慶應義塾大学SFC研究所xSDG・ラボ(エックスSDG・ラボ)主催のシンポジウムが2月13日に六本木にある国際文化会館で開催されました。今回のテーマは、”地方創生×SDGs”。
シンポジウムの前半は、xSDG・ラボの立ち上げメンバーである蟹江 憲史教授による「地方創生×SDGs」の意義についての講演が行われたり、神奈川県の”未病(Me-Byo)”というコンセプトに基づいたSDGsへの取り組みが黒岩知事から紹介されるなど、盛りだくさんな内容でした。
後半は、二部構成のパネルディスカッション。第一部では、SDGsに積極的に取り組んでいる各自治体のリーダーが登壇し、自治体が抱える課題解決にSDGsをどう利用しているかについての意見が交わされました。第二部では、自治体と共に地方創生に取り組んできた一般企業のメンバーが顔を揃え、ビジネスサイドから見た「地方創生×SDGs」、自治体とのコラボレーションの生み出し方について話し合いが行われました。
<パネルディスカッション①> SDGsで解決できる、地方自治体の課題とは?
最初のディスカッションでは、人口約70万人の静岡市、人口約8万2千人の兵庫県豊岡市、人口3400人の北海道下川町と、それぞれ規模が大きく異なる地方自治体からリーダーたちが集結。
静岡市長の田辺 信宏氏、豊岡市政策調整部参事(戦略的政策分野担当) の谷岡 慎一氏、北海道下川町環境未来都市推進課 SDGs 推進戦略室長の蓑島 豪氏と、自治体と共に課題解決に取り組んでいるNPO法人issue+design代表の筧 裕介氏、慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科教授の蟹江憲史氏の5名に、モデレーターとして慶応大学政策・メディア研究科特別招聘教授の国谷裕子氏を迎え、議論が始まりました。
国谷:下川町は、2004年ごろから環境・経済・社会の問題を統合的に解決する取り組みを行ってきていて、人口減少も非常に緩やかになったと聞いています。既に十数年もそうした取り組みを行ってきていて、なぜ”あえていま”SDGsを積極的に活用されようとしているのですか?
蓑島:確かにここ20年あまり、さまざまな取り組みをしてきて、人口減少が随分緩和されてきました。しかし下川町は、2030年には、いまは3400人いる人口が2500人くらいになると予測されています。そこから考えられるのは、経済の縮小・雇用の縮小、高齢化に伴う生活困難者の増加、空き家の増加、自治力の低下など。さまざまな課題が想定されるわけです。
SDGsを解決しようと思ったら、これらすべての課題がつながると考えています。ですから、今後まちづくりのツールとしてSDGsを取り入れ、さらに課題解決に向けてレベルアップをしていこう、というところです。
国谷:あえてツールを使わなくてもできるのでは、とも思えるのですが、SDGsを取り入れることによって、どんな成果が期待されるのでしょうか。
蓑島:SDGsの17のゴールから地域をもう一度見つめ直すことで、新たな課題の発見につながっていくことを期待しています。たとえば、SDGsの目標の14番目には”海洋資源”があります。でも下川町、海ないんですよね。普通、スルーしてしまいそうなんですけど、いやいや待てよと。
実は下川町は、手塩川という日本で4番目に長い最上流域にあるんです。ここまで魚が遡上してきて産卵をして、くだるんですね。じゃあそこをしっかり守ろうと。そうすることで、海がない下川町でも、実は海洋資源に貢献できるのではないか、という話になりました。
国谷:なるほど、課題を発見するツールとして役に立っているというわけですね。
では、豊岡市の谷岡さんにお聞きしたいと思います。豊岡市は人口減少に悩んでいて、高齢化率も31%と高い数値が出ています。基本構想や総合計画もある中で、あえてSDGsに取り込むことで何を変えてきたいのでしょうか?
谷岡:豊岡は、有機農業を促進して50年ほど前に絶滅してしまったコウノトリを100羽ほどにまで増やしたり、城崎温泉でインバウンド戦略を強めて外国人観光客を40倍に増やしたり、といった取り組みをしてきました。しかし、残念ながら肝心の人口減少には歯止めがかかっていないんですね。
都市に向かって人が出ていってしまうのは、豊岡に課題があるからだと思うのです。ですから、いまどういうところに課題があるのかということを考え直し、SDGsをもう一度地区を見つめ直すツールにしたいと思っています。
豊岡では具体的に、市町村別よりさらに細かく分類した”地区ごとの人口統計“を取って、 すべての小学校で人口の見つめ直しを行っています。地域の皆さんと顔を合わせて話ができる、よいきっかけにもなっていますね。
国谷:人口減少に悩まれている自治体のお話をお聞きした一方で、人口約70万人の静岡市では、特に人口減少は起きていません。緊急課題があるようには見えないのですが、静岡市ではどのようにSDGsを活用されているのでしょうか?
