ほっと一息くつろぎたい。
そんなときはコーヒーを1杯いかがでしょう。香りをかいで口中に広がる苦み、渋みを堪能すれば気分が落ち着くことも多いはず。季節を問わず飲めるのもうれしいかぎりです。ところが、地球温暖化と世界的な消費量の増加で、2050年にはコーヒー産地を取り巻く状況がピンチに陥る、との懸念が生じています。
(SDGsミライテラスの3回目で扱う内容です。サイトはこちら)

アラビカ種とロブスタ種に二分 人気のアラビカは栽培難
コーヒーはアカネ科コーヒーノキ属の数種の総称で、果実を加工します。高品質なアラビカ種と大量生産できるロブスタ種に二分されます。アラビカ種にはブルーマウンテンなどの銘柄があり、おいしいコーヒーの「代表選手」と考えれば良いでしょう。標高1000㍍程度の山岳地帯で栽培され、昼と夜の気温差が大きい地域が適します。病気にかかりやすいこともあって栽培は難しいです。

消費と生産堅調 温暖化で将来は産地激変も
「コーヒーベルト」と呼ばれる言葉をご存じでしょうか。コーヒー主産地のことで、赤道を挟んで北緯25度~南緯25度の地域を指します。国際調査機関のWCR(ワールドコーヒーリサーチ)は、温暖化が進めば2050年にはアラビカ種の産地が半減すると指摘しており、将来は産地が激変するかもしれません。


一方、世界は嗜好品(しこうひん)であるコーヒーの需要に沸いています。ICO(国際コーヒー機関)によると、1990年に約550万㌧だった世界の消費量は、1056万㌧に増えました。アジア諸国で消費が伸び、生産を増やすことが急務になっています。実際、生産量は1990年の559万㌧から1千万㌧近くに膨らんでいます。


多くは途上国の小規模農家 2050年には大幅供給減へ
ただ、コーヒーは世界70カ国以上で生産され、約2500万世帯が従事する巨大産業です。小規模農家が多く、産地は中南米やアフリカなど貧困にあえぐ発展途上国が目立ちます。相場の変動も大きいので、離農する人も少なくないようです。WCRによると、2050年には環境要因で1億2200万袋(▼732万㌧)、人的要因で6千万袋(▼360万㌧)の供給が減る見通しで、一筋縄では解決できない問題です。

グアテマラ拠点に18カ国へ コーヒー商人が目にした産地の窮状
「SDGsはコーヒービジネスそのものです。事業をいかに持続可能なものにするのか腐心してきました」と語るのは、伊藤忠商事コーヒー課のトレード統括、岡本夏樹さん(39)です。英国の大学で環境生物学を専攻し、学生時代はケニアで自然保護のボランティアにも取り組みました。途上国勤務を望み、2019年5月まで中南米のグアテマラに3年ほど赴任しました。出張したのはタンザニア、エチオピア、ウガンダ、ケニア、ルワンダなどコーヒー産地18カ国。農家に足を運び、取引を通じて現状を見てきました。

相続で農地細分化 生産性向上へ腐心 医療支援も
「相場が急落すると、農家の受け取るお金がなくなり、肥料もまけない。十分な教育も受けられません」。産地は標高1500~2000㍍の山岳地帯です。医療や教育、金融へのアクセスが難しく、グアテマラでは車を使った「移動病院」を産地で実現したそうです。岡本さんが担当したコロンビアは生産農家(約90万世帯)のうち、1㌶未満の小規模農家が過半を占めます。「相続で農地の細分化が進んでいました」。単位面積あたりの収穫量を増やし、生産性をどう高めるのか。岡本さんは専門家と畑に行き、コーヒーノキの植え方や肥料のやり方を農家に伝えてきました。グアテマラではコーヒーノキを計80万本、無償で配りました。

物流供給網を透明化 環境・人権配慮の調達方針
サプライチェーン(物流供給網)の透明化にも取り組んでいます。伊藤忠は2021年、スイスのIT企業、Farmer Connect SA(ファーマーコネクト)社に出資し、生産地から消費者までの品質保証を担保する枠組みに参画しました。アジアで唯一の運営委員となり、アプリを使えば、コーヒーがいつ、どこでつくられ、どんな経路をたどって小売店の店頭に並んでいるのかが分かるようになりました。ブロックチェーンの技術を活用し、カカオ豆にも適用。将来は、他の食品にも対象を広げる考えです。また、コーヒー豆の調達方針も同年に打ち出しており、地球環境や人権に負の影響を与えない事業を展開しています。
「見えにくい貧困」解決へ NPOがネパールで栽培支援
途上国で農家の所得向上につなげる挑戦も始まっています。NPO法人「Colorbath(カラーバス)」はネパール高地で2017年からコーヒー栽培を支援しています。いまは500世帯が副業として取り組んでいます。

