いま、学校の断熱改修プロジェクトが各地に広がっています。小学校から高校まで、公立学校のほとんどの校舎は無断熱で、夏はうだるように暑く、冬は芯まで冷えるのが当たり前です。エアコンをつけても光熱費ばかりが増え、適温にならないため、子どもたちの健康や学習への悪影響に加え、自治体の財政負担も増加しています。
何とかしようと立ち上がったのは、保護者や市民グループ、自治体職員、そして地域の工務店の有志でした。子どもたちが参加して、DIYで教室を断熱することで何が変わったのか?断熱ジャーナリストの高橋真樹が、学校断熱化の可能性と課題などについてお伝えします。

焼けるような暑さの教室
「これはひどい!こんな暑い中で子どもたちに勉強させているなんて」。そう驚いたのは、東京大学の前真之准教授(建築学)です。2022年の夏、断熱改修する予定の4年1組の教室の温度を赤外線サーモグラフィで可視化したところ、窓や天井から強烈な熱が伝わっていました。
窓枠の金属部分は、触ると火傷するほど熱せられています。エアコンをつけていても、子どものいる空間では32℃から36℃に。さらに最上階に位置するこの教室の天井付近は、40℃を超えていました。
さいたま市立芝川小学校の鉄筋コンクリート造の校舎は、築50年ほど。教員も「エアコンをつけていても汗だくです」と嘆くほどです。さらにこの数年は、コロナ対策のため窓開け換気をするため、外からの湿気も入り、とても授業に集中できる環境ではありませんでした。

何とかしたいと考えた学校関係者が相談したのが、埼玉県内の建築関係者ら20社でつくる「さいたま断熱改修会議」です。埼玉県の夏の暑さは、全国でもトップレベル。同会議は、断熱や遮熱を通して、暑さ対策と省エネの重要性を訴える活動を、ボランティアで行なっていました。学校関係者からの相談を受けた同会議は、PTAや学校、市の教育委員会などとも連携し、8月5日に、子どもや保護者を交えた断熱改修ワークショップを行いました。
工事に必要な材料は、ほとんどが同会議の参加企業が無償で提供することに。また、工具代や大工さんの人件費など不足する部分は、PTAのOBらでつくる「芝川小おやじの会」が中心となり、クラウドファンディングで約112万円を集めました。

涼しくしてくれてありがとう!
当日は、さいたま断熱改修会議の顧問を務める東京大学の前准教授が、教室の現状や、断熱することで涼しくなる原理などを、親子に伝えました。そしてワークショプでは、天井、壁、窓などを、説明を交えながらグループに分かれて断熱していきました。
まずは天井からの熱を遮るため、天井板を外して断熱材を敷き詰める作業を実施。また、教室内や廊下側の壁に断熱材を入れ、その上から埼玉県産の杉板を貼り付けました。
外に面する窓は東側にあり、朝から強烈な直射日光が差し込みます。また、廊下を挟んだ西側の窓からは夕方の西日が直撃します。両面には、遮熱のためにアルミを貼り付けたパネルを設置しました。暑さ対策としてかき氷も振る舞われ、子どもたちはまるで夏祭りのように、楽しみながら作業を行いました。

断熱した教室は、断熱前と比べて6℃以上室温が下がり、エアコンの効きも格段に向上しました。夏休み明けの9月に子どもたちに取ったアンケートでは、「授業に集中できるようになった」「こんなに涼しくしてくれてありがとうございました!」という喜びの声があふれました。杉板の壁についても「木の香りがいい」「学校に行くのが楽しみになった」と好評です。
さらに後日、余った予算を使って、同じ最上階にある4年2組と3組の教室にも、同様の遮熱パネルを設置しました。朝の直射日光を遮るだけでも、2℃〜3℃ほどの温度低下を確認することができました。さいたま断熱改修会議の佐藤喜夫さん(佐藤工務店代表)は、成果をこのように話します。「芝川小学校は、断熱すればこれだけ変わるんだ、という前例になりました。ここをいろんな人に体感してもらうことで、断熱の重要性について市民や行政の理解が深まれば良いと思います」。
同会議と前准教授は、効果を検証するために教室に機器を設置、計測を続けています。22年冬には、換気について改修を行いました。適温を維持するためのハードルになっていたのは、コロナ対策のための窓開け換気です。せっかく断熱しても、窓から熱風や寒気が入ってくれば、環境は悪化してしまいます。
同会議は、壊れて止まっていた換気扇を修理し、デマンド制御ができるように改造しました。教室内のCO2濃度が一定になると稼働し、濃度が下がると止まる仕組みです。それにより、窓明け換気は不要となり、適切な換気量を確保しながら、夏も冬も外気が入ってくる割合を大幅に下げることができるようになりました。小さな工夫の積み重ねで、室内環境を向上させることができると証明したのです。

