果てしなく広いものづくりの世界 CMディレクターの森ガキ侑大さん【ソーシャル数珠つなぎ】

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長らくお待たせしましたソーシャル数珠つなぎ。今回、お話を聞いたのは、CMディレクターで映画監督としても活躍する森ガキ侑大(もりがき・ゆきひろ)さん。資生堂やANA、アフラック、ソフトバンク、日清食品のカップヌードルなど多くのCMを手がけてきた超売れっ子です。2017年には初の長編映画「おじいちゃん、死んじゃったって。」を監督し、映画界でも一躍有名になりました。2020年秋には岡田将生(おかだ・まさき)・志尊淳(しそん・じゅん)主演の映画「さんかく窓の外側は夜」が公開予定。一方、故郷の広島県で、古民家をホテル・スペースとして再生した「クジラ別館」のオーナーでもあります。

超人気、成功の裏側に迫ってみると……

成功している人、うまくいっている人というのは、まず間違いなくものすごい努力をしている。もちろんラッキーなのもあるけれど、それはラッキーを呼び寄せるまでに努力をしているのです。今回ご紹介する森ガキさんもまさにそう。今やあちこちから引っ張りだこの超人気CMディレクターですが、ここに来るまでは、むっちゃくっちゃ努力をしている。そして、自分の成功を社会に還元することも忘れない。というか、むしろそれを楽しんでいる。これが今回登場いただく森ガキさんの「ソーシャル」なところです。そういう姿勢もまた成功を呼び込むのかもしれない、と思うのです。

悩む人を突き動かせる映画、やってみたい!

出身は広島です。1983年生まれ。大学まで広島で、大学時代はサークルでドキュメンタリーを作っていました。映像に関心を持ったのは高校時代です。陸上の選手で、800メートルでは県で2位。箱根駅伝に出るのが夢でした。でも……現実を見ると、そのレベルまではいっていない。陸上での大学推薦入試、話は来ませんでした。

 
がっかりして、悶々(もんもん)として。これまで陸上に打ち込んでいたのにどうしよう、何をしよう。そんな気持ちのやり場がなくて、たまたま通学路の途中にレンタルビデオ屋があって、毎週1本借りては見ていました。「ショーシャンクの空に」「グリーンマイル」「ハッシュ!」「タイタンズを忘れない」… まあ、現実逃避です。でもこれが面白くて。笑ったり、泣いたり、心が動いて。

 
映画って、こんなに悩んでいる人を突き動かすことができるんだ。自分もこんな仕事をやってみたい! でも、調べたら映画監督でごはんを食べていくのはとても大変そう……ただ、「つぐみ」や「東京兄妹」を監督した市川準さんや、「下妻物語」「告白」の中島哲也さんなど、最初CMディレクターから始めて、映画を撮っている人も多かった。だから自分も映画監督を最終目標にして、まずはCMディレクターになろうと思いました。ただ、広告業界に入ってからは、本当に面白くて、結局両立をしたいと思うようになるんですが。

 
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(「クジラ別館」の近くで見かけた看板。「今日も一日ありがとう」)

 
といったって、CMディレクターになるのも大変です。大学を出てまず福岡のCM制作会社に就職しました。東京にも就活に行ったんですが、交通費も宿泊費もカフェもすべて高いし、すごい人混みだし、東京って嫌な街だなと(笑)。福岡だったら広島にも近いし、まずはそこで一番になろうと。3年半働きまくりました。でもなかなかチャンスもないし、結局上京して若手を養成するディレクターズギルドに参加することを決めました。

 
あ、ちなみに(前回の数珠つなぎに登場した)プロデューサーの林田暢明さんに出会ったのは福岡時代です。たまたま、林田さんがやっていた福岡のバー「TAO CAFE」にのみにいって、友達もいなかったんで通ってました。日銀を辞めてバーやってるなんて、何だろうこの人は、って思いましたけど(笑)。当時、「俺はいずれアジアを統一する」みたいなことを言っていましたね。

極貧の下積み生活 インパクトある名前に

ディレクターズギルドっていうのは、ディレクターが仕事をしているのをアシスタントして手伝いながら勉強させてもらう仕組みです。給料はありません。兄が先に上京していたんで、その5畳一間のアパートに転がり込んで、家賃を折半して。一つの布団で兄と互い違いになって寝ていました。布団を買っちゃうと、ここにずっといつく感じになりそうで良くないと思って。

 
失業保険と貯金を崩しながら、のどが渇いたら公園の水をのんで。仕事は本当に大変だったけど、ものすごく勉強になった。車の運転、文字通りのかばん持ち、細かいことでも何から何まで手伝う。とにかく現場で師匠が演出するのを見て盗め、ということです。

 
このとき思ったのは、ディレクターは東京に山ほどいる。その中でどうやったら覚えてもらえるのだろうかと考えました。それで名前をカタカナにすることを思いつきました。ホルスタイン森垣とか(笑)。とにかくインパクトを相手に残したい。最終的に名字の一部をカタカナにしました。確かに効果はありましたよ。名刺を渡して「あー、見たことある、名前カタカナの人ですよね、なんで?」っていわれたりとか、師匠には「名前変えるんなら、60、70歳になっても貫き通せ」といわれました。だからぼくは監督、ディレクターでいる限りは生涯「森ガキ」です。

