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横浜の社会課題解決に挑む意味──未来メディアキャンプ2018に向けて【未来メディアキャンプvol.5】

更新日 2022.02.03

SDGsの視座から社会課題に対するアイデア創出を目指すワークショップイベント「未来メディアキャンプ 2018」(朝日新聞社、慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科共催、運営協力・Think the Earth)が2018年10月から11月にかけて開催されます。
 
第5回目となる今回の舞台は、昨年に引き続き横浜市。「あなたのプロジェクトを一歩、さらに前へ」をテーマに、横浜市ですでに活動している5つの団体から6チームが結成され、それぞれワークショップに参加します。
 
横浜市のあるべき将来像を考える今回の未来メディアキャンプにかける期待と、望まれるアイデアやそのプロセスについて、モデレーターの神武直彦・慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科(以下、慶應SDM)教授(冒頭写真・左)、横浜市政策局共創推進課の関口昌幸氏(冒頭写真・右)、未来メディアキャンプ2017で会場を提供した株式会社富士通エフサス みなとみらいInnovation & Future Centerの岸本伴恵氏(冒頭写真・中央)の3名が語り合いました。
 

【鼎談参加者】
 
・神武直彦氏
慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科教授
 
・関口昌幸氏
横浜市政策局共創推進課
 
・岸本伴恵氏
株式会社富士通エフサス みなとみらいInnovation & Future Center/日本GAP協会認定JGAP指導員 認定プロフェッショナルビジネスコーチ

超高齢化、少子化、空き家問題……横浜市が抱えるさまざまな課題

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(神武直彦氏)
 
──未来メディアキャンプは今回で5回目を迎えます。キャンプの初回から参加してこられた神武先生は、これまでの取り組みをどのようにご覧になっていますか。
 
神武直彦氏(以下、神武):これまでは、参加者と朝日新聞社の記者、そして慶應SDMの学生メンターが一丸となって、ともに社会課題の解決を支援できるアイデアを創出しようということでやってきました。
 
ただ、3回目までのキャンプではよいアイデアが生まれ、実行に移そうとした場合、対象となる社会課題に実際に取り組まれている人やコミュニティを新たに探さなければいけないという難しさがありました。そこで昨年の第4回からは、実行に移しやすくするために、対象地域を決めることで、キャンプの最初から対象とする社会課題に関係する人やコミュニティ、地域との対話や現地調査ができるようにしました。具体的には、市民の方の公共意識が高く、行政の方の取り組みも先進的な横浜市とご一緒することにしました。
 
まずは、横浜市から始め、そこでの知見を他の地域に広げていくことも視野に入れて進めました。その結果として、未来メディアキャンプは新たなフェーズに移行し、横浜市の具体的な課題に対してのアイデアが生まれ、地域の方々との連携の成果も生まれたと感じています。
 
ただ、まだ課題はあります。たとえば対象地域の具体的な社会課題を解決する、0を1にするさまざまなアイデアが生まれた一方で、その1のアイデアをさまざまな関係する方々と共に育て、10や100にしていくという取り組みにまで発展させることがキャンプの中ではやりきれなかったという点がありました。
 
そこで、今回の未来メディアキャンプは、1のアイデアはある程度あるけれど、10や100になりえていない方々と共に社会課題の解決策を考え、実行に移していくという取り組みに挑戦してみることにしました。さまざまな立場の方々とご一緒できる工夫をしていますので、行政や企業、地域の人たちがつながっていって、当初は想定していない想像もつかないアイデアや繫がりによって参加者の思考や実行内容に化学変化が起きる可能性があるところに、今回のキャンプの面白さがあると思います。
 
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(関口昌幸氏)
 
──では、いまの横浜市は実際に、どんな課題を抱えているのでしょうか。
 
関口昌幸氏(以下、関口):やはり大きな課題は、横浜市に限らずこの国全体で超高齢化や人口減少、少子化が引き続き進んでいくということです。横浜市では、2025年には高齢者人口が100万人になり、そのうち60万人が後期高齢者であると推計されています。すなわちあと5年もすれば、市域の高齢者だけで仙台市に匹敵する規模の政令指定都市がつくれてしまう。これは、ちょっと凄いことですよね。
 
