(集積所でステラップス社が開発した機器に生乳を注ぐインドの酪農家=2017年、インド ステラップ社提供)
寄付や援助ではなく、ビジネスへの投資で途上国が抱える問題を解決する――。貧困をはじめとする社会課題の解決に企業的な手法で挑むソーシャルビジネスと、そうしたビジネスに投資する「社会的投資」が広がっています。カンボジアで国際協力に携わってきた功能聡子(こうの・さとこ)さんは、途上国の社会起業家と日本の投資家を結び付けようと、投資会社ARUN(アルン)とNPO法人ARUN Seed(アルン シード)を設立しました。日本で集めたお金を、社会課題を解決しようと奮闘する途上国の起業家に届けています。
お話を聞いた方
功能聡子(こうの・さとこ)
ARUN合同会社代表/NPO法人ARUN Seed代表理事
国際基督教大学卒業後、民間企業、アジア・アフリカの農村リーダーを育てる「アジア学院」に勤務。1995年からは途上国で保健医療の支援活動を行うNGO「シェア=国際保健協力市民の会」やJICA、世界銀行の業務を通じてカンボジアの復興・開発支援に携わる。現地の社会起業家との出会いから、2009年に途上国のソーシャルビジネスへ投資する合同会社ARUNを設立。14年にはソーシャルビジネスへの投資と社会的投資に関する調査研究、情報発信などを行うNPO法人ARUN Seedを設立。
――社会的投資とはどのようなものですか? 寄付や援助とは何が違うのでしょうか?
貧困や環境、教育、医療など、さまざまな社会課題がありますよね。それらを収益事業を通じて解決しようとするのがソーシャルビジネスです。ARUNが投資しているカンボジアやインドをはじめ、多くの途上国には貧困などの問題を解決しようという志を持った起業家がいて、日々奮闘しています。そうした社会起業家やソーシャルビジネスに対する投資が社会的投資です。通常の投資はビジネスが成功し、経済的リターンを得ることを目的としていますが、社会的投資家はそれだけでなく、投資によって社会課題が解決することも重要な成果だと考えます。
寄付の場合は資金や物資を託したら、その後どう使われるかは関与しません。短期的、限定的な支援になりがちです。カンボジアもその一例でした。1991年まで20年以上続いた内戦で最貧国の一つとなり、90年代以降、復興と開発のために多くの援助が寄せられました。でも、ある時、現地の社会起業家から「援助ではなく投資が欲しい」と言われたんです。援助してもらったお金では継続的にビジネスを行っていくことが難しい。だから投資して欲しいと。そうした途上国の起業家を応援することは、彼らだけでなく、私たち日本人にとっても良い刺激になると感じました。
――ARUNは途上国の社会起業家と投資家をつなぐ役割を担っています。功能さんがARUNを設立した経緯について教えて下さい。
学生時代から国際協力に関心を持っていましたが、大学卒業後は民間企業に入りました。その後、アジアやアフリカの農村リーダーを育てる「アジア学院」(栃木県)での勤務を経て、95年から2005年までの10年間、NGOやJICA、世界銀行の業務を通じてカンボジアの復興や開発支援に携わってきました。現地で保健医療の改善に取り組み、政府の政策決定機関から村の診療所のようなところまで幅広く見てきて、カンボジアの社会が大きく変化していくのを肌で感じました。援助を受ける立場を脱して、自分たちでビジネスをしようと考え、行動に移す人が出てきたのです。彼らの活動を応援すべく、2009年に合同会社ARUN、そして14年にNPO法人ARUN Seedを設立しました。ARUN(アルン)はカンボジア語で「暁」「夜明け」という意味です。新しい社会を作ろうという希望とエネルギーを表しています。「地球上のどこに生まれた人でも、一人ひとりの才能を発揮できる社会」を目指し、ARUNでは投資家からの出資金を、ARUN Seedでは個人・法人からの寄付金をそれぞれ原資にして、途上国のソーシャルビジネスに投資を行っています。
――具体的にはどのような活動でしょうか?
これまでに、ARUNではカンボジアとインドで9社のソーシャルビジネスに投資しています。彼らに対して、私たちがいつも投げかける問いがあります。まず、「どんな世界を目指しているのか?」、そして「そのため、どんな事業を行っているのか?」です。もちろん、彼らの目指すものが私たちのビジョンと一致していることが前提ですが、目標を胸に途上国で頑張っている起業家たちを日本社会に紹介し、つなげることが私たちの役割だと考えています。
私たちは日本の企業から寄付を募り、まとまった金額を途上国のソーシャルビジネスに投資する「クラウドソーシャルインベストメント(CSI)」を行っています。経済的リターンは分配せずに再投資することで、さらなる拡大を目指しています=図。投資は起業家だけでなく、投資家の側にもメリットがあります。現地の起業家の顔を知り、特有のアイデアや文化に触れることで、学んだり、発見したりすることは多いです。もちろんビジネスだから浮き沈みはあります。うまくいかない時は起業家と投資家がともに考え、ビジネスの成功に向けて手を取り合う。社会的投資はお金を出したら終わりではなく、投資家が起業家に伴走するようなものです。そのため、「投資家とどのような関係を築いていくのか?」も起業家に対するひとつ重要な問いかけになります。そのサポートとして、私たちも投資家にリアルタイムで現地の情報を伝え、時には現地まで来てもらうこともあります。
(「クラウドソーシャルインベストメント(CSI)」の概念図)
――投資先はどのような基準で選んでいるんですか?
