国連開発計画(UNDP)は、格差や貧困、ガバナンス、紛争予防、気候変動など、途上国の開発課題の解決に包括的に取り組んでいますが、2030年のSDGs(持続可能な開発目標)達成に向けて、世界各国の自治体との連携を強化し始めました。
その一環として2019年8月、UNDPは神奈川県と日本の自治体としては初となる連携趣意書を締結。神奈川県はUNDPと連携することでよりSDGsの活動を加速させ、UNDPはそのネットワークの中で、神奈川県やそのほかの日本の地方自治体のSDGsへの取り組み事例を発信し、世界中でのSDGs普及推進に役立てたいとしています。
なぜ、UNDPは神奈川県と連携することになったのか。その背景や連携する双方のメリット、効果を、UNDP危機局長の岡井朝子氏と、神奈川県SDGs推進担当顧問の川廷昌弘氏に語ってもらいました。
岡井朝子(おかい・あさこ)氏
国連日本政府代表部公使やバンクーバー総領事など、外交官として30年以上のキャリアを積んだ後、2018年に国連事務次長補 兼 国連開発計画(UNDP)危機局長に就任。様々な危機にさらされる国々において、紛争や災害の予防、対応、平和構築、復旧・復興などを中心に、SDGs達成に向けた道筋を包括的に推進するための政策と支援プログラム策定を総括する。
川廷昌弘(かわてい・まさひろ)氏
神奈川県SDGs推進担当顧問。博報堂CSRグループ推進担当部長。数々のSDGsの取り組みをデザインし、「SDGs全国フォーラム」の総合プロデューサーも務める。2019年9月には国連総会のサイドイベントとして開催された「Making Cities for All」において、神奈川県のSDGsへの取り組みを紹介した。
UNDPと神奈川県が連携締結に至った背景は
川廷昌弘氏(以下、川廷) 今回、UNDPと神奈川県がSDGs推進に関する連携趣意書を締結することになりました。これは自治体にとってSDGsを推進するための大きな力となることが期待されますが、そもそも国連機関であるUNDPが、なぜ日本の自治体に注目することになったのでしょうか?
岡井朝子氏(以下、岡井) ちょっとSDGsの背景説明から始めさせてください。SDGsが策定される前に、2000年から15年間の国際社会の開発目標としてMDGs(ミレニアム開発目標:Millennium Development Goals)がありました。MDGsでは主に途上国の貧困問題に焦点を当て、世界中の人間が最低限の生活を送れるような社会の実現を、一つの成果として目指しました。
しかし貧困問題を解き明かしていくと、そこには先進国における経済活動や気候変動などの課題も大きく影響しています。それらは連動しているのに、MDGsでは活動の対象国が主に途上国に限られ、企業の関与も明示的には位置付けられていませんでした。その結果、貧困や格差などの社会問題を根底から解決し、環境にも配慮した持続可能な世界をかなえるには限界があると認識されるようになったのです。
そうした反省から、2015年に新たにSDGsが定められました。SDGsは17のゴールがありますが、それぞればらばらに取り組むのではなく、関連するいろいろな分野に包括的に取り組むことにより、様々な要因が複雑に絡み合う現代の開発課題を解決しようとしています。分野横断的に考えることでこれまでと違った解決策を見いだし、より大きなインパクトを生み出し、成果を加速化させる。17のゴールのすべてを考慮にいれてこそ、初めて持続可能な社会が実現する、そのためには社会の仕組みそのものも変わらなければならない、という考えがSDGsの中核にあるのです。ですので、全世界の国々が、民間企業も市民社会も学界も含めた社会全体で本腰をいれなければ達成できないとっても野心的な目標なんです。
川廷 そこになぜ自治体と連携するという発想が生まれたのでしょうか?
