様々な社会課題に向けて、ワークショップやフィールドワークを通じて新聞記者と参加者がともに解決策を模索する新しい試み、「未来メディア塾『未来メディアキャンプ』」(主催:朝日新聞社 特別協力:慶應義塾大学SDM研究科 協力:Think the Earth)。その2日目の模様を伝える。
第1日目(11月8日)から約1ヶ月後の12月6日、慶應義塾大学・三田キャンパスに集結した約50人のプログラム参加者と9人の朝日新聞記者。その会場となった同大学グローバルセキュリティ研究所に突然、「号外で〜す!」のかけ声が響き渡った。朝日新聞社の赤い配達ジャージに身を包んだ慶應義塾大学SDM研究科の生徒たちが、テーマごとに分けられた9チームそれぞれのフィールドワークの様子を記載した「号外新聞」を配ってくれた。このサプライズ演出に、会場は活気づいた。
プログラム1日目後の約1ヶ月間、各チームは、初対面だったメンバーとわずか7時間で練り上げた仮説の解決アイデアを検証するため、関連する様々な現場へのフィールドワークやキーパーソンへのインタビューを繰り返してきた。
「課題の本質は何か」
「実用的で革新的な解決策とは何か」
「メディアをいかに活用するか」
新たな仮説、そしてまた修正。仕事や授業など日中はそれぞれの生活が忙しい中、全員が必ず毎週集まって議論を重ねたグループもあれば、刻々と迫る2日目の前日、深夜までファミレスで粘ったところもあったようだ。
そうしたフィールドワークの各チームからの経過報告を事務局側が凝縮してみせたのが、この記念の「号外新聞」だった。
これらの検証作業の期間を経て、再び各チームが集まった2日目。蓄積したデータを踏まえ、チームごとに議論が改めて繰り返され、アイデアの収束、発表準備へとプログラムはさらに進んだ。
2日目後半、各チームのリーダーが発表の順番を決めるくじを引いた。そして、解決アイデアの評価を行う審査員3名(ロフトワーク代表取締役 林千晶氏、朝日新聞メディアラボ室長 堀江隆氏、CNET Japan編集長 別井貴志氏) を前にいよいよ、9チームによる課題解決アイデアの最終発表が始まった(以下)。
難民受け入れ、日本はどうすべきか
アイデア:難民が経営する外国人観光客向け『難民ホテル』
チーム名「チーム荒波」
難民の衣食住を、どのようにサポートできるか。フィールドワークで難民支援協会を訪れたチームは、「世界中から毎日のように難民が訪れている」こと、「フリーダイヤルがパンク状態」であること等、問題の深刻さを目の当たりにした。こうした現状に対し、まずは地域における難民への不信感を解消し、また難民自身が得意分野(例えば英語力)を活かして働くことができるよう、難民が経営する外国人観光客向けのホテルを提案。基本的な働き方のトレーニングをするところから支援を行うという。審査員の林氏から「『難民ホテル』という名は魅力的ですか?」と問われ、より楽しい響きの名称をさらに検討することも。
持続可能な農業をどう実現するか
アイデア:スマートフォンアプリ『アグリっち』
チーム名「平成アグリ」
もともと農業関係のビジネスに関わる人が含まれ、衰退課題について共通認識があったメンバー。農業生産で成功している3つの企業へのインタビューを通じ、新たな気づきを得た。「農業でもWin-Winが成り立つんだ」と。この発見を機に、農業はつらい、かっこ悪い、儲からないというイメージを払拭する策を前向きに探る。たどり着いたのが、子育て世代をターゲットにした、農業の疑似体験ができるスマートフォンの子ども向けアプリ『アグリっち』。子どもの頃から作物を育てる楽しさや”コツ”を覚えていくという。審査員の別井氏からは、農家の「勘所」をIT化、データ化しても面白いのではないかとの提案も。
野生動物との共存の道をさぐる
アイデア:ジビエに関する情報を一括した『ジビエまとめサイト』
チーム名「チーム餌付け」
マイペースで穏やかな議論のスタイルが目立っていたメンバー。フィールドワークでは、農水省への取材に加え、計4件のジビエの有名なお店に集まり、美味しいシカ肉料理を楽しんだ。農作物への猛獣被害多発などの問題を、「野生動物を活かす産業」をつくることで解決するという目標を立て、まずは日本初の『ジビエまとめサイト』をつくり、独立した情報を繋げることを提案。シカ肉店の情報を表にまとめた業界マップや、全国の自治体の取組みを配信する「日本全国ジビエの旅」、狩猟の現状を取材したコラム「山に埋まる高級食材」など。審査員の堀江氏から必要な資金調達の方法を問われると、飲食店の広告費により運営する、との計画を挙げた。
民意を反映させる政治システムとは
アイデア:有権者に合った情報配信サ—ビス『Collective Policy(コレポリ)』
チーム名「チームデモクラティア」
