2030SDGsで変える
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日本はすでに…… 観光は「もろ刃の剣」旅人目線で見た世界の観光SDGs

2020.12.18
山田 静
目標1:貧困をなくそう
目標7:エネルギーをみんなにそしてクリーンに
目標8:働きがいも 経済成長も
目標9:産業と技術革新の基盤をつくろう
目標10:人や国の不平等をなくそう
目標11:住み続けられるまちづくりを
目標12:つくる責任 つかう責任
目標14:海の豊かさを守ろう
目標15:陸の豊かさも守ろう
ヒマラヤ山脈の名峰・カンチェンジュンガ

▲ヒマラヤ山脈の名峰・カンチェンジュンガ。ご来光は拝めたが……

人、人、人。身動きがとれない。

2018年春、およそ四半世紀ぶりに訪れたインド、ダージリンのタイガー・ヒルで私は呆然(ぼうぜん)としていた。

ヒマラヤ山脈の名峰カンチェンジュンガの展望台として知られるタイガー・ヒルだが、前回来たときは周囲にいるのはほんの数人で、場所はここであっているのかと不安になるくらいだったが、静けさに満ちた展望台からのぞむ雪山の日の出は感動的だった。

それがどうだ。夜明け前の朝5時、展望台手前100メートルくらいから渋滞でタクシーが前に進まない。運転手は「降りて歩いたほうがいい。ここで待っているから。駐車場? そんなものないよ」と慣れた様子で、路上で停車する。同じように下車して歩く人波とともに丘の上に行くと、すでに見物客でいっぱい。欧米人やアジア人もいるが、言葉や顔つきからしてインド人が大半のように見える。人混みを縫うようにチャイや絵はがき、ショールなどを売る売り子たちの声もにぎやかだ。だんだんと東の空が明るくなり周囲の様子が見えてくると、あちこちにごみが散らかり、物陰には「NO TOILET」という看板も立てられている。

こんなところだったっけ?  

雑踏にまぎれ、四半世紀前と変わらず神々しい日の出を眺めながら、モヤモヤした気持ちにとらわれていた。

▲実際に私が見ている風景はこれだ。が、展望台では、冒頭の写真のように、人であふれている

20歳、大学生のときにバックパッカーデビューして以来、55歳の今に至るまで仕事も趣味も旅、という生活を続けてきた。現在も宿や編集・ライター仕事をしながら半年に1度休暇をとり、3週間程度の旅に出ている。

長年旅を続けるうちに、数十年ぶりに再訪する地も、ぽつぽつと出てくるわけだが、特にアジアの変貌(へんぼう)ぶりには驚かされることが多い。たとえば、かつて北インドの秘境といわれたラダックのパンゴン湖は、映画やミュージックビデオに登場したことから、今やインド人の行楽地だし、タイ・バンコクの安宿街カオサンは多国籍料理店やバー、エキゾチックなショップが並ぶ無国籍な雰囲気が珍しいと、タイ人の若者が押し寄せる観光地となった。中国に至っては、街なみの保存=街ごと移設したり建て替えたりすることもあり、懐かしむどころか元の姿を思い出せないこともしばしばだ。

▲ラダックのパンゴン湖。標高4000メートルを超える高地にあり、中国と国境を接するため軍事的にも緊張感の漂う地だが、日本でもヒットした映画「きっと、うまくいく」に登場したことで一躍有名に
▲バンコクのカオサン通り。24時間にぎわっていたが、コロナ禍で現在は閑散としていると聞く

かつては物見高い外国人が訪れていた「隠れたスポット」の多くが、特に地元国の観光客であふれかえっている。少し前に「発展途上国」と呼ばれた国々は経済成長し、人々は観光を娯楽として味わえるようになったのだ。経済成長と同じ時期に、格安航空会社(LCC)が世界各地に登場したのも引き金となった。「バス並みの運賃で飛べる」をうたい文句にしたLCCは、世界の人々を旅に、移動に誘い出した。歩調をあわせるように世界各地の宿は、民泊も含め種類も質も向上していった。

