SDGsをグローバルな視点で捉え、社会課題に取り組むには――。持続可能な国際社会について関心が高い高校生や大学生、社会人が集まり、カンボジアでの現状や国際開発コンサルタントの生の声に耳を傾け、今、自分で何ができるのかを考えました。
「未来メディアキャンプ2019」が10月27日、慶應義塾大学三田キャンパスで開かれました。6回目の今回の特別ゲストは、カンボジアでスマホアプリを使って農家と金融サービスをつなぐ会社「AGRIBUDDY(アグリバディ)」を経営する北浦健伍さんと、慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科(以下、慶應SDM)の研究員で元国際開発コンサルタント会社勤務の小田祐子さん。海外での実践や経験を聞き、慶應SDMの神武直彦教授からシステム思考やデザイン思考での考え方を学び、参加者は将来に向けて何ができるか意見を交わしました。
未来メディアキャンプは、様々な社会課題を対象に新たな解決策やソリューションの創出を議論していくワークショップ型のイベント。朝日新聞社と慶應SDMが共催し、一般社団法人「Think the Earth」が運営協力しています。
■システム思考×デザイン思考 慶應SDMの神武直彦教授「二つを組み合わせることがカギ」
システム思考とは、「森を見て、木も見る」という風に、ものごとを俯瞰(ふかん)的に見て、多くの視点で捉え、対象全体を把握し、緻密(ちみつ)なつながりも理解する方法。一方、デザイン思考はデザイナーが絵を描いたり、モノを作ったりするときの考え方を社会課題やビジネスにも応用できるようにしたもの。大事なことは、現場に行くことなどによってものごとを深く理解すること。見て聞いて感じるのです。二つの思考を組み合わせることによって、思考能力が高まり、真に役立つ知恵へと昇華させることができます。SDGsには色々な要素がつながっています。そのつながりをしっかりと考えることが大事です。
■アグリバディ最高経営責任者・北浦健伍さん「正しい投資が貧困農家の収入を増やす」
最初に「アグリバディ」の公式プロモーション動画を見てください。アグリバディを利用した場合としなかった場合では、農家の収穫量や毎日の食事の量、子どもの放課後の過ごし方が、大きく違ってくることがよく分かります。
2010年からカンボジアに移住し、4年前に貧しい小規模農家の生産性を高め、生活を安定させたいと、アグリバディを立ち上げました。きっかけは、現地が負のスパイラルに陥っていたからです。収穫量が少なく、収支の記録もない。収支計画や栽培スケジュールを可視化できないので必要な運転資金を銀行から借り入れすることができない。都会の建築現場の方が稼げるので人材が流出する。農繁期に人手不足に陥り、人件費の高騰を招き、より高コスト低収入となる。それならば、スマホで農家の収支を「見える化」するアプリを開発し、銀行が安心してお金を貸してくれる仕組みを作ればいいと考えました。多くの農家は生活が苦しく、現金はすぐに他のことに使ってしまうため、使うのはデジタルマネーです。各農地にバディと呼ばれるリーダーを配置して収穫量などを管理し、スマホで送ってもらう。それをもとに各戸に適した融資額を推計して銀行に示し、農家がデジタルマネーでお金を借りて肥料などを買えるようにしました。
現在、カンボジア国内で約8800の農家と契約を結んでいます。もっと周知して2020年度までに2万の農家に広げたい。最大の課題は人材確保です。
最も伝えたいのは、小規模農家にとって、寄付でなく投資が大事だということ。寄付市場は約44兆円ですが、投資市場は約1京円です。投資市場のお金が回って世界経済成長につながっています。小規模農家は少しの投資で3倍以上の利益が出せます。投資をすればもうかるフレームワークを作れば、自然に地域社会が変わっていきます。
■元国際開発コンサル勤務の小田祐子さん「国際的な公的活動の強みと弱みとは」