岡井 SDGsが目指すのは、様々な人が共生しながら、ひとりひとりが輝いて生きていける平和で公正でインクルーシブ(包摂的)な社会です。Leave no one behind、誰一人取り残さない、というのが究極目標です。これを実現するためには、たとえば貧困、差別、ジェンダーなど、あらゆる格差問題に根本的に取り組まないといけません。これは、国の政策だけでは達成できません。なぜなら格差問題は、地域社会に根づく問題でもあるからです。
川廷 たしかにSDGsが解決しようとするすべての問題は、途上国、先進国に関係なく、世界共通の課題で、みんなで一緒に考えていかなければいけません。その解決には地域の活動、自治体の存在が大きいというわけですね。
岡井 はい。SDGsのローカライゼーション(地域化)こそ、SDGsの目標達成に必要だと考えています。今回、神奈川県とUNDPが連携趣意書を結んだのは、UNDPとしてこうした日本国内のSDGsのローカライゼーションの推進を支援しながら、同時にその成果を世界に発信することが、国際的なSDGsの推進にも大きく寄与すると考えたからです。
これから期待される効果とは
岡井 神奈川県の人口は約900万人ですが、世界の国の人口ランキング80位台のスウェーデンが約1000万人ですから、一つの国といってもいいほど規模が大きい自治体です。日本政府が進める「SDGs未来都市」「自治体SDGsモデル事業」に選定されるなど、日本のSDGsをリードする自治体になっていますね。
川廷 神奈川県は横浜という一大都市から、鎌倉という歴史の古い市、箱根という観光地、過疎化が進む県西部など、多種多様な特徴と地域課題を持つ自治体の集まりです。その中で大きな課題として共通しているのが、少子高齢化問題です。この課題に対し、神奈川県では 「未病(健康と病気の間を連続的に変化している状態)の改善」や「人生100歳時代」といった政策を進めています。健康で長生きできる社会、それを実現するために高齢者も社会活動に積極的に参加し、貢献できる仕組みづくりなどを目指しています。
もう一つ、自治体として力を入れているのが、企業のSDGsの取り組みを見える化する「SDGs社会的インパクト評価実証事業」です。これはSDGsに積極的な取り組みを行っている企業をわかりやすく、きちんと評価する仕組みをつくることで、その企業が社会的な認知を高め、専門機関、金融機関などのサポートを受けやすくするという事業です。そうすることで、SDGsの取り組みを継続的に行う企業を増やしていくことがねらいです。
岡井 とても重要なことですね。神奈川の課題と解決のためのアプローチは、今や世界中の自治体が注目し、学びたいと思うものばかりです。SDGsは世界共通の開発目標であり、ESG投資の急増に見られるように、持続可能な社会づくりに貢献する企業への投資が積極的に行われています。ですので、どうしたら民間投資をSDGsにインパクトがある分野に呼び込めるか、また、急速に進む都市化に伴うゆがみ、その一方でほかの地域の過疎化にどう対応するか、高齢者や障害者をどう労働市場に取り込むか、イノベーションによる先進的手法はないのか、などローカルソリューションを示していきたい。UNDPが神奈川県と連携したポイントの一つとして、神奈川県はこうした世界の自治体にとって参考となる先進的な取り組みを行っていることがあげられます。
川廷 この事例をUNDPのネットワークを活用しながら世界に発信していく、ということですね。
岡井 はい。そのためのネットワークが今、私たちが構築しているプラットフォーム「Localizing the SDGs」です。また都市部のSDGsの取り組みを促進する「City2Cityネットワーク」というものもあります。2050年までには世界人口の3分の2は都市部で暮らすと予測されています。つまりこの都市問題そのものを理解し、取り組むことがSDGsの達成のためには必要不可欠です。そのためにはこうした神奈川県のような先進的な事例を、もっと世界に発信し、相互の学びの場に供するべきです。
川廷 おもしろいですね。今回は、UNDPと神奈川県の連携ではありますが、実はSDGsという世界共通のテーマとして世界中がつながる連携でもある。自治体として取り組んでいることが、自分たちの地域だけでなく、世界中の都市の役に立つとわかれば、それは間違いなく大きな意義をもつことになり、私としても大きなやりがいにもなります。
同時に世界の都市がどのような取り組みを行っているのか、その事例を知ることは私たちとしてもよりSDGsを推進していく上で良いツールになるでしょう。今回の連携を進めるにあたり、自治体はもっとUNDPを活用するべきだと思いました。国際機関であるUNDPと自治体の協働は、とても夢のある話でもありますね。
岡井 そうですね。心意気のある人や同じ課題を抱えているコミュニティー、自治体がつながって交流が活性化し、それぞれの社会問題、環境問題の解決策が共有されていく。そのつながりは無限にあります。良き事例が共有され、それぞれの地域に合わせて変化しながら広がっていけば、SDGsはより力強く推進されていくと思っています。
UNDPと自治体が協働で日本、世界のSDGsを加速する
川廷 2019年9月に、今回のUNDPと神奈川県の連携にともない、国連本部で開催されたイベントでスピーチをさせてもらいましたが、そこで印象的だったのは、自治体の活動が世界の課題にも通じていることの、その距離感ですね。しかもとても近い存在としてです。
この感覚の根本ってなんだろうと考えていたときに、UNDPはそもそもhuman developmentがテーマだという話を聞きました。直訳すれば、「人間開発」。人間の可能性を引き出すことがコミュニティーの力になり、国の力になる。UNDPの本質的な思想は国々の支援というよりも、人が中心にあるんですね。そのことが僕にとっては、UNDPが身近な存在に感じられた、大きな要因なのではないかと思いました。さらに言うとSDGsの「D」はhuman developmentを意味していると気付かされ、SDGs達成に向けてUNDPの存在が非常に重要なのだと感じています。
岡井 1990年以来、毎年UNDPは人間開発報告書を発行していますが、日本が長年推進してきた「人間の安全保障」は、もともとは25年前にこの人間開発報告書で提唱された概念です。これに、国際協力機構(JICA)理事長や国連難民高等弁務官などを歴任した緒方貞子さんも参画して論理化され実践されてきました。私はこの人間の安全保障の概念とSDGsの理念は完全に呼応しており、今こそSDGsの達成のための推進理念として改めて見直されるべきだと考えています。
恐怖や欠乏のない、すべての人が自由に幸せになれる社会をつくる。そのためには、やはりコミュニティーや自治体が力をつけなくてはいけません。自治体が主導して持続可能でインクルーシブな地域づくりを推進していくことが、世界平和にもつながっていきます。
日本は、また、人間の安全保障の理念に基づき、長年、多くの国々への開発支援を行ってきました。日本は途上国の人々のニーズに寄り添い、コミュニティー目線の支援を行ってきたことに誇りをもっていい。これは、日本の財産です。日本にはこの人間開発重視の考え方をもっと大胆に推進していって欲しいと思っています。
川廷 国内だけでなく、JICAなどの国際的な支援も含め、日本は地道に世界の地域の人たちと手を携えて社会問題に取り組んできた多くの功績や実績があります。しかし、その力を十分に発揮しきれていないと岡井さんが感じるとしたら、何が原因なのでしょうか?