お話ししたように、ARUNのビジョンと合致していること、投資家とのコミュニケーションをいとわないこと、そして事業が今どのようなステージにあり、どのような資金を必要としているのかなどを踏まえて総合的に選んでいます。2016年からは「CSIチャレンジ」を始めました。途上国の社会起業家が自らのビジネスをプレゼンテーションし、グランプリ企業には投資を受ける権利が与えられるというコンペティションプログラムです。これまでに2回行い、第1回はインド工科大学出身のエンジニア5人が11年に設立した「ステラップス」がグランプリを獲得し、17年に5万ドルを投資しました。
(ステラップス社の社員らと酪農家を訪れた功能さん(左)=2018年、インド。写真 石川洋平〈ARUN〉)
――「ステラップス」はどのような事業をおこなっているのですか?
IoT(モノのインターネット)ソリューションの力で酪農家の生活を改善しようと取り組んでいます。実はインドは世界有数の酪農国です。牛と水牛あわせて約3億頭が飼われていて、7500万世帯以上が酪農業に携わっています。しかし、そのほとんどは農家を副業として3~4頭の牛を飼っている小規模酪農家だという特徴があります。天候などに左右される農業と比べて、生乳は安定した現金収入源になります。貧困層の大半が農村に暮らすインドで、現金収入は貧困を抜け出すための重要な要素です。
しかし、生乳のサプライチェーン(供給網)には多くの問題があります。搾った生乳は毎日、女性たちが数リットルを担いで集積所まで運んでいます。運搬中に品質が劣化したり、少しでも買い取り価格を上げようと水増ししたり、買い取り業者が正当な代金を支払わなかったりするケースがあると言います。そこで、「ステラップス」は牛の脚にウェアラブル端末を装着して個体情報を管理したり、搾乳量や生乳の品質、買い取り価格をリアルタイムでデータ化して酪農家や乳業会社などへ提供するサービスをしています。現在、100万世帯以上の酪農家が参加、所得安定に貢献しています。
ステラップス社のCEOと功能さん(右)=2018年、インド。写真 石川洋平〈ARUN〉)
ほかにもカンボジアでホテル事業を展開し、農村や母子家庭出身の貧困層を積極的に雇用している「フランジパニ・ヴィラ」、ITを活用して家事労働者と雇用主を結び付け、貧困層に安定した雇用を提供するインドの「ブックマイバイ」など、合計9社に対して累計146万ドルの投資をしてきました。
――投資する側には、どのような人がいますか?
個人は20代から70代まで、会社員や経営者、リタイアした元ビジネスマンなど、さまざまな人がいます。法人の場合は企業のCSR部門や、「アジアの起業家を応援したい」という日本の起業家などです。そのほかにクラウドファンディングで支援してくれる人、ARUN Seedの会員として支えてくれている人もいます。投資やファンドという言葉から、「お金もうけ」をイメージする人も多いのではないでしょうか。しかし、投資はビジネスを応援するための手段であり、社会的投資は未来や平和を作り出す一助になると考えています。また、カンボジアもインドも近年7%前後の経済成長率を維持しており、大きな将来性も感じる国です。そうした途上国の社会起業家との関係を通じ、投資家はビジネスが成功し、社会課題が解決するまでのドラマをともに体験することができます。
(功能聡子さん=2019年6月、東京都文京区)
――社会的投資や国際協力に携わってきて、最もやりがいを感じた瞬間はいつですか?
この仕事をしていると、「こんな経験をさせてらって、ありがたいな」と思うことが多くあります。英語で言うと「privilege」、自分の価値とは無関係に与えられる、特別な機会に恵まれること、を表しています。日本語に訳すと「恩恵」でしょうか。途上国にはたくさんの社会課題があるけど、それに立ち向かう人たちは課題をネガティブなものと捉えていません。途上国にはたくさんの社会課題があるけど、それに立ち向かう人たちは課題をネガティブなものと捉えていません。成長するための機会として考えています。その姿を間近で見ているとエネルギーやアイデアをもらえるし、違う国の人や文化に触れると、自分自身も自由になれる気がします。もちろん、日本にいながらもグローバルな視点を持つことだって出来ます。日本でも、途上国でも、世界中どこにいても自由な発想ができ、一人ひとりの才能を発揮できる社会になって欲しい。その実現に社会的投資が役立つことを願っています。
ARUN Seedに参加しませんか?
ARUN Seedでは会員になることで途上国のソーシャルビジネスを支援することができます。活動内容は社会的投資に関するイベントなどの企画運営、活動報告や投資先についての情報配信など。会費は月3000円~1万5000円、または年5万円から選択可能。詳細はホームページ(https://arunseed.jp/joinus)へ。