「何千万円もかけて家を建てたのに、住んだらすごく寒かった」。こんな悲鳴が、あちこちであがっています。なぜこのようなことが起きるのでしょうか?カギを握るのは、家の断熱性能のレベルの見分け方です。断熱ジャーナリストの高橋真樹が、住宅の新築やリノベーションの際に気をつけるべきポイントについて、最新の制度を読み解きながらお伝えします。※今回の記事は、東京大学の前真之准教授にご協力いただきました。
なぜ日本の家は寒くて電気代が高いのか
いま、寒さと燃料費の高騰という両面で、頭を悩ませている家庭が多いのではないでしょうか。前回の記事(https://miraimedia.asahi.com/takahashi_01/)では、断熱がなぜ大切かという話を紹介しました。今回はもう一歩踏み込んで、どのレベルまで断熱すべきかについて取り上げます。

新築住宅に関して参考になるのは、2022年10月に見直され、新設された断熱性能等級(以下、断熱等級)です。それまで、国の定めたレベルの最高は等級4でしたが、今回からその上に等級5〜7が新設されました。一見、これが何を意味するのかわかりにくいかもしれませんが、実はこの変化は、建築業界はもちろん、一般の私たちにとって、ものすごく重要な話になります。
これまでの断熱等級4の家を販売している一部の工務店やハウスメーカーの中には、「国が定めた最高等級の性能です」とアピールする会社もありました。いかにもすごそうですが、国際的に見ると低いレベルでしかありません。この基準は、1999年に定められた20年以上前のもので、それから変わっていませんでした。
民間団体がつくったHEAT20という断熱基準では、等級4の室温基準が示されています。例えば東京、大阪、名古屋などの地域で、「冬の最低室温がおおむね8℃を下回らない」基準になります。夜間に暖房を止めて、トイレや脱衣所など、家の一番寒い場所が8℃くらいになるという意味で、とても寒いのです。このレベルでは、欧米の多くの国で違法建築になってしまいます。
しかも本当の怖さは、2022年10月まではこれが最高等級だったことです。そのため、等級4レベルの寒い住宅でさえ、既存住宅の1割程度しか存在していません。つまり8割以上の既存住宅は、これよりもさらに寒いのです。屋外とそれほど気温が変わらない無断熱の住宅も、3割から4割ほどあります。日本の冬の室内が寒いのは、当たり前だったわけです。

いま私たちは、寒さで健康を損ねるか、ものすごく高い光熱費を払うかという究極の二択にさらされています。東京大学の前真之准教授(工学部建築学科)は、これまで住宅の断熱性能をめぐる状況が変わらなかった理由を、このように説明します。
「消費者は寒さを解決できること自体を知らなかったですし、建築業界はニーズがない中で率先して変えようとはしませんでした。業界団体を守ることを優先する国や行政も、あえて規制をかけなかった。しかし、断熱や省エネは国民生活に大きなメリットをもたらします。これ以上、燃料費の高騰や寒さで人々が苦しむことのないよう、断熱住宅を増やす仕組みを早急に整備する必要があります」。
こうした専門家や実務者の声を受けて、最終的に国が動いて実現したのが等級4を超える新しい断熱基準でした。

これからの家は最低でも等級6以上
これから家を建てたり購入したりする場合、どの等級をめざすべきでしょうか。エコハウスの専門家の意見や、断熱の取材を重ねてきた私の体感を総合すると、断熱等級6以上を強くお勧めします。
その理由は、健康を守り光熱費が上がらない最低限のラインが、等級6だからです。寒さから健康を守るためには、一部屋だけ暖める局所暖房ではなく、家全体を暖める全館暖房が必要です。そして全館暖房をしても、光熱費が増大しないレベルが、断熱等級6になります。前准教授は、それよりもう少し断熱を強化して、「断熱等級6プラスアルファ」を推奨しています。
参考までに、HEAT20の最低室温の基準値は、等級4では「おおむね8℃を下回らない」でしたが、等級6レベルの家(※)では「おおむね13℃を下回らない」と、5℃アップします。さらに適切な暖房をしていれば、室温が15℃を下回る確率は10%程度となり、基本的に家のどこにいっても室温が安定しています。

