青い海と緑豊かな山に囲まれ、新鮮な食材の宝庫として古くから「御食国(みけつくに)」と呼ばれた兵庫県・淡路島。大阪市で6月28、29日に開かれた主要20カ国・地域(G20)首脳会議に合わせ、国連が掲げるSDGs(持続可能な開発目標)の理念に基づき、人類と食物の関係を改めて検討し、「食」の大切さや魅力を世界に向けて発信しようと、「第1回ワールドシェフ王サミット」(パソナグループ、北京東方美食研究院共催)が24〜26日、島内の2会場で開かれた。
世界人口が増加し続けるなか、いかに環境や生態系へ配慮しながら安定的に食料を供給できるかが人類にとって重要な課題になっている。パソナグループの南部靖之代表は初めてサミットを開催した狙いについて「健康にとって最も大切なのは医食同源の『食』。淡路島から世界に向けて、安心・安全で健康的な食のあり方のほか、日本の食の魅力も発信したい」としている。
サミットでは、「SDGsと食物問題」をテーマに「世界食学(EATOLOGY)フォーラム」が淡路夢舞台国際会議場で3日間にわたって開かれ、各国の研究者や専門家ら計20人が食物の生産と利用、資源の配分をめぐる課題などについて意見を交換。別会場ではG20参加国の著名なシェフたちによる「ワールドシェフ王料理大会」が開かれた。
便利な加工食品を疑問視 食への意識改革必要
(ピーター・クロッセさん)
すべての人が健康的な生活を送るために何ができるのか。ワールドシェフ王サミットでは、ピーター・クロッセさん(The Academy for Scientific Taste Evaluation)がまず、消費者の食に対する意識を変えなければいけないと訴えた。
「現代人は加工食品など包装されたものばかりを食べるようになっている。便利中毒に陥っている」と指摘し、「台所で過ごす時間が減れば減るほどよいとすら思っている。食べるときに中に何が入っているのか意識すべきだ」と求めた。
人類はパンやワインなど歴史を積み重ねて加工食品を作り上げてきており、すべての加工食品が間違いではないとする。しかし、栄養をとる事だけを目的に、包装された加工食品を選択するのは非常に危険な考えだとした。特に「超加工食品」と言われるものの中には何が加工されたものかわからないものもあり、疾病や代謝性疾患など健康を害する恐れもあるという。
そのうえで、「食べ物は何で出来ているのか考えることが重要。消費者は、便利さや手ごろな価格、味わいだけを求めてはいけない。シェフもスーパーマーケットも一緒になって世界を変革すべきだ」と語った。
チョコレートに関わるすべての人々を笑顔に 明治HDのカカオ農家支援活動
(山下舞子さん)
企業の立場からSDGsへの取り組みも紹介された。
明治ホールディングスIR広報部CSRグループ長の山下舞子さんは、チョコレートの主原料となるカカオ豆の生産を持続可能なものにするため、ブラジルやエクアドル、ペルーなど世界8カ国で独自に展開しているカカオ農家支援活動について説明した。
良質なカカオ豆を栽培し、安定した収入が得られるように科学的に説明し