2019年3月6日、ヒルトン東京お台場にておこなわれた「サステナブル・ブランド国際会議2019東京」(主催:株式会社博展、Sustainable Life Media,Inc)のプログラムのひとつとして、「スポーツイベントにおける持続可能性」をテーマにしたトークセッション「未来メディアカフェvol.22」を開催しました。
パネリストは、一般社団法人 Sport For Smile 代表理事の梶川三枝さん、株式会社横浜DeNAベイスターズ ブランド統括本部広報部広報グループリーダー長の河村康博さん、ファシリテーターとして朝日新聞社スポーツ部の前田大輔記者の3名。スポーツ界におけるサステナビリティにまつわる取り組みについて、さまざまな事例を交えながらトークが交わされました。当日の模様をレポートします。
「どんな団体・部署であろうともサステナビリティには注力していくべき」という海外の動き
(左から、朝日新聞社スポーツ部 前田 大輔記者、一般社団法人 Sport For Smile代表理事の梶川 三枝さん)
前田大輔 記者(以下、前田):私は普段、東京オリンピック・パラリンピックの大会組織委員会の取材を担当しています。東京オリンピックは、その準備段階からSDGsの考え方を本格的に取り入れていく初の大会として注目されています。そういった取材もこれまで重ねてきました。
「スポーツイベントにおいて、なぜ持続可能性を考えなければいけない時代になってきたのか?」ということは、いまあらためてしっかりと考えなければいけないと思います。サステナビリティの考えを取り入れたスポーツイベントの運営はいまや世界的に当たり前になってきてはいますが、まずは、そういったスポーツ界の動向について、詳しく教えていただいてもよろしいですか。
梶川三枝さん(以下、梶川):スポーツ界がなぜサステナビリティに取り組むのか? というところで言うと、スポーツ界はそもそも、スタジアムやイベントの運営などで、膨大な電力やプラスチックを消費しているわけです。だからこそ、いかに環境にやさしい取り組みをしているか、というのがスポーツ団体の運営のキーになってきます。もちろん、環境への配慮だけでなく、特に欧州のスポーツ団体には人権問題にも注力しているところが多いです。
具体的には、たとえば北米のプロスポーツチームがベースになっている「Green Sports Alliance」という団体があって、ここでは気候変動についての対策や、スタジアムの廃棄物をどうするか、ということが主に議論されています。また、スイスのジュネーブに本拠地がある「SandSI(Sport and Sustainability International)」という団体では、メガスポーツイベントや人道支援なども含む幅広い分野の議論が交わされています。
「GSA」の中では、MLB(米プロ野球リーグ)やNFL(米アメリカンフットボールリーグ)、NBA(米プロバスケットボールリーグ)といったすべてのメジャースポーツリーグが一堂に会し、スポーツの力でサステナビリティをどう推進していくべきか、という話し合いがなされています。ほぼすべてのリーグにサステナビリティの部署があり、その場で出た課題やアイデアはきちんと持ち帰って実践していくというポジティブなサイクルがちゃんとできているんです。
また、近年ではIOC(国際オリンピック委員会)が国連の会議でスポーツ界でのサステナビリティ推進をリードしていくとコミットしたり、FIFA(国際サッカー連盟)が労働問題、サステナビリティ、人種差別、地球温暖化防止という4つの分野を掲げて2024年W杯に向けて組織委員会と協働していると発言したりと、メガスポーツイベント運営のすべての局面においてサステナビリティにコミットしていかなければいけない、ということが強調されています。特にUEFA(欧州サッカー連盟)は、「気候変動がサッカーとなんの関係があるのか、という問いには、“すべてにおいてだ”と答える」というレベルにまで達しているんです。
前田:一方で、日本にはそういったディスカッションの場がまだあまりない印象があります。
梶川:そうですね。海外にはスポーツ界と関連企業、サステナビリティ関連のNGOなどが融合したネットワークやディスカッションの場が多数あるのですが、日本ではまだあまり見られないです。
