SDGsという言葉を知っている人は増えましたが、内容を知らなかったり、誤解したりしている人も少なくありません。このたび、「SDGs×公民連携 先進地域に学ぶ課題解決のデザイン」を著した慶応大学大学院の高木超特任助教に、SDGsに対するよくある誤解や、SDGsで重要な「変革」について「2030 SDGsで変える」編集部が聞きました。
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高木 超(たかぎ こすも) |
あるSNSで「SDGsで環境保護を重視し、エネルギー消費を抑制すると、貧困と格差が拡大し、戦争が起きやすくなる」という投稿がありました。ロシアのウクライナ侵攻戦争にからめての主張だと思いますが、これに「いいね」が4000以上もついていました。
「SDGsって、環境保護やエコのことですよね」という声をよく耳にします。しかし、SDGsは環境の側面だけに焦点をあてた目標ではありません。例えば、貧困の解消はSDGsの前身にあたるミレニアム開発目標(MDGs)から引き継がれた重要な課題で、17ある目標の一番最初に掲げられています。もちろん、環境保護に関する目標もありますが、不平等の是正も、平和で包摂的な社会の促進もSDGsの目標に入っています。
なぜ、「SDGsイコール環境保護」という印象が生まれたのでしょうか。
SDGs自体が、開発と環境という2つの議論の流れがひとつになって誕生したことも背景にあると思います。また、環境分野の専門家がSDGsを普及させるための中心的な役割を担ってきたことも関係していると感じます。ほかにも、マスメディアがニュースで取り上げたり、行政がSDGsの活動例として広報したりする例として、多くの人が実践したり、イメージしたりしやすい、ゴミ削減やリサイクルが多いことも影響しているかもしれません。多くの人に関心を持ってもらう導入部ではそれでもよいとも思います。でも、リサイクルの推進は目標12「つくる責任 つかう責任」に貢献するからすべて解決、海岸のゴミ拾いが目標14「海の豊かさを守ろう」に合致するからすべて解決、というわけではないのです。
目標に合っている「だけ」ではSDGsとはいえない
「取り組みが目標に合致しても解決ではない」とは、どういう意味でしょう。
SDGsには17の目標があります。各目標はばらばらではなく、一体不可分で、すべての目標の達成を目指して行動することが必要です。自分たちの取り組みが、目標のどれかに合致したというだけでは、SDGsを達成したとはいえないのです。冒頭のSNS投稿の例もそうですが、環境保護だけを重視した行動の結果、貧困や差別が拡大し、戦争が起きるなら、それは持続可能ではないですよね。
ただ、ある目標を達成しようとすると、別の目標達成を妨げる、というケースは少なくないと思います。すべての目標を達成することはできるのでしょうか。
簡単ではありません。本の第1章でも書きましたが、何かの政策を進めたり、行動したりすると、SDGsの目標同士に正負のつながりが生じることがあります。これをインターリンケージといいます。例えば、地方自治体が森林を切り開いて、多くの人が便利に利用できる道路を建設すると、SDGsの目標9「産業と技術革新の基盤をつくろう」に貢献します。そこにバス路線などが開通すれば目標11「住み続けられるまちづくりを」にもつながるなどの相乗効果(シナジー)があります。一方で、森林を切り開いたことで目標15「陸の豊かさを守ろう」の達成を妨げてしまう相反(トレードオフ)も生じます。こうしたインターリンケージに注目することで、シナジーをなるべく多くもたらし、トレードオフはなるべく少なくする政策や行動を考えることができます。
「人々を豊かにするためには環境保全を無視してもかまわない」も、その逆の「環境保全を達成するためには、人々が豊かになれなくても仕方ない」は両方違うということですね。
SDGsでは、経済・社会・環境を統合的に考える必要があります。つまり、個別最適ではなく、全体最適を考える視座が求められます。地方自治体が森林に道を通す例でいえば、道路建設に関連する部署だけでなく、森林保全を担当する部署、そして地域の人、環境保護団体などとともに、トレードオフに目をつむることなく、住民や利害関係者が納得できる落としどころを探っていくことが重要です。このように、私はSDGsを、問題点を洗い出し、よりよい解決を探るための道具だととらえています。

朝日新聞社の調査で「SDGs」という言葉の認知は76%に達していましたが、一方で、SDGsの内容については「少し知っている」が56%、「ほとんど知らない」が28%という状態です(*1)。「知っている」という人の中にも個別最適でいいと思っている人もいるでしょう。他にどんな誤解がありますか?
