幻のコットン「海島綿」からはじまるサステナブルな暮らし

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▲繊維の宝石とも言われる海島綿。収穫は自然に開くまで待つ


カリブ海だけに育ち、神の贈り物と言われる幻のコットンがある。その名は「海島綿(かいとうめん)」。栽培に適した土壌や環境が400年近くにわたって維持され続け、英国貴族たちは門外不出を条件に、シーアイランドコットンとして希少価値を守り抜いてきた。世界最高級の品質を保ち続けた歴史の裏には、持続可能な社会の実現に向けた未来へつながるヒントが秘められている。

▲どこまでも続く青い海。豊かな自然環境があるからこそ最高品質の綿が育つ

なめらかな着心地で肌のトラブル解消

「とろとろに柔らかい生地。肌にすっとなじみ、汗を吸い取ってくれるのに蒸れずにさらっとしたまま。暑い季節に外から屋内に入っても、汗で冷えないんです」

40代になって化学繊維の肌着が着られなくなったという東京都目黒区の会社員女性は、海島綿で作られたインナーを愛用している。化繊はすれたり、乾燥したりするトラブルがつきもの。女性の場合、ゴムや縫い目が地肌に直接当たって痛みが生じることもあった。一般的な綿製品は分厚く、ごわついているものが多いが、肌着を着ないわけにもいかず、我慢していたという。

そんなある日、「良質な素材で、気持ちよさそう」と、思い切って海島綿の肌着を着たところ、想像以上になめらかな着心地に驚いた。普通のコットンのような感触ではなく、全く別次元の肌触りの良さ。汗ばむ季節はさわやかで、肌寒い季節は保温効果もある。着るうちに肌が美しくなったようにも思えてきたという。女性は「『繊維の宝石』と言われる海島綿。本当に宝石を身にまとっているような満足感です」と話していた。

使ってみると、その良さがわかる「海島綿」。最高の品質はどのように作られているのか――。

恵まれた土壌と気候から最高品質の綿

カリブ海の西インド諸島のバルバドス、アンティグア、ネービス、ジャマイカに、ユカタン半島のカリブ海に面したベリーズを加えた一帯。周辺は肥沃(ひよく)で水はけのよいアルカリ性の土地が広がっている。

気候は極めて穏やかで、年間の平均気温は26~28℃、総日照時間は日本が2千時間程度に対し、3千時間を超える。昼夜の温度差が少ないうえ、綿木が発芽し、成長する時期は雨期で、開花時期を迎えると乾期になるため、綿栽培にはちょうどよい条件がそろっている。

綿の繊維は長ければ長いほど、糸を作るときにひねりが少なくなり、柔らかい仕上がりになる。生地にすると、滑らかであでやかになり、耐久性も高まる。この地域で育った綿は、これらの条件を満たし、均一で節が少ないのが特長。繊維はほかの高級綿と比べても光の反射率が高く、自然で上品な光沢がある。

さらに繊維に含まれている油脂分が多いため、触ったときのぬめり感が良く、肌触りは柔らか。耐久性も抜群で、洗濯を繰り返しても風合いが保たれる。吸湿性の高さもほかの綿にはない特性のひとつだ。

▲丁寧に雑草や害虫の駆除を行い、ようやく開花した「綿花」

年間生産量は世界の綿全体の10万分の1

過去には、この海島綿を広めようと、世界各地で栽培が試みられた。しかし、すべて失敗に終わったという。「奇跡のコットン」はカリブ海でなければ生産できず、今なお、大量生産ではなく、収穫は一つひとつ手づみで丹念に行われている。「安かろう、悪かろう」ではなく、品質に見合ったブランドの価値を守るために生産量を増やすことはない。その結果、年間の生産量は世界の綿全体の10万分の1以下と言われている。

この綿にほれ込んだ人々は数知れない。

スペインの無敵艦隊を撃退した伝説の女王、エリザベス1世は快適な感触が手放せず、シーツやネグリジェを愛用。英国王室で「綿製品は海島綿」というしきたりを作り上げた。小説「007ダイヤモンドは永遠に」では嗜好(し・こう)品などにこだわりを持つジェームス・ボンドの愛用品として「海島綿」のシャツが描かれている。

▲数カ月の間に少しずつ開くコットンボール。すべて手で摘み取られる


▲「超長」綿の海島綿。良質の種を次世代に残す取り組みも続いている


▲機械を使わないため、成熟したものを痛めずに収穫している

海島綿協会日本支部が現地の人々の生活安定を支援

1975年に原綿の輸入が認められた日本では、当時、繊維を扱う一部の企業が海島綿に注目し始めた。翌年には西印度諸島海島綿協会とライセンス契約を結び、日本支部が発足した。海島綿の品質に関心を持ち、こだわりの製品づくりを進めようと前向きな7社の集合体。企業の垣根を越え、海島綿の良さをどのようにアピールするかや品質管理などを練っていったという。

時は高度経済成長期からバブル期に移行する時代。これまで海島綿を支えてきた英国の経済は衰退傾向にあったが、日本では生活様式の変化や高級志向の高まりといった背景も後押しした。バブル崩壊による高級品市場の縮小や主要生産国のバルバドスでの権益争い、害虫被害など困難にも直面したが、協会は粘り強く現地の農家の育成や支援を続け、原綿の安定確保と品質の維持を目指してきた。

そうした活動は現地の人々の生活を安定させることにもつながっていった。

カリブ海周辺では11月下旬に収穫の作業が始まる。ひとつずつ摘み取るため、労働者は近隣の地域からも多く集まり、新たな雇用を生みだした。

現金で支給される給与を受け取る際、文字を書けない人たちはサインの代わりに、「神に誓って」との意味を込めて十字架を記したという。

▲炎天下で根気よく収穫されたコットンボール


▲種を取り除き、ワタだけを圧縮して輸送用に梱包する

良い物を末永く使う生活様式で持続可能な社会へ

海島綿の優れた特性は、生産過程で通常の綿製品と同様の処理を行うと、かえって損なわれることが多い。そのため、国内では紡績から織り、編み、染色加工、縫製まで、細心の注意を払いながら厳格な品質管理のもとで加工されている。

高レベルの技術で品質を維持した製品は、ベビー服からスーツやドレス、セーターやワンピース、シーツやタオルまで様々な商品に生まれ変わる。いずれも海島綿を使用していることを保証するマークがつけられている。

▲綿花畑のすぐ裏に広がる海


協同組合西印度諸島海島綿協会の西本享由(ゆき・よし)理事は「海島綿の良いところは、長く使い続けられること。大量生産、大量消費ではなく、良い物を末永く使っていく生活様式こそ、持続可能な社会の実現に結びついていくのではないでしょうか」と話している。

<WRITER>小幡淳一

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