2019年3月まで国際開発コンサルティング企業である株式会社「パデコ」に所属し、ODA事業のバックサポートを担当しました。開発コンサルタントとは、援助実施機関(JICAなど)が発注するプロジェクトを受注・契約し、実際に途上国で調査・設計・技術移転を行う人のことです。ODAは国の仕事をやっているので、規模も金額も大きいことが魅力です。国がやっているという安心感もあります。
一方で、弱みと感じる部分もあります。税金を使って行う公共事業なので約束事や制限が多いです。要請からプロジェクトの実施まで3~5年がかかることもあります。やりたいと思ってもすぐに取り組めない。だから、北浦さんのように、国際協力をビジネスでやることに魅力を感じています。自分が納得すればすぐ実行できるからです。
ぜひSDGsをアクションのきっかけのひとつにして、走り始めてほしい。そして、自分ごととして取り組み、新しい世界を作っていってもらいたいと思います。
■多くの学びを得て考え、導き出したことを発表
参加者は、北浦さんと小田さんの話や神武教授から学んだことを踏まえ、気づいたことや行動してみたいことなどグループに分かれて話し合いました。意見や感想は紙に書き込んですべて貼り、アイデアをまとめて発表しました。
「グローバル」という点から議論したグループは「まずは現地に行って話してみる。知らなかった点や日本人とは違う価値観に気づくことが大事」と話しました。それに対して北浦さんは「いい視点ですね。カンボジアでは信用を得る上で、企業のトップがラフな格好をしたり、安いホテルに泊まったりするのをスタッフがすごく嫌がります。貧乏な会社だと思われるからやめて欲しいと言われました」とコメントしました。
スマホを使った事業展開に興味を持ったグループは「ITをビジネスで活用することが改めて重要だと気づきました」。高校生らもいるグループは身近な生活から感じることを中心に話し合い、「一人ひとりが自分ごととして考えていくこと。関心層を広げるためSNSを通じて発信したい。若者の意見もきちんと聞く寛容な社会になってほしい」と提言しました。
グループの発表のあと、神武教授は参加者にメッセージを送りました。
私は最初からSDGsにすごく興味があったわけではありません。結果としてそこに行き着きました。以前の興味はロケットを開発して宇宙に行くことでしたが、今は宇宙技術を使った様々な研究や事業をしています。例えば、ラグビー選手の背中にGPS装置を装着し、運動量を分析して負傷を防いだり、戦略を練ったりしています。テクノロジーはユーザーをハッピーにできる可能性がある。そのことを現場で見られる仕事はいいなと思います。高校生や大学生たちも、ぜひ挑戦してほしい。今日の学びがきっかけになればいいと思います。
■新聞記事ワークショップで思考を見える化して、多角的に考える
(新聞記事を読み、書き込んだ付箋を貼りながら意見を出し合う参加者)
SDGsの視点で物事を考えるための新聞記事を使ったワークショップが朝日新聞社マーケティング部の神田梓さんの司会で開催されました。グループごとに題材にする記事を選び、それぞれ読んだ後、SDGsの17目標との関連を考えながら付箋(ふせん)に「つぶやき」を記入。グループで意見や感想を述べ合うと、人によって選んだ目標が異なったり、プラスとマイナスの両面があったりすることに気づきました。神田さんは「SDGsがテーマのワークショップは、人の意見が聞け、自分の考えも整理できます。作る側と使う側など、立場によって意見が変わることも分かります。思考を見える化することで課題も浮かび上がり、多角的なアプローチにつなげていけます」と解説しました。
■グラフィック・レコーディングで内容が一目瞭然
北浦さんと小田さんの講演や各グループの発表について、「イノベーションチームdot(ドット)」の渋江みのりさんがグラフィック・レコーディングを担当しました。グラフィック・レコーディングはトークや議論の内容をイラストや文字で表現するもので、渋江さんは模造紙(縦110cm、横80cm)に大事なポイントをわかりやすくまとめました。
<WRITER・写真>伊庭修一