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京都の観光はオワコンなのか SDGs視点が京都を救う?

更新日 2020.11.17
山田 静
目標8:働きがいも 経済成長も
目標11:住み続けられるまちづくりを
目標12:つくる責任 つかう責任
人であふれかえる清水寺参道

新型コロナウィルスの感染拡大で、大打撃を受けた観光業。「オーバーツーリズム」など課題を抱えていた観光都市・京都でも、観光客が激減しました。
自由な移動ができなくなり、改めて趣味や人生の楽しみとしての「旅」のありかたについて、考えた方もいるかもしれません。
いま、持続可能な観光が求められています。ポストコロナ時代の観光のあり方は、旅人としての心得は――。
京都の小さな旅館のマネージャーであり、国内外を旅してきた、トラベルライターの山田静さんが、「観光とSDGs」をシリーズで考えます。1回目の今回は、京都の観光についてです。

          ◇

何もない10カ月だった。
葵祭の行列も、祇園祭の山鉾巡行も、五山送り火の点火風景も、それを見物する観光客もいなかった。

1年前の京都は「オーバーツーリズムに悲鳴をあげる古都」、そんな刺激的な見出しとともに、大混雑の祇園や嵐山の風景がひんぱんにメディアに取り上げられていた。2014年米旅行専門誌「トラベル+レジャー」発表の「ワールド・ベスト・アワード」の人気観光地ランキングで1位となった頃から、世界的な人気は右肩上がり。ホテルや旅館の建設ラッシュが続き、増え続ける観光客とそれを支えきれない街の状況は目に見える問題となっていた。2020年2月2日に投開票が行われた京都市長選挙でも、大きな争点は観光政策だった。


だが、1月末からはじまった新型コロナウイルスの感染拡大は、問題解決への模索も、問題そのものもストップさせてしまった。
京都市観光協会が60あまりのホテルを対象に行っている月次調査によれば、2020年1月の外国人客は前年同月比18.1%の伸びだったのが、2月53.8%減、3月89.5%減、4月99.7%減。日本人も5月は前年比94.7%減、5月の客室稼働率は6.5%まで落ち込んだ。「Go Toトラベル」の効果もあり、8月は日本人客が前年比48.2%まで戻り、客室稼働率は22.8%まで回復したが、前年8月の同調査での客室稼働率は83.3%。苦しい状況は続いている。

閑散とした清水寺参道
2020年3月末の清水寺前。花見の観光客もいたが、例年からすると考えられない閑散とした光景だ
2020年5月中旬の鴨川
2020年5月中旬の鴨川。例年だと川床がはじまる季節だが、今年は「各店の判断にまかせる」として、静かな幕開けとなった

筆者がマネージャーをつとめる小さな旅館「京町家 楽遊 堀川五条」「京町家 楽遊 仏光寺東町」も大きな影響を受けた。特に「堀川五条」は昨年まで稼働率が毎月90%を軽く超えていた。だが、宿泊客のうち8割を占めていたインバウンド(うち、過半数はヨーロッパ地域からの旅行者)は全て予約取り消しとなり、1月の稼働率73.27%、2月64.9%、3月40.80%と落ち込んだ。さらに、緊急事態宣言が出た4月・5月は休館。6月は週末のみ開けたものの、予約はわずか2件だった。

「Go To トラベル」キャンペーン開始後、連休や週末は満室になることも増えてきたが、平日は埋まらない。ワーケーション、ずらし休暇など聞こえのいい言葉は飛び交うが、日本人が気楽に平日に休むのはまだ難しい。京都の観光地や土産物店、宿泊施設を支えていたのは、平日にやってくる修学旅行生であり、シニアの団体ツアーであり、ここ数年は数日間の連泊が当たり前のインバウンドだったことを痛感している。
3月ごろは「人が少なくて桜も見やすいねえ」と、のんきな空気も漂う京都だったが、祇園祭の山鉾巡行中止が発表されたあたりから、ご近所さんと「寂しいなあ」「いつまで続くんやろ」と言葉を交わすことが増えてきた。

2020年の祇園祭
2020年の祇園祭。山鉾巡行は中止されたが、多くの山鉾が期間中は飾り物や人形を展示し、道ゆく人々は足を止めて見入っていた

■バランスを欠く京都 「オワコン」観光地?

京都は「見られること」で磨かれてきた土地だ。

美しい建築や庭園を擁する神社仏閣、町衆の知恵が詰まった町家建築、季節ごとの行事やお祭り、毎月の骨董(こっとう)市。訪れる人々を魅了するコンテンツを維持してきたのは人々の努力のたまものだが、それを称賛し、広めてきたのは外からの訪問者だ。世界的にみると、伝統文化を観光客向きに変容させるケースもままあるが、京都の場合、見せ方に工夫は加えつつ、「変えない」ことでより価値を高め、年月をかけて「京都ブランド」を育んできたように見える。
ブランド力が高まれば観光客はさらに集まる。かつてはオフシーズンの閑散っぷりに悩まされてきた京都だったが、8月の「京の七夕」、12月の「嵐山花灯路」など、閑散期の夜間イベントに力を入れることで宿泊人口を増やし、インバウンドの急増も手伝い来訪者数は増え続けた。文化庁の京都移転が決定したことも、京都ブランドのイメージアップに役立っただろう。


