数ともに過去最悪を記録している。遭難事故数ワースト1位の長野県では300人もの遭難者が出たという。遭難事故を減らすべく、長野県では7月1日から登山安全条例により登山届けの提出を義務化した。
 
野口:「どんなに気をつけていても死ぬときは死ぬ。それが山。ただし、防げる遭難も相当数あるのではないか。防げる遭難の中には、登山団体に属していない人が多いのではないだろうか?
 
僕が若い頃は、ここにいる皆さんと同じく学校の山岳部や社会人山岳会に所属して、山に登り始める人がほとんどだった。そのため、いくら自分が登りたい山があっても先輩たちに『まだ早い!』と許可されず、悔しい思いをしながらも経験を積んだ。その経験を踏まえた上で登りたかった山へようやく登れるというのが常だった。ところが登山団体に所属していない人が多い今は、そういった“山の先輩”がいないため経験不足のまま山へ登る人が増えており、遭難事故が増えているのではないか」
 
と語気を強めた。さらに最近ではネット上で知り合った人と初対面で山へ登るケースもあるという。
 
「初対面の人と、街で一緒に飲むくらいはいいかもしれない。ただ、危険を伴う登山では互いの関係性が深く出るから、気が合うかどうかわからない人同士で山へ登るのは、トラブルの原因になりかねない。やはり普段の生活の中で気の合うことがわかっている人と登った方がいい」
 
とアドバイスした。それでも、どうしても登山団体に所属したくない人におすすめなのが、ガイド付きツアーや、日帰りで参加できる登山塾だと野口さんは語る。
 
野口:「ネパールやヨーロッパの山々では現地ガイドを雇って登るケースが多いです。僕も知らない山へ行くときはガイドをお願いすることもあります。屋久島にはエコツアーも。山の登り方だけでなくその山の生態系の魅力などを教えてもらえますし、登頂するだけでない、違った山の魅力を教えてもらえるのがガイドツアーの楽しさだと思います」

「エベレストを富士山のように汚す気か?」そのひと言からはじまった、清掃活動。

近年、富士山やエベレストでの清掃活動でも知られる野口さん。活動を始めるきっかけについて近藤記者が質問したところ、「山とのつながり」という言葉が返ってきた。
 
野口:「もともとは環境問題には全く興味がなかった。それが山に登るうちに人生観が変わった。山に登り始めた高校生の頃は、人生の中で一番荒れていて、あのままの自分だったら今頃どうなっていたかわからない。山に救われたと心から思っている。その思いの延長線上に富士山でのゴミ拾いなど今の僕の活動がある」
 
山での清掃活動をスタートしたきっかけは、1999年に公募隊の一員としてエベレストに登った時に海外の登山家から言われた言葉だったという。
 
「『お前たち日本人登山家は、エベレストをマウントフジにするつもりなのか?』と言われたのが印象的で。当時の富士山は、ゴミや山小屋の汚水などとにかく汚かったらしく、かつ、当時のエベレストには日本語のゴミが目立っていた。
 
それなら日本人の僕たちが過去に日本隊が捨てていったゴミを拾って下ろせばいいのではないかと思ったわけです」
翌年の2000年から4〜5月はエベレストで、5〜10月は富士山で清掃活動を始めた野口さん。
 
「始めるのは簡単だったが、その活動を広めていくことが難しかったですね。環境に関心のある人だけでなく、一般の人にも参加してもらうためには何をすべきかと考え、テレビのバラエティ番組への出演を決めたのです」
 
と打ち明けた。バラエティ番組の中で富士山のゴミの話をしたり、タレントやお笑い芸人と一緒に富士山の樹海でゴミ拾いをするテレビ番組に出演するようになってから、まず学生の参加者が増え始めたという。
 
「最も影響力が大きかったのは、フジテレビの子ども番組『ポンキッキ』で、ガチャピンとムックにゴミ拾いをしてもらった時。小学生の参加者がぐんと増えた。皆さんも何か活動を始める時には、どういう切り口だったら周りの人をその活動に巻き込めるか、をまず考えた方がいい」 と会場の学生たちにアドバイスした。
 
(後編に続く)

speaker:野口 健

登山家

1973年、米国・ボストン生まれ。幼少期をニューヨーク、サウジアラビアで過ごし、4歳で日本へ。小学4年の時にエジプトへ渡り、その後中学・高校は英国立教学院で学ぶ。亜細亜大学入学前後から、ヨーロッパ大陸最高峰モンブラン、アフリカ大陸最高峰キリマンジャロなどの登頂に挑戦。99年にエベレストの登頂に成功し、世界7大陸最高峰世界最年少登頂記録を樹立する。2000年から「富士山が変われば日本が変わる」をスローガンに富士山清掃活動を開始。ネパール・サマ村の子どもたちのために学校を作るプロジェクト「マナスル募金」活動や、2015年4月ヒマラヤ遠征中にネパール大震災に遭遇、すぐに支援活動を行った。また、2016年4月の熊本地震では、テント村の設置などの支援活動を行い、災害時におけるテントの有用性などを訴えている。

coordinator:近藤 幸夫

朝日新聞山岳専門記者/松本支局長

1959年、岐阜県生まれ。信州大学農学部卒業。信大山岳会出身。86年、朝日新聞入社。初任地の富山支局で北アルプスを中心に山岳取材をスタートする。88年から運動部(現スポーツ部)に配属され、南極や北極、ヒマラヤで海外取材を多数経験。2012年から日本登山医学会の認定山岳医講習会の講師を務める。

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