冒頭の投稿でいえば、「環境保護を重視し、エネルギー消費を抑制すると」の部分です。投稿者は、化石燃料を使い続けるという前提で「二酸化炭素などの温室効果ガスを抑えるためにはエネルギー消費事態を抑制しなくてはならない」と現在の延長線上で考えています。でも、自然エネルギーなど環境負荷が少ない代替エネルギーが普及したら、環境保護とエネルギー消費のトレードオフが軽減されます。このように、前提自体をシフトして問題を解決していく思考のアプローチも必要です。
より良い未来のために前提や仕組みを変えていく
今あるシステムや仕組みでうまくいかないなら、うまく行くようにシステムや仕組み自体を変えてしまおうということですね。
SDGsは、2015年の「国連持続可能な開発サミット」で採択された「2030アジェンダ」が行動計画として掲げた目標です。これは広く知られていますが、「2030アジェンダ」の正式名称をご存じでしょうか。「Transforming our world: the 2030 Agenda for Sustainable Development」。日本語訳すると「我々の世界を変革する:持続可能な開発のための2030アジェンダ」なんですね。SDGsは今の延長ではなく、よりよい現在、そして未来のための変革をする視点が重要なのです。
例えば、どんな変革(前提のシフト)があるのでしょうか。
商品購入などの消費は廃棄前提で考えます。これを廃棄しない前提にシフトした、循環型のビジネスモデルがあります。マッドジーンズ(*2)というオランダの会社は、月額利用料を取るサブスクリプションでジーンズのリースをしています。消費者は、リース期間終了後に商品を買い取ることも、返却することもできます。同社が回収したジーンズは裁断され、繊維に戻され、再びジーンズになります。本の第3章「これからのSDGs×公民連携を加速させる7つのキーワード」で紹介した「サーキュラーエコノミー」(循環型経済)の一例です。
リサイクルやリユースとは何が違うのでしょうか。
原材料→製造→使用→廃棄というリニアエコノミー(直線型経済)が現在の主流です。リサイクルは製造と使用との間で、リユースは使用の中で循環がありますが、最終的には廃棄を伴います。マッドジーンズはそこから廃棄という前提を変革したビジネスモデルをつくり、原材料→製造→使用→回収→製造→使用→回収・・・とぐるぐる回しています。
日本ではどんな変革がありますか。
京都府亀岡市では、使い捨てというライフスタイルを変えようとしています。その取組の一つが、国のレジ袋有料化から一歩踏み込んだ「プラスチック製レジ袋の提供禁止に関する条例」の施行です。廃棄物の削減という点ではSDGsの目標12「つくる責任 つかう責任」の達成に貢献します。それだけではなく、レジ袋などの使い捨てプラスチックがポイ捨てなどによって海に流出すると、生態系に大きな影響を及ぼす恐れがあります。目標14「海の豊かさを守ろう」に付随するターゲット14.1では、プラスチックなどを含む海洋ごみの大幅な削減が求められており、亀岡市の施策はこの目標も意識しています。
確か亀岡市は海に面していない内陸の自治体ですよね。
海から約80キロも離れています。その背景には、市内に川下りで有名な保津川が流れていることが関係します。船頭さんたちと市民が2004年から河川敷の清掃活動をしているのですが、特に多かったのがレジ袋とペットボトル。これらが保津川に流れ込むと、約1日で大阪湾に流れ出てしまうこともあるそうです。そこで、様々な経過を経て亀岡市は2018年に「かめおかプラスチックごみゼロ宣言」を発表し、2021年のレジ袋提供禁止条例に至っています。先日、河川敷での清掃活動に参加したのですが、私自身は捨てられたレジ袋を見つけることはありませんでした。ほかにも亀岡市は、マイボトル普及によるペットボトルの削減にも取り組んでいます。
多くの自治体がマイボトルの普及に取り組んでいますが、実効が上がっているようにはみえません。
マイボトルの配布や利用推奨に留まっている自治体が多いからではないしょうか。それだけではペットボトルの使用量は削減できません。亀岡市ではウォーターサーバーのレンタル事業を展開する企業と連携して公共施設に設置したり、飲食店の協力を得たりして、市内で給水できる環境を整えました。また、給水場所を表示するアプリを展開する団体と協定を締結し、利用者が給水場所を探せるように配慮しています。これらは住民の視点に立った立体的な政策形成の形だと思います。ただし、ここで誤解しないでいただきたいのは、レジ袋やペットボトルが悪いと私が言っている訳ではない、ということです。