田辺:地方創生の主役は、我々のような基礎自治体です。1300の基礎自治体が、当事者意識を持って都市経営をしていく。そのときに世界レベルの、あるいは中長期的な発想を持つことが求められる時代になってきつつあると思っていて、それを実現するのがSDGsだと考えています。
国谷:ある意味では都市としての競争力を高めたいのかなという風にも受け取れますし、都市のマネジメントの仕方が旧来の在り方だと将来うまくいかなくなるという懸念をお持ちなのかなとも受け取れます。SDGsは、具体的にどう役に立つとお考えですか?
田辺:たとえば、いま静岡市の清水港には日本の巨大エネルギー企業であるJXTGホールディングスによる天然ガスの火力発電所建設の計画があります。それに私たちはどう臨むか。巨額の固定資産税が入ると言うけれど、”清水港の富士山の景観に合うか”、”脱化石燃料の時代の流れのなか、本当に火力発電というエネルギーの在り方でいいのか”。……SDGsを使うことで、こういった議論ができるんです。
国谷:市政のマネジメントをよくするためにSDGsを使いたいと。先ほどから話を伺っていると、自治体はSDGsの進捗を測るインディケーターを必要としているのではないかなという気がしますが、いかがでしょうか。
蓑島:おっしゃる通りです。いまあるSDGsのインディケーターが実際下川町で使えるかというと、ほとんど対応できないのです。ですから、自分たちで共通指標と独自指標で構成したインディケーターのオーダーメイドをしようとしています。共通指標というのはたとえば統計調査とかで、全国のなかで自分たちの立ち位置が比較できるものですね。一方、なかなか統計情報では計れないものもありますので、そこは独自の指標を作ろうとしています。
国谷:非常に精緻に考えられているんだな、と感じています。筧さんは、人口1万4000人の高知県佐川町、人口約33万人の群馬県前橋市、そして人口約153万人の兵庫県神戸市の3つに大きく関わって地域づくりに協力されていますが、そうした立場から、 SDGsは地域づくりにどう使えると感じていますか?
筧:自治体の規模でできることや関係性は変わってくるんだろうと思います。主役はやっぱりそこで暮らす人たち。自治体の規模が小さくなればなるほど、個人でしている活動が自治体そのものの活動にどうつながっているかを、中にいる人たちも実感できるんですね。
でも、自治体が大規模であればあるほどそこが実感しにくくなって、自分の仕事が自分の中で完結してしまいます。ですから、大規模な自治体にとっては、そこを打破するツールとしてSDGsが効果的なのではないかと思います。
国谷:SDGsで掲げられている目標そのものって、特別新しいことが書かれているわけではないようにも思えますよね。そんな中で、あえてSDGsを使うことによって何が変わるのでしょうか?
筧:僕は、”弱みを補完できる”のと”強みを生かせる”両方の視点が、この地方創生×SDGsの関係性の中にあると思っています。自治体の弱みというと、短命主義でタテ割りになっていることです。これがやっぱり非常に足を引っ張っているので、2030年までの目標を設定して、横のつながりを強くして政策を進めていく必要がある。
一方の強みは、やはりコミュニティですね。先ほどの話にも上りましたが、自治体の規模が小さくなればなるほど地域内のつながりが強く、産業と生活と環境が一体になっている。 “自分の消費活動が、この地域の経済にどう影響を与えるのか“とイメージがしやすいことは、やはり大きな強みです。地方自治体の強みであるコミュニティを生かせるSDGsを利用したまちづくりには、非常に可能性があると思っています。
国谷:客席からもいくつかご質問があるようなので、答えていただけますでしょうか。まずは、「地方創生の提言者である石破元大臣は地方創生を県単位で進めていこうと言っていたが、どの自治体の単位でやるのがベストだと思うか」という質問です。どうお考えですか?
