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200年ぶりオオカミ復活 イタリア・ベネチアの森 長年の森林計画が奏功 生態系、多様性を重視

更新日 2022.02.02
目標13:気候変動に具体的な対策を
目標15:陸の豊かさも守ろう

 オオカミの生息が200年ぶりに確認された森がイタリアにあります。強力なベネチア艦隊を支えてきた森で、ここではドイツ林学の誕生前の16世紀から森林計画がつくられてきました。森の南西方向には世界文化遺産に指定され、現地で圧倒的な人気を誇る発泡白ワイン「プロセッコ」の産地もあります。オオカミが復活した背景とは――。

ベネチア艦隊を支えた「カンシーリョの森」

「カンシーリョの森(Bosco del Cansiglio)」はイタリア・ベネチアの100kmほど北の山中にあります。ベネチア共和国に木材を供給するため、18世紀のドイツ林学の誕生に先立つこと200年も前の16世紀から、持続的な木材利用に向けた施業計画をつくり、管理されてきました。

 ベネチア共和国は、アドレア海の水域と都市の存続に欠かせないこの水源地域の森を守る重要性を認識しており、16世紀の最初の四半世紀には、この森の保全を目的とした「木材と森林に関する司法官」を任命していました。「カンシーリョの森」の豊富なブナの木材は、ベネチア艦隊の舟の櫂かい(オール)として使われていたのです。

ベネチア艦隊の船舶模型。18mのブナの木から4本のオールをとったという=2020年1月撮影(カンシーリョ博物館所蔵)

択伐で持続可能な森につなげる

 森林区域は5920㌶あります。生物多様性の保全・向上を図り、生態的に安定した森を維持するために、天然更新を確実に促す伐採がなされ、一部の保護区域は自然の推移に任せられています(注1)。管理経営計画は200区画に分けて策定されており、全体の50%はブナの混交林、30%はブナの純林、20%はノルウェースプルースの人工林です。年間伐採量は約1万立方㍍で、国際的な森林認証制度の一つ、PEFCの森林認証も取得しています。

 ブナ林では、傘伐施業(Shelter wood system)による120~140年周期の伐採を行っています。傘伐施業とは、区域内の全部の木を伐採する皆伐施業とは異なり、部分的な伐採を行って一部の木を残すことで後継樹を育てる施業方法のことです。

ベネチア共和国時代の森林調査風景を描いた絵図=2020年1月撮影(カンシーリョ博物館所蔵)

天然更新を促進 森の管理は500年以上も

 現地の森林官によれば、一部の区域はベネチア共和国以降500年以上の間、今日まで管理を継続しており、15~18年おきに劣勢木の30~35%程度の間引き伐採と形質の良い木の残置を施すことによって、林内にギャップを作って天然更新を促進しています。

 ベネト農業公社のメッザリーラ博士によれば、イタリアでは森林と称されるものの99%は山岳林で、常に土壌崩壊を防ぐなどの保全が重視されてきており、1923年には皆伐が全面的に禁止されました(注2)。対照的に、18世紀までの無秩序な開発によって森を失ったドイツでは、その後の急速な復旧の取り組みによって森の再生は図られましたが、以前のような広葉樹が優先した自然の森ではなく、針葉樹のモノカルチャーが優先する森に変貌してしまったのです(注3) 。

ベネチア市内の文化環境省博物館所蔵、16世紀の森林計画区域図(注3)

隣国からオオカミ 6匹の子も誕生

 2016年には、200年ぶりに8匹のオオカミの生息が確認されました。隣国のスロベニアから来てすみついた個体のようで、19年には6匹の子供の誕生も確認されています。区域内では05年ぐらいからシカの増加による被害が発生していますが、オオカミの復活によって状況が改善されることが期待されています(注2)。

ヨーロッパオオカミ(本文とは直接関係ありません)

 流域の低地には約650㌶の草地があり、酪農業も営まれています。また、区域内には自然とふれあうための約100㌔メートルのトレイルが整備されており、犬との散歩やハイキング、マウンテンバイク、乗馬をはじめ、冬季にはクロスカントリースキーのフィールドとしても活用されています。環境教育地域センターは、学校やグループが自然ツーリズムを楽しむためのガイドツアーや訓練などを提供しています。キノコ狩りも盛んで、例えば、1日10ユーロのチケットを購入すれば1人2㌔まで採ることが認められています。

 また、この20年間、域内のスキー場開発の是非が論議されています。パドヴァ大学の研究者によって現在、シカの観察、健康とセラピー、木材のブランディングなどによる、生物多様性とツーリズムの増進を図るPESプログラムの開発も進められています。PESとは「生態系サービスへの支払い」のことで、環境の価値にお金を払う仕組みのことです(注4)。

人気の発泡白ワインの産地

 「カンシーリョの森」の南西方向には、ゆるやかな傾斜に一面のブドウ畑と多くのワイナリーが点在するのどかな景観を誇るコネリアーノ・ヴァルドッビアーデネ地域があります。

パドヴァ大学ワイン学科のキャンパス内にあるワイン畑

 このエリアは世界文化遺産に指定されており、イタリアで今やシャンパンをしのいで圧倒的な人気を誇る発泡白ワイン「プロセッコ」の産地として著名です。

 その大成功を導いたスチール樽による革新的な発酵技術を開発したのが、コネリアーノにあるパドヴァ大学のワイン学科です。イタリアで最も古いワイン学科で、欧州でも指折りのワイン学の高等教育研究機関です。通常は入ることができない醸造室に入れてもらうと、あたたかい空気と独特の香りが漂っていました。

パドヴァ大学ワイン学科の担当者と醸造プラント

*公益財団法人森林文化協会の総合情報誌「グリーン・パワー11月号」に掲載された記事「世界の森からSDGsへ」に基づき、一部を加筆しました。

==参考文献==

(注1)Veneto Agricoltura. The Cansiglio Forest

(注2)Dr. Giustino Mezzalira. 2020. Personal Communication

(注3)柴田晋吾.2006.「エコ・フォレスティング」(日本林業調査会)

(注4)柴田晋吾. 2019.「環境にお金を払う仕組み-PES(生態系サービスへの支払い)が分かる本」(大学教育出版)

writer:柴田晋吾

上智大学教授

東京大学農学部卒。農林水産省、文部科学省、国連食糧農業機関(FAO)などを経て現職。農学博士(東大)。パドヴァ大学客員教授、ケンブリッジ大学客員研究員などを歴任。自然の恵み(生態系サービス)を生かした持続可能な地域づくりを研究している。

主著に「エコ・フォレスティング」(日本林業調査会)、「環境にお金を払う仕組み-PES(生態系サービスへの支払い)が分かる本」(大学教育出版)

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