ただ、今後期待がもてる一例として、私はBリーグ(男子プロバスケットボールリーグ)のソーシャル・レスポンシビリティ(社会的責任活動)のデザインをお手伝いしたのですが、Bリーグでは「B LEAGUE Hope」というSDGsを掲げるSRイニシアチブを展開しています。ここでは、SDGsの内容を理解するのが難しい小学生にも楽しく貢献してもらおうということで、「オフコートの3P(スリーポイント)」というキーワードを使って、SDGsの17の目標をPlanet、People、Peaceという3つの領域に分類して参加しやすいしくみをつくっているんです。こういったSR活動のブランドやわかりやすいキーワードを作り、発信力を高めて、「ファンを動かす」ことを狙っています。
横浜DeNAベイスターズが「横浜スポーツタウン構想」に至るまで
(株式会社横浜DeNAベイスターズ ブランド統括本部広報部広報グループリーダーの河村 康博さん)
前田:梶川さん、ありがとうございます。世界のスポーツ界では梶川さんがお話してくださったような取り組みが推進されているものの、国内ではSDGsという言葉がまだまだ定着していない状況ですよね。ここからは、そういった中で、日本のスポーツ界では持続可能性に向けてどのようなことが議論されているのかというのを横浜DeNAベイスターズの河村さんに伺えればと思います。
河村康博さん(以下、河村):いちプロ野球球団である私たちがいまおこなっている取り組みをご紹介できれば、と思います。
皆さんもご存知のように、2011年末にDeNAという企業が横浜ベイスターズというチームの経営権を取得して、2012年から横浜DeNAベイスターズという新しいチームでの運営が始まりました。その頃の横浜DeNAベイスターズは、ホームである横浜スタジアムの稼働率が50%程度と、あまり多くのお客さまに試合を見に来ていただけていない状況でした。
ここ数年、横浜DeNAベイスターズはさまざまな取り組みをおこなうことでスタジアムの観客動員数を増やしてきたのですが、昨シーズンには1年間の観客動員数が200万人を超え、横浜スタジアムの稼働率が97%に到達し、少しずつ成果が見えてきました。いままさに、横浜DeNAベイスターズが横浜の街にしっかりと根づいた持続可能なチームになるためのさまざまな取り組みにトライしている、という状況です。
その取り組みの例をいくつか挙げると、まず「I☆YOKOHAMA」(アイラブヨコハマ)という2014年にスタートしたプロジェクト。これは、横浜という魅力的な街と、そこにあるプロ野球チームであるDeNAベイスターズがなかなか紐づいていない、ということがアンケート結果からわかったんです。それなら、私たちから「皆さんが好きな横浜のことを、私たちも大好きです」というメッセージを発信していこう、ということで始まったプロジェクトです。横浜の駅にサイネージを設置させていただき、「I☆YOKOHAMA」というメッセージとともにその日のベイスターズの試合結果をに表示することで、普段は野球にあまり興味のない方にとっても身近なチームであることを発信したり、老朽化した横浜のマンホールの蓋を「I☆YOKOHAMA」デザインのものに作り変えて寄贈したり……、といった取り組みを進めています。
また、横浜公園に大きなモニターを設置し、ビアガーデンを開催することでお酒を飲みながら野球の試合をモニター越しに無料で楽しむことができる「ハマスタBAYビアガーデン」、横浜スタジアムでナイトゲームが開催される日の朝7時から8時半の間、グラウンドを無料開放し、その中で自由にキャッチボールをしていただくことができる「DREAM GATE CATCHBALL」といった取り組みなどもおこなっています。横浜スタジアムというのは、横浜駅からもみなとみらい駅からもアクセスがよく、すぐ隣には中華街もあるという非常に恵まれた場所にあるスタジアムなんですね。だからこそ、横浜スタジアムがいかにいま以上に盛り上がるか、その盛り上がりをいかに街に波及させられるか、ということを皆さんと一緒に考えていきたいんです。それができると横浜という街の魅力も高まるし、それに伴ってスポーツの魅力、ベイスターズの魅力も高まってくると思っています。
さらに私たちは、横浜の街全体を舞台にした「横浜スポーツタウン構想」というビジョンも思い描いています。行政やさまざまな企業の皆さんと連携しながらスポーツの力で横浜の街をもっともっと賑わせていくことで、ゆくゆくはこの街にもっともっと素敵なことが起きるのではないか、と思っています。