旅は限られた階級の特権ではなく、庶民の娯楽となったのだ。そして、一度旅の楽しさを知った人々は、高度経済成長期の日本人のように、夢中で世界を旅した。そして、観光が金になると知った人々は、夢中で地域の観光化をすすめた。これを、「以前は人が少なくてよかったのになあ」と嘆くのは傲慢(ごうまん)というものだろう。誰だって旅を楽しむ自由はある。だが、そこで無自覚に観光客を受け入れていると、やがて生まれるのは、トイレや駐車場もないゴミだらけの混雑した観光地――。そして観光価値の低下や地域住民とのあつれき、つまりオーバーツーリズム問題だ。

復興のカギはアンコール遺跡だった

観光はもろ刃の剣。

日本政府がコロナ禍の経済対策として「GO TO トラベルキャンペーン」に固執するのは、さまざまなしがらみも背後にあるのだろうが、観光がもたらす経済効果の大きさが要因のひとつであるのは間違いない。

国連世界観光機関(UNWTO)によれば、2018年の国際観光輸出合計(国際観光収入+旅客輸送)は1兆7000億米ドルで、訪問客の消費による収入は前年比4.4%増。世界のGDPの伸び率が前年比3.6%増なので、それを上回る成長率だ。同機関によれば、世界の10人にひとりは観光業に携わり、観光は世界のGDPの10%を生み出しているという。

ずいぶん昔、ある国で一緒に仕事をした観光業関係者の言葉がいまも印象に残っている。

「観光だけに頼っているうちは、まだ国が貧しいんです。ほかに売る物がない、あるいは収穫して食べるものが足りていないわけですから」

かつての「発展途上国」の多くが最初に手をつけるのが観光政策。少ない初期投資で大きな効果を生み出せる、「持たざる国」を救う産業が観光だ。要は、手っ取り早く金になるのだ。

たとえばカンボジア。豊かな森林と水資源に恵まれ、元来食料が豊かだったこの国は、長引く戦乱、特に1970年代のポル・ポト政権下で荒れ果てた。教育や文化はその担い手ごと消し去られ、農地や漁場、遺跡には地雷が埋められた。戦乱が一応の収束を見せた92年、観光目的の入域が許可されると、待ちかねた世界の旅人がカンボジアに押し寄せた。目的はアンコール遺跡観光だ。当時旅行会社に勤務していた筆者もアンコール遺跡ツアーの添乗員として訪れたが、観光の基地となる街・シェムリアップは停電・断水は当たり前、団体が泊まれるホテルも2軒だけだったと記憶している。

▲アンコール・ワット。美しいフォルムは何度見ても魅了される。アンコール遺跡には世界各国から修復支援も多く寄せられ、それがまた復興の助けとなった

だが、そこから20年ほどで、街はホテルが林立する世界的な観光地へと変貌した。見た目だけではない。孤児院などの施設で出会った子供たちは、勉強のかいもあって外国語ガイドやホテルマンになったり、土産物屋を開いたり。生き残った伝統舞踊のダンサーたちは観光客向けのショーを行うことで後進を育成できた。

とある施設で子供に英語を教えていた青年の生い立ちを聞いて驚いた。彼は孤児院で少年期を過ごし教師になったが、孤児ではない。小さな頃から頭がよかった彼の将来を心配した村の人々が、「孤児院に行けば学校に行かせてもらえるらしい」とうわさを聞き、「孤児です」と嘘をついて彼を孤児院に連れてきたのだという。単純すぎるうそはすぐにバレたが、院長はその心意気に免じて彼を引き取ることにしたのだという。

貧しくても、勉強すること、努力することが将来を切り開く。子供は国の宝。  

日本では失われつつあるそんな希望と熱気が復興期のカンボジアには満ちていた。それを下支えしたのが観光産業だ。カンボジアにアンコール遺跡がなかったら、もし戦乱で遺跡が完全に破壊されていたら、社会の立ち直りはもっと遅かったはずだ。

