いまエネルギー価格の高騰と寒波の襲来で、家計も厳しくなっています。でも、無理せずエネルギー消費を抑え、健康も維持する方法があります。それが、建物の断熱を通じた「ガマンしない省エネ」です。日本で唯一の断熱ジャーナリストである高橋真樹が、自らの体験談を通した断熱にこだわる理由や、家計や健康を守る断熱の可能性についてお伝えします。
「ガマンの省エネ」がもたらす深刻な問題とは?
日本では、省エネと言えば「暑さ、寒さをガマンするもの」と理解されてきました。例えば環境省は、冬の省エネ対策のひとつとして「みんなでコタツに入り、鍋料理で温まろう」と、鍋のレシピを紹介してきました。
家族がリビングに集まり、そこだけ暖房するのは効率が良さそうですが、他の部屋との温度差が極端になり、体調不良の原因になります。特に日本の家は脱衣所、風呂場、トイレが極端に寒く、入浴中に亡くなる方の数が交通事故の死亡者数をはるかに上回るほど。エネルギーを減らすことだけを優先しても、SDGsの他の目標を損ねてしまったら元も子もありません。
欧米では、暑さや寒さをガマンすることを「省エネ」とは呼びません。暑さ、寒さは貧富の差に関わらず、誰もが等しく守られるべき人権問題と考えられています。WHO(世界保健機構)は2018年に、寒さから健康を守る室温の基準として、最低でも18度以上にすべきという強い勧告を出しました。高齢者はさらに高い温度が必要です。

重要なのは、リビングだけでなく家全体が18℃以上であるべきという点です。これを「全館暖房」と呼びます。ただ、日本の既存住宅の断熱性能は著しく低いので、家全体を暖房しようとすれば、とんでもない光熱費がかかります。そのため、寒い部屋や脱衣所に暖房器具を設置する前に、建物の断熱をしっかりと行う必要があります。
重視したいのは、家の中でもっともエネルギーが出入りする窓やドアなどの開口部。冬は、50%前後の熱が開口部から抜けています。日本ではこれまで、窓のサッシにアルミが使われるのが一般的でしたが、世界の他の先進国では樹脂製や木製が主流です。アルミは樹脂に比べ熱伝導率が約1000倍も高くなっています。

人生を変えた衝撃の宿泊体験
ぼくは約10年前、ある住宅実務者の方からこの話を伺い、驚きました。日本でエコガラスとして販売されていたアルミサッシのペアガラスは、欧州や米国、韓国ではまったく通用せず、国によっては違法になるレベルのものでした。ぼくは当時すでに、再生可能エネルギーの書籍も出していましたが、自宅のサッシから大量のエネルギーが抜けていることに気づいていなかったのです。
とは言え、ぼくにとっても冬の住まいが寒いのは当たり前。そのため、「欧州に、外気温がマイナスでも、無暖房で室温20℃を保っていられる家がある」と言われても、ピンときませんでした。そこで、埼玉県にあった世界レベルのエコハウスに、真冬に宿泊体験をさせてもらうことになりました。
そこでは外気温は6℃なのに、室内はどこにいっても床が20℃を保っていました。無暖房なのに、室内は裸足でも寒くありません。百聞は一見にしかずと言いますが、とんでもない衝撃を受けました。いままで暖房費をたくさん払っていながら、寒い思いをしていたのは何だったんだろうと感じました。

