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こんな賃貸が欲しかった!夏涼しくて冬あったかい、これからの賃貸住宅のスタンダードとは?

更新日 2023.03.17
目標3:すべての人に健康と福祉を
目標7:エネルギーをみんなにそしてクリーンに
目標13:気候変動に具体的な対策を
室内の画像

これまで賃貸住宅は、「暑くて寒い」「結露する」「音がうるさい」といった物件があたり前でした。持ち家に比べて賃貸住宅では、住まいとしての性能が置き去りにされてきたのです。ところがいま、その常識をくつがえす高性能の賃貸住宅が各地に誕生しています。断熱ジャーナリストの高橋真樹が、誰もが住みたくなる新しい賃貸住宅をリポートします。(冒頭の写真©中村晃)

賃貸の不満は、「音」「暑さ・寒さ」「湿気」

一般的に、賃貸住宅を選ぶ際に重視するのは、家賃や駅からの距離、広さなどです。そうした条件がだいたい同じであれば何を優先するでしょうか。アンケート(※)では、「間取りが好み」「設備がきれい」「内装が好み」といった、目で見てわかる項目が並びました。一方で「遮音性」「断熱性」といった性能に関する項目は低くなっています。

ところが、実際に住んだあとの不満点は、選ぶ時とは逆に「遮音性」「断熱性」が上位になります。別の調査でも、賃貸住宅の不満の多い順に「上階の足音や声が響く」、「断熱効果が弱く、夏暑く、冬寒い」、「風通しが悪く、湿気がこもり、カビがはえやすい」、「壁が薄いため、隣室や外の音がうるさく、室内の音も外にもれる」など、「遮音性」「断熱性」に関連する項目が並びます(図1)。

図表
2015年「賃貸住宅の不満に関する調査報告」LIXIL住宅研究所調べ

さらに、暑さ、寒さ、結露、カビなどのストレスによって、引っ越しを検討する人が約3割もいるとされています。住み始めると、目には見えにくい性能の部分が影響してくるのです。賃貸住宅の中でも、特に木造の賃貸アパートの性能は、壁の薄さに象徴されるように、極めて低いまま放置されてきました。オーナー自身が住むことが少ない賃貸住宅は、初期投資を抑え、できるだけ早く投資回収をすることに主眼が置かれてきたためです。

アルミサッシの写真
既存の集合住宅の窓の多くは、いまだに結露しやすいアルミサッシを使用しているところが大半を占める。結露をするとカビも生えやすくなる。

また、たとえオーナーが性能の向上を検討しても、金融機関が投資回収までの時間がかかる融資に難色を示すケースがほとんどです。背景には、初期コストを上げてまで性能を高める価値が、なかなか理解されないという社会的な課題があります。

同様の理由から、不動産仲介業者が対応できないことや、断熱性能の高い賃貸住宅を探す入居者がいないという課題もあります。そのため、日本では高性能な賃貸住宅の建設は進んできませんでした。ところがいま、業界の常識を塗り替えるべく、高性能な木造賃貸アパートが各地に誕生しています。2つの現場を訪れました。

※ 出典:「賃貸契約者にみる部屋探しの実態調査 全国版」2016年 リクルート住まいカンパニー調べ

手頃な家賃の超高性能アパート

リビングの写真
パティオ獅子ヶ谷のリビングとキッチン(©高橋真樹)

最初に紹介するのは、神奈川県横浜市の「パティオ獅子ヶ谷」(2021年春入居開始)です。部屋数は4戸で、一般的なワンルームに比べて1.5倍の広さ(約32㎡)があり、2人入居にも対応しています。そして、空間全体が8畳用から10畳用のエアコン1台の出力で冷暖房できるよう設計されています。

断熱性能と気密性能は、戸建の高性能住宅と同等のレベルになっています。前回の記事(https://miraimedia.asahi.com/takahashi_02/)では、これから家を選ぶ際には「断熱等級6以上」がお勧めとしました。理由は、室温を夏も冬も健康に過ごせる環境に保ちつつ、光熱費の上昇を抑えられる、「健康と省エネを両立できるレベル」だからです。

この「パティオ獅子ヶ谷」の性能は、その断熱等級6に相当します。木造賃貸アパートとしては考えられない性能です。これまでは、北海道や東北ではこのレベルの賃貸アパートがわずかに存在していましたが、南関東の神奈川ではまず例がありません。

