SDGsという言葉を「聞いたことがある」と答えた人は、最近の調査では7割を超えています。言葉としては定着したSDGsに、これからどのように向き合えばいいのか。国連広報センター所長の根本かおるさんと一緒に考えてみました。聞き手はSDGs for School認定エデュケーター講座で講師を務める朝日新聞イベント戦略事務局次長の鵜飼誠さんと、朝日新聞ポッドキャストのチーフパーソナリティー・神田大介さんです。
※根本かおるさんが出演したポッドキャストの抄録です。番組は記事の文末からお聞きになれます。
2030年に向けて、残された時間がどんどん少なくなっている中で、SDGsにどう向き合っていけばいいでしょうか。
ステージが変わってきたなと感じています。次は行動への転換ですね。誰かがやってくれるではなく、自分もやるんだと。そして社会の仕組みを変えるくらいにアクションのレベルを上げていかないといけない、と思っています
コロナのインパクトについてはどうお考えですか。
ものすごい逆風です。例えば、2020年には億単位の人が新たに極度の貧困に陥り、貧困人口が数十年ぶりに増えてしまいました。数十年間にわたる貧困撲滅のための努力が、帳消しになったというところがあります。
それから栄養ですね。飢餓人口は、気候変動、紛争の長期間の影響を受けますが、これにコロナが加わって三重苦となりました。農作業でできなかったり、物流が滞ったり、さまざまな影響があって、飢餓人口も1億数百万人レベルで増えました。
格差も広がっています。ぎりぎりの生活をしてきた人たちが、一気に困窮に陥ってしまった。日本でも、これまでは隠れていた貧困家庭の子どもの状況が、コロナで目に見えるものになってきました。
BTS「すべて彼らの発想」
話題は飛びますが、昨年の国連総会で韓国の人気音楽グループBTS(防弾少年団)が、スピーチとパフォーマンスを披露しました。その映像が全世界に流れて、多くの人を熱狂させました。そういう形のアプローチについて、国連の中などではどのように受け止められているのですか。
BTSには、国連から「こう言ってください」とか「こうしてください」とか、お願いはしてなくて、すべて彼ら自身の発想で行っています。本当に大切だと思っていることがスピーチには込められていました。僕らの世代を、コロナによるロストジェネレーションと言わないで欲しいと、押し寄せてくる問題を「ウエルカム」と言ってしなやかに乗り越えていく力を持っている世代なんだと、それを伝えたかったんですね。
若い人たちのメンタルヘルスの問題は残念ながら非常に高まっています。ユニセフが去年の秋発表したデータによると、世界の10歳から19歳の7人に1人が、メンタルヘルスの問題を抱えています。格差問題と同様に、メンタルヘルスの問題もなかなか目に見えづらくて、非常に根深い問題です。
身体的な健康と精神的な健康と社会的な健康、この三つが合わさってこそが本来の健康だということが、WHOの憲章前文にもあります。そこをいかにサポートしていくかが、格差も含めて、問題を豊かな形で解決するということにつながるんじゃないかな、と感じますね。
国連はデマやヘイトスピーチに対する闘いをこれまで以上に力を入れてやっていこうと考えています。若い世代が、例えば、気候変動対策を呼びかける運動の中で、一生懸命先頭に立って声を上げている子どもたちに対して、残念ながら非常に狡猾なデマとか、攻撃というものが寄せられているという現実があります。そのことで、気持ちがくじけてしまい、運動をやめてしまいたくなるとう声も聞きます。
また、気候変動(クライメイト)が流行語になるくらい、気候危機や気候行動が、普通の人たちの風景の中に当たり前のように入ってくるものにしたい。
昨年のIPCC(気候変動に関する政府間パネル)の報告書で、気候変動はまさしく人類が起こしたものだという指摘もありました。流行語で終わらせないためにも、私たち自身や地球の他の生物とどう生きていくかということにつなげていきたいですね。
「気温上昇1.5度」首の皮一枚
IPCC第6次評価報告書は、昨年8月の第1作業部会の報告書に続き、今年も第2・第3作業部会の報告書が2月、4月、そして統合報告書が9月に、気候の最前線に関する科学の声として矢継ぎ早に発表されます。さらにCOP27(国連気候変動枠組条約第27回締約国会議)が11月にエジプトであります。産業革命前からの気温上昇を1・5度に抑えるという合意は、首の皮一枚で何とかつながっている感じですよね。これを確かなものにしていかなければいけません。
SDGsの取り組みを、インパクトある形で日本から世界に発信する場合、どんな分野だったり、どういう方法だったりがいいのかというアイデアなどはありますか。
福島の方々が福島第一原発事故を乗り越えるために地域をあげて取り組んできた事例は、もっともっと世界に発信されるべきだと思います。また、広島、長崎の被爆者の方々の声を将来につなげていこう、ということで、若者たちがAI、あるいはバーチャルツアーのような新しい技術を導入して、普遍的なメッセージを世界に発信しています。国連のグローバルなキャンペーンなどに、こうした人たちに当事者として関わってもらえるよう、国連広報センターとしては橋渡し役を担っていくつもりです。
2030年というSDGsの期限を前に話すことではないかもしれませんが、それ以降の枠組みについて、今、考えていることはありますか。
来年、2023年はSDGsにとってちょうど折り返し地点となります。4年に1回開かれるSDGサミットもあります。また、国連のアントニオ・グレーテス事務総長は、より長期を見据えた「サミット・フォー・ザ・フューチャー」を開きたいと言っています。そうした意味で、まずは折り返し地点をどう迎えるのかに全力を挙げたいと思います。
2030年が終わったらSDGsおしまいですよと考えて、その達成だけにこだわってしまう人がどうしても多いのですが、努力は続けながらも、その先の議論にどうやってつなげていくかの道筋も考えていかないといけないですね。
SDGsが目指している方向に世界が動いているのか、ということが重要です。歴史の教科書で2015年は大事な年と位置づけられると思います。1つはSDGsが生まれた。もう1つはパリ協定です。こちらは2050年までのネットゼロエミッションを掲げているわけですから、2030年では終わらない。そういう中で、上手に先の目標につなげながら目指すところにちゃんと動かしていくということですね。
分断乗り越える「突破口」

神田 私は難民の問題に関心を持っています。国の事情は様々で問題は複雑です。そういう中でSDGsみたいな考えが素晴らしいのは、国の違いを越えて、こういうことは大事だよということが、個人のレベルで浸透していくことで政治にも反映されていくことだと思います。根本さんがおっしゃる方向性が明確になって、国際社会の中で駄目なものは駄目ということが認識されるのであれば、救いはあると感じています。
私自身、海外で仕事をしていた時は、母国を離れた移民の立場となり、心細い経験もしてきました。ですから、同じような立場にある人を助けてあげたい、共感を広げていきたいという思いがあります。
SDGsの特徴として、先進国、途上国の別なく、すべての国に適用されるということがあります。これは色々な分断を乗り越える一つの突破口だなと思います。国連あるいは国際協力は海外のことでしょうと言って、いっぺんにシャッターが下りてしまいかねない状況が日本にはありますが、いやいやそうではないんです、皆さん一人ひとりの暮らしのためでもあるんですよと、自分事化する切り口として、非常に強い力をSDGsから得たなと感じます

コンビニとかスーパーに行けば、明らかに日本人とは違う見た目の方がいっぱいいらっしゃって、日本にも移民がたくさんいるということは目の当たりにできるわけですよね。そんな彼ら彼女らに対してちょっと優しくなれるかもしれないみたいなところから初めてもいいと思います。SDGsという言葉によって、そうしたことが可視化されることを期待しています。