 
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(林田さんが「コミュニティーの核になるものを作りたかった」と開いた「TAO」)

 
そして自分の作品の売り込みです。「TAO」でのんでいたとき、良い曲だな、と思った音楽がかかっていた。林田さんに「この曲いいですね」といったら、「かけてください、って送られてきたんだよ」。ああ、そういうのもあるんだと思って、ディレクターズギルドで仕事をしながら自分でミュージックビデオを撮影してDVDにして、レコード会社の人に送ったり、アポ無しで突然会いに行って渡したり。大手の会社は警備員さんがいて追い払われるから、そうじゃないところを探して。200通送って、2本くらい反応があったかな。それで次につなげていく。

100回に1回のチャンス プレッシャーはねのけ成功

実際、仕事に結びついたものがあります。100回に1度の、そのチャンスをものにすることです。大手広告会社のクリエーターに「実験的にやってみようか」といわれた。
ものすごいプレッシャーです。これで失敗したらごはんが食べられない。それが武蔵野銀行のCM「噓発見器」です。幸いにしてこれで賞をもらえました。28歳の時でした。親からは「30歳までにごはんを食べられるようになっていなかったら広島に帰ってこい」といわれていたので、ああこれでなんとかやっていけるかなと。

ヨコハマ映画祭で受賞 ドラマ放映も

監督の仕事は総合力、発想とコミュニケーションが必要です。カメラマン、アシスタント、照明チーム、装飾や小道具を作る人、セットを作る人、録音部など、いろいろな担当者の人をまとめていかなければいけない。でも、自分の頭の中にあるものが具現化して多くの人に見てもらう、というのはたまらない喜びです。

 
それで次の仕事につながっていて、3~4年したら仕事が次々に来て、断らなくちゃいけないような状況になりました。その間も、いつか映画を撮りたいという思いは消えません。30歳を前に、売り込み用のものを作らなければと思って、15分くらいの短編「ゼンマイシキ夫婦」を撮りました。脚本家と一緒に長編映画の構想を練って、2017年、33歳の時に初の長編映画「おじいちゃん、死んじゃったって。」のクランクインをしました。おかげさまで、ヨコハマ映画祭で賞をいただき、DVDが韓国や台湾、タイなどでも販売されました。その後、WOWOWやNHKでドラマのお話もいただいて放映され、今も相次いでお話が来るようになりました。しばらくはCMと映画、両方できればと思っています。CMは多くの人に見てもらえるし、予算もあって最新の技術が使える。映画は時間をかけてじっくり作って、わざわざお金を払って来てもらえる。それぞれの良さがあります。

尾道市で古民家再生、「クジラ別館」オープン

クリエーターの拠点「クジラ別館」ができたのは、尾道で「おじいちゃん、死んじゃったって。」の上映会をしたのが縁です。久々に尾道に行ったら、古いものを大事にして、今に生かそうとしていた。若い人が古民家再生をしてまちづくりをしていて。大林宣彦監督が映画の舞台にしていたり、小説家の林芙美子が育った街だったりして、文学的で、映画的で、とても雰囲気がいい。

 
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(居心地の良い空間づくりを心がけているという「クジラ別館」の玄関)

 
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(尾道は坂の街。「クジラ別館」も高台に立っている)

 
もしここに別荘みたいなのがあったら住みたいなあと思って、物件を探し始めました。この坂の上の家に出会って、再生して別荘にしようとしたんですが、1カ月に1回も来られない。だったら管理人を雇って、ホテルとしても使いながら若いクリエーターたちの拠点として使ってもらえたらと思いました。1日1組限定で6人まで、1人の場合1泊33,600円から、4~6人で54,000円からです。2019年の5月からそうやって使い始めました。

 
クジラ別館、の名前の由来ですか?

 
自分たちクリエーターが集まって作った集団の名前が「クジラ」です。ものづくりは楽じゃないけど、辛いことも苦しいことも全部飲み込んで、自分や作品にとってプラスになるものだけを吸収し、力を合わせてより良いものを生み出す。そしてものづくりという果てしなく広くて未知なる世界を、クジラのように悠々と泳いでいきたいと思って名付けたのですが、東京が本店だとしたら尾道が別館だと思ってこうしました。

 
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(古民家を改造した「クジラ別館」は、昭和な雰囲気が漂っている)

 
いろいろとアイデアはふくらんでいます。クリエーターが集まって、ゲストもよんできてイベントもやってみたい。映画の脚本や企画も、ここに泊まって磨き上げていきたい。みんなでわいわい、合宿みたいな感じで。編集もここでやりたいな。もちろん尾道に住む人たちともたくさん交流したい。そこから何か新しいものやアイデアも生まれるかもしれません。シネマ尾道という、ぼくの映画の上映会をしてくれた映画館とも協力していきます。尾道を舞台にして映画も撮ってみたいです。

  • writer秋山訓子

    朝日新聞編集委員

    92年入社。政治部、経済部、アエラ編集部、政治部次長などを経て現職。政治を中心に、NPOや社会企業など幅広く取材。かわいい好き。後輩の加地ゆうき記者が描いてくれたこの似顔絵、めがねが私です。

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