新大阪で新幹線を特急に乗り換えて、宝塚、三田を過ぎると、電車はいきなり緑の山々の中へ。1時間ほどで降り、車で田んぼの真ん中の道を抜けると、現れたのは白い壁にグレーのレンガ、レトロな街並みでした。うわあ、懐かしい……。今回の「数珠つなぎ」の主役・藤原さんは、そこで古民家再生に取り組んでいます。
この記事は…ソーシャルなことをしている人に、何をしているのか、なぜしているのかを聞きます。その人が「面白い!」と思う人を紹介してもらい、次に会いに行きます。そう、いわば数珠つなぎです。4人目のみんな電力・大石英司さんに紹介してもらったのが「一般財団法人ノオト」の藤原岳史さんです。
お話を聞いた人
藤原岳史(ふじわら たけし)さん
1974年生まれ。兵庫県篠山市出身。山口県の大学卒業後、外食産業、ITベンチャー数社を経て故郷の篠山市に戻り、一般財団法人ノオトを設立、理事を務め、古民家再生事業などに取り組む。
取引先の99%は東京や大阪。地方のほうを向くには?
(NIPPONIAの前で、藤原さん)
高校まで篠山で育ち、大学は山口県、大阪の外食産業に就職しました。26歳でITベンチャーに転職し、2、3社経験した後、2007年に勤めていたIT企業が上場しました。そこでひと息ついて、思ったんです。取引先の99%は東京や大阪の企業。本当にいいサービスだったら地方にも役立つはずなのに、全然そちらを向いていない。何か地方に貢献できるサービスはないだろうか。まずは、お膝元の地元からできないか。
そう思っていたとき、篠山市の副市長だった金山幸雄さんと会ったんです。一緒に地域活性をやろうということで、ノオトを設立し、彼がいま代表理事になっています。団体の名前の「ノオト」は、「農都」と「農音」そして「ノート」の3つの意味をこめました。
外から訪れた人に、1日だけ“集落の人”になってもらう
最初は特に古民家再生を、というわけではありませんでした。集落丸山という地域の自治会長から相談が持ち込まれたんです。集落にある12軒の古民家のうち、すでに7軒が空き家。5軒に住む19人の平均年齢は65歳を超えていて、あと10年たったら誰もいなくなってしまうかもしれない。何とかしたい、と言われて半年間、20回以上話し合いを重ねました。
中の人は、「うちには何もないよ」と言う。でも外から見ると、歴史や家並み、蔵、日々の暮らしそのものが資源なんです。だったら、その田舎の懐かしさを生かして宿にしたらどうかと思いました。あるおばあちゃんが「集落の半分以上の家々に灯りがなくて、真っ暗。灯りが点っていた昔の光景が見たい」と言ったんですね。それを聞いて、空き家に灯りを点し、訪れた人に1日、集落の人になってもらおうと考えました。
3軒の空き家を再生して、泊まれるようにしました。朝食を出しますが、旅館で出るみたいなものではなくて、集落の人々がふだん食べているものばかりです。切り干しダイコン、しいたけの茎でつくったきんぴら、村でとれた野菜にお米、手作りの味噌で作った味噌汁……。季節によって献立は変わります。
宿泊費は1棟4万円で、それに加えて1人5000円。1棟に5人まで泊まれます。決して安くはありませんが、最初からお客さんが来てくれました。地域のファンになってくれて、農業体験に訪れて田畑を借りるようになった人もいます。養蜂や酒米作りも始まりました。ちょうど時を同じくして、食材を探しにきていた神戸・北野の有名フレンチのオーナーシェフが私たちの活動を知り、ここにレストランを引っ越しました。ですから、夜はフレンチのディナーも楽しめます。
ぴかぴかにせず、古民家ならではの古さを残す
(レトロでどこかかわいい、篠山の街並み)
集落丸山で成功して、ならば市街地でも、とつくったのが「篠山城下町ホテルNIPPONIA」です。5棟12室、1泊朝食付きで3万円~。フレンチレストランも併設しており、これから10棟30室まで増やす予定です。
ほかにも、兵庫県朝来市では酒蔵を改修して宿屋につくりかえ、兵庫県養父市では養蚕農家を改装して宿屋にするなど、篠山市以外からの依頼も受けています。これまでに宿は5施設つくっていますが、場所によって運営方法はばらばらです。
たとえば集落丸山は素人のよさを生かして、ほっこりした感じを出す。一方、NIPPONIAはプロでかっちり運営する。篠山ではほかにも、木工ギャラリーやアンティークショップ、オーガニックレストランやワインショップなども古民家再生をしてつくりました。そういうお店がまた、観光資源となっています。
なぜ成功したか、ですか?
