▲コロナ禍で困窮する社会的養護出身者の若者へ食料を発送する様子=Masterpiece提供
親の虐待や貧困などの理由で児童養護施設などで育った若者たちが、新型コロナウイルスの感染拡大が長期化する中、苦境に立たされています。困ったときに頼れる後ろ盾がないまま、18歳で「自立」を迫られる若者たち。コロナ禍で、経済的な困窮だけでなく、孤立を深めて精神的に追い込まれ、行政の支援も十分に受けられない――。そうした現状と支援の必要性が、改めて浮き彫りになっています。
「いつクビを切られてもおかしくない。生活もギリギリ。お金が減っていくのが正直怖かった」。そう振り返るのは、茨城県の男性(21)。2020年4月の緊急事態宣言発令時、男性はコンビニのアルバイトで生計を立てていました。もともと収入が不安定な中、シフトが減り、「収入よりも支出が多くなり、家賃も払える状況ではなくなった」と話します。
男性は11歳のとき、義父からの虐待で児童相談所に保護され、16歳まで東京都内の児童養護施設で過ごしました。自立援助ホームで暮らしながら、仕事をし、2019年秋に一人暮らしを始めました。親とはずっと連絡を取っていません。新型コロナウイルス感染拡大の影響で、生活がより苦しくなりましたが、「行政に頼るという発想もなかった」と男性は話します。男性は自身が過ごした養護施設の職員に紹介され、社会的養護出身の若者たちを支援する、一般社団法人「Masterpiece」(千葉県) のサポートを受けることになりました。現金給付のほか、食料品の提供を受け、男性は「助かった」と言います。
超長時間労働で体調を崩し「不安」 長期化するコロナ困窮
何とか乗り切ったものの、その後、男性に待っていたのは長時間労働でした。緊急事態宣言下で来店者が増えたコンビニは大忙し。ほぼ休みなく毎日働き、労働時間が月260時間を超えたこともありました。「午前11時から夜9時まで働いて、別の店舗に行って、さらに3時間の深夜勤務。帰宅後、3時間半仮眠を取り、翌朝6時には出勤するという時期もあった」。経済的不安は軽減しましたが、体が悲鳴を上げます。「限界状態が続き、精神的に追い詰められた」。結局、コンビニでの仕事を辞めざるを得ない状況に。現在は検品のアルバイトをしていますが、片道10キロを自転車で通う毎日。家賃が安い部屋に引っ越すなど、生活費を切り詰めていますが、治療のための通院もあり、今後の不安は消えません。

Masterpiece代表の菊池真梨香さんは、2021年の緊急事態宣言発令での若者たちの困窮は、前回(2020年4月)より「見える化していない」と指摘しており、「前回のような特別定額給付金もなく、他の保障も少ない。立場の弱い若者たちの仕事が切られやすく、1万円の減収でも命取り。孤立の解消も急務。長期化による影響も大きくなっています」と危機感を募らせています。
男性は「コロナが長期化すれば、施設を出て自立しようと頑張っている人の負債が増える一方。政府は終息のために短期集中的に対策してほしいです。また行政には、食料援助も考えて欲しい。食べ物を我慢することは一番のストレス。子どもがいる家庭は、我慢が虐待につながることもある」と訴えます。
「国から死ねと言われています」
親の虐待や病気、貧困などの理由で、児童養護施設や里親家庭など「社会的養護」のもとで暮らす子どもたちは全国に約4万5千人います。しかし、児童養護施設で暮らせるのは原則18歳まで。進学や就職など「自立」を迫られ、施設を出た後の支援「アフターケア」が今までも課題とされてきました。
もともと、飲食業やサービス業など職種で、不安定な非正規雇用として、ぎりぎりの生活を送る若者が多い中、2020年に新型コロナウイルス感染拡大が直撃。菊池さんの元には、次々とSOSが寄せられました。「精神的な打撃も大きい。緊急事態宣言によって、必死でつなぎとめていたひもが切れ、限界になった若者が多い。頼れる人、相談できる人もおらず、『親を頼れない自分は生きていたらいけないのか』と孤独を深める人もいた」(菊池さん)

菊池さんは、ある18歳の女性からの言葉に衝撃を受けたといいます。
「国から死ねと言われています」
女性は施設を出て、一人暮らしを始めたばかり。進学し、生活費や学費はバイトで稼ぐ予定でした。しかし、コロナの影響で収入が大幅に減り、新しいバイトも見つからず、貯金は底をつきそう。食事は1日1食。水道代節約のため、ぬれタオルで身体をふくだけ。公的支援を受けようと、緊急小口資金や住居確保給付金、生活保護について窓口で相談しても、「未成年だから」「学生だから」と断られ、たらい回しにされる――。女性は、不安と孤独で追い詰められていました。菊池さんらは、SNSで女性とやりとりを繰り返し、緊急基金を給付したり、食料を送ったりして支えました。また、公的支援については、菊池さんたちが代わりに直接担当者と話したことで受けられることになりました。
厚い行政の壁
一般的に、生活困窮者が受けられる公的な支援はあります。コロナにより減収した人に対し最大20万円を無利子で貸し出す「緊急小口資金」や、家賃を補助する「住居確保給付金」、「生活保護」などです。しかし、実親に頼れない、施設出身の若者たちが行政支援を受ける際、様々な壁にぶつかります。菊池さんは「20歳前後の若者が一人で手続きするのはハードルが高い。行政支援の強化は必須。手続きをしやすく、様々な制約に対し、柔軟に対応して欲しい」と訴えます。

メンタルケアも課題の一つです。菊池さんによると、実親を頼れないという理由から行政窓口で複雑なケースとして扱われたり、言いたくない親のことや虐待などの過去を説明したりすることが心理的負担(セカンダリートラウマ=二次受傷)になり、フラッシュバックを起こすこともあるといいます。「こんな嫌な思いをするくらいなら」と、支援を諦める若者が多く、また生活保護を受けるにあたって、扶養照会で親に連絡を取られることを恐れ、申請自体を断念するケースもあります。「行政窓口の担当者は『これまで大変だったね』と専門的視点で若者に寄り添い、虐待、トラウマ、発達障害やうつといった課題を抱える人たちへの理解を持って欲しい」と菊池さんは強調します。
コロナ禍で氷山の一角が顕在化 社会の一員としてできること
「コロナ禍で、氷山の一角だった社会的養護出身の若者たちが抱える課題が、より顕在化しました」と菊池さんは指摘します。「『社会的養護』、つまり社会が親代わり。見た目にはわからない、社会に隠れている、若者たちの現状と苦しい思いを、社会の一員として理解し、支えて欲しいです」

2021年1月からの緊急事態宣言を受け、Masterpieceはクラウドファンディングで、生活に困っている社会的養護出身の若者たちへの支援を募っています。希望者に現金給付を実施するほか、食料品送付を行う予定です。
クラウドファンディングはこちらから(支援募集は2021年3月7日(日)午後11:00まで)。