2018年2月13日、国際文化会館で慶應義塾大学SFC研究所xSDG・ラボ(エックスSDG・ラボ)主催のシンポジウムが開催されました。テーマは、”地方創生×SDGs”。登壇者には、xSDG・ラボのメンバーを始め、神奈川県の黒岩祐治知事や、静岡市の田辺市長など、現場レベルで地方創生に携わる面々が集まりました。
「SDGs」(Sustainable Development Goals、持続可能な開発目標)は、2015年9月の国連サミットで採択された国際目標です。
SDGsが目指すのは、経済成長・社会問題の解決・環境保全がバランスよく達成された“持続可能”な世界。SDGsは、持続可能な世界を達成する過程で、貧困層や障害者、子どもや女性など、脆弱な立場に置かれやすい人々を”誰ひとり取り残さない”ことも同時に誓っています。
議論は、4つの講演と2部構成のパネルディスカッションを通して、自治体でSDGsを推進する鍵は何か、ビジネスチャンスを創出するにはSDGsをどうとらえればよいのか、SDGsを巡るコラボレーション創出はどう行えばいいのかという3つのトピックに沿って進められました。この記事では、講演の前半をレポートします。
“ルールがない”というSDGsの新しさ
「地方自治体は、いわばSDGsのパイオニアであり、彼らの取り組み・知見・経験が広くネットワーク化され、共有されていくことは、日本社会全体が持続的な豊かさを達成していく中で必要不可欠なこと。地方の躍進なくして日本のSDGsはないと考えています」
シンポジウムは、外務省地球規模課題審議官 大使である鈴木秀生氏の力強い言葉によって幕を開けました。
4つの講演の最初の登壇者は、慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科教授の蟹江 憲史氏。
「去年の秋冬にかけて、我々は慶應大学の中に『xSDG・ラボ』というものを立ち上げました。立ち上げから最初の、まさに語り始めの シンポジウムになりますので、今日はSDGsに関するいろんなことを語っていきたいと思います。xSDGという名前の“x”の文字には、さまざまなことをSDGでかけ合わせ、それによってさまざまな問題を解決していく、という意味を込めました」
シンポジウムを主催する「xSDG・ラボ」に込めた想いを伝える蟹江教授。続いて教授は、SDGsの特徴である”3つの新しさ”に言及します。
(出典:「xSDG:SDGsの核心にせまり、革新する」より)
「『SDGsの17目標169ターゲット、すべてに対処するのはとても難しくて、うちの自治体で全部考えるのは困難です』という話をよく伺います。でも、実はそういうものではないのです。国連の文書にも書いてあるんですが、まずは“優先課題”を考えようということなのです。
例えば、目標の12.3に、『2030年までにひとり当たりの食料廃棄物を半減させる』という記載がある。では、半減させるためには何が必要なのか。実は、そのためにはバリューチェーン全体を見ていく必要があります。生産の段階で捨てられる食料がたくさんあり、形が悪いから売られない食料もある。いろんなプロセスがあって、それを見ていくとインフラの問題にも繋がるし、飢餓の問題にも当然つながってくる」
(出典:「xSDG:SDGsの核心にせまり、革新する」より)
ひとつの優先課題をSDGsを用いて扱うことで、それがさまざまな問題につながっていることがわかる。そしてそれが、結果的にさまざまな物事を総合的に考えるのにつながる。――これがSDGsのひとつの新しさなのだと、蟹江教授は言います。
「それから、“未来から発想する”というのがSDGsの2つ目の新しさです。つまり、いまの世の中で実際に直面している課題から理想的な未来を想像するというのではなく、まずは未来の理想的な世の中を描いてみて、そこからいまの世の中に戻ってきて課題を見ていくと、本質的な解決方法がわかってくる、という考え方ですね。国連でも、指標を数字で測ることも当然やりますが、より定性的に物事を見ていこう、ということも進めています」
そして3つ目の新しさは、”ルールがないこと”だと言います。
「ルールがない、というのがSDGsの最大の特徴です。ルールを作るのではなく、まずは目指すところを合意しましょう、というやり方をとっている。実施するための大きなルールを設けないことで、それぞれがやりたいように、そしてやりやすいようになっています。
目標に向かって自由な方法で、新たな結びつきを求めながらトライする。そういう面白いチャレンジを、SDGsはしているのだと思います」
続いて蟹江教授は、地方創生はひとつのチャンスである、と主張します。
(出典:「xSDG:SDGsの核心にせまり、革新する」より)
「企業にとってSDGsは、本業とかけ離れたものだと思われがちですが、実は”成長戦略”であるというのが本質だと思います。世界がこっちの方向に舵を切っているのであれば、同じ方向で新たな産業・新たな生き方・新たなビジネスを生み出していくというのが、SDGsでうまく成長していく上でもっとも重要な点です。
そういう意味で、地方創生はひとつのチャンスを迎えていると思います。
私のもともとの専門は中小国の国際政治なのですが、オランダやスウェーデンのような小回りのきく中小国は、さまざまなアクションを迅速にできる、という美点があるんですね。
これを日本国内で考えると、それは地方自治体から、ということになるのではないかと思います。まずは小回りのきく地方自治体がSDGsで共通の仲間を探し、そこからスケールアップしていくというのが、これからの”地方創生×SDGs”が向かう望ましい方向なのではないかと思います」