しばらく後、ぼくが泊まったモデルハウスが販売され、そこに暮らすことになりました。戸建てを持つことなど検討すらしていなかった自分が家を持つようになった理由は、こういう住まいを日本で当たり前にするために、住みながら発信するためでした。
高気密高断熱のエコハウスでの暮らしは、それまでの日本の住まいについての常識とあまりにかけ離れているので、なかなか理解してもらえません。それなら自分が住んで発信したり、お客さんを呼んで体験してもらう機会を増やしたりすることで、説得力を持たせようと考えたのです。2017年から住み始め、夫婦でエコハウスの暮らしぶりについてのブログ(高橋さんちのKOEDO低燃費生活)を続けています。
断熱性能の高い家はコストが高いと思われるかもしれませんが、そうではありません。例えば、新築の家の窓をアルミサッシ(複層ガラス)ではなく、樹脂サッシ(LOW -E複層ガラス)にした場合、断熱性能は格段に高まりますがその差額はおよそ70万円程度です。家の建築費用全体で考えれば、大きな額とは言えません(※)。
夏も冬も外気の影響を受けにくくなり、年間を通して光熱費を抑えられるので、長く住み続ければ初期投資を上回るメリットがもたらされます。もちろん、電気代高騰の影響も抑えることができます。
※東北芸術工科大学・竹内昌義教授「断熱強化による暖冷房費削減の費用対効果に関する試算(21年5月14日)」より
誰でもできて効果が高い窓対策
伝えたいのは、「みんながいますぐ高性能な住宅に住むべき」ということではありません。もちろん社会の常識が変わり、高い断熱性能が当たり前になればいいのですが、日本では少々時間がかかりそうです。知ってほしいのは、どんな家でも対策をすれば、快適さや省エネ性能をアップさせることは可能ということです。
まずは、すぐにできる方法を紹介します。自由度の少ない賃貸住宅でも、できることはあります。優先はやはり窓対策です。ホームセンターでも売っている窓の隙間風を防ぐ隙間テープや、ガラスに貼るプチプチ、窓際に立てかける結露防止グッズなどは、冷気を抑える効果があります。
もう少し費用をかけてもいいなら、厚手の断熱カーテンや、空気層のあるハニカムブラインドもお勧めです。障子であれば、プラスチックダンボールを貼り付ければ、簡単に冷気対策ができます。さらに、断熱材のスタイロフォームを窓のサイズにカットしてはめ込む強者もいます。

最もお勧めなのが、コストパフォーマンスに優れる「内窓」です。窓の内側に窓をつける「内窓」は、夏も冬も効果があり冷暖房のコストも抑えられます。また、結露防止や防音効果もあります。賃貸では、サイズをネットで注文してDIYで設置できる簡易型があります。
持ち家であれば、事業者に注文してメーカーの内窓を設置するのがいいでしょう。一度にすべての窓につけるのが難しい場合は、脱衣所やお風呂、北側の窓などを優先すれば、ヒートショック対策になります。また、リビングや寝室など長く時間を過ごす部屋に設置すれば、変化を感じやすくなります。国や自治体から補助金も出ているので活用してください。断熱はやればやるだけ効果があります。それを、多くの人に実感してほしいと思います。



窓以外は本格的な工事も必要ですが、床や壁、天井なども断熱すれば、従来使っていたエネルギーを半分近く減らすことも難しくありません。その上で、高効率機器や太陽光発電を活用すれば、家庭やオフィスのエネルギー自給率は格段に上がります。
ぼくは建物の断熱の重要性を知り、多くの人が実践することで、日本社会のエネルギー、経済、そして健康などの古い常識を書き換えていけると考えています。例えば、「電気が足りないから原発を増やせばいい」という古い常識に基づいた発想の前提そのものが、大きく変わるのです。
この10年で、日本社会の常識も少し変化しました。昨年は、住宅実務者を含む多くの方たちの努力で、国土交通省が新築住宅の最低限の断熱性能を義務化しました。国際的にはまだ遅れていますが、これまでほぼ無断熱の家を販売しても許されていたことを考えると、一歩前進です。
それをさらに進めるためには、関心を持ち、既存住宅の断熱を手掛ける人が増えることが大切です。皆さんも、ちょっとしたことからできる断熱ムーブメントに参加して、電気代の節約と快適な暮らしが両立できることを実感してもらえればと思います。
なお、今回は紹介できませんでしたが、建物の断熱は持続可能なまちづくりを考える上でも重要な手段となります。ぼくの著書『日本のSDGs それってほんとにサステナブル?』(大月書店)では、公共施設の断熱を通じてエネルギーコストを削減したり、まちづくりの見直しにつなげていたりする国内外の実践を取り上げています。

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