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人間=サイボーグ。石黒浩教授に記者が聞いた「人間ってなんだ?」【未来メディアカフェVol.11を前に】後編

更新日 2020.10.22
目標9:産業と技術革新の基盤をつくろう
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−−アンドロイドとして蘇生した偉人、夏目漱石が人と接したときに、人に、人格になにをもたらすのか。
 
漱石アンドロイドを作り上げた、大阪大学大学院の石黒 浩教授は、今回のプロジェクトへの興味をこう語る。しかし、と我々は疑問を持たざるを得ない。
果たして人とは何か、と。
 
自身の分身とも言えるジェミノイド。インタラクティブなコミュニケーションを可能とした「ERICA(エリカ)」。あのマツコデラックスをアンドロイド化した、マツコロイド。そして、研究とロボット研究を集約し、誰もその実像を知らない文学者、夏目漱石をアンドロイドとして甦らせた、漱石アンドロイド。石黒教授は、これまでに多様なアンドロイドを世に送り出してきた。
 
こうした精力的な研究活動の根底には「人の心を知るためのロボット研究」というテーマがある。2017年1月27日に開催されるイベント、「朝日新聞未来メディアカフェVol.11 吾輩は漱石アンドロイドである~人型ロボットと未来社会」を前に、カフェコーディネーターの朝日新聞・嘉幡久敬記者が、常に人を探究する石黒教授に、人という存在を知るための手がかりを聞いた。インタビューの前編「石黒浩教授に記者が聞く漱石アンドロイド創造秘話」も公開中だ。
 
現役新聞記者と、一般参加者がともに考え、社会課題の解決策を探る「未来メディアカフェ」。
1月27日は石黒教授をゲストに、ロボットと社会の関係を徹底考察します!
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人のアイデンティティは、ファッションにあり?

 
嘉幡:石黒教授のポートフォリオの中では、やはりジェミノイドが非常に有名で、いま5バージョン目を作られているそうですね。
 
石黒:これから顔の型を取るところです。
 
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▲石黒教授とうり二つのジェミノイド。遠隔操作で操作者の、顔の向き、表情などを再現する。また、操作者の会話の際の口の動きも生成する。石黒教授はこのジェミノイドだけを遠隔地に送り、本人は研究室にいるまま講演活動を行ったりもする。(写真提供:大阪大学)
 
嘉幡:ジェミノイドにも眉間のシワがあります。そもそも、いつもシワを寄せていらっしゃいますが、それは何かポリシーがあってのことでしょうか。
 
石黒:ポリシーはないです。眉間の筋肉が発達しているだけです。それでも、眉間にシワを取る成長因子を埋めたので、昔より浅くなったんですよ。
 
嘉幡:いつも上下黒いジャケットとパンツを着てらっしゃいますけど、これも石黒教授のアイデンティティと何か関連しているのでしょうか。
 
石黒:これはアイデンティティです。皆さんは服をアイデンティティだと思わないですか?服は人間のアイデンティティにおいて最も目立つものですよ。
 
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▲常に黒い服を着る。その理由は「フォーマルにもなるし、カジュアルにもなるから便利でしょ」とのこと…。
 
嘉幡:服から認識されると?
 
石黒:そうです。当たり前です。人が遠くから歩いてきて、最初に見るものは服でしょう。その次に顔です。そして会話して、初めて名前が意味を持つ。名前って一番わからないアイデンティティなんですよ。服はしょっちゅう変える。顔は時々化粧で変えるけど、本質的にあまり変えない。そして名前は変えない。間違ってますよ。
 
嘉幡:アイデンティティを相手に伝える効率を考えると……。
 
石黒:相手に伝わってこそのアイデンティティですから。名前なんか毎日変えたっていいんです。顔はあんまり変えない方がいい。服は絶対に変えない方がいい。

「めっちゃ美人」を創造する

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▲人との自然な対話を可能にしたERICA。音声認識、音声生成によって、人と会話コミュニケーションを行う。(c)ERATO石黒共生ヒューマンロボットインタラクションプロジェクト
 
嘉幡:顔と言うと、2015年に発表した美人アンドロイドのERICA(エリカ)が思い浮かびますが、従来のアンドロイドと違い、実在の人物を元にしていないものですよね。ERICAはどんなことができるのですか。
 
石黒:ERICAは対話できる感情とか欲求を持っている。今までのロボットって音声認識できなかったら、そこでコミュニケーションは終わりじゃないですか。でも、あいつ(ERICA)は理解できるまで徹底的に聞き返してくるんですよ。ちゃんと言葉を伝えないと、途中で泣いたり怒ったり、いろんな感情をむき出しにして、最後まで理解できないと、あんたとはしゃべりたくないって言う。
 
しかし、感情を表現すると、対話する相手が次はちゃんと喋ってくれるんですよ。感情がないと対話が続かないですよね。今までのロボットのように「分かりません」と言われたら、そこで終わりです。しかし、「もうちょっとちゃんとしゃべってよ!」と感情を出すと、相手はなんとかしてくれる。
 
嘉幡:ERICAは特定の人物ではなく、様々な美人の顔を組み合わせて作られています。どうやって生み出した顔なのでしょうか。
 
石黒:いま流行っている、ハーフ顔の複数の女性から顔のデータを取って、そこから平均値を求める。それだけではなくて、さらに、顔のパーツの大きさやパーツ間の距離の比率、顎の削り方のような、美容整形に用いるセオリーを適用しているわけです。だから、ERICAはめっちゃ美人な顔ですよ。
 
ただ、面白いのは、美の定義って存在しないんですよ。共同研究している大手化粧品メーカーでも美の定義は持っていない。美人というのは結局、つるりとした特徴のない顔で、人の想像を引き出しやすい顔なんです。「自分はこんな形の鼻や目が好きだ」と、見る人が自分の中にある理想のイメージを喚起できる顔を美しいと言うんですね。

人間の心は、ない

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嘉幡:先生はロボットの研究を人間を知るためのツールとして使ってらっしゃると。例えば人工知能にはこうした研究行為はできないとお考えですか。
 
石黒:わからないですね。もしかしたら可能かも知れない。ロボットが人とは何か、ロボットとは何か、と考えだしたら、それはすでにロボットではなく人間だろうと思うんです。それはある意味、研究のゴールかも知れません。
 
嘉幡:ロボットに人間の心を再現することができると?
 