一方で、市域の子育て世代は市外へと流出傾向にあり、30歳~40歳代の人口は2010年から2025年までの15年間で25万人も減ってしまうという推計もあります。その流出先が東京23区。横浜のような大都市であれば「高齢化が進んでもその分、他の都市から若い人たちがたくさん流入してくるからバランスがとれるだろう」と思われがちなのですが、ところが「東京」というブラックホールのように人を吸い寄せる魔力を持つ首都に近接している限り、おちおちしていると市域の若年人口が、みるみる奪われていってしまう。それが今の横浜の現状です。その結果、どうなるかというと、戦後、一貫して増加し続けた横浜市の人口が来年の2019年をピークに減少局面に入ると予測されています。
 
このように若年人口が東京に奪われていく背景には、市民のライフスタイルや家族のあり方の大きな構造変化があります。たとえば1990年代の後半ぐらいから横浜でも結婚や出産後も働き続ける女性が増え、共働きの世帯が増えた。また、未婚化、晩婚化が進み単身世帯も急増しています。30歳代から40歳代の単身世帯や共働き世帯は、閑静な郊外の庭付き一戸建てに住むよりも、交通の便がよく、職場に近い都心エリアのマンションを居住地として選択する傾向が強い。利便性の高い都心エリアに住んだ方が、自分たちのライフスタイルとマッチしているからです。しかもバブルの頃に比べれば、東京23区の地価が相対的に下がっているので、若年層でも比較的容易に東京に住むことができるようになっている。
 
振り返ってみると、横浜の郊外住宅地は、1960年代から90年代の前半まで東京23区からの子育て世代の大量で、絶え間ない人口流入を受け入れ続けることで形成されました。団塊の世代を典型とする当時の首都圏近郊の標準的な家族のあり方は、「妻が専業主婦で、夫が東京に勤務するサラリーマン、小中学生の子どもが二人」というものでした。このような標準的な核家族世帯にとって、交通は多少不便かも知れないけれど、緑が豊かで街並みが美しく、閑静な横浜の郊外の居住環境は最適なものだったわけです。ところが時の流れと共に団塊の世代の親たちが老い始め、その子どもたちの世代は、親を残して横浜の臨海都心部や東京23区に移り住んでしまう。その結果、最寄り駅からバスで20分~30分かかるような大規模住宅団地では、場合によっては高齢化率が50%を超えるような超高齢化と人口流出が進んでいます。そして、街全体に空き家や空き店舗が目立ち始め、社会的に孤立する一人暮らしの高齢者をいかにケアしていくかが、大きな社会問題になりつつある。

「地域の課題を解決することの価値が、自分にも返ってくる」という循環をつくる

 
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(岸本伴恵氏=右)
 
──そのような課題を抱えている横浜市に対して、企業や自治体はどのようなアプローチをしているのでしょうか。
 
岸本伴恵氏(以下、岸本):一例として、私たち富士通エフサスは、みなとみらいに2016年、「みなとみらいInnovation & Future Center」をつくりました。弊社のお客様と新たな価値を生み出すための活動はもとより、さまざまな社会課題に対して行政や大学、市民の方々といった分野や年齢の異なるステークホルダーの方たちが集まって対話をし、幸せな未来を共創するために自由にアイデア発想をおこなう場として活動を進めています。
 
関口:横浜市でも今年度から「リビングラボ」という住民に身近な地域での対話の取組を本格的に始めています。たとえば戸塚区のリビングラボでは、地元の社会福祉法人や子育てや地域福祉をテーマに活動するNPO、介護・生活支援系の企業やデベロッパー、横浜薬科大学の研究者などさまざまな立場の民間の方々が集まり、連携することで既存の介護サービスや制度を改善・改革していくための取り組みを行っています。たとえば民間主体で新たな地域包括ケアの仕組みを構築したり、最先端のデジタルテクノロジーを介護現場に導入するなどこれまで民間主体が単独で臨むことが難しかった課題に、リビングラボという対話のプラットホームを形づくることで、どんどんチャレンジしている。
 
昨年の未来メディアキャンプでは、「高齢者介護」をテーマにしたチームが、若い世代と高齢者が気軽に助け合える関係をつくるため、特別養護老人ホームで婚活イベントを開催してはどうかというアイデアを提案したのですが、このアイデアも戸塚リビングラボの活動現場の視察や参加メンバーとの対話を通じて生み出され、磨き上げられたものです。
 
