「SDGs書籍の著者に聞く」と題したリレー形式のオンラインイベント(主催:朝日新聞社/共催:SDGsジャパン)が2月から3月にかけて開かれた。計6回にわたり、持続可能な開発目標(SDGs)に関する書籍の編著者らが登壇し、自著で最も伝えたかったことや、SDGsの現状や課題などについて意見を交わした。イベントは、横浜とバンコクに拠点を置き、多文化共生の地域コミュニティーづくりを目指すNPO野毛坂グローカルのメンバーで、SDGsに高い関心を寄せる高校生や大学生ら6人も視聴。終了後の5月初め、イベントの感想やこれからの自身の取り組みなどについて話し合うオンライン座談会に参加してもらった。司会は、イベントで共同モデレーターを務めたSDGsジャパンの長島美紀さん。
まず、6人それぞれに最も印象に残った回について挙げてもらった。東京女子大4年の木俣莉子さんは、第5回「ローカル」を挙げた。登壇者の一人、博報堂DYホールディングスの川廷昌弘さんの「きれいごとで勝負できる社会をつくって、次世代に質の高いバトンを渡す」という言葉が印象に残ったという。「若い世代を応援していきたい、支えていきたいという大人の意見が、どの回でも多かったと思うのだが、その資金面であったり、そういったきれいごとを、やゆするのではなくて、応援して支えていけるようになりたい、と強調されたことに励まされた」と振り返る。

横浜市立南高校3年の山本梨央さんは、第2回「社会・地域課題とその解決」が最も印象に残ったという。「(東京都市大学の)佐藤真久さんがおっしゃっていた、社会問題が複雑化する中で、誰が鬼か分からなくなっている、という言葉にうなずいた。何が原因となっているのか、例えば、気候変動を考えると、一つに特定ができない。そうした難しさがあるとの指摘に納得した」と話す。
第3回「ビジネス」と第6回「国際協力」の二つを挙げたのは、4月から国際協力機構(JICA)で働く松本颯太さん。途上国の民間セクター開発分野を担当しているという松本さんは、SDGsを多くの人に受け入れてもらうヒントがあったと話す。「消費者がエシカルやサステイナブルの視点で商品を選ぶようになり、利益を生むために企業が変わっていく。その結果、高尚でとっつきにくいという印象をもたれがちなSDGsの進展が加速していくという話があった。途上国が中進国に近づく中、支援するのではなく、パートナーになる。ビジネスという切り口はフェアでサステイナブルな国際協力に結びつくのではないかと感じた」
英サセックス大大学院修士1年の神谷優大さんは、自身の就職活動と重ね合わせ、第3回「ビジネス」を挙げた。企業の中にSDGsを浸透させるためには、若者の意見を反映させる必要がある、という話があったが、実際にはギャップがあるのではないかと感じたという。「SDGs関連分野を学んできた学生にとって、CSVやCSRに積極的に取り組んでいる企業は魅力的に感じるけれど、実際就職活動をしていると、若い人が最初からそうした部署を担当するのは難しいのではないかと感じることが多い」と話す。

玉崎葵さんは今春、岡山大を卒業し、倉敷中央病院で看護師として働いている。玉崎さんは、SDGsを身近に感じてもらうためのメディアの取り組みが紹介された第4回「映像」に注目した。「フジテレビが『フューチャーランナーズ』という番組で、視聴者が理解しやすいように現状を短時間でまとめたり、英語字幕をつけたりと、多くの工夫をしているところが印象的だった」と話す。「自分がSDGsを普及させる活動に取り組む中で、ぶつかっていた壁でもあるので、とても役に立った」
東京大大学院修士1年の倉石東那さんは、第1回「政府・政策」が三つの理由から印象的だったと話す。「まず外務省の南博さんから実際の国際交渉の話が聞けたこと、2点目は、具体的な取り組みの話が多い中、SDGsの理念をSDGsジャパンの稲場雅紀さんから改めて聞けたこと、そして3点目は、登壇者の議論を通じて、社会の価値基準が経済合理性だけで決められるのかどうかについて考えるきっかけを与えられたことだ」という。