貧困層の多い農家の年収は日本円換算で10万~30万円程度。トウモロコシ栽培、ヤギ飼育、野菜づくりで生計をまかなっていますが、中近東の産油国や日本などに数年間出稼ぎにいく人が少なくありません。Colorbath代表理事の吉川雄介さん(36)は「実際の貧困は目に見えにくい問題だと感じています。たとえば、突発的な出来事がネパールの農家に降りかかると、病院にいくのを諦めたり、学校をやめたりと、家族の誰かが何かを諦めなければならない状態です」。

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「アグロフォレストリー」で誰ひとり取り残さない社会を
現地では、コーヒーの苗を植えて育てる際に、その土地に他の作物の木も同時に植えながら山を緑化する「アグロフォレストリー」を進めています。これは、農業(アグリカルチャー)と林業(フォレストリー)の造語です。吉川さんは「誰か一人だけがもうかる形ではなく、ネパール農村部の人々は昔から、グループをつくり皆が幸せになる暮らし方を日々実践しています。誰ひとり取り残さないSDGsの理念と合致する社会だと思います」。

チャシラ・タマングさんもコーヒー栽培を始めた一人です。カトマンズから車で約6時間、90㌔メートル離れた標高1200メートルの高地で栽培しています。「畑によって豆を焙煎(ばいせん)したときの風味が違うので、それぞれの良さを引き出したい。最新の植え方や収穫の仕方、豆の乾燥方法を身につけたいです。日本の皆さんには、ネパールの良質なコーヒーを飲んで感想を教えてもらいたいですね」と話します。

UCC 100%持続可能なコーヒーを調達へ
コーヒービジネスは商流の川上(かわかみ)から川下(かわしも)まで世界に広がります。大手は「コーヒーの2050年問題」をどう考えているのでしょうか。UCCホールディングス、サステナビリティ推進室課長の関根理恵さん(58)に話を聞きました。

開口一番、関根さんが口にしたのは気候変動についてです。「温暖化はコーヒーの収穫量と品質に大きく影響します。気温が上がると、今より標高の高いところでないと良質のコーヒーがつくれなくなり、理論上、収量が減ります。その一方、急斜面で働く労働者への負荷が高まります。コーヒーを飲むことが当たり前でなくなる時代が来るかもしれません」。

向き合う課題はたくさんあります。UCCは今年4月、サステナビリティに関する指針を制定しました。2030年までに自社ブランドを100%サステナブルなコーヒー調達にすることを掲げました。農家の生計向上や生豆(なままめ)のトレーサビリティー、労働者の人権を踏まえた対策です。温暖化対応では、2040年までにカーボンニュートラルをめざして温室効果ガスを減らしています。環境に優しい農園づくりや品種の保護など、生物多様性の保全にも配慮しています。今後は生産国の森林、自然環境の回復にも取り組むそうです。
農家の生計を把握 児童労働の根絶めざす
関根さんがコーヒー産業の課題として挙げた点があります。小規模農家の脆弱性(ぜいじゃくせい)も関わる児童労働について、です。農業は児童労働が多いと言われ、サトウキビ、コットン・綿に次いでコーヒーも児童労働が多い産品で、改善が課題になっています。途上国が多い産地では、男性が出稼ぎで地元を離れることが珍しくありません。地元に残る女性と子供は少しでも生活の足しにしようとコーヒー農園で働くという現実もあるようです。「今後私たちは農家の方々の生計も考えていきます。その中で人権や児童労働について、真剣に考える段階に入ってきたと思います」。

いかがでしょうか。1杯のコーヒーを飲むときに、生産国の人権やビジネスの構造、気候変動の影響に思いを巡らせてみるのも良いかもしれません。おいしいコーヒーの裏側にあるSDGsの課題に気づくはずです。
《参考文献・資料》
José.川島良彰、池本幸生、山下加夏.2021「コーヒーで読み解くSDGs」ポプラ社
辻村英之.2012「増補版 おいしいコーヒーの経済論」太田出版
ICO Total production by all exporting countries/Disappearance(consumption)in selected importing countries 1990-2019
その他取材資料に基づく