岡井 一つには、日本人自身が、一人一人の人間を中心におくという理念を自分たちのものとして体現しきれていないところ、もう一つは、現場で蓄積している豊富な知見を、世界で議論されている課題の中にうまくはめ込め切れていないところにあると思います。例えば、ユース(若者)の社会参画。国連では、ユースの考えをあらゆる社会課題の解決に採り入れようと、若者に積極的に発言の場を設けています。気候変動ではユースが自分たちの地球の未来を憂え、行動を起こしています。紛争を解決し、平和を持続させるため、あるいは直面する環境や貧困などの問題に正面から向き合い、新しい技術を活用して未来の市場を創出しています。私もよく若者の発信の場に居合わせますが、その斬新な視点に感心することしきりです。でもそもそもこんな若者がどうやって育つのでしょうか。
日本の海外での援助では若者をエンパワー(自信や力をつけさせる)するための支援が重点的に行われています。翻って、日本の社会は重要政策判断の決定に際して若者に十分に発言の機会を与えているでしょうか。少子高齢化の進む日本と違い、人口の7、8割が35歳未満といった国々もありますから、ユースが自分、国、地球の将来像を考えるだけの十分な知見を身につけ、リーダーとして育つことは、本当に大事なことなのです。日本でそれをやってみようとすると何がネックになるのか。これに思いをはせれば、途上国で若者をエンパワーする、という国際課題に、もしかしたらいい解決方法がみつかるかもしれない。これらを、ほかの環境に置かれている人にも参考になる形で発信できれば、日本の重要な貢献です。こんな気づきが、世界の多様な人たちとつながることによってもっと見えてくるのではないかと思っています。
川廷 そのためにもUNDPと自治体の連携が重要になってきますね。国際的な開発目標として掲げられたSDGsというと、どうしても自治体や個々人からすると、遠い話になってしまいがちです。でも実際にSDGsは、地域レベルのアクションがないと目標を達成することは不可能です。そこをつなげることが課題でもあったのですが、その解の一つとして、我々自治体がもっと岡井さんと、UNDPと積極的に連携して互いの知識やアクションを共有していくことがSDGsの達成に向けた大きな推進力になりそうです。
岡井 世界が大きな変革期にあり、前例のない不透明で流動的な時代にある今だからこそ、日本人ならではの発想を最大限に生かして課題解決に向けて貢献して欲しいと思っています。国連にいてつねづね感じるのは、多様性のもつ力です。私は典型的日本人像に自分でははまらないと思っているのですが(笑)、国連で多様な考え方や行動パターンに接していると、やはり自分は日本人なんだな、と思います。それだったら、日本人の特性を生かした貢献をしようではないかといつも決意を新たにしています。世界のフロンティアを開拓していくのに模範回答などありません。SDGsを推進していくにあたり、解決策は一つではなく、またそこに行きつく過程も直線的ではありえません。これまで思いもしなかった分野の専門家の意見を聞いたりすることに何かヒントが見つかるかもしれません。失敗の中にこそ、学ぶべきことや実践的な解があり、いろいろなチャレンジがなければSDGsは実現しないと思います。国連では2020年からの10年間をSDGs実現のための「行動の10年」に指定し、大胆な行動を呼びかけています。そのチャレンジを、神奈川県以外の自治体とも連携して、いろいろな形で協働しながら取り組んでいきましょう。
川廷 ぜひよろしくお願いいたします。本日はありがとうございました。
<撮影>千葉裕子