地域活性化へ 舞台はスタジアムに限らない
前田:梶川さん、河村さん、ありがとうございました。まずは河村さんにお聞きしたいのですが、いまお話してくださった、スタジアムをハブにして地域を活性化させていくというビジョンや「横浜スポーツタウン構想」は、そもそもどういうところから生まれたのでしょうか。
河村:さきほど横浜スタジアムの稼働率が97%に達したというお話をしましたが、では、そこからは100%の稼働率をただ追い求めていくだけでいいのか、という疑問があったんです。スポーツの魅力というのは必ずしもスタジアムの中だけで発揮されるものではなく、もっとさまざまな可能性があるはずだと思っていたので、できれば舞台はスタジアムのみに限るのではなく、もっと大きな場所にしたほうがよいだろう、と考えました。
ですから、稼働率が一定を超えた段階で舞台を「街」にしていきたい、そのためにはどういう形がよいのか……、というのを追求した結果ですね。
前田:なるほど。梶川さんは河村さんのお話をお聞きになって、海外の事例といまの日本の事例とで、サステナビリティに対するアプローチの違いなどは感じられましたか。
梶川:ベイスターズさんは過去に大変だった時期もあったということですが、まさにピンチをチャンスに変えてビジネスを加速されてきたチームですよね。私もこの前、ベイスターズさんの取り組みのひとつである「THE BAYS」という複合施設の中のレストラン兼ビアバー「&9」を訪問したのですが、ビールを注ぐサーバの取っ手には、選手が実際に試合で使用して折れてしまったバットが再利用されているなど、サステナブルなアイテムがいろいろと活用されているのが素晴らしかったです。
海外では、そういった取り組みは必ず積極的にアピールするという土壌ができているので、その部分には違いがあるかもしれませんね。海外ではそういったことを大々的にアピールして、意識もしつつ取り組みを進めるというのが大きな流れなので。
河村:たしかに、「その取り組みはSDGsの目標の中のこの部分に当てはまりますよね」と言っていただいて、「言われてみるとそうだな」と思うことも多いです。これからは、そういった取り組みをいかに意識しながらやっていくか、というのも大切だと感じました。
前田:そう考えると、SDGsを「遠くて難しい世界の話」と捉えるのではなく、もっとローカルかつ身近な問題に落とし込んでいくことで理解につながっていく、という点はありそうですよね。
河村:おっしゃる通りだと思います。私たちはどうしても目の前のことに集中してしまいがちですが、実はいままさに取り組んでいることはサステナビリティにもつながっている、という共通意識を社内でも持つことが重要ですよね。ここ数年で、ようやくそういった土壌ができつつあると感じています。
梶川:私は、SDGsというのはあくまで“コミュニケーションの仕方のひとつ”だと捉えています。さきほどお話ししたBリーグの例で言うと、やはり「SDGsの17の目標」と言われても、小学生には難しいわけです。でも、「3ポイントを意識すればいいんだよ」と伝え方を変えることで、彼らも知らない間にSDGsに貢献することができる。そうやって言葉を変えて伝えていくことで、SDGsに取り組む人たちを増やしていければよいのかなと思っています。SDGsという言葉自体は企業向けのAPIとして機能すればよく、スポーツファンの方々にはもっと楽しいコミュニケーションの仕方でSDGsを広めていければ、と思います。
2020年以降へ 勢い継続を
前田:2020年の東京オリンピック・パラリンピックに向けて、これから日本のスポーツ界でもサステナビリティへの取り組みが進んでいくと思います。最後に、河村さんに今後の展望をお聞きできますか。
河村:これから東京オリンピック・パラリンピックに向けてスポーツへの注目度も高まっていくと思いますが、2020年がピークで、そこから右肩下がり……、ということにならないよう、いかに勢いを継続させていけるかに今後がかかっていると思います。
私たちは横浜を舞台にさまざまな取り組みをおこなっていますが、今日お話を聞いて、世界のスポーツ界は非常に進んでいるという印象を受けました。私たちもその流れに置いていかれないよう、日本にはこんなに素敵なチームがいてサステナビリティに取り組んでいる、ということを、世界の皆さんにも感じていただけるような形にしていけたらと思います。
<編集・WRITER>サムライト <写真>鈴木智哉