基本的に、ぼくらのリノベは意外とお金をかけません。ぴかぴかにしちゃうと、古民家ではなくなってしまいますからね。壁など、あえて塗り直さないでそのままにしているところもあります。そのほうが古くて、年月が積み重なった味わいがあるんです。ドアや木材などは古い物をそのまま使います。それでコストは最小限に抑えられ、かつ「これ、古くていい感じ」と言われる。一石二鳥ですね。
仲間には建築士もいて、ぼくにはベンチャーで身につけたビジネススキルがあります。地域と、都会的な経営ノウハウやデザイン、センスなどが合わさった結果がいま。地方と都会が一緒に手を結ぶのが重要だと思っています。
宿泊体験ではなく、「歴史」や「文化」を売っている
やり甲斐は、棄てられた空き家だった建物が、時代と共にもう一度息を吹き返す、日本社会が棄ててきたものが光を浴びる、その瞬間に立ち会えることです。ぼくたちが手がけなければ、朽ちて駐車場になっていたわけですから。大工さんや畳屋さん、再生の工事をするのは基本的に地域の人たちですから、雇用も生み出しているわけです。
宿をつくっているというより、地域の歴史や文化の体験を売る、そんな感じですね。1日だけ住人になってもらう。
宿には同じ部屋はまったくないです。各棟もそれぞれ、全然違います。昔はお漬物屋さんだったり、お茶屋さんだったりそれを生かしています。古民家再生のよさですね。高級リゾートの有名チェーンなどありますが、そのよさって、どこにいっても一定レベルのサービスが受けられる、ということではないでしょうか。ぼくらは逆で、1つひとつが全然違う。そういうよさだと思っています。
もちろん苦労したことだってたくさんありますよ。我々はよそ者的なところもありますからね、何か魂胆があるんじゃないかと疑われたり、頭おかしいんじゃないかと言われたり(笑)。そこは、何度も通ってていねいに説明します。
いまは一般社団法人に加えて、ビジネスをするための株式会社組織も作っているんですが、6月にJR西日本から数千万円の出資を受けました。これをもとに、今後はこの古民家再生事業をさらに全国に広げていきたいと思っています。
(集落丸山で出される朝食はこんな感じ。おいしそう! 素朴でシンプルだけど豪華、栄養たっぷり!)
アキヤマの感想…ホテルの中までおじゃまして、お部屋も見せてもらいました。古民家を利用しただけあって、家の中をぐるぐる回ると、隠居部屋や客間、女中部屋なんていうのもあって、へえー、昔のおうちってこんなだったのね、ここで暮らしていたのね、と、その昔について思いをはせたりして、ほんと、味わいがあります。
建材や壁も、古さを感じさせるのがGOOD。使い込んでいる感じが魅力なんですね。これはもう、年月が積み重ならなきゃ出せないですね。新しいものだけがいいわけじゃない。使い捨てじゃなくて、ていねいに使われていたからこそ、今、こんなふうに再生されている。おうちもうれしそうです。
藤原さんが紹介します>>NEXT>>東京の映像制作会社会長で、徳島県神山町でサテライトオフィスを運営し、さらには宿泊施設「WEEK神山」を経営する隅田徹さん
「まちづくり、地域コミュニティ、ビジネスを最もバランスよく実践されている方だと思います」
「SDGs」について、詳しくはこちら:SDGs(持続可能な開発目標)とは何か?17の目標をわかりやすく解説|日本の取り組み事例あり