ただ外国に合わせるのではなく、それぞれの国にあったシナジーの構築が必要
蟹江教授から講演のバトンを受け取ったのは、東京大学サステイナビリティ学連携研究機構 機構長・特任教授、公益財団法人地球環境戦略研究機関(IGES)理事長を務める武内 和彦氏。武内氏は、IGESで行っているSDGsについての統合化の研究成果を発表し、日本では、環境と経済間にトレードオフ※が発生しているという事実に言及しました。
(※一方を追求すれば他方を犠牲にせざるを得ないという状態・関係のこと)
研究では、日本で気候変動対策をすることが、必ずしも経済成長やインフラの整備につながっていないということが明らかになりました。このトレードオフの関係について、武内氏は以下のように指摘します。
「おそらくですが、日本の気候変動対策における福島の原子力発電所の事故以降の様々な取り組みと、経済政策や産業政策が、必ずしもシンクロしていない状況を示唆しているのだと思います」
IGESは、アジア太平洋地域の社会・経済・環境の発展のためのシンクタンクであるため、研究対象は日本国内に留まりません。武内氏は、SDGsの232の指標の相互関連性は、国によって異なると言います。
SDGsの指標の中でも、「衛生環境、特に水回りの改善」は、新興国にとっては非常に重要な指標のひとつ。その一方で、フィリピンなどの新興国では、こうした水回りの衛生環境の改善が、ジェンダーの平等や女性の無償の労働の改善に対してネガティブな影響を与える、という結果も出ているのです。
「だから、我々はそれぞれの国の社会的な状況を考えながら、それぞれの国にあったシナジーの構築を目指していかなければならない」と武内氏。では、研究結果から導き出された、日本で重要とされるべき指標とは何なのでしょうか。
「日本では、 経済と社会の基盤の上に、環境や自然災害の対策というのが非常に重要になってきます。しかし、ここで問題になってくるのが、強靭なインフラと生態系というのを本当に調和できるのかという問題です。
これに対し、私たちは生態系を活用した防災・減災、エコDRRというのがトレードオフを解消し、シナジーを高めることにつながるのではないかということを主張しています」
“未病(Me-Byo)”という概念の推進――超高齢化が進む神奈川県だからできること
「SDGsという言葉を最初に聞いて、これだ!と思いましたね」。快活な一声で、神奈川県知事の黒岩氏による3つ目の講演が始まりました。
神奈川県は、黒岩知事を筆頭に”未病(Me-Byo)”という概念を打ち出し、ヘルスケアニューフロンティアという政策に取り組んできました。”未病(Me-Byo)”とは、健康と病気の間には明確な線引きがなく、グラデーションで連続的に変化するものである、という概念です。
(出典:「SDGsと神奈川の取組み 〜いのち輝く神奈川を⽬指して〜 」より)
世界保健機関(WHO)も同意し、昨年の5月には政府の健康医療戦略の中に位置づけられ、閣議決定された”未病(Me-Byo)”。世界がその概念に注目する理由を、黒岩氏は以下のように説明します。
「人口の高齢化を表すこの図を見てください。60歳以上の人が30%以上の地域は色が濃くなっています。いま、日本は圧倒的に真っ黒、つまり圧倒的な高齢化社会となっているんです。
しかし、これは日本だけの課題ではありません。いま日本が抱えている課題は、2050年には”世界の課題”にもなってくるのです。
(出典:「SDGsと神奈川の取組み 〜いのち輝く神奈川を⽬指して〜 」より)
世界で圧倒的に高齢化が進んでいる日本の中でも、特に高齢化が顕著なのが神奈川県だ。そして、それを乗り越えるのが”未病(Me-Byo)”だ、と言ったら、『そうか!』と世界中が納得したのです」
7年前の出馬の際に黒岩氏が掲げた公約は、”いのち輝く神奈川を作りたい”でした。黒岩氏はこう続けます。
(出典:「SDGsと神奈川の取組み 〜いのち輝く神奈川を⽬指して〜 」より)
「いのちが輝くために何が大事でしょうか。医療が充実してさえいればよいのかと言うと、それは違いますよね。食や農業、エネルギー、環境。こういうのが全部繋がらないといのちは輝かない、という話をしていたときに、これは、持続可能な開発目標であるSDGsとまったく同じじゃないか、と思ったんです。1つひとつが分散していてはダメで、全部つながっていることが大事なんだと」
現在、神奈川県はWHO・スタンフォード大学と連携をとり、未病の指標を国際的な枠組みの中で作る作業を進めていると言います。
「やっぱり”いのち輝く”というのは、最終的には、みんなが笑顔でいられることだと思います。100才になっても笑顔でいる。そんな笑顔が溢れる世の中を作っていくために、いま私たちは頑張っています。それが、我々の取り組んでいるSDGsです」
シンポジウムの前半では、SDGsの革新性や、「SDGs×地方創生」の意義についての言及が多く見られました。
後半では、実際に地方の課題解決にSDGsを取り入れている各自治体のリーダー、そして自治体と共に課題解決に取り組んできた一般企業からの登壇者がパネルディスカッションに参加。客席の参加者たちも交え、更に議論が活発化します。
(2)に続く 「SDGs」の力で地方創生を図ろう――慶應義塾大学SFC研究所xSDG・ラボ シンポジウム(2)
「SDGs」について、詳しくはこちら:SDGs(持続可能な開発目標)とは何か?17の目標をわかりやすく解説|日本の取り組み事例あり
<編集>サムライト <WRITER>サムライト