神武:リビングラボのような取り組みって素晴らしいと思うのですが、一方で、中小企業やベンチャーなどには「そういう取り組みを自分たちでもしてみたいけれど、する余裕がない」という人たちもたくさんいると思うんです。リビングラボをやっていく上で大事なポイントや観点はどこにあるんでしょうか。
 
関口:これまでの企業のCSRは、どちらかというと持ち出す一方のボランティア活動でした。これからは、それらの活動をある意味で、ビジネスとして捉え直すことが必要ではないかと思います。そうでないと企業の社会貢献活動が持続可能なものにならない。すなわち地元の中小企業が地域の課題解決に取組み、成果を挙げることが、それぞれの本業にしっかりと利益としても跳ね返ってくる。そういう良き循環をリビングラボの取組を通じて生み出していくことが重要だと思います。
 
神武:リビングラボのようなオープンイノベーションの場では、「うちは〇〇の事業をやっているので、その事業に関係のないアイデアは出さないでください」と企業が言うことはできないですし、そういうことを言うこと自体意味がないですよね。そうなると、時にはその企業の事業とは距離のあるアイデアも出ると思うんです。
 
関口:そうですね。実際にリビングラボを主宰する企業の本業とは、なかなか結び付きがたいアイデアもラボの対話の場では沢山でてきますね。
 
神武:そういった時に、企業の立場で考えると「リビングラボのビジョンに賛同してくれる人だけ参加してください」と入口で絞るやり方や、どなたにも参加いただいて自由にアイデアを出してもらった上で、そのアイデアを選別するような出口で絞るというやり方、そういったやり方が想定されますし、実際そういう取り組みをよく目にします。
 
岸本:個人的には、入口も出口も絞っちゃいけないと思います。常に、誰がどこからでも入ってくることができるように情報公開をしておく、というのがオープンイノベーションをする上での「場」の大切な役割なんじゃないかと思います。さまざまな立場の生活者の人たちがいて、その人たちを支える吸引力として行政の方がいらっしゃるというプラットフォーム的な形が理想なのではないでしょうか。参加者の立場や思いはバラバラでいいし、アイデアがひとつの形になってくる過程で、プレイヤーの人たちもどんどん入れ替わっていってもいいんだと思います。入口や出口を絞らない代わりに、プロジェクトがどう進んでいるかを逐一発信するのが重要なんじゃないかな、と。
 
関口:そうですね。いま岸本さんがおっしゃった考え方は非常に大事です。
 
たとえば南区の井土ヶ谷リビングラボは、太陽住健という太陽光発電のシステム設置や販売、住宅のリフォーム施工を主な生業とする地元企業が主宰しています。従業員8名という本当に小さな企業なのですが、井土ヶ谷のリビングでは、この8名の社員が一丸となって、子どもの貧困や女性活躍、若者支援や高齢者介護、働き方改革など、本業とは直接関係がない幅広いテーマを扱うワークショップを実施しています。
 
こうしたワークショップを通じて、太陽住建には多様で多彩な人や企業とのつながりが生まれ、そのつながりから、空き家を活用して、コーワーキングスペース&地域ケア拠点を創発しようという新たなビジネスモデルが構築された。そして何より素晴らしいことに、先日、磯子区杉田にそのビジネスモデルを実際に具現化した「Yワイひろば」という地域の活動拠点が誕生しました。
 
これは、リビングラボの入口を太陽住建の本業に近い“温暖化対策”や“環境・エネルギー”といったテーマに絞らなかったからこそ生まれてきたビジネスモデルだと思います。やはりリビングラボでは、対話の入口と出口を必要以上に絞らず、さまざまな社会課題やテーマを扱うことで、まずは多様な立場や属性を持つ人たちを対話の現場に呼び込むことが大事なんだと思います。それが新規ビジネス創発の源泉となる。
 
ただ、その一方で、仮に多くの人たちを呼び集めたとしても、そこで雑多な四方山話ばかりしていたら、リビングラボが目指す地域課題解決型のビジネスは生まれません。やはりビジネスを生み出すためには、リビングラボの主宰者が多様な主体間の対話をファシリテートする能力を身につける必要がある。まさにこの未来メディアキャンプが唱える「システム思考」や「デザイン思考」は、対話をファシリテートする力を身につけていくための大きな糧になるものだと思います。
 
