学生、障がい者、先住民まで、さまざまなセクターに所属する1,000万人のオンライン調査の意見をもとに2015年に国連で採択された、持続可能な世界をつくるためのグローバル目標「SDGs(Sustainable Development Goals)」。
いま日本で福祉や教育の文脈で注目を浴びている国・デンマークでは、このSDGsからソリューションを生み出す大規模なイノベーションラボがスタートしています。
このラボを主催するのは、非営利団体「UNLEASH(アンリーシュ)」。「UNLEASH」のパートナー企業は200以上に上り、スポンサーには日本の「あしなが育英会」やデンマークのアパレル企業「BESTSELLER」、シンガポールの「TEMASEK」、世界糖尿病財団「WORLD DIABETES FOUNDATION」などが名を連ねています。
今回はそんな「UNLEASH」の活動やラボで実際に生まれたソリューション、そして、デンマークのサステナビリティ教育のいまについて、実際にデンマークを旅して目にした光景を通してご紹介します。
「UNLEASH Lab」でミレニアル世代が生む、新しいソリューション
(出典:UNLEASH Facebook)
「2030年までにSDGsのすべての目標を達成するには、できるだけ多くのソリューションを見つける必要があります。新しいソリューションを持つ企業には、30歳未満の人々──いわゆるミレニアル世代が多いことがわかっているため、私たちはミレニアル世代の若者を多く選出しラボを開くのです。そういった世代はサステナビリティに大きな関心を寄せていますし、より公正で平等な世界を見たいと思っているので、SDGsの実現性をより高めることに繋がる、と考えています」。UNLEASHの運営メンバーは、イノベーションラボが始まった経緯をそう語ります。
昨年8月に開催された「UNLEASH Lab 2017」には、129ヵ国の若手イノベーター1,000人が集まり、日本からも5人が参加しました。主な参加者は、20〜30歳の学者、起業家、技術者など。彼らは11日間に渡って、同じ問題意識を持った人とグループを組み、企業プレゼンやアクティブラーニングから学びを得ながら、ソリューションアイディアを考えました。
そこで生まれたソリューションは、SDGsのアジェンダのなかの「教育とICT」「エネルギー」「健康」「食糧」「持続可能な消費と生産」「都市の持続可能性」「水」といった7つのテーマに沿ったもの。
日本人がチームに入っていたソリューション事例をご紹介すると、世界でも問題視されているプラスチックゴミを解決する、再生可能なラッピング「Reusable Smart Pallet Wrapping」があります。すでに商品化されている再生可能なラッピングがなかなか導入されない大きな原因は、価格の高さ。そのことから「Reusable Smart Pallet Wrapping」では価格が安く設定されているばかりでなく、なんと1,000回まで再利用が可能となっています。
製品化に至れば、プラスチック廃棄物の95%の石油使用量と、80%のCO2排出量、環境負荷を50%も削減できることが分かっています。現在、Climate-KIC Nordicからの資金を獲得し、プロトタイプを製作中です。
(ワークショップの様子 出典:UNLEASH Facebook Photo by Astrid Maria Rasmussen)
また、建築資材の情報ツール「Recovering Giants」も、UNLEASH Lab 2017で生まれたソリューションのひとつです。こちらは、地震などで出たがれきの量と場所を評価し、そこで出た廃材にインセンティブを与えることで、災害後の復興のスピードを早めるという革新的なソリューション。
現在採用されている建築資材のほとんどは、分解時のことを配慮せず、組み立ての容易さだけを意識した設計のものが多いことも問題として挙げられています。このソリューションでは、こういった設計で使用されている建築資材をうまく活用するエコシステムを確立する予定です。
ここで挙げたソリューションも含め、UNLEASH Lab 2017では全部で197ものソリューションが生まれました。いまもさまざまなセクターによるサポートを受けながら、それらのプロジェクトは実現に向けて進んでいます。
「生の学校」と言われる、デンマークのフォルケホイスコーレへ
(Højskolen Østersøen)
この「UNLEASH Lab」のプログラムの舞台にもなっているのが、公教育から独立したデンマーク発の全寮制市民学校「フォルケホイスコーレ」。
フォルケホイスコーレは、デンマーク近代民主主義の礎を築いたとも言われている、N.F.S.グルントヴィーの教育観「生のための学び」をもとに創設されました。「アート」「スポーツ」「福祉」といった多様なテーマを持ったフォルケホイスコーレが、デンマークだけで68校も存在します。
今回、「UNLEASH Lab」のプログラムを一部体験できる7日間のフォルケホイスコーレツアーがあるということで、実際にプログラムに参加してきました。
お世話になったのは、デンマークの南、ドイツにもほど近いオーベンロー市にある「Højskolen Østersøen(ホイスコーレ・ウスターソン)」。ここは、語学、太極拳、デンマーク文化などを学ぶことができる学校で、昨年から始まったUNLEASHとの関わりから、サステナビリティプログラムを不定期で開催しています。「UNLEASH Lab 2017」の際には、この場所に125人の参加者が集い、ソリューションを生み出すためのディスカッションや、アクティブラーニングが行われたそうです。