エアコンなしでも暖かさを実感
23年3月には、神奈川県藤沢市にある小糸小学校でも、同様のワークショップが開催されました。子どもたちが金槌の音を響かせたのは、4年生以上が英語などを学ぶ多目的教室。当日は、気温10℃前後と肌寒い日でしたが、教室は参加者の熱気でいっぱいでした。
作業は、地元工務店の門倉組の指導のもと行われました。まず外に面する壁に断熱ボードをカットして、木枠にはめ込みます。次に塗装した木材を、断熱ボードの上に釘で打ち込みました。また、建具屋さんが製作した立派な木製の内窓を、親子でレールにはめ込みました。天井に断熱材を入れる作業はプロが行いました。子どもたちは、初めて触る断熱材に興味しんしんです。
参加した小糸小学校3年生(当時)の金子愛梨さんは、「これから何を作るかちゃんと教えてもらえるから楽しかった。これから(断熱した)教室を使えるのが楽しみ」と話します。工務店側の準備が入念だったことで、工事は時間通り15時には完了しました。作業を終える頃には断熱していない教室と比べ、エアコンなしでも教室が暖かくなっているのがわかりました。

ワークショップを企画したのは、「ふじさわ学校断熱ワークショップ実行委員会」の藤法淑子さんです。藤法さんは、気候変動対策を求める市民グループのメンバーとして、市に公共施設の断熱を通じた省エネの必要性を訴えてきました。そして、市の公共施設を担当する部署とともに実行委員会を立ち上げます。工事に必要な資金は、実行委員会が中心となってクラウドファンディングを実施、目標額を上回る約118万円を集めました。
ワークショップを終えた藤法さんは言います。「気候変動が進む中で、未来の子どもたちのために何かできないかと企画しました。その中で、いままで出会えなかったような、地域のさまざまな人たちとつながることができました。このつながりを大切に、断熱すればこんなに変わるだということを伝えていきたいと思います」。
実行委員会では、断熱した教室で夏や冬に見学会を実施しながら、地域の人々に断熱の大切さを理解してもらいたいとしています。

学校の断熱改修は行政の責務
各地で展開されている学校の断熱改修ですが、大きな課題も抱えています。それは、資金面と継続性です。今回紹介した2つの改修も、自治体は協力的だったものの、資金は出していません。関わった地元工務店は、ほぼボランティアで、準備から改修工事、その後の計測まで行っています。実費についても、地元住民らが中心となり、クラウドファンディングで集めました。その労力や負担を考えると、同じやり方を続けるわけにはいきません。
それでもこの取り組みには、ただの「一教室の改修」にとどまらない意義があります。まずは他の地域に広がる可能性です。断熱の方法を公開することで、他の地域の市民や工務店が実践しやすくなりました。
また、地域内で深める効果もあります。今回の事例を人々が見学し、断熱していない教室と比較することで、地域や自治体で断熱の重要性を体感できるようになりました。それが、公共施設や住宅の断熱改修を進める議論の土台になります。
カギになるのは、自治体が断熱改修に予算をつけるかどうかです。予算となると、「断熱のための費用を光熱費の削減分で回収できるか?」というポイントが議論されがちです。その点では、学校には高いハードルがあります。一般の住宅や他の公共施設とは異なり、学校は夏や冬に長期の休みがあり、基本的には夜間も使用しません。単純な光熱費だけで計算すると、回収までに数十年の時間がかかり、費用対効果が低いと判断されてしまうことがあります。
しかし筆者は、学校については光熱費のコストパフォーマンスだけで判断しても意味がないと考えます。子どもたちが毎日過ごす学び舎が、耐えられないほどの暑さや寒さのまま放置されている現状は、行政が提供すべき最低限度の人権が守られていないことを意味しています。それを改善するのは、行政にとって不可欠の仕事です。実際、自治体によっては、学校をはじめとする公共施設の断熱改修に着手する所も出てきていますが、全国レベルではまだ、ごく一部にとどまっています。

今回の記事では、暑さの話が中心になりましたが、筆者が学校の先生たち向けに書いた記事では、子どもが鉛筆も握れないほど寒い長野県の小学校の教室を断熱する様子を紹介しています。欧州では、暑さ寒さは人権問題ととらえられているため、子どもたちがこのような環境に放置されたまま、ということはまずありません。また、状況の改善を議論するにあたって、「光熱費の回収」が争点になることもありえません。なお、学校の教室は災害時の避難所としても使われるため、災害対策としても大切な意味があることを付け加えておきます。
日本の学校の室温規定は、2022年に改定され「18度以上、28度以下が望ましい」となりました。しかし、温度を計測して管理している学校は、アンケート(回答者109名)にみられるように多くはありません。基準を「しっかり守れている」と答えた先生は全国平均で2割程度、そもそも温度規定を知らない先生たちも4割近くいました。
その基準を守ることができない責任は、日々の業務の忙殺されている先生たちにではなく、無断熱の校舎を放置してきた国や自治体にあります。行政は人々の善意だけに頼るのではなく、子どもたちの人権を守ることのできる校舎に改修するための議論を、すぐにでも進める必要があるはずです。