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神武:企業や個人の専門から距離のある、つまり、あまり関係しない取り組みの成果が、なにもしなくても自然にその企業や個人の専門に還元されるということはあまりないですよね。
 
ただ、社会課題を考えたときに、どのような課題でも、その課題を解決するためのアプローチや手段はいくつもあることが多いですから「この課題の本質は別のところにあるのではないか」とか「この課題を解決するためには別に切り口もあるかもしれない」、また、「私(もしくは私たち)が持っている能力は、この課題のこの部分にも役立つかもしれない」と考えることのできる能力、つまり、問題を俯瞰して見るような能力を未来メディアキャンプで身につけて感じてもらえるといいなと思います。自分の能力が意外なところで役立つことって、目の前のことに集中していると気づきにくいので。
 
岸本:実際の共創現場に立ち合わせていただいている中で日々思うのですが、そういったシステム思考やデザイン思考って、意識はしていなくても、暗黙のうちに最低限は押さえられていることが多いんですよね。「このサービスの価値はどこにある?」とか、「このサービスは誰に向けたもの?」といった考え方です。その考え方を知らない人たちには我々がサポートに入ることで、場が円滑に進んでいくのを実感しています。
 
神武:いま岸本さんがおっしゃったような、暗黙知を形式知に変えるというのもシステム思考の大事なポイントです。アイデアを生み出すということに加えて、そのアイデアを社会で実現するためにどのように価値の循環を設計し、どのように運用し、どのように終わらせるかといった全体を俯瞰した思考です。

寿町でのボランティア、人材開発、JAXAでの経験──それぞれのルーツ

 
神武:ところでいま、「自分たちの能力が意外なところでも役に立つ」という意識の転換が必要と言いましたが、そういった意味ではおふたりはすでに、行政のお仕事と企業のお仕事という枠を超えた活動をされていますよね。最初からそうだったのか、あるいは途中でマインドセットが変わった出来事があったのかというのをお聞きしたいのですが……。
 
関口:私は学生だった1980年代に、かつては日雇い労働者の街で知られた中区の寿町でセツルメント活動をしていたんです。当時の寿町は、他の地域では生きづらくなったご高齢の単身者やアルコール依存症の方々、病気や心身に障害を抱えている方々が暮らしていた街なのですが、私は最初、その人たちのことを「気の毒だ」と思って、寿の街の人たちが抱える課題をなんとか解決したいと思って活動を始めました。
 
ところが街の中でしばらく活動しているうちに、私のような世間知らずの若造が、この街の人たちの課題を解決するなんて、ちゃんちゃらおかしいと気づいたわけです。街のおっちゃんたちから、教えられ、助けられ、育てられているのは私のほうで、私がこの街を良くしようなんて考えるのは止めたほうがいい。この街には、仮に困難や生きづらさを抱えていたとしても、誰もが排除されることなく、受け入れてもらえる包容力がすでにあるではないか。
 
たとえば薬物やアルコール依存症者の方々は街の中に自助グループを、高齢者は老人クラブを、障害者は作業所を、といった形で、それぞれの当事者が、自分たちの居場所とコミュニティを仲間と共に創り、自ら運営している。また街には、さまざまな困難を抱える子どもや若者が安心して過ごすことができる居場所も複数存在している。さらには、寿の街のそれぞれの居場所とコミュニティが相互に響き合い、時には反発し合いながらも、連携して、この街で生きる多様な人たちを、ゆるやかに包み込んでいる。
 
私がSDGsの「誰も取り残さない」というスローガンを決して絵空事ではない、リアルなものと思えるのも、そんな寿町での体験があったからだと思います。
 
神武:関口さんにそんなルーツがあったのですね。岸本さんは、いかがですか。
 
岸本:私はみなとみらいInnovation & Future Centerに来る前までは、人財開発部門で営業人材の育成を担当していました。2:8の法則(パレートの法則)ってご存じだと思いますが、どうしてもピラミッド型になってしまうんですね。ピラミッドの2にあたる人たちは、なにかひらめくと自ら行動できる“着火型”タイプ。残りの大多数を占める8にあたる人は“可燃型”なのになかなか火がつきにくい。一度の研修やOJTくらいでは煙すら出ない。そこで俄然、私のやる気に火がつき、なんとか燃えにくい人たちのマインドに火をつけたいと思ったのが発端です。
 