田辺:やっぱり静岡市の70万人くらいがいいと思います。ギリギリの規模感を持っているし、インパクトもあると思っています。
谷岡:私は、国とか県規模だとどうしても規模が大きすぎてタテ割りになってしまい、首尾一貫して考えるのは不可能ではないかなと思います。ですから、市町村しかありえないと思っていますね。
筧:僕は2つだと思っています。地道な活動ですぐにその地域の生活や環境を変えることができる小規模な基礎自治体と、国全体の社会問題の解決につながる可能性の高い活動ができる政令市や県。この両方でやるのが、一番効果が出るのではないかなと思います。
<パネルディスカッション②>地域の持続性を高めるための変革に向けて
第二部のパネルディスカッションでは、日本のみならず、世界の自治体と連携し、”力強い地方”を作るのに貢献している一般企業の当事者たちが登壇。
自然電力グループ juwi自然電力オペレーション株式会社代表取締役 磯野 久美子氏、一般財団法人CSOネットワーク 事務局長・理事 黒田 かをり氏、日本電気株式会社NEC 取締役 執行役員常務 兼CGO(チーフグローバルオフィサー)森田 隆之氏の3名に第一部と同じく筧 裕介氏、モデレーターとして国谷裕子氏を迎え、地方創生にSDGsを使うメリットや可能性についての議論がなされました。
国谷:企業が自治体とのコラボレーションや連携を進めていく中で、SDGsを使うメリットとはどこにあるのでしょうか。
黒田:SDGsというのは、自分たちの地域を愛していて、地域のことで悩みを持っている人たちにとっての”共通テーマ・共通言語”になりうるのかなと思います。自分たちのやっている活動を”SDGs”という言葉を使って表現することで、同じようにSDGsを考えている企業、自治体、NPO、大学の人たちとつながることができるんです。
国谷:私も、ステークホルダーと連携することで課題解決に向けたイノベーションが次々と生まれていくような環境が各地でできたら素晴らしいだろうな、と思います。筧さんはそういったよい循環・サイクルへの期待や可能性を、どう見ていらっしゃいますか?
筧:僕は、企業同士のコラボレーションで何かを生み出すというイノベーションみたいな話に、実は最初ものすごく否定的でした。コラボレーションするときって、企業それぞれの想いがあって、一社だけでも意思決定が遅くてなかなか進まないのに、複数社が揃って同じタイミングでゴーサインを出すというのは、ちょっと無理なのではないかと思っていたんです。
でも、今日のお話の中でも出たように、 SDGsが共通言語になることで、”同じ理解の中で、同じ羅針盤を見ながら、一緒に何ができるか”というコラボレーションが可能になると思ったんですね。これまではなかなか突破できなかったコラボレーション型のイノベーションが、SDGsを使うことによって実現できるのではないか、という可能性を感じました。
国谷:そういった公共性のあるイノベーションが、地域を活性化する可能性は大きいですよね。
黒田:そうですね。さまざまな形でのパートナーシップがありえるのかなと感じています。そこで”イノベーション”というのがひとつのキーワードになると思うのですが、イノベーションというと、どうしても科学技術のイメージが強いですよね。
たしかにそれも非常に重要なのですが、たとえば山形県のある町では、農家のお母さんたちが自分たちで加工食品を作って商売を始めているんですね。そういった事例って全国にたくさんあると思うんですが、こうした例も立派なイノベーションだと思っていて。このような、”人を中心としたイノベーション”が、SDGsの時代には非常に重要になってくるのかなと私は思っています。
SDGsには、17回”うん”って言うしかないゴールがある
4時間に及ぶシンポジウムは、慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科委員長、環境情報学部教授の村井 純氏のこんな言葉で幕を下ろしました。
「SDGsで設定されている17の目標って、誰にも否定できないものですよね。つまり、17回“うん”って言うしかない目標なんです。SDGsは、生まれた国も背景も違う人たちがひとつのゴールに向かって力を合わせられる、素晴らしい目標だと思います。
シンポジウムの最初にもお伝えしましたが、『xSDGラボ』の最初のxというのは”かける”という意味。すべての人に、SDGsを自分のことだと思ってほしいと考えています。皆さんに、“これは私の仕事が増えたな。頑張らないとな”といま思っていただけていれば、今日のシンポジウムは大成功です」
「SDGs」について、詳しくはこちら:SDGs(持続可能な開発目標)とは何か?17の目標をわかりやすく解説|日本の取り組み事例あり
<編集>サムライト <WRITER>サムライト