(四季彩の杜の菜の花畑=町田市ふるさと農具館提供)
昔ながらの製法で「菜種油」をつくり、地域の伝統や文化を次世代につなげようという取り組みが東京都町田市で続けられている。大量生産する企業にはまねできないこだわりは、まさに「安心安全」と「持続可能」を実現させている。
観光名所の菜の花畑 副産物を有効活用
町田市のちょうど真ん中辺りにある町田市野津田町。宅地の造成も進んでいるが、周辺は雑木林や里山など豊かな自然に恵まれている。近くの薬師池公園「四季彩の杜(もり)」にはリス園やぼたん園、ダリア園などの観光施設があり、地域の魅力を伝える玄関口として農産物直売所やカフェ、体験工房などを併設した「ウェルカムゲート」の整備が進んでいる。
一帯は古くから農業や養蚕業が盛んな地域だったが、高齢化や後継者不足などが進み、「農」のある環境づくりを進める町田市は景観作物の栽培を推奨。そこで、地域の農家は段々畑に菜の花や白い花が咲き誇るソバを植えた。
菜の花は1株ずつ苗床である程度の大きさまで育てたうえで、畑に等間隔で植えている。手間は掛かるが、種を直播(じかま)きするよりも生育が良い。春には辺り一面、真っ黄色に染まる菜の花畑は観光名所になり、副産物として収穫できる菜種を有効活用し、翌年の種を確保するとともに、菜種油を作っているという。
作業は主に第3土曜日の月1回。地域の農家でつくる「七国山(ななくにやま)ふれあいの里組合」のメンバーが、地元の農業について理解を深めてもらうために設置された「町田市ふるさと農具館」(同市野津田町)で行っている。すべて公開しており、施設の中で見学できる。
(月1回開かれている菜種油づくりの実演。誰でも間近に見学できる)
(作業場の外まで菜種油の香りがあふれている)
年代物の機械、熟練の技光る
スリッパに履き替え、部屋に入ると、香ばしいにおいが立ちこめ、レトロな機械たちが大きな音を立ててフル稼働していた。コンピューターで制御されているようなハイテク機器ではなく、メンバーが様子を見ながら熟練の技で操っている。
組合員は約20人。70~80代が中心だ。油づくりの担当者は食品衛生責任者の資格を取得し、交代で当番に入っている。周辺の農家はもともと畑の一部で菜種を栽培しており、設備が整った油屋に持ち込んで自家用の菜種油を作っていた。機械は主にその油屋から譲り受けた年代物で、今なお現役で活躍している。
(天日干しした後、さやを取り除き、何度もふるいにかけて異物を取り除いた種)
菜種油はオレイン酸を多く含んでおり、血中の悪玉コレステロールを減少させ、血液をさらさらにする効果があるとされる。さらに脂肪が体につきにくくなると言われており、体内に吸収されると良質な脂肪酸に変わるαリノレン酸も含んでいる。大量生産され、一般に流通する菜種油は、製造過程で化学合成された食品添加物を使って色合いを調節したり、長期保存できるようにしたりしている。七国山ふれあいの里組合は、余計な成分は加えない昔ながらの製法を続けており、スーパーなどで店頭に並んでいるものよりも風味が強く色が濃いのが特徴だ。
経験豊富なベテランたちが息の合った流れ作業で作り上げる菜種油は、まず菜種を炒(い)ることから始まる。鉄製の「焙烙(ほうろく)」という釜に10キロ程度入れ、1時間ほど攪拌(かくはん)しながら加熱する。次第に黄色くはじけ、からし色に近い状態になったら終了。炒(い)り具合が品質や風味を左右するため、時々、指先で潰して確認する。すべて経験と勘が頼りだ。
(れんが造りの鉄製の大釜で菜種を炒っていく)
釜から取り出した菜種はすぐにローラーで潰したあと、寸胴(ずんどう)で約40分にわたって蒸す。絶妙な火加減で全体に蒸気が行き渡ったら最後の工程に入る。竹製のすだれと頑丈なマットの中に包み込むように入れ、搾り機にセット。最大200キロの圧力でプレスすると押し出された菜種油がにじみ出てきた。
(炒った後、素早くローラーで潰された菜種。きれいな黄金色だ)
(寸胴で蒸される菜種。蒸気が行き渡るように真ん中がすり鉢状になっている)
(鉄の枠を組み合わせた器に押し込まれた菜種)
(100キロ以上の圧力を掛けると、油が流れ出てきた)
このままでは砕けた殻など不純物が混入しているため、約1カ月間そのまま寝かし、上澄みのきれいに透き通った油だけを取り出し、最後にこしながら瓶詰めしてようやく完成になる。搾りかすは水でふやかして発酵させ、肥料として畑にまくので無駄はない。
約30リットルの分量の菜種から取れるのは油7キロ程度。実演する日には255グラム入りの瓶二十数本を限定販売している(1人2本まで。税込み700円)。リピーターも多い人気商品で、その日のうちに完売してしまうという。
(搾りかすは肥料として活用する)
(搾ったばかりの油は不純物が含まれているため、1カ月かけて沈殿させる)
(丁寧にこして瓶詰めされた菜種油。売り切れ必至の限定品だ)
少量生産だからこそ安全、おいしいを維持
菜種は長期保管できるが、油作りには手間が掛かるため、これ以上の量は扱えない。少量生産だからこそ安全でおいしい品質を維持でき、だからこそ長続きできているという。副組合長の岩澤正さんは「花から種、油、肥料と自然の恵みが循環している。昔から変わらない地域の伝統と自然を守り、未来へとつなげていきたい」と話している。
(ふるさと農具館では毎日、地域の農家が新鮮野菜を持ち込んで販売している)
(昔の農具などを展示したコーナーもある)
<WRITER・写真>小幡淳一
■問い合わせ:町田市ふるさと農具館
東京都町田市野津田町2288
042-736-8380