当然、燃えやすい人のひとりが大きな利益を上げるよりも、燃えにくい人たちのそれぞれが1%ずつ利益を上げてくれるほうがずっと効率がいいし、リスクも少ない。じゃあ、自分は燃えにくい人たちに火をつける「ボトムアッパー」になろう、と決めたのがその頃でした。いま思えばこれが、SDGsの「誰も取り残さない」につながっていくのでしょうか。
 
みなとみらいInnovation & Future Centerでは、多様なステークホルダーの方との対話を通して自ら気づき、自らやる気になる、そして自らの足で歩き出してもらうことを意識してファシリテートしています。……ところで、神武先生は、どのような経緯があって大学のお仕事に就かれたのですか。
 
神武:私は小さい頃から宇宙開発が大好きだったのですが、祖父が初代国産ヘリコプターの開発の責任者で、親戚が南極観測隊の一員だったこともあって、空や南極よりもっと遠くに行ってみたい、それなら宇宙だという思いで現在のJAXAに入社しました。JAXAではロケットの開発・打ち上げなどに携わり、2008年には、約10年ぶりに行われた宇宙飛行士候補者選抜試験に初めて挑戦しました。でも、視力などの問題もあり、残念ながら選抜されなかったんです。
 
ちょうどその時は慶應SDMができた直後で、その大学院の代表の先生から声をかけていただいたことがご縁で、いまの仕事に就きました。転職することをとても悩んだのですが、現役の宇宙飛行士の方から「JAXAでは十分経験を積んだのだから、別の形で能力と経験を磨いて宇宙飛行士を目指す方もいいと思う」と言っていただけたのが大きかったですね。
 
大学に移って初めて分かったのは、宇宙開発の取り組みは、多くの方には自分にまったく関係がないと思われているということです。実際はカーナビや天気予報、長距離電話などの仕組みの中ではなくてはならない存在になっていて、私たちの生活に密接に関わっているのですが、なかなかそうは思われていない。宇宙開発の成果にはもっといろんな用途があるということを多くの方が考えるようになれば、もっと科学技術が進歩していくと思ったんです。
 
たとえばカンボジアやインドの農家の方々はキャッシュフローが不安定で、給与明細も持っていないのですが、スマートフォンを介して得られる普段の生活に関する情報と、人工衛星で撮影したその農家の方の農地の状況に関する情報によって、農家の方の金融返済能力の推定や、農業自体へのアドバイスを行うという取り組みをいま進めています。
 
このような取り組みって、「対象地域の社会課題」と、「テクノロジーでできること」の両方を理解していて、結びつけられないとなかなかデザインできないことなんです。私の研究や仕事のいまのやりがいは、地域の人たちの真の課題を正しく引き出して、テクノロジーや対話など、その人や組織が持つ強みを用いてその課題を解決できる能力を持った人を育てる、ということです。
 
関口:いまのお話をお聞きして、神武先生がどうして「地域」にこだわられているのかが分かった気がします。地域社会を見つめるミクロの視点と、宇宙飛行士のような巨視的な視点の両方を持つ、というのは本当に大切なことですよね。

「聞く」「考える」だけでなく、「行動する」のステップへ

 
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神武:さきほど、問題を俯瞰して見る能力が重要だという話をしましたが、僕の大学院の授業ではそれを「木を見て森も見る、森を見て木も見る」と言っています。自分の持っているものは、隣の人だけでなく、もしかするとずっと遠くにいる人も必要としているものかもしれないと考えてみてほしいですね。それが広がれば、たとえば横浜市での小さな取り組みが、アフリカのある地域で役に立つ……ということにもつながるかもしれない。SDGsのグローバルとローカルのつながりも意識した思考が、横浜から生まれるといいなと思っています。
 
それから、「聞く、考える、行動する」という3つのプロセスがあるとすると、これまでの未来メディアキャンプでは「聞く」と「考える」を重点的に行っていたのですが、今回のキャンプでは「行動する」にまでつなげられればと思っています。
 
岸本:私も同じですね。こういったイベントはどうしてもアイデアを出したまま「発散」で終わって「振り返り」が疎かになりがちで、なかなか社会実装まで結びつかないという側面があると思います。今回の未来メディアキャンプでは、「行動する」、そしてそれを「振り返る」ところまでみなさんに取り組んでもらえたら嬉しいです。
 
<編集・WRITER>サムライト

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