だが前述の通り、街は増え続ける観光客を受け止めきれず、「バスに乗れない」「ゴミのポイ捨てがひどい」など住民には不満がたまり、日本人観光客からは避けられ、海外から見ても観光地としての価値が下がる(前出の「トラベル+レジャー」誌の2019年ランキングで京都は8位)という負のループに入っていた。SDGs的な観点からすると、まさに悪いお手本である。そこに来てのコロナ禍で、市税や宿泊税の大幅減少が見込まれることから、門川大作京都市長は「財政は非常事態にある」と危機感をあらわにしている。

清水寺の回廊
2020年8月、清水寺の回廊には岩手産・南部鉄器の風鈴が約500個かけられ、東日本大震災からの復興やコロナ収束を願う短冊がつるされ涼やかな音色を響かせていた


伝統やコンテンツを維持するには金がかかる。「邪魔」で「迷惑」だった観光客は同時に、拝観料を払い、おさい銭を投げ、祇園祭では山鉾のちまきや手拭いを買い、宿泊税を払うという、伝統をつなぐ資金源でもあった。そして、大勢が押し寄せることで「京都ブランド」の価値を住民に認識させてくれる存在でもあった。


「楽遊」が2カ月続いた休館から再開を決めたとき、近隣の方々や取引先から口々に言われたのが「楽遊さんが開くとほっとする」「うちも頑張りますし!」「おたくから来る外人さんが来ないとつまらんわ」といった言葉。


正直、オーバーツーリズムを体現するような宿屋は内心迷惑がられているのではとも心配していたので、意外な思いもあった。日常が戻る、商売につながる、というのもあるのだろうが、「楽遊」のゲストが近所の銭湯に行き、パン屋に行き、日本の文化を楽しんでいる姿というのは、ほほえましく受け取られていた面もあったようだ。宿屋は、観光客と地域を結ぶひとつの回路でもある、と改めて気づかされた。

「京町家 楽遊 堀川五条」
「京町家 楽遊 堀川五条」。伝統の町家建築を新築で再現した旅館で、今年4月に増築し全11室に。目の前の銭湯「五香湯」の入浴券をサービスしたり、朝食に近所の名店のパンや漬物を出したりするなど、地域密着を心がけてはきたが、まだまだやれることはあると模索中

バランスを欠いていた。
ここ10年ほどの京都における観光業の浮き沈みを見ていると、その一言でまとめられると思う。住民たちも、観光客全員を目の敵にしているわけではない。ただ、暮らしが脅かされてまで観光化を進めたいとは誰も思っていないし、オーバーツーリズムに再び悩まされるのはまっぴらごめん、というのが多くの人の考えだろう。
ではどこにバランスをとる落とし所があるのだろうか。それとも、もはや京都は観光地としての価値が下がった「オワコン」(終わったコンテンツ)になってしまうのだろうか。

■日本の観光のSDGs、カギは京都にあり

いや、違う。
筆者は京都にこそ、日本における観光のSDGsのカギが潜んでいると思う。

京都の商売人が好んで言う言葉がある。
「商売と屏風(びょうぶ)は広げすぎたら倒れる」
「商いは牛のよだれ」
小さく、細く、そして長く。それが良い商売、という価値観を表した言葉だ。

京都の紅葉
京都の紅葉はとても華やか。よく見ると、色のグラデーションや木の高低、窓からの見え方など細かく計算されており、これが美しさを引き立てていることに気が付く。長い年月工夫を重ねてきた美意識の表れだ

筆者は4年前、宿の開業準備で20年以上仕事をしてきた東京から移住してきたが、もうかったら拡大・拡張、取引先は大会社が安心、という東京的な考え方に慣れていただけに、京都における仕事のあり方に最初は戸惑った。座布団は座布団屋、館内着は寝装メーカーと老舗の専門会社や店がいくつもあり、誰もがどんな注文にも細かく対応し、仕事はスピーディーで質もいい。


京都は高度に分業が進んでいる街だと言われる。特に伝統工芸がそうで、京人形ひとつとっても、髪の毛・手足・着物・小道具を作る工程が異なり、熟練した職人の技が結集しないと美しい人形は完成しない。ほかにも、蒔絵(まきえ)師、塗師、真田紐師、表具師など、さまざまな伝統工芸師が活動し、それらをつなぐ流通網もある。例えば、工芸品や建築で使う竹の注文を受け、生産者から仕入れる「竹問屋」などの存在だ。
全国的な傾向と同じで人数は減っているというが、それでもこういった職人たちが多く京都で活動を続けているのは、仕事があるからだ。京都には歴史的な建物や宝物、庭園が多く、修理・保存のために常にどこかで職人の手が必要とされている。観光資源でもある工芸品、芸妓や舞妓のあでやかな着物や小物、祇園祭や葵祭の行列、すべてに匠の技が必要とされていて、職人の糧となる。これが京都の伝統をつないできた。