政治に無関心なひとに、少しでも関心をもってもらいたい。既に関心を持っているひとには、政策提言をする機会を。チームはそのためのアイデアのヒントを得るべく、国民に政治参加の場を提供することを掲げる「日本を元気にする会」代表の松田公太氏へインタビューに行った。そこから、人口知能の技術を用いたサービス『Collective Policy(コレポリ)』を提案。有権者の関心に合わせた情報配信をし、さらにはサービス上で政策提言もできる機能を付ける。政策へのYes, Noをクリックするだけでなく、実際に直接政治家へ意見の表明が出来る点がサービスの革新性だそうだ。審査員の堀江氏は、政治に無関心な人がサービスにたどり着くことの難しさを指摘しつつ、「安保(法案決議)の際にあったら面白かったですね」とコメント。
老後破綻のない社会をどうつくるか
アイデア:高齢者と家族、飲食店を繋ぐサービス『食べてネット』
チーム名「老GO!」
「老後にかかる費用のシミュレーションができれば、老後破綻は解決するはずだ」と、初日の議論を経て仮説を立てたメンバーは、9グループのうち最多である計7名へのインタビューを敢行。当初の予想を超えた厳しい現状を知ることとなった。新たに得た情報を分析し、地域に頼れるコミュニティがないこと、頼れる家族がいないこと、病気や介護により費用負担が大きいことがどうやら老後破綻の本質的な原因であると再定義。解決策として、家族と地域を繋ぎ、健康寿命を伸ばすための仕組み『食べてネット』を考案した。地元のお店で通常より安く定食が食べられる“ミールクーポン”を購入し、お店に出向くことで同世代の方々と交流する機会を増やし、同時に健康を促進する試みだ。審査員の堀江氏から「そもそも老後破綻に関心がある人にとっては、財政的に厳しい場合が多いのでは?」との質問に、メンバーは、この”ミールクーポン”は子から親(高齢者)へ買ってプレゼントすることを前提としており、この仕組みにより、家族の繋がりも強まるはず、とした。
障がい者と共に生きる社会を考える
アイデア:障がい者雇用にまつわる情報共有ポータルサイト『はた楽』
グループ名:チームCollabo
「障がい者も、健常者も、実は何も変わらない」。メンバーは言い続けた。フィールドワークでは、障がい者のための福祉施設、施設の創設者、障がい者雇用を行う企業を訪れる中で、その想いを確信にした。福祉施設の見学を通じて障がい者が気持ちよく働くための様々な工夫に触れる一方、企業にはそういったノウハウが無いが故にたくさんの悩みを抱えていることを知る。こうした現状から解決策として、福祉施設のもつノウハウを企業や広く一般の人へ発信する情報共有ポータルサイト『はた楽』を考案。審査員の林氏は「『障がい者』という言葉の定義が今日において見直されてきている」。メンバーは「そういった議論に行く前に、まずは、障がい者にまつわる様々な情報を広く発信し、まずは認知してもらうことに注目した」と認知度向上の優先を訴えた。
性的マイノリティーが生きやすい社会とは
アイデア:LGBTへの理解を深められる『絵本』を妊婦さんへ届ける
チーム名「ニジマス」
LGBTへの理解や受容は進んでいるように見えて、まだまだカミングアウトができず苦しむひと、特に子どもたちが多い、という。その原因として、LGBTについて正しく教える学校の先生が少ないとチーム。しかし、フィールドワークで訪れたNPO法人が既に小中高の先生向けに素晴らしいワークショップを提供していた。それなら、自分たちは「思春期よりも前の子ども」とお母さんに届けよう、と思いつく。そこで、母と子とが共に読むことのできる『絵本』という媒体にたどり着いたリサーチをすると、日本ではまだあまりないことも。待合室で時間を持て余した妊婦さんに、まずは子どもを産む前に手にとってもらう。審査員からは、フィールドワーク先の選び方について問われ、最初からLGBT「教育」に特化した団体に的を絞ったことで、協力関係を築けそうな素晴らしい出会いがあったことを説明した。
ニュースとテクノロジーの新しい関係
アイデア:負の感情を変えるニュースアプリ
チーム名「NEWS TECH」
「情報が多すぎる!」とチーム。フィールドワークでは既存のニュースアプリの関係者を訪れ、既存のサイトの問題点や、ビジネス化へ向けた資金調達方法についてヒアリングを行った。議論を重ねるうち、人の感情に変化をつくるツールとしてのニュースの可能性に焦点が。アンケートを実施して需要が十分にあることも確認。そこで、ウェアラブルや自然言語処理機能(メールやチャットで用いている表現を追跡)を使用して人の心の動きを察知し、特に「負の感情」をポジティブへと変えるニュース配信アプリを提案した。例えばお腹がすけば現在地付近のお店の情報が届き、そのまま予約というアクションにまで繋げられる。審査員の別井氏からは、「これはニュースなのか?それともニュースを活用した別のアプリなのか?」と聞かれ、「ニュースを活用した新しいアプリで、カテゴリーはまだありません」とその斬新さをアピールした。
途上国への新しいお金の流れを探る
アイデア:プラットフォーム『つながるキッチン』
チーム名「弱肉強食Lab」
