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「おもてなし」の呪縛から逃れるのがSDGsのカギ?

2021.03.17
目標5:ジェンダー平等を実現しよう
目標8:働きがいも 経済成長も
女性が輝く職場?

▲空港も女性の姿を多く見かける現場。コロナ禍でどこの空港も寂しい状況だ

観光業界は働きやすいのか

「たすきがけシフト」というのをご存じだろうか。

特に旅館の仲居業で見られるシフトパターンで、昼出勤で夜退勤、翌朝出勤し昼まで働くのが1セット。勤務時間がたすきがけのようになることからその名がある。

メリットは、チェックインからチェックアウトまで同じスタッフが同じゲストを担当できるので、きめ細かいサービスができる。

デメリットは、働く人がしんどい。休日も「昼から翌日の昼まで」が1日ぶんと考えられるため、丸一日は休めない。計算上は1日8時間勤務が厳守されていても、「休んだ気がしない」「だんだんと疲労がたまってくる」と聞く。昔は旅館に住み込みで働く人も多く、これでも問題なく回せていたが、通いで働く人が多い現在、不規則な生活になるシフトは不人気だ。

観光業界、特に宿泊業界の離職率の高さはよく知られている。厚生労働省の「新規大卒就職者の離職状況」データによると、2017年3月に大学を卒業した就職者の3年以内の離職率は宿泊業・飲食サービス業で52.6%、旅行業が含まれる生活関連サービス業・娯楽業で46.2%と平均の32.8%を上回る。観光庁の2011年のデータでは、大学の観光を学ぶ学科を卒業後、観光産業、具体的には旅行会社と宿泊業、運輸業など観光産業へと進む学生の率は19.2%と低い。

離職率が高いうえ、就職先として避けられてしまう理由は、前述の不規則勤務や残業の常態化、休暇がとりにくいこと、その割に給与が安いことが挙げられるだろう。ちなみに厚生労働省の「令和元年賃金構造基本統計調査」の「産業別にみた賃金データ」によれば、「宿泊業、飲食サービス業」は男性278.7千円、女性206.0千円で調査範囲では最低だ。それでも着実に昇給・昇進する期待ができればいいのだが、例えば家族経営の小さな宿泊施設ではそんなイメージもつかみにくい。

かつては花形職業、いまは……

いわゆる非正規雇用の多さも観光業界の特徴だ。観光業界では添乗員、仲居、ガイド、旅行会社のテレホン予約センターなどパート・アルバイトを前提とした仕事が多く、宿泊業界における正社員は3割弱だと言われている。

このなかで筆者に勤務経験があるのは添乗員。ほとんどの添乗員が専門派遣会社に登録した非正規雇用。給与は日当か時給制、稼働日数で収入にばらつきはあるが、特に国内ツアーは週末に集中するので常に人手が足りず、「週末だけ働きたい」という人も参入しやすい業種だ。

かつてはツアーをさっそうと引率する業界の花形的存在だったが、ツアー数の減少や低価格化、さらに旅行会社の人員削減などで添乗員の業務負担が増え、長時間労働も改善されにくかった。筆者の経験では、10年ほど前のゴールデンウィークに朝の7時に東京を出発して渋滞に巻き込まれ、帰着したのが午後11時すぎ、というバスツアーがあったが、このときも支払われたのは規定の日当のみだった。これは極端だが、ふつうのツアー日程でも朝食時間から夕食後、参加者が宿の部屋に落ち着くまでだいたい12〜13時間はかかる。この間ずっと拘束され、休憩もままならない日もあるわけで、「好きじゃないとできない」ハードな仕事である。

残業や給与については改善のきざしもあるが、業界全体では未整備な部分も多い。そして現在、コロナ禍で海外ツアーは消滅し国内ツアーも激減。非正規雇用である添乗員には援助の手も届きにくく、知人でキャリア20年の添乗員は「この道を諦めるかどうか悩んでいる」と語る。同じく評判が高かった知人のベテラン海外添乗員は、2020年6月退職を決意し実家に戻った。

▲清水寺へと続く二年坂・三年坂は例年、桜の季節ともなると観光客で歩けないほど混雑する。添乗員の先輩が「桜と紅葉の京都ツアーを無事にこなせたら一人前の添乗員」と教えてくれた

女性が輝く職場?