賃貸住宅の写真
「パティオ獅子ヶ谷」の外観。二棟に2戸ずつ入居するスタイル。一般的な建材を使用しているため、見た目では性能の高さはわからない(©高橋真樹)

これだけの高性能アパートとなると、建築費や入居費が高額になりそうですが、そうではありません。断熱のため追加でかかった費用は11%(約320万円)ほど。入居費は、周辺の相場から1.1万円ほどの上乗せで、8.5万円となっています。性能面に加え、広さや居室のデザイン性も加味してこの価格と考えれば、決して高くはありません。

コストと性能の両立は、オーナーと建築家そして建設会社が、協力して工夫を凝らしたことから実現しました。設計を手掛けた内山章さん(スタジオA建築設計事務所代表)は、「特殊な建材を使用しないことでコストを抑えつつ、住み心地につながる部分にはこだわりました」と言います。

床のフローリングには無垢材を使用、肌触りの良さに加え、床からの冷気をやわらげます。熱や音の出入りが大きい窓には、ペアガラスの樹脂サッシを採用しました。アパートに面する表通りには頻繁にバスが走りますが、この窓のおかげで騒音はかなり抑えられています。

断熱サッシの写真
断熱、遮音効果のあるペアガラスの樹脂サッシ(©高橋真樹)

段違いな住み心地

オーナーである岩崎興業地所は、周辺地域に20棟、約280室の賃貸アパートを所有する不動産会社です。内山さんに設計を依頼した、同社の岩崎祐一郎専務が言います。「短期的な収益だけを見るのではなく、地域の将来を考え、資産価値の高いアパートを建てることが、今後の事業モデルになるのではないかと判断しました」。確かにアパート経営の将来を考えても、日本全体で人口が減少していく中で、暑くて寒い一般の木造アパートとの差別化が図れるはずです。

課題となる融資は、岩崎さんの祖父の代からの付き合いという地元の信用金庫が、会社との信頼関係を元に融資を行いました。入居者の募集には、岩崎さんと内山さんがアパートの魅力をわかりやすく伝えるチラシを作成。不動産屋さんが、チラシを渡すだけで済むようにしました。その成果もあって、2021年初めに募集を開始すると、およそ1ヶ月で満室となりました。

当時入居し、2年間居住している会社員のIさんは、以前の住まいと比べて段違いに快適になったと喜びます。「窓を開けると車の騒音がしますが、閉めると気になりません。結露もなく、寒い日でも暖房をつけるとすぐに暖まります。日々の暮らしでストレスを感じにくくなったので、よほどの環境の変化がない限りここに住み続けたいと思っています」。

岩崎興業地所の事業は、新築よりも建て替えやリフォームが中心です。岩崎さんは、今回試みた経験を、リフォーム分野に活かしていきたいと考えています。

フローリングの写真
木造賃貸住宅には珍しい無垢材のフローリングは、裸足でも気持ちがいい(©高橋真樹)

隣室や上階の音がしないアパート

次に紹介するのが、埼玉県東松山市の「弐番町アパートメント」です。住宅街の中に現れた、板張りの美しい外観が目を惹きます。こちらは2階建てで部屋数は8戸。1LDK(45㎡)が2部屋、2LDK(60㎡)が6部屋で、ファミリー利用も可能です。無垢材の床や天然素材でできた壁紙など、注文住宅並の上質な空間になっています。

賃貸住宅の写真
ウエスタンレッドシダーの外観が美しい「弐番町アパートメント」(©夢・建築工房)

注目の断熱性能は、等級6を上回るレベルになります。南側の窓を除き、窓には超高性能なトリプルガラスの樹脂サッシを採用、エアコン一台の出力で、年間を通じて家中の温度を一定に保てます。家賃は相場の約2割増ですが、駅から徒歩4分で、公園に隣接する好立地、おしゃれな外観と内装も相まって、2021年春に募集を始めると、約2ヶ月で満室となりました。

「高性能住宅を普及させたい」というオーナーからの相談を受けて、設計と施工を担当したのは、地元で高性能な注文住宅を建ててきた工務店の夢・建築工房です。代表の岸野浩太さんは、賃貸住宅を手がけた理由として、「高性能住宅の存在を知らない一般の方に、その魅力を体感して欲しいと考えました」と語ります。