続いて、各回の議論を振り返り、参加者が意見を交わした。
第1回「政府・政策」については、山本さんから「新型コロナウイルスの感染拡大によって、多くの社会問題が可視化され、これから何を改善すべきかが見えてきたところで、稲場さんをはじめとする登壇者からの、危機を克服するための羅針盤としてSDGsを改めて定義しようという話は、今後の活動に向けて大いに参考となった」との感想が出された。
第2回「社会・地域課題とその解決」では、SDGsで「誰ひとり取り残さない(leave no one behind)」と言われる時、主に途上国の貧困や紛争といった状況を思い起こすが、一方で、満たされているとされる日本や他の先進国の中で、そうした困難に立ち向かう人たちに思いをはせ、一緒に取り組んでいくという人を一人残さず取り込み、巻き込んでいけるか、という視点も重要ではないか、との指摘が登壇者から出された。これについて松本さんは「すごく印象に残る発言で、私たちも活動の中で意識していくべきではないか」と述べた。

コーヒーとSDGsが話題に挙がった第3回「ビジネス」に関連して、神谷さんから「エシカルな、例えばフェアトレードのコーヒーを買うのが本当に正しい選択肢なのか」との問題提起があった。神谷さんは「エシカルコーヒーがおいしいものか、というのが一つ。また逆に認証を受けていないコーヒーは、生産者への配慮をしていないなど、本当に悪いコーヒーなのか」と指摘。「エシカル消費のムーブメントが生まれる中で、認証を受けることができないコーヒー農家やメーカーが取り残されてしまうことがいいのか。消費者の視点から見ても、エシカルのちょっと高いコーヒーを買おうと本当に思う人がどれだけいるのか。一部の意識のある人たちだけの、余裕がある人だけのムーブメントになってしまう危険性もあるのではないか」と話した。
第4回「映像」に関連して、木俣さんから映像の果たす役割についての気づきが共有された。「自分自身、ドキュメンタリーを見たことをきっかけに社会課題に関心を持ち始めた。今回、見た映像は、課題の紹介だけでなく、解決のための具体的な活動が紹介されていた。『自分たちでもこんなことができるんだ』『ハードルは決して高くないんだ』という気づきがあった。映像がそうした役割も果たせることが分かった」と振り返る。
第5回「ローカル」では、登壇者から世代や分野を横断して協力していく大切さが強調されていた。玉崎さんからは、SDGsが共通言語となって対話が増え、一つの目標に向かって世代間の交流や多領域にわたる協力が生まれている、現在のポジティブな潮流を評価する意見が出された。一方、ローカライズという視点から、元々、英語のSDGsを日本語に翻訳することについて、玉崎さんは「日本語訳ではなく日本語化、つまり訳語としてはきれいでも、意味が分からないことが往々にしてあるので、意訳というか、中高生でも分かるような言葉遣いにするなど、読む人が理解できるような言葉に置き換えていくことを今後大切にしたい」と語った。

第6回「国際協力」では、倉石さんから「本来であればどうやって多くの人たちを国際協力や途上国支援といったことに巻き込んでいくかが大切だが、現在の政治や選挙制度では、政治家の票につながらないこともあって、原発や安全保障などと比べると、関心や争点になりづらい」との指摘があった。その上で「これをどのようにボトムアップしていくのか、今後考えていきたい」との課題が示された。
最後に参加者による自由な意見交換が行われた。山本さんからは「多くの人を取り込んでいく、興味がない人も残さず取り込んでいく、という考えがある一方で、全員が知らなくても、社会が変わっていく例は少なからずあるのではないか」という論点が示された。一例として山本さんが挙げたのは、公共の場での禁煙について。「かつては禁止自体、考えられないことだったかもしれないが、一部の人の取り組みで、変えることができたのではないか。同じことはSDGsでも言えないだろうか」と問いかけた。

これに対し、松本さんは「多様なアプローチがあるのでは」と指摘した。「政策的にトップダウンで進めることも大事で、たばこ税を上げる形で、消費者にとってはネガティブであるけれど、インセンティブにはなっている。また消費者は下から突き上げるボトムアップの形で現状を変えることができる。どちらも有効なやり方だ」と話す。また木俣さんは、同じような例として、レジ袋を取り上げた。「レジ袋を減らす活動を熱心にしている人たちは知っていたが、やはり便利だから普通にもらっていた。いざ有料になってみたら(お金が)もったいなくて利用しなくなった。元々の活動に関心がなくても、有料化で利用しなくなった人は多いと思う。全員が自分ごとにできていなくても変わっていくこともある」。こうした事例を踏まえて、木俣さんはSDGsの実践について「まさに気づきやちょっとした後押しがあれば、もっと多くの人が関われるのではないか」と話した。
倉石さんからは、SDGsでたびたび言及される「leave no one behind」の日本語訳について、「『取り残されない』なのか『取り残さない』なのか、細かいけれど、ずっと気になっている」という素朴な疑問が示された。「受け身なのか、能動なのか、ここはSDGsの取り組みの本質にも関わるような気がしている」と述べた。 司会の長島さんから「みんなが同じ方向を向いているのは、結構、気持ち悪いと私は思っている。賛同している人が増えるのはもちろんありがたいが、必ずそれに対して異なる意見がある。SDGsについても、個別の政策課題への取り組みや、あるいは先進的な国々への反発など、さまざまある。それを否定したり、拒絶したりするのではなく、いかに意見を出し合って議論するかが大切だと思う」との発言があった。その上で「何らかの成果がこうした議論から生まれてくることがとても大切だと思う。今回みなさんから話があった、『トップダウンとボトムアップ』の話や『受け身か能動か』といった話に通じるところがあるのではないか」と述べ、座談会を締めくくった。
オンライン座談会の参加者は次の通り。(五十音順、かっこ内は、オンラインイベント視聴時の所属)
神谷優大さん 英サセックス大大学院修士1年(同)
木俣莉子さん 東京女子大学4年(同3年)
倉石東那さん 東京大大学院修士1年(津田塾大学4年)
玉崎葵さん 看護師(岡山大学4年)
松本颯太さん 国際協力機構(JICA)職員(岡山大学4年)
山本梨央さん 横浜市立南高校3年(同2年)
座談会に参加した学生らが実行委員を務める「第2回 SDGs『誰ひとり取り残さない』小論文コンテスト」(主催:野毛坂グローカル/後援:朝日新聞社、SDGsジャパン、JICA)が現在開かれています。対象は25歳以下の若者。「誰ひとり取り残さない」をテーマにした1000〜2000字の作文・小論文の応募を受け付けています。締め切りは6月30日。昨年の第1回の受賞作などは、朝日新聞に取り上げられています。https://www.asahi.com/articles/ASNDV3Q60NDQUHBI00Q.html
また現在、コンテストの入賞者の副賞や入賞作品をまとめた冊子の作製などにあてる費用の支援を、朝日新聞社のクラウドファンディング「A-port」で募っています。
https://a-port.asahi.com/projects/nogezaka-glocal/
こちらの締め切りも6月30日です。
オンラインイベント「SDGs書籍の著者に聞く」各回のまとめ記事はこちら。
第1回 第一人者が語るSDGsの本質と「行動の10年」で日本がするべきこと
https://miraimedia.asahi.com/sdgs_event20210204/第2回 「誰も取り残されない社会」達成に重要なのは、地域別の課題整理とコミュニケーションhttps://miraimedia.asahi.com/sdgs_event20210218/
第3回 SDGsを企業に浸透させるために必要なこと
https://miraimedia.asahi.com/sdgs_event20210225/第4回 「共感」を生む映像でSDGsを伝える、フジテレビとヤフーの担当者が対談
https://miraimedia.asahi.com/sdgs_event20210306/第5回 SDGsに取り組む地方自治体、必要なのは自分ごと化と巻き込み力
https://miraimedia.asahi.com/sdgs_event20210311/第6回 企業はSDGsを通して国際協力のアクターとなり得るか
https://miraimedia.asahi.com/sdgs_event20210318/