▲アンコール遺跡のタ・プロム。遺跡が樹木に侵食され倒壊が心配されていたが、この姿のまま保存修復されることになっている

だがその結果、どうなったか。

多くの人が心配していた通り、カンボジアもオーバーツーリズム問題に直面している。ホテルが増えたことによりシェムリアップは水質汚染や水不足に悩まされ、ゴミ問題も深刻だ。多すぎる観光客と遺跡保護の両立も課題とされている。貧富の差も広がり、特に首都プノンペンでは治安の悪化も心配されている。

観光と「飛び恥」

多すぎる人と車で混雑する道路、電車、バス。

ポイ捨てによるゴミの散乱。

スリや詐欺、ぼったくりなど、観光客目当ての犯罪。

長時間のライトアップによる樹木や生態系への負荷。

建物の落書きや自然公園での植物採取、宗教施設での騒音など、無理解による文化・自然へのダメージ。

そして、これらすべてが引き起こす地域住民のストレスや自然環境への負荷。

観光人口が膨れ上がるにつれ、観光が社会、環境に与えるダメージの大きさも注目されるようになってきた。

2019年、スウェーデンの環境活動家グレタ・トゥーンベリさんが国連の気候変動会議に出席するため飛行機ではなくヨットで太平洋を横断。飛行機の温室効果ガス排出量が改めて大きな話題となり、「飛び恥」という新しい言葉も登場した。

観光ブームに冷や水を浴びせる出来事だったが、これに共感する声も多かった。人々は、自らも含め、世界じゅうにあふれ写真を撮りまくる観光客にうんざりしはじめていたのだ。

観光が与える影響はほかにもある。目に見えるものではないが、文化の変容もその一つだ。 有名なのはインドネシア・バリ島で、観光客に人気のケチャ・ダンスは観光客用にショーアップされたものだ。とある中国の少数民族の村では、観光客に売れるように、伝統の文様を「若干変更している」と村長から説明されたことがある。

前回の京都編でも触れたように、伝統を継承するにはお金もエネルギーも必要だし、「伝統文化は大事なものである」という前提に立つ社会環境も重要だ(ポル・ポト政権や文化大革命など、政権から伝統文化が攻撃された例は歴史上数多くある)。

▲バリ島の世界遺産、ジャティルイの棚田。トレッキングルートやサイクリング道も整備されている
▲ジャティルイの棚田に置かれた女神像。景観となじんだアート作品だ

観光客は伝統を継承するための資金源、一種のクライアントとなる。クライアントにあわせて、彼らの喜ぶものをより洗練された形で提供することで、より金になり、質が高まる……とも考えられなくもないが、果たしてこれは「伝統文化」なのか。「これ以上変容させてはいけない」という線引きも、どこかで必要なはずだ。

▲湖上の塔が写真映えすると人気を集めるウルン・ダヌ・ブラタン寺院。だが、観光客が増えるにつれ、派手な装飾や土産物屋が増え、神秘的とは程遠いたたずまいとなっている

日本はすでに遅れている? 世界のサステイナブル・ツーリズム

2015年9月、国連の「持続可能な開発サミット」で持続可能な開発目標・SDGsが採択され、2030年までに達成すべき17の目標が示された。特に観光分野の役割が示されたのは、経済成長と雇用に関する「ゴール8 働きがいも経済成長も」、消費と生産に関する「ゴール12 つくる責任 つかう責任」、海洋資源に関する「ゴール14 海の豊かさを守ろう」の三つだ。ただし、UNWTOは上記の三つにとどまらず、すべての目標において観光は直接的、または間接的に貢献する力がある、としている。(※)

観光の世界で近年よく言われる「サステイナブル・ツーリズム」は簡単に言えば「持続可能な観光」。「観光地の本来の姿を持続的に保つことができるように、観光地の開発やサービスのあり方を見定め旅行の設定を行うこと」(JTB総合研究所HP・観光用語集より)で、SDGsの達成と密接に結びついた概念だ。

日本ではスタートしたばかりだが、旅をしていると、海外での取り組みはけっこう前からはじまっている、という印象だ。日本はもしかしたらアジアでは遅れているのでは、という気もしている。