とはいえ、後継者不足に悩まされているのは他地域と同じ。京足袋など、すでに1軒しか営まれていない工芸品もある。これらをバックアップするため、京都市は「京房ひも」「京うちわ」「京金網」など74品目を伝統産業として独自に指定している。
分業化された作業がくさりのようにつながっているだけに、ひとつでもくさりの輪が欠けたら未完成品となる。たとえば京足袋がなくなったら、舞妓さんの踊りにも装いにも影響が出る。京都ブランドを守る第一歩が、高い品質の工芸を保護すること。そのためにも、観光収入は重要なのだ。地元の人が買わなくても、「京都だから」と観光客は財布の紐をゆるめてくれる。
小さな輪をくさりのようにつなげ、それぞれの輪が己を鍛えていくことでみんなが共存し、さらに全体をしなやかに強くしようとする。伝統工芸に限らず、京都ではこれが考え方のベースにあるように感じている。

「楽遊」の玄関上に置かれた「鐘馗さん」
「楽遊」の玄関上に置かれた「鐘馗さん」。魔よけとして町家には欠かせないもので、京瓦職人が手掛ける。近年の町家建築ブームで需要は高まっているのだとか

「京都ではグルメ口コミサイトはあてにならない、地元の人があまり書き込まないから」としばしば言われるが、暮らしてみると実感する。多くの京都人は、なじみの店に何度も行く。それが店を守り育てるし、周りまわって自分の暮らしにも役立つと知っているからだ。
実際この街では、ご近所の小さなお店の実力に驚かされることが多い。おいしい、質がいい、サービスがいい……。

なるほどこれならわざわざ有名店に行く必要もなく、なじみ客になってオマケしてもらったり、雑談がてら地域の情報をもらえるようになったりしたほうが、お店にも自分にも得だし、なにより暮らしやすくなる。

ここにあるのは地域のくさりだ。個人とお店がいくつもつながって、そのつながりを継続していくことで暮らしやすさが向上していく。
つまり、この街は「つながっていくこと」「持続していくこと」がもたらす効果を知っていて、それをさまざまな形で実践している土地だと思う。持続していくことが最終的に物心両面の豊かさをもたらす、という考えかたが、長い歴史のなかで人々の体に染み込んだのかもしれない。

閑散とした鴨川の風景
今年はちょっぴり寂しかった鴨川の風景

こういった価値観に基づき成り立っていたバランスを崩してしまったのがオーバーツーリズム、そしてコロナ禍だった。観光客がもたらす資金と活気は確かに魅力的だが、それを丸のみするうちに舞妓や芸妓の通行を邪魔するなど伝統文化を軽視する行為が見られたり、民泊反対運動など地域のつながりに亀裂が入ったりするようなことも各所で起きた。観光客の重みでくさりが切れかかってしまったのだ。

■観光都市・京都の価値は? 観光も「地域のくさりの輪」に


先日、アメリカの旅行誌「コンデ・ナスト・トラベラー」が発表した2020年世界人気都市ランキングで、京都は世界第一位となった。これを受け、「やっぱり京都は強い」と喜びの声がある一方、SNSでは「これでまた観光客が増えるのはいやだな」「またバスに乗れなくなる」といったネガティブなコメントも目立った。
このままでは、また元通りになってしまう。


我々観光に関わる人間は、足下を見つめ直すチャンスだと思う。京都が京都らしくあり続けるために、観光は欠かせない存在だ。だが、一度不信感をもたれてしまった地域や地元住民と観光業との関係を結び直さないと、京都における観光の未来は明るくない。
我々のような宿屋(特に筆者のような新参者の宿屋)、土産物屋、観光施設といった現場に求められるのは、改めて地域と寄り添い、観光客と地元の人々とをつなげる窓口となり、地域のくさりの輪となることだと思う。


そして行政は、今こそ、観光政策を見直すべきときだと思う。誘客先行で住民の気持ちに寄り添わず、住民と観光客・観光業者の分断を生み、観光価値を下げる流れを生んだ行政の責任は重い。遅れているインフラの整備はもちろん、世界的な流れとなっている観光客数のコントロールも必要だと思う。すでに一部の神社仏閣で試みがはじまっているが、例えばバルセロナのように、各施設で人数制限や入場規制を行うといった「この街は観光とこう向き合っていく、共存していく」という姿勢を見せることが京都の価値を高め、住民からの信頼へとつながっていくはずだ。

互いがつながることで、伝統や地域といった大きなつながりを保ち、街を上手に機能させてきた京都。伝統を守り伝えるために本来役に立つはずの観光も、そのつながりになじみ、加わることができれば未来は明るいはずだし、京都ならではの観光のあり方も見いだせると信じたい。

山田静さん
writer:山田 静(やまだ・しずか)

京都市在住、2016年開業の旅館「京町屋 楽遊」のマネージャー。トラベルライターとしても活躍中。大学卒業後、旅行会社、旅行誌・書籍の編集者などを経てフリーに。旅の書籍・旅メディアの編集ライター、旅講座の講師、国際観光会議のファシリテーター・アシスタント、各種旅行統計分析の仕事にも携わる。

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