コラム&リポート

9.11から未来へ。SDGsを通して「今日よりもよい明日」を考える

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渋澤 健

コモンズ投信
会長

目を上空に向けると、雲ひとつない真っ青な空が、視界を埋め尽くしていました。ただ、私の胸の中には重たい雲がのしかかっています。透き通るような空には、飛行機が一機も飛んでいないのです。

 
場所は米西海岸のシアトル市。時は2001年の9月11日の朝。数時間前に、3800キロ離れているニューヨーク市とワシントンDCの同時多発テロで、いつもどおりに一日を始めようとしていた何千人もの市民が犠牲者となりました。当日、私は出張で現地からワシントンDCへ移動するはずでした。ただ、身動きが取れません。

 
半年前に独立して会社を創業していました。東京には妻、1歳の長男、そして次男が妻の体内に宿っています。しかし、電話が通じなく、家族と連絡が取れない。

 
自分の会社を起こすまで、私は米系インベストメントバンクや大手ヘッジファンドで金融市場の仕事に携わっていました。電話一本の会話、端末のキーボードをたたくだけで、何億円、何十億円、何百億円、何千億円を動かすのが当たり前の世界でした。

 
でも、今は飛行機が飛んでいない。人が移動できない、物流も止まっている。これから私はどのように家族を養えるのか。自分の平常の生活のサステナビリティーが問われたのです。

 
平和やサステナビリティーは、空気のような存在であると痛感しました。普段存在を意識しません。ただ、失われたときには大変なことになる。衝撃で私は茫然(ぼうぜん)と立ちすくんでいました。

「もっと良い世の中のはずだ」と胸の中で叫んだ

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(2001年9月、米シアトル市、インターナショナル・ファウンテン <本人撮影>)

 
数日後、地元のラジオ放送がシアトル市民に呼び掛けていました。「インターナショナル・ファウンテンに集まろう」

 
市街中心部の公園まで足を運ぶと、数千人の市民が地球の半球をオブジェにしたような巨大な噴水を囲んでいました。大勢の人々が集まっているのに、静かな空間でした。お年寄りや子供も集まっていました。アメリカですから、人種も多様です。

 
そのとき、数名の男性が噴水の中心部へ向かっている姿が見えました。全員が長いひげを生やし、頭には白い布が巻いてあります。9.11以降、TV報道では同じような格好をしている男たちが銃を掲げている映像がずっと流れていました。噴水を囲む全員の目線が数名の男性に向けられ、周囲の空間が凍り付きます。

 
ただ、男たちが手元に持っていたのは花束でした。その花束が、そっと噴水のそばに置かれた瞬間、そのシーンとした空間に、大拍手が湧き上がりました。大きな男性が彼らのところへ歩み寄って握手を求めている姿も見えました。目頭が熱くなりました。

 
今から、17年前の出来事です。しかし、その時の感情は昨日のことのように覚えています。あの日のことを、それから何回も振り返っています。なぜ、あれほどの大人数がインターナショナル・ファウンテンに集まって、あの感情を覚えたのか。

 
それは、共感があったから。

 
まず、数日前に悲劇に巻き込まれた大勢の一般市民の魂が安らかに眠れることを祈るために私たちは、そこへ集まりました。 

 
そして、もう一つ私たち全員が共に感じていたことがありました。これからの自分たちの、家族たちの、仲間たちの生活はどうなるのか。9.11が起きた数日後では、まだ答えが見えませんでした。

 
平常の生活のサステナビリティーが問われ、その答えを求めていたから私たちはインターナショナル・ファウンテンへと集まり、「コモン・グラウンド」―共有地―を創ったと思っています。多様な価値観を尊重し、インクルーシブな成長がある世の中でなければ、世の中のサステナビリティーが問われる。このような答えが、そのコモン・グラウンドにありました。

 
「もっと良い世の中のはずだ」「もっと良い世の中にしなければならない」と私たちは胸の中で共に声を上げていたのです。

「枠」の内側にいたら、その「枠」が小さくなっていることに気づかなくなる

9.11の1年前。2000年9月にニューヨークで国連ミレニアム・サミットが開催されていました。より安全で豊かな世界づくりへの協力を21世紀の国際社会の目標として掲げ、MDGs(ミレニアム開発目標)として2015年までに世界が達成すべき8つのゴールと21のターゲットが採択されました。

 
MDGsを目指した15年を経て、1日1.25ドル未満で生活する人々の割合が半減しました。小学校で男女の就学率がほぼ同数になりました。マラリアによる死亡者数が約3分の1減少しました。このように多くの分野で進歩がありましたが貧富の格差が拡大するなど、課題が多く残りました。テロも、9.11で終わることはありませんでした。

 
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そのような時代の流れで2015年に採択されたのが、17のゴールと169のターゲットのSDGs(持続可能な開発目標)です。キーワードは、サステナビリティー、持続性です。

 
サステナブルな世の中を築くためには、政府間や専門家だけではなく、民間企業や一般市民の意識向上と関与が不可欠である。そして、2030年までに「誰一人取り残さない」世の中を築くという壮大な目標を設定する。SDGsの重要な意味とは、私たち一人ひとりが「枠」の内側に留まらないという意気込みです。

 
ただ、人間は「枠」を抱えながら、その内側に暮らしている傾向があります。この「枠」とは、自分が生まれた国や自分が生活している地域社会です。あるいは、自分が勤めている業種や業界、会社、もしかすると大きな組織の場合は部署かもしれません。また、何十年間も大人をしていますと、それまでの自分自身の成功体験、価値観、または世界観を持っています。

 
そして、通常、私たちはその「枠」の内側に留まります。なぜなら、「枠」の外は知らない世界であり、そこへ出ることは不安になるからです。または面倒です。だから、「枠」の内側に留まることで自分は十分に満足していると自身へ言い聞かせます。