添乗員もだが、旅行会社の窓口、空港係員、客室乗務員、ホテルのフロントなど、旅に出ると、生き生きと働く女性の姿を多く目にするだろう。

「観光は女性が輝ける業界、というイメージがある」

そう言われたこともあるが、舞台裏を知る身としては眉間(みけん)にシワが寄ってしまう。

森喜朗氏の発言が発端で改めて脚光を浴びた、日本の「女性活躍」の実態。頭数として集められた(にしては少ないが)女性たちは会議での発言すら思うようにいっていなかったことが想像できる。

カウンター業務や添乗業務など、接客業務が多い観光業界には女性は就職しやすい。だがそこからが難しい。頑張って実績を出しても、「ガラスの天井」に阻まれ昇給や昇進はままならない。観光業界に限ったことではないが、筆者が取材で企業や施設を訪れると、現場チーフや広報は女性でも、「部長」「所長」など名刺の肩書が大きくなるにつれて、女性の姿が見えなくなる。顔なじみの営業ウーマンからある日新しい名刺を渡されて、見ると所属組織の系列会社に異動となり、そこで役職付きになった、なんてことも何度かあった。

宿泊業界のデータだが、2018年、女性の就業人口は35万人、男性は27万人(観光庁「観光分野における女性の活躍推進に向けて」)と女性のほうが多い。

国際的な観光会議に行くと、世界各国の観光局のトップ、大手旅行会社のトップとして女性が出てくることは珍しくない。だが、日本からの出席者は残念ながら男性がほとんどだ。

「女性はすぐ辞めるから」という理由で重用しない、あるいは本人が役職付になりたがらない、という声も聞く。しかし、それは環境の問題だ。ある宿泊施設は、「午前9時から午後5時」という勤務シフトを作り、早朝・夜は業務経験のあるシニアや主婦に短時間勤務を委託。これで若者からの求人応募が増えたという。

また、ある大手旅行会社は、地域単位で複数店舗のカウンタースタッフを管理して、全体として大勢のスタッフを抱えることで時短や産休、急な早上がりにも店舗同士のスタッフの融通で柔軟に対応できるようにしていた。

シフト管理担当は「まるでパズルみたい」と愚痴をこぼしていたが、こんな積み重ねが実り始めることでようやく「観光業は女性が輝ける」と胸をはっていえるし、SDGsの目標5「ジェンダー平等を実現しよう」にも一歩前進だ。

▲わが宿「楽遊」の場合、旅館ではあるが夕食の提供をしていないこともあり、社員のシフトはたすきがけでなく早番と遅番の2種類。1週間毎日早番で次の週は毎日遅番、とできるだけ規則正しいシフトにしようとしている

サービスは無料なのか?

「この仕事には中毒性があるんだよね」

ある添乗員がそう言っていた。忙しくてヘトヘトでも、「楽しかった!」とお客様に言われるだけですべてが吹っ飛ぶ。旅の楽しさも手伝い、プラスの感情がつらさを上回り、続けられる人が多いのだと思う。

それでも、観光業界の離職率が高かったり、キツいといわれてしまったりするのは、日本独特の「おもてなし」にも一因があるのではないか。

「日本の添乗員てさ、サーバント(召使)みたいだよね」

とある国を訪れたとき、現地旅行会社の毒舌家の友人に冗談めかして言われた。朝から晩まで走り回り、自由時間でも、求められれば買い物の手伝いをし、バスの車内を盛り上げ、ホテルでは食べ物が口にあわない人に真空パックご飯やふりかけを差し入れする。朝食開始20分前にはレストランで待機。雨の日に、泥だらけになった参加者の靴を添乗員が拭いている姿を見たこともあるとか。

「他の国なら、仕事が終わったら添乗員はさっさと部屋に帰るよ。あと、添乗員の責任じゃないのにすぐ客に謝るのも不思議。労働時間や労働範囲について、契約がないの?」

これは答えるのが難しい。

上記は彼が見た範囲の話で、全員がこれをやっているとは思わないが、これぞ日本の「おもてなし」という気がする。お客様のニーズにあわせ、先回りして動く。時にわがままも受け入れる「お母さん」的サービスだ。

旅館で国内外のゲストを受け入れて実感するのだが、外国人は加点方式、日本人は減点方式でサービスを評価するように思う。外国人の場合、サービスへの期待値ゼロからスタートして、満足すると加点していき、うまくいけば最終的には100点の満足度で終わる。比べて日本人は、100点の期待感からスタートして、不満があると減点していき、ゼロに近づくほどにクレームになっていくという感覚だ。どっちがいい、というわけでもないし、受け入れ側としては常に100点を目指すわけだが、日本人が来ると「いざ勝負!」という気分になりがちだ。

この違い、何から来ているのだろう?