長期的な視点でも、いまから等級4や等級5の家を建てるメリットはほとんどありません。というのも、いままで「最高等級」だった断熱等級4は、2025年からは、新築住宅の最低基準として義務づけられます。さらに遅くとも2030年には、断熱性能5が新たな最低基準になる見込みです。家は建てたら何十年も住み続けます。合法とは言え、最低基準ギリギリの性能になることがわかっているのに、わざわざそういう家に住むメリットはありません。
あえてメリットをあげれば、初期投資が少し安くなることくらいです。とは言え、光熱費を含むランニングコストはむしろ高くなり、30年単位で考えると価格差は逆転します。電気代が上昇し続ければ、もっと早くメリットがなくなります。もちろん、家の寒さにより健康の影響を受けやすくなるというデメリットも見逃せません。
※厳密に言えば、断熱等級6とHEAT20が規定する等級6レベルの家(G2)とでは、計算の仕方が異なりイコールではありません。しかし、本記事中では複雑になりすぎないよう同等レベルとして扱っています。より詳しく知りたい方は、こちらの動画をご覧ください。
(https://www.youtube.com/watch?v=9YS1iX5CPTA)
まぎらわしい名称にまどわされない
なお、断熱等級5とほぼ同じ性能の家は、日本ではゼロエネルギーハウス(=ZEH)という名で販売されています。「ゼロエネルギー」と聞くとすごそうですが、実際には等級4と比べて20%ほど省エネする程度で、エネルギーを使わないわけではありません。これは日本政府が独自に定めた基準で、国際的にはまったくゼロエネルギーとは呼べるクオリティではないのです。
ゼロエネルギーと呼ぶ理由は、断熱性能はそれほど高くなくても、太陽光発電を多めにつけて発電すれば、使った分のエネルギーが相殺できるという計算にしているためです。もちろん、太陽光発電でエネルギーの自給率を増やすことには意味がありますが、光熱費削減効果はあっても、健康や快適性といった面ではそれほど効果がありません。住宅業界には、「最高等級」や「ゼロエネルギー」といった、日本でしか通用しない用語があふれているので、まどわされないよう気をつけてください。 では実際、等級4〜等級7までで、どれほど室温が変わるのでしょうか?前准教授は、冬季に4種類の断熱性能の住宅で熱画像を撮影しています。

既存住宅の断熱改修なら?
ここまで、新築住宅の断熱等級についての話をしてきました。では、既存住宅ではどうすれば良いのでしょうか?前回の記事(https://miraimedia.asahi.com/takahashi_01/)では、もっともエネルギーが出入りする場所である窓の改修について取り上げました。特に、最も効果が高いのは内窓です。
窓の次に手がけたほうが良い部分が、人の体が接する床です。床の断熱は、窓に比べると費用がかかりますが、効果は抜群です。前准教授は、床を改修したお宅の、改修の前と後とで熱画像を撮影しています。



改修前は、床面の温度が低い状態です。2枚目は改修して少し良くなりましたが、まだ冷えています。これは、家具の配置などでエアコンの暖気が床に当たっていないことが理由です。3枚目は、家具の配置を工夫して、暖気が床に当たるようにした状態です。これで暖かくなりました。前准教授は言います「断熱材自体が熱を発しているわけではありません。床断熱をして、さらに温風が当たるようにすると劇的に違いがわかります」。
最近は、国も断熱改修に多くの補助金をつけるようになっています。既存住宅だからとあきらめず、少しでも断熱性能をあげる努力をしてほしいと思います。
環境省・経済産業省・国土交通省が連携する「住宅省エネ2023キャンペーン」についてはこちら(https://jutaku-shoene2023.mlit.go.jp/)
日本では、さまざまな事情から断熱に関する基準が低いままになっていて、低い性能の家がたくさん建てられてしまいました。いまみなさんが寒さや電気代の高騰に苦しめられている理由の一端は、そこにあります。
しかし前准教授は、そうなった責任は国や業界だけにあるわけではないと言います。「一般の方は建築のプロではありません。しかし、誰もが家で暮らしているのですから、みんなが住まい方の専門家なのです。自分や家族の暮らしをより良くできることをまず知ってほしい。その上で、住まいの性能をもっと意識することが大切です」。
社会で、断熱性能の高い住宅が当たり前になるためには、国や業者におまかせするのではなく、私たち自身が学び、実践する賢い消費者になることが欠かせないのかもしれません。
※文字数の関係で今回は詳しく触れませんが、家の性能を高めるには断熱のレベルアップに加えて、気密性能のアップと換気の工夫(特に熱交換換気の導入)もセットで考える必要があります。詳しくはこちらの筆者のブログを参照してください。
今回の記事の内容についてさらに詳しく知りたいという方には、前准教授が解説しているこちらの動画が参考になります。(https://www.youtube.com/watch?v=NxrFM8mKT5g)

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