たとえばブータン。ヒマラヤに抱かれたこの山岳国では水力発電による電力が最大の輸出品で、森林保護に熱心だ。2006年に訪れた時点で、すでに市場などでのプラスチックバッグ(ポリ袋)の使用は禁止されていた。バングラデシュは2002年からと、もっと早い。多くの島や山岳地帯を要するマレーシアは、1974年に環境基準法が制定されており、環境教育にも熱心だ。昨年訪れたインドネシアのバリ島では、プラスチック製のストローは完全に姿を消していた。もちろん、それぞれの地域で環境問題がゼロというわけではない。排ガスや工場排水など、日本がテクノロジーで解決してきたことがまだ問題として残っていることもある。それでも「プラスチックバッグは海や山を汚す」という共通認識を早くから持っていたかどうか、というのは大きな違いだと思う。

▲ブータンの山中にある発電所
▲「国民総幸福量」を尊重する、というユニークなコンセプトで日本でも知られるブータン。小国ならではの取り組みには学ぶことも多い

新型コロナウイルスの感染がイタリアで拡大していた2020年3月、ベネチアの運河に魚や水鳥が戻ってきているというニュースが世界に配信され話題となった。多すぎる観光客にパンクしかかっていた水の都が、再び美しい姿を取り戻しつつあるのだ。今年10月に訪れた沖縄県西表島では、現地ガイドが「今年はイリオモテヤマネコを6回見た。去年は1度しか見かけていないのに」と言う。

▲自然豊かな西表島。修学旅行や団体旅行のキャンセルが相次ぎ、ジャングルは静けさを取り戻した

観光客が消えたことで、自然は力を回復しつつある。

これは、コロナ禍が過ぎたあとでも、観光に関わるすべての人々、観光を楽しみたいすべての人が心に留めておくべきことだと思う。美しい景観や荒々しい生態系、受け継がれてきた遺跡や文化は、観光することによって守ることもできるが、観光することで破壊もできる。そして一度破壊してしまった観光資源は、単に観光価値を下げる(金にならなくなる)というだけではなく、文化的にも、経済的にも、そして地球環境的にも取り返しの付かないダメージを与える。

現在、世界各国でサステイナブル・ツーリズムを意識したさまざまな取り組みが行われている。

前述のベネチアでは、2020年7月から街を訪れる人に「訪問税」を徴収することを決定。スペイン・バルセロナでは、エリアによって宿泊施設の立地規制を行い、観光の目玉であるガウディ建築の主なスポットは予約入場制を実施している。イギリスのストーンヘンジ遺跡は、景観維持のため駐車場とビジターセンターを遺跡から2キロほど離れた場所に移設した。「映えスポット」として人気のフランス・パリのクレミュー通りは、夜間と休日の通行禁止を求める市民運動が起きている。以前は自然に親しみ、学べるアトラクションとして人気だった動物との触れあい体験も、各地で見直す動きが出始めている。

日本におけるサステイナブル・ツーリズムの取り組みはまた追ってご紹介していきたい。観光は確かに多くのものを救う。旅によって人生が救われた、という人も少なくないはずだ。そしておそらく、コロナ禍後の世界の復興を助けもするだろう。だからこそ、世界の人々の移動が封じられて観光客が消えた今こそ、いま一度「観光」のあり方と未来を考えておく最高の機会だと思う。仕事も趣味も旅、という旅を愛する一個人として、痛切に感じることだ。

(※)観光と持続可能な開発目標(国連世界観光機関・UNWTO)

参考資料:「日本版持続可能な観光ガイドライン(JSTS-D)」(観光庁)、 「International Tourism Highlights 2019年日本語版」(UNWTO)

山田静さん
writer:山田 静(やまだ・しずか)

京都市在住、2016年開業の旅館「京町屋 楽遊」のマネージャー。トラベルライターとしても活躍中。大学卒業後、旅行会社、旅行誌・書籍の編集者などを経てフリーに。旅の書籍・旅メディアの編集ライター、旅講座の講師、国際観光会議のファシリテーター・アシスタント、各種旅行統計分析の仕事にも携わる。

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