少し前に、旅館の女将(おかみ)さんたちを追ったノンフィクションを読んだのだが、とある老舗宿の閉館日に、名残を惜しむ大勢の顧客が訪れるなか、「うるさい」と怒って帰ろうとした年配客を女将が「私に免じて」と平謝りしてなだめた、というエピソードが出てきた。

これはクレーマー一歩手前ではないのか。

一読した印象だが、この本に出てくる類似のエピソードがみんな「いい話」として描かれており、なるほどこういう感覚が日本流の「おもてなし」を磨いてきたのか、とうなった。

もちろんダメではない。

旅館を例に挙げたが、例えば、コンビニのレジでの接客の丁寧さや、新幹線の清掃スタッフがお辞儀して車両を見送るといった日本式おもてなしは、外国人にとって「日本で体験したいもの」の一つ。

日本独特の手厚いこまやかなおもてなしは、インバウンドでは観光素材の一つだ。しかし、実際には長時間労働につながり、またいわゆる「モンスター客」などが対人ストレスを引き起こし、人手不足の一因となっていると思う。

SDGsの目標8「働きがいも経済成長も」は、「すべての人々のための持続的、包括的かつ持続可能な経済成長、生産的な完全雇用およびディーセント・ワーク(働きがいのある人間らしい仕事)を推進する」とうたっている。

サービスは無限でも無料でもないし、お客様は神様ではない。マクドナルドの「スマイル0円」は正しいが、スマイルは店員と客、両方が浮かべるものだと思う。日本式の温かなおもてなしを残しつつ、同時に働く人々のやりがいや生活を守る。難しいが、これができないと観光の現場はジリ貧になってしまう。「お金になるサービス」を目指して、それをスタッフにも顧客にも伝えていくことができれば、状況も動かせるはずだ。

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山田静さん
writer:山田 静(やまだ・しずか)

京都市在住、2016年開業の旅館「京町屋 楽遊」のマネージャー。トラベルライターとしても活躍中。大学卒業後、旅行会社、旅行誌・書籍の編集者などを経てフリーに。旅の書籍・旅メディアの編集ライター、旅講座の講師、国際観光会議のファシリテーター・アシスタント、各種旅行統計分析の仕事にも携わる。

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「おもてなし」の呪縛から逃れるのがSDGsのカギ?

2021.03.05

▲わが宿「楽遊」の場合、旅館ではあるが夕食の提供をしていないこともあり、社員のシフトはたすきがけでなく早番と遅番の2種類。1週間毎日早番で次の週は毎日遅番、とできるだけ規則正しいシフトにしようとしている

観光業界は働きやすいのか

「たすきがけシフト」というのをご存じだろうか。

特に旅館の仲居業で見られるシフトパターンで、昼出勤で夜退勤、翌朝出勤し昼まで働くのが1セット。勤務時間がたすきがけのようになることからその名がある。

メリットは、チェックインからチェックアウトまで同じスタッフが同じゲストを担当できるので、きめ細かいサービスができる。

デメリットは、働く人がしんどい。休日も「昼から翌日の昼まで」が1日ぶんと考えられるため、丸一日は休めない。計算上は1日8時間勤務が厳守されていても、「休んだ気がしない」「だんだんと疲労がたまってくる」と聞く。昔は旅館に住み込みで働く人も多く、これでも問題なく回せていたが、通いで働く人が多い現在、不規則シフトは不人気だ。

観光業界、特に宿泊業界の離職率の高さはよく知られている。厚生労働省の「新規大卒就職者の離職状況」データhttps://www.mhlw.go.jp/content/11652000/000689483.pdf

によると、2017年3月、新規大卒就職者の3年以内の離職率は宿泊・飲食サービス業で52.6%、旅行業が含まれる生活関連サービス業・娯楽業で46.2%と平均の32.8%を上回る。大学の観光を学ぶ学科を卒業後、観光産業、具体的には旅行会社と宿泊業、運輸業など観光産業へと進む学生の率は19.2%と低い(観光庁・2011年データ)。 離職率が高いうえ、就職先として避けられてしまうのは、前述の不規則勤務や残業の常態化、休暇がとりにくいこと、その割に給与が安いことが挙げられるだろう。ちなみに厚生労働省の「令和元年賃金構造基本統計調査」の産業別にみた賃金データ」https://www.mhlw.go.jp/toukei/itiran/roudou/chingin/kouzou/z2019/dl/05.pdfによれば、「宿泊業、飲食サービス業」は男性278.7千円、女性206.0千円で調査範囲では最低だ。それでも着実に昇給・昇級する期待があればいいのだが、たとえば家族経営の小さな宿泊施設ではそんなイメージもつかみにくい。

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