途上国が抱える飢餓と、先進国が抱えるフードロス。これらの課題を多角度から見つめるべく、政府・国際機関、NPO法人、企業、消費者等様々な立場の機関へインタビューをし、問題意識の違いやこれらの機関同士の横の繋がりの希薄さに気づく。考えついたのが、廃棄寸前の食材を活用してミシュランの一ツ星シェフがつくった料理をワンコイン(500円)で食べられる飲食店だ。来店者は、賞味期限直前の食材等を店舗に持ち寄ることができ、また、ワンコインあたり50円を途上国に寄付する。こうした直接集まる場の提供だけでなく、オンラインサービスも同時に活用し、フードロスに関する情報を誰もが共有できるプラットフォームづくりを目指す。審査員の林氏から、「途上国の飢餓と日本のフードロス、どちらを解決したいのか?」と問われたが、「どっちも解決したいが、まずは日本側からお金を生み出す仕組みをつくり出す」。
各賞発表(審査員講評)
「マジック賞」
チーム名「チーム荒波」/アイデア:難民が経営する外国人観光客向け『難民ホテル』
◎林千晶氏
マジック賞とは、(林氏が務める)MITメディアラボが大切にしている、Impact、Uniqueness、Magicのうちのひとつ、”WOW”を生み出せるかどうかという基準だ。『難民ホテル』は、難民が「経営をする」ホテル、というところが斬新で面白い。
(障がい者チームについて)解決への熱意はすごかった。まずは知ってもらう、という1歩目はとてもよいが、ポータルサイト+αなにかがあるとさらによかった。
(農業チームについて)分析・事業プロセスがとても専門的だった。とはいえ、アプリだけが答えではないのでは?例えば大企業が農業分野に対し既に行っている取組みに対しても、メディアとしてサポートできることがあるのではないか
「テクノロジー賞」
チーム名「NEWS TECH」/アイデア:負の感情を変えるニュースアプリ
◎別井貴志氏
「ニュースではなく、ニュースを活用した全く新しいアプリ」という点を高く評価する。メディアがマスに働きかけようとする時、どうしても読まれやすいエンターテインメントやゴシップ記事が前面にきてしまう中、そうではなくよりパーソナルなレコメンドを、その人の感情に合わせて配信するという、ニュースをフックにした新しいアプリの可能性を感じた。
(野生動物チームについて)ジビエのまとめサイトというのもよいが、まとめに留まらず、野生動物に関して発信をするメディアを新たにつくったらさらによかった。
(民意反映チームについて)面白いが、ものすごいチャレンジングだ。ウェブサービスにする必要性や、課題を知ってもらうというハードルの高さをどう乗り越えていくかが重要。
「社会課題解決賞」
チーム名「ニジマス」/アイデア:LGBTへの理解を深められる『絵本』を妊婦さんへ届ける
◎堀江隆氏
チームニジマスのすぐれていたところは、「マーケットのこえをきいたところ」と「仮説修正の柔軟さ」だ。(A-port創設者の荻沼雅美=朝日新聞社=からも、「是非支援をしたい」との直接のオファーが)。
(老後チームについて)濃密なフィールドワークがよく伝わってきた。しかし、老後破綻というテーマを扱うと、どうしても告発型の記事になってしまうが実現具体性はどうだろう?
(途上国チームについて)社会課題が単一で存在する事はない。そのような中で、複数を共に解決するというのは斬新でよかった。
「未来メディアキャンプ賞」
チーム名「NEWS TECH」/アイデア:負の感情を変えるニュースアプリ
最後に、会場の参加者全員の投票による評価を総合した「未来メディアキャンプ賞」が発表された。選ばれたのは、チーム『NEWS TECH』だった。
控え室にて審査が行われている間、メインルームでは慶應義塾大学SDM研究科の佐藤亮や竹田和広を中心とする学生主導で未来メディアキャンプ全体の振り返りが行われた。『ワールドカフェ』という、異なるチームのメンバーが混ざり合う、創発的性に富んだ会話の手法だ。テーブルからは、キャンプを通して初めて体験した『SDM的』課題解決プロセスの斬新さについて、様々な感想が興奮と共に聞こえてきた。
大切なのは「会議のあり方」ではないか。振返ってそう指摘したのは、二つの賞を獲得したNEWS TECHのチームに所属した朝日新聞社の竹下隆一郎記者だ。「初めて会う人と対等に話し、短期間でアイデアを出し合い、何より、バックグラウンドもお互いの知識も異なる者同士が生み出すパワーを大事にすれば日本も変わるのかもしれません」と。
たった1ヶ月という期間。システム思考やデザイン思考の手法を用い、記者と参加者の協働が生んだ社会課題解決のアイデアの数々。こうしたキャンプの成果は、メディアの未来に向けてひとつの試金石になりうるものかもしれない。
メディアの価値とは何か。商品としての「情報発信機能」だけであろうか。そのプロセスで活躍する「記者」の情報感度、幅広い知識、ネットワーク、物事への大局的視点…こうした「存在」そのものもまた、メディアの付加価値ではないだろうか。その記者が、人々と同じステージでともに思考する。いま一度、メディアというものの定義を広く考えてみることで、これまでとは違った新たな社会貢献の形が見えてくるのかもしれない。
(慶應義塾大学SDM研究科 世羅侑未)