室内の写真
室内は無垢材の床や大きな窓など、質感が高い仕様(©夢・建築工房)

岸野さんがもっとも気を使ったのが、隣室との間の壁と、2階の床の遮音性です。外からの音は遮断しても、他の部屋の音が伝わりやすければ不快に感じます。そこで岸野さんは、防音仕様を研究し、壁や床の断熱材を通常より大幅に厚くしたり、遮音マットを敷いたりといった独自の工夫を重ねました。実際、入居者からは音が静かだと好評です。さらに岸野さんは2023年春に、同じオーナーの元で、戸建ての高性能賃貸住宅を建てました。

これからの賃貸は高性能が当たり前に?

岸野さんは、今後も高性能賃貸住宅を増やす予定にはしています。しかし、やはり金融機関の融資がおりにくいという課題があります。これまでに建てた2つの高性能賃貸のオーナーは大地主の方です。地元の金融機関からの信頼も厚いため、初期投資が高くても大きな問題にはなりませんでした。

しかし、これまで取引のない別のオーナーが高性能賃貸への融資を受けようとしたところ、難色を示されました。今後、高性能賃貸住宅を増やすにあたり、建主の信用頼みではなく、こうした住宅の価値そのものを理解する金融機関を増やす必要がありそうです。

住宅の写真
2023年に完成した夢・建築工房の戸建ての高性能賃貸住宅(©高橋真樹)

前回の記事(https://miraimedia.asahi.com/takahashi_02/)で紹介したように、2025年から新築される建物の最低限の断熱基準(断熱等級4)が義務化されます。さらに遅くとも2030年には、断熱性能5が新たな最低基準になる見込みです。義務化の範囲には、戸建だけでなく、賃貸住宅も含まれています。

その流れからすれば、賃貸住宅も断熱性能の高い建物が選ばれるようになることは必然です。金融機関がこれまでの融資姿勢を転換することは、社会的な利益というだけでなく、ビジネスという面でも、メリットがあるはずです。また、脱炭素の目標を掲げる国や自治体も、金融機関が高性能賃貸住宅に融資をしやすくする仕組みをつくることも重要になります。

木造賃貸アパートは、独立や結婚を機に、最初に自分で選ぶ住まいになることが多いとされます。いままでは暑い、寒い、うるさいが当たり前でしたが、住み心地が快適になれば、入居者がその後に選ぶ住まいの性能も変わってくることでしょう。実際、話を伺った「パティオ獅子ヶ谷」入居者であるIさんは、「住まいを移ることになった場合、次に住む場所でも性能を意識して選びたい」と語っています。

室内の写真
戸建ての高性能賃貸のリビング(©夢・建築工房)

筆者は、あるご縁から高気密高断熱のエコハウスに暮らすようになりました。詳しくはこちらの記事(https://miraimedia.asahi.com/takahashi_01/)をご覧ください。その経験から言えば、入居するきっかけが性能ではなかったとしても、一度その快適さを味わってしまうと、性能の悪い住まいには住みたくなくなります。その意味でも、多くの人が入居する賃貸住宅の性能が上がることは、住まいに対する社会の認識をも変えていくことになるでしょう。

高性能賃貸住宅の普及によりメリットを得るのは、居住者だけではありません。オーナーにとっては、他の賃貸との差別化や退去率の低下、そして資産価値の向上が得られます。さらに地域や日本社会全体にとっても、地域経済への貢献や消費エネルギーの削減、そしてヒートショック対策になるなど、社会課題の解決にもつながります。建物の価値を次世代につなげていく高性能賃貸住宅を建てることは、未来への投資となるはずです。

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writer:高橋真樹

ノンフィクションライター、放送大学非常勤講師。国内外をめぐり、環境、エネルギー、まちづくり、持続可能性などをテーマに取材・執筆を続ける。エコハウスに暮らし断熱ムーブメントを広める、日本で唯一の「断熱ジャーナリスト」でもある。著書に『日本のSDGs -それってほんとにサステナブル?』(大月書店)、『こども気候変動アクション30』(かもがわ出版)ほか多数。エコハウスブログ「高橋さんちのKOEDO低燃費生活」(http://koedo-home.com/)。高橋真樹公式サイト(https://t-masaki.com/) 

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