今回は、フォルケホイスコーレの伝統的な音楽や文化に触れることができるクラスや、UNLEASH Labの参加者たちがインプットのために体験したアクティブラーニングのクラスに参加することができました。
未来の食事を体験! サステナブル・フードクッキングクラス
参加したクラスのひとつが、サステナブルな食事とは? を考えるクラスです。ここでは、動物性食材中心の食事がもたらす環境負荷や、体への悪影響について学びました。
畜産におけるエネルギー消費や温室効果ガス排出の問題は、フードロスの問題とともに世界で注目されています。2050年には世界の総人口が約100億人に達するという試算が出ていますが、そこで問題視されているのが食糧不足です。そういった問題の解決策として、虫食同様注目されてきているのが、植物性のものでできた肉やバター、ミルクなどを使った食事です。
オックスフォード大学では、実際に人類全体がそういった食事を摂れば、温室効果ガスはいまの3分の2の量が削減でき、最大で800万人の命を救うことができるという調査結果を発表しています。植物性の食材が中心となれば、健康維持や、飢餓や餓死で苦しむ人を減らすことにも繫がるのです。
講義のあとは、実際に植物性の食材だけで料理を作るクッキングタイム。植物性の食事中心に変えたことから体調や体型が変わったと話す方が講師を務め、独自に開発したレシピをもとに、グループに分かれてさまざまな種類の料理を作りました。
料理はどれも美味しく、植物性の食材のみでも十分な食べ応え。これまではありとあらゆる食材のなかから好きなものを食べていた時代でしたが、これからは地球や人類のバランスに配慮しつつ、本当に必要な食、そして食べ方を選んでいかなければいけないときに来ているのだなと感じました。
さらに、デンマークの食にまつわる取り組みとしては、一部の自治体でリサイクルセンターで生ゴミを堆肥化しているところもあったり、多くの家庭でコンポストボックスを持っているそうです。しっかりと社会や街の循環を意識した街づくりを行っているところは、日本の自治体にもぜひ真似してほしいところではあります。
社会のサステナビリティの鍵となるのは、市民の学ぶ意欲の高さと、それを支える国の政策
今回ツアーに参加して驚いたことのひとつは、ご高齢の方が多かったこと。大人の学ぶ意欲の高さも、元気な国でいられる所以なのかもしれません。
もうひとつは、若者の意識の高さ。一緒にプログラムに参加していた、スキーインストラクターになりたいと話す10代の男の子に聞くと、自分の友人の10人中3人は、サステナビリティに関連する仕事や活動に関わり、残りの7人も、サステナビリティに配慮して買い物をしているとのことでした。
デンマークは、29歳以下のオーガニック食材の利用率においても10.3%と世界トップクラス(ORGANIC DENMARKより)。今回見学した大学の食堂もオーガニック食材を採用していたり、大手のスーパーにも多数のオーガニック食材があったりと、公共施設こそ“オーガニック”に配慮している様子が伺えました。
(左:大学の食堂の壁にあったオーガニックマーク、右:コペンハーゲン駅にあったオーガニック対応のレストラン)
この背景には、政府が「オーガニックアクションプラン」というものを発行し、オーガニックレストランや有機農家への支援、公共地の農業活用の促進、食に関する学校教育への取り組み強化について言及することで、国を挙げてオーガニックを促進しているという事実があります。食は命と言いますが、大事なことほど国がリードして進めてくれているのは、心強いことだなと思います。
ダイバーシティ教育からパートナーシップへ。日本が学ぶべきデンマークの良いところ
(出典:UNLEASH Facebook Photo by Astrid Maria Rasmussen)
デンマークは、世界のSDGsの目標達成状況についてまとめたレポート「SDG Index and Dashboards Report 2017」でも、加盟国157カ国中2位にランクイン(日本は11位)し、国連が発表した幸福度ランキング2018でも、3位をマークしています。
今回の旅で、こういった国の豊かさの根底にあるのは、国の政策、市民の社会参画による環境づくり、そして幼いころからの教育なのだということを、至るところで実感しました。
また、今回見学したプライベートスクールの先生に、マイノリティの存在のことをどう教えるのか? といった質問をしたところ、小さなころから「人をジャッジしない」「平等な人間関係を築く」ということを、家庭のなかから教えていると話していたことがとても印象的でした。公平な人間関係がベースにあることによって、ダイバーシティを実現しているデンマークは、身近な人間関係で悩むフェーズからすでに脱し、国や社会や世界をよくするということに多くの人がコミットしている印象も受けました。
SDGsは、世界の共通目標や共通言語であるのと同時に、こういった「地球視点によって行動すること」や「人類という種として協力し合うこと」に気づくための、ひとつのきっかけにもなり得ると思います。
SDGsは、「誰ひとりとして取り残さない」ことを掲げています。この目標は、どんな存在が欠けても達成できません。日本でもいち早くそのことに気づき、行動する人が増えていけばいいな、と願うばかりです。
協力団体:エココンシャスジャパン
<編集>サムライト <WRITER>松尾沙織