(三菱の「三綱領」。第4代社長・岩崎小彌太の書=三菱史料館提供)
ごつごつしたイメージの重工業界ですが、最大手の三菱重工はSDGs(持続可能な開発目標)に力を入れています。「もともとやってますよ」と執行役員の加口仁(かぐち・ひとし)さん(59)。防衛担当として、これまで最新鋭のステルス戦闘機や潜水艦について取材したことがありましたが、SDGsについてたずねてみると思いがけない言葉が返ってきました。それは1世紀半前の三菱の創業時にまでさかのぼるそうです。明治時代から? 加口さんに6月半ばにインタビューしました。
(三菱重工のSDGsへの取り組みを紹介する資料を前に話す、執行役員の加口仁さん=6月18日、東京・丸の内の同社。藤田撮影)
――三菱重工がSDGsって意外でした。私が防衛問題に関心があるので、戦車・護衛艦・戦闘機のメーカーというイメージが強いからかもしれませんが。
「歴史的には零戦を造ったりしているんで、防衛産業を支えているイメージかもしれませんが、三菱重工の仕事ってほとんど電力や交通、物流といったインフラ関連なんです。なかなか人目につかず、コマーシャルしても仕方ないけど、社会を支えているものを造る。すると、環境に優しいとかエネルギーの効率化とかで社会に貢献することも大事になる。SDGsが特別なことを言っているという感じではなく、うちではもともとやってるよね、ということで自然に取り組んでいます」
――ホームページでは「社業を通じて社会の進歩に貢献する」など3項目の社是を掲げ、SDGsへの取り組みを説明していますね。
(三菱重工の社是=三菱重工提供)
「社是は会社のいたるところに貼ってあって、社員はよく見ます。ビジョンというより行動規範ですね。戦後の財閥解体で地域別に分割された『三菱三重工』が1964年に合併して三菱重工が発足した後、三菱創業100年の1970年代が始まる年にできました。
そのルーツは、1世紀半前に岩崎彌太郎が興した三菱の経営の根本理念である『三綱領』なんです。所期奉公(期する所は社会への貢献)、処事光明(フェアプレーに徹する)、立業貿易(グローバルな視野で)。三菱重工の社是はそれをかみ砕いたものです。
この三綱領はSDGsが唱えられる前から、三菱グループのCSR(企業の社会的責任)として意識されてきました。CSRで先を行く欧米から、日本の企業はきちんとやっているのかという目で見られるので、うちは大昔からやってますよと。それがすんなりSDGsにつながったので、三綱領の精神を受け継ぐ社是をホームページに載せました」
(三菱の創業者・岩崎彌太郎=三菱史料館提供)
――富国強兵を支えた三菱の創業時のどんなものづくりが、今の三菱重工のSDGsへの取り組みにつながっているのでしょう。
「明治の頃から発電や造船のために石炭を焚くボイラーを長崎で造っていて、そこから拠点が神戸などへ広がっていきました。戦前はそうした技術が軍に期待された面はありましたが、あくまで民間企業として国民の希望に応え、戦後は復興していく日本のインフラづくりを支えました。国に言われての富国強兵ではなく、社会に貢献するため進んでやってきたという気持ちは、今の社員にも強いと思います。
SDGsの17項目で言えば、7番(エネルギーをみんなに、そしてクリーンに)と、13番(気候変動に具体的な対策を)ですね。洋上風車や地熱発電などの自然エネルギーや、発電所や工場から排出される二酸化炭素(CO2)を地中などに貯留する装置などです。東京の『ゆりかもめ』のように都市部で車に頼らないための新交通システムや、ロケットによる温室効果ガス観測技術衛星の打ち上げもあります。
国内だけでなく世界でそうしたインフラを造ることが、人々の生活を支える。つまり1番(貧困をなくそう)や2番(飢餓をゼロに)につながると考えています」
(三菱重工のSDGsへの取り組み=同社HPより)
――取り組みとして「加圧水型原発プラント」も挙げています。SDGsの手段として原発をどう考えるかは議論が分かれます。
「私は原子力が専門です。電力を多く供給できて二酸化炭素を出さない技術としては原発が一番ですが、福島の事故で多くの皆さんの生活に大きな被害や不安が生じたことは真摯(しんし)に反省しないといけない。ただ、世界規模で考えれば、これから産業を興して発展する途上国の社会は厖大(ぼうだい)なエネルギーを使います。太陽光や風力で補うのは簡単ではない。原子力と火力による発電を両方やめてしまえというのは先進国のエゴではないでしょうか。
SDGsのD(Development)は『開発』というより『発展』だと思っています。その17項目を守りながら世界全体を発展させようというとき、原発のようにメリットとデメリットのあるものをどう扱うのか、みんなでよく議論する必要があると思います」
(三菱重工のロゴ=6月18日、東京・丸の内の同社受付。藤田撮影)