使わなくなった衣類やバッグ、宝飾品などを買い取り、引き取るサービスを三越伊勢丹が今秋、本格化させました。いまは宅配の買い取りを休止するほど引き合いが寄せられ、伊勢丹新宿本店の来店予約は年末もかなり埋まっています。モノを売ってお金を稼ぐ百貨店がなぜ、こうした取り組みを始めたのでしょうか。
胸に刺さった顧客の一言 事業立ち上げを決意
「クローゼットが服でいっぱいで、引き取ってくれる業者を紹介して欲しい」
三越伊勢丹オンラインクリエイショングループの大塚信二さん(40)は婦人服を担当していた2017年、お得意様の女性客に言われた言葉にハッとした。

売り手の責任 循環型社会につなげる狙い
「僕らにはモノを売った責任があるはずだ。そのことを考えないといけない」
中古品の引き取り業者を安易に紹介し、顧客の信頼を損ねては元も子もない。循環型社会につなげるには、売り手の自分たちが責任を持って取り扱うべきだ、と考えた。引き取り・買い取りの新事業を提案し、19年に認められた。

利用は2千件、1千万円超の買い取りも
事業名は「i'm green(アイムグリーン)」に決まり、20年10月から今年9月まで日本橋三越本店で実証実験した。衣料品、バッグ、時計、宝石、骨董(こっとう)・美術品などを扱い、自社商品に限らない。買い取り品は提携先に売却して市場に流通。引き取り品は、衣料品の一部をベンチャー企業「日本環境設計」に委ね、再生ポリエステルなどの原料に活用する。
大がかりな告知はせず、自社カード所有者にダイレクトメールを送る程度だったが、利用は約2千件に達し、買い取り額は当初計画の約1.5倍に。利用者のおよそ8割が女性で、買い取り額ベースでは貴金属が全体の約3割、バッグが約2割、時計が約2割を占めた。貴金属やワインの買い取りでは、総額1千万円を超えた案件が複数あるという。「三越伊勢丹で買ったものだから、この会社の人に(品物の)最後を託したい」。大塚さんは店頭で、そんな言葉をかけられた。
「のれん(販売)の信用が大きく、百貨店の強みは対面にあると思った」

買い取り客は次の消費行動へ
査定にあたっては相場の適正価格を示し、買いたたくことはしない。もうけは考えていない、と言い切る。「買い取りでお客様は一定のお金を手にする。そのお金で次の買い物につなげて頂ければ」。実証実験では、店で買い取りをした人の85%がその日に店で買い物をし、買い取り額の3割以上を使っている、というデータも得られた。
今年10月からは日本橋三越本店と伊勢丹新宿本店に常設の窓口をつくった。百貨店業界で初めてのことで、来年度以降はファッション系の企業や専門学校と協力し、引き取った品物を小物や什器(じゅうき)にリメイクすることにも取り組む。
社会問題がビジネス直撃 営業戦略を転換
施策の根底には、持続可能な百貨店ビジネスをめざす営業戦略があるという。三越伊勢丹は今春から、「think good」という合言葉を掲げ、生態系や社会に配慮した品ぞろえを重視。4R(リフューズ、リデュース、リユース、リサイクル)を推進し、生産者や産地、文化の支援に乗り出している。「アイムグリーン」もその一つだ。


持続可能な事業体に
三越伊勢丹ストアプランニング部の鳥谷悠見さん(33)は「これまで百貨店は大量生産、大量消費の一端を担う事業体だった。でも、気候変動や所得格差の拡大など、様々な問題がビジネスを直撃するようになっている。供給網(サプライチェーン)や、商品を売った後のことも考えるビジネスを志向し、今までの事業体を変革したい」。キャンペーンは年2回。MD計画部(施策・編成計画担当)の小島愛理香さん(33)は「お客様の生活にサステイナブルな商品をどうやって取り込んでもらえるかを考えていきたい」と話す。

ただ、ゆくゆくは合言葉やキャンペーンを掲げなくても、持続可能なビジネスを扱う百貨店になるのが理想だという。「think good」の合言葉を発展的に解消できるようになれば――。それが3人の願いだ。