石黒:まず心ってあるかどうかわからない。僕は、心は存在しないと思っています。人と会話をしていて、心の存在を感じるのは、「話している以外のことを、相手は考えているんだろうな」と想像が働くからです。
 
嘉幡:自分自身の心は、自分と関わる周りの人たちが感じているものであって、自分の中にはない、と?
 
石黒:複雑なものを見たときに、往々にして心があると言います。例えば犬だって複雑な表情をしていたら、心があるように感じる。つまり、観察する側の問題ですよね。
 
アンドロイドの中身は何もないです。ただ人っぽい動きをしていると、反射的に人は「おそらくもっと複雑な背景があるはずだ」と考えちゃうんですよね。こうした想像を面倒くさいから心と表現しているだけですよね。心に実態なんかないんですよ。

ロボットとの共存はない。すでに共存している

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テレノイドは、大阪大学と国際電気通信基礎技術研究所(ATR)石黒浩特別研究所により共同開発されたものです。
 
嘉幡:最後の質問になるのですが、アンドロイドやロボットがこれから人間の社会に入ってくるわけですけれど、人間と共存していく上で課題になるのはどんなことでしょうか。
 
石黒:もともと共存してるんです。なぜかというと、人間の最低限の定義が、道具を使うことにあるからです。技術を使う動物が人間なんです。人間から技術や道具を奪ったら、ただのサルであって、人間ではない。人間の前提に技術があるんです。
 
嘉幡:技術一般で言えば、その通りだと思います。しかし、技術の中でもロボットやアンドロイドはちょっと違う位置づけになりませんか。
 
石黒:いや、同じだと思いますよ。人工物であることに変わりはないと思うので。ロボットやアンドロイドと、その他の技術にはどんな違いがあるかといえば、それは自動で動くことにあるでしょう。では、PCはどうですか。PCにはものすごくたくさんの自動化された機能があり、PCに一から十まで人が指示して動いているわけではないですよね。
 
ロボットやアンドロイドもPCと同じですよ。PCが道具でなければ、ロボットも道具じゃない。PCが道具ならば、ロボットも道具です。

アンドロイドの中に、人間が映り込む

人にとって、人の心とは不可視だ。しかし、アンドロイドと人が相対したときに人の内側になにかが生まれる。まるでソナーを打ち、その反響から海の中の魚影を探るように、アンドロイドという存在が、人の存在を映し出しているのだ。誰にも見えなかったなにかが、ボンヤリとその輪郭を見せる。
 
石黒教授は人間となにかを問い続け、それを知るための手段として、アンドロイドやロボットを生み出していると公言している。その研究から得られた言葉は、時として先鋭なものとして我々の中に響く。今後、ロボットやアンドロイドと触れる機会は増えていくはずだ。その時、我々はなにを感じるのか。「便利」や「不思議」という感覚のもっと奥に、根本的な問いを発するチャンスがある。「人間ってなに?」と。その感覚を獲得したとき、石黒教授の言葉はもっと普遍的なものとして響くのではないだろうか。
 
■石黒教授へのスペシャルインタビュー「漱石を甦らせたのは、科学と文学。石黒浩教授に記者が聞く漱石アンドロイド創造秘話」も公開中!
 
<構成・執筆・撮影>初瀬川裕介(サムライト株式会社)
 
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speaker:石黒 浩

ロボット学者/大阪大学教授

1963年生まれ。大阪大学基礎工学研究科博士課程修了。工学博士。京都大学情報学研究科助教授、大阪大学工学研究科教授を経て、2009年より大阪大学基礎工学研究科教授。ATR石黒浩特別研究所客員所長(ATRフェロー)。社会で活動するロボットの実現を目指し、知的システムの基礎的な研究を行う。ロボット研究においては、従来、ナビゲーションやマニピュレーションという産業用ロボットにおける課題が研究の中心であったが、インタラクションという日常活動型ロボットにおける課題を世界に先駆けて提案し、研究に取り組んできた。そして、これまでに人と関わるヒューマノイドやアンドロイド、自身のコピーロボットであるジェミノイドなど多数のロボットや、それらの活動を支援し人間を見守るためのセンサネットワークを開発してきた。2011年に大阪文化賞を受賞。また、2015年には、文部科学大臣表彰受賞およびシェイク・ムハンマド・ビン・ラーシド・アール・マクトゥーム知識賞を受賞。主な著書に「ロボットとは何か」(講談社現代新書)、「どうすれば「人」を創れるか」(新潮社)、「アンドロイドは人間になれるか」(文春新書)などがある。

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speaker:嘉幡久敬

朝日新聞東京本社科学医療部専門記者

1965年生まれ。1989年、東京工業大学大学院修士課程修了、朝日新聞社入社。仙台支局などを経て、主に東京・大阪本社の科学医療部で地震災害、医療、原子力、科学技術行政の報道にかかわる。福島第一原発事故はデスクとして担当。2014年4月より本紙テクノロジー取材班で人工知能やバイオ技術、ロボティクスなどを取材、現在は基礎科学や軍事研究なども担当している。趣味は絵と器。

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