レジ袋やペットボトルを仮想敵にするのは思考停止
では何が問題なのでしょう。
先ほども述べましたが、私たち一人ひとりに染み付いてしまった「使い捨て」というライフスタイルです。確かに、レジ袋やペットボトルを仮想敵にして、「レジ袋やペットボトルが悪い」と説明すれば伝わりやすい。でも、問題なのは、「使い捨て」という仕組みです。また、仮想敵をつくるやり方には拒否感を覚える人もいるのではないでしょうか。
自分のライフスタイルを変えるのは、なかなか難しいですね。身近な問題を解決するには、市民側の努力も必要ですが、自治体側からの働きかけも不可欠だと思います。
課題解決に向けた公民連携の必要性は感じていても「我々にはできない」という自治体もあるでしょう。自治体職員だった経験から考えると、その理由が2つ思い浮かびます。一つは前例がないこと。もう一つはその政策を実現した市町村と自分たちは人口規模が違うことです。そこで、今回の本では国内の自治体と市民が連携して行っている、前提をシフトするような施策のうち、多くの自治体が共通して抱えるゴミやエネルギー、デジタル化などの問題を解決する事例を取り上げました。紹介している自治体の人口規模も、日本一の370万人超の人口をかかえる横浜市や、約1500人の徳島県上勝町など様々です。

ほかに解いておきたい誤解はありますか。
誤解ではありませんが、認識の相違が生じてしまいがちな点が三つあります。一つめはSDGsの「持続可能な開発目標」の「開発(Development)」という言葉です。日本語で「開発」と聞くと、アフリカなどの開発途上国の話で、日本に暮らす自分たちには関係ないことだと感じる人もいるのではないでしょうか。
日本に関係する、持続可能性を考えるべき身近な課題にはどんなものがありますか。
例えば水道です。講演などで私は「これから自宅に帰って蛇口をひねると安心して飲める水が出てきますが、お孫さんの代はどうでしょうか。100年後はどうでしょうか。安心して飲める水が出てくるかどうかは分かりませんよね。それは私たちの行動にかかっているのです。現在、私たちが享受している暮らしの質、環境の質を、未来の世代に持続可能な状態でバトンタッチをしていく。現在以上の状態で手渡すことだと捉えれば、SDGsの印象も変わるではないでしょうか」と伝えています。
将来のために、今は我慢しようということですか。
それが二つめの認識の相違です。そもそも「持続可能な開発」というのはSDGs以前に提唱されて(*3)おり、「将来の世代の欲求を満たしつつ、現在の世代の欲求も満足させるような開発」と定義されています。また水道の問題もそうですが、問題が発生するのは、遠い未来ではなく、5年後、10年後など自分に関わってくる近未来かもしれない。自分ごとと考えることも重要です。
漁業資源保護に似た考え方ですね。乱獲を続ければ、次世代どころか、数年後に資源が枯渇して食べられなくなる。だから、漁獲制限で資源保護をしながら、ずっと利用し続けていこう、と。
そう考えると自分ごとにしやすいですね。今の世代と将来の世代が折り合うというイメージでしょうか。三つめは「SDGsはパーフェクトなものではない」ということです。
パーフェクトではない。つまり不完全だと。
例えば、SDGsの目標5は「ジェンダー平等」ですが、LGBTQという言葉はターゲットにも明記されていません。そのほかにも、含まれていない要素はたくさんあります。だから、全てを包括しているわけではないSDGsを100%正しいとは言い切れないでしょう。一方で、国連に加盟する193カ国が共通の目標としてSDGsに合意したことには大きな意義があると思います。グローバル化が進む現代において、発生する課題を俯瞰的な視野で捉えるためにも、世界が合意した17の目標の観点から最適解を作っていくことは大切ではないでしょうか。
最適解をつくるためのSDGsなんですね。
SDGsでは「誰ひとり取り残さない」とうたわれています。SDGsの視点から社会問題を洗い直すと、さまざまな課題があること、多くの利害関係者がいることが分かります。その人たち全員が完全に満足できる政策を立案するのは困難ですが、話し合い、協力することで、落としどころ、つまり最適解が見つけられるはずです。それが「誰ひとり取り残さない」ことにもつながるのだと思います。
(*1) 朝日新聞社「SDGs認知度調査 第8回報告」
(*2) マッドジーンズ 公式サイト
(*3)国連広報センター 持続可能な開発
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