 
つまり、「枠」の内側とは、私たちそれぞれのコンフォート・ゾーン、安全地帯なのです。もちろん人間が安全を求めることは本能で悪いことではありません。しかし、社会の全員が「枠」の内側に留まっていたら、その社会はどうなるのでしょうか。会社の全員が安全安心に満足していたら、その会社はどうなるのでしょう。あるいは、私たち一個人が24時間、365日間、それぞれのコンフォート・ゾーンに留まっていたらどうなるのか。

 
おそらく、その「枠」が少しずつ小さくなっていることに気づかなくなるでしょう。なぜなら、「枠」の外側の視点が失われるからです。もしかすると、「枠」は変わっていないのかもしれません。ただ、「枠」の外の世の中がどんどん拡大しているのであれば、自分たちの「枠」は相対的に小さくなっています。

過去の成功体験から真っすぐ線を引いた延長線上には未来の成功はない。

地域創生には、三役が必要であると言われています。よそ者、若者とばか者です。その三役の共通点とは、地域の「枠」との関係です。

 
よそ者は「枠」の外からの存在。若者は「枠」の中にいるのかもしれませんが、まだ君たちは若い、時期尚早と言われ、インナーに入れない存在です。そして、ばか者はそもそも「枠」を持っていません。

 
ただ、この三役だけでは地域創生ができません。主役はあくまでも地域の住民です。三役が「枠」の内側に持って入っている視点により様々な気づきが生じ、化学反応がスパークする。これが地域の活性化へとつながり、そのエネルギーによって「枠」が拡大するという構図です。

 
これは企業でも同じことが言えます。昨今の経営課題であるダイバーシティー、働き方改革、社外役員、そして、SDGs。これらの共通点は今までの会社の既存の「枠」の外側の存在です。

 
そのような異分子が「枠」の内側に入ってくると、目先の事業運営はぎくしゃくするかもしれません。今までの慣習が通じなくなるからです。そんなことは面倒だからやりたくないという抵抗があるでしょう。過去の成功体験のコンフォート・ゾーンに留まりたいという気持ちもあるでしょう。

 
ただ、断言します。過去の成功体験から真っすぐ線を引いた延長線上には未来の成功はない。

 
日本は少子高齢化社会です。過去の高度成長時代の成功体験に留まるようでは、日本社会の「枠」は毎年毎年、少しずつ小さくなる一方です。ジリ貧なので、気づかないうちに。だから、日本社会、日本企業、日本人は「枠」の内側に留まることなく、外側の視点も研ぎすますことが、今の時代では不可欠なのです。

 
自分のことや目先や周辺のことだけではなく、利己と利他の合致、SDGsを通じて世界の平和と発展にも「我がコト感」を向上させましょう。「枠」の外側から様々な視点や成長を内側へと呼び込みましょう。子供たちという世の中の次世代にも豊かで幸せな社会を、私たちが主体性を持って残すためにも。

自分のひざ元の地域社会の活性化が、次代が担う日本社会を拓いていく

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(宇和島青年会議所での講演、2018年9月)

 
9月中旬に愛媛県の宇和島青年会議所から講師としてお招きいただきました。7月の西日本豪雨の爪痕がまだ残っている地域であり、少子高齢化や地域から離れる若者たちが多く、人口減少に悩まされている地域です。しかしながら、会場に集まった若手経営者から前向きな意気を感じました。

 
そして、和気あいあいとした懇親会の代表挨拶(あいさつ)では、SDGsに取り組む決意が掲げられました。地域社会でも気づき始めています。地域の絆は大事です。大事であるからこそ、地域の「枠」の内側に留まらず、外側を体感することこそが、地域活性化へとつながることを。

 
10月14日。ここでも良い熱量を会場で感じることができました。250名ほどの参加者が東京都文京区にある文京学院大学の仁愛ホールで開催した、第10回コモンズ社会起業家フォーラムに集まってくれたのです。社会起業家の若手らと私を含む12名が、マイク一本、パワーポイント投影なしで、7分という限られた時間。ただただ、熱い想いを会場と共有するリレートークのイベントです。

 
登壇者が活躍している分野は多岐多様です。しかしながら、全員に共通点があります。「これまで」の体験や実績を踏まえ、「これから」の世の中がインクルーシブな成長により皆の自己実現が可能となる未来を共創すること。

 
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(第10回コモンズ社会起業家フォーラムの運営スタッフ集合写真、東京都文京区の文京学院大、2018年10月)

 
SDGsは、遠い国の課題解決だけではありません。自分のひざ元の地域社会の活性化、次代が担う日本社会にもSDGsの曲のふしが聞こえてきます。

 
SDGsへの意識を高め、「今日よりもよい明日」を共に拓(ひら)きましょう。

  • writer渋澤 健

    コモンズ投信
    会長

    シブサワ・アンド・カンパニー株式会社代表取締役。コモンズ投信株式会社取締役会長。1961年生まれ。69年父の転勤で渡米し、83年テキサス大学化学工学部卒業。財団法人日本国際交流センターを経て、87年UCLA大学MBA経営大学院卒業。JPモルガン、ゴールドマンサックスなど米系投資銀行でマーケット業務に携わり、96年米大手ヘッジファンドに入社、97年から東京駐在員事務所の代表を務める。2001年に独立し、シブサワ・アンド・カンパニー株式会社を創業。07年コモンズ株式会社を創業(08年コモンズ投信㈱に改名し、会長に就任)。経済同友会幹事、教育革新委員会副委員長、アフリカ委員会副委員長など務める。著書に『渋沢栄一100の訓言』、『渋沢栄一 愛と勇気と資本主義』、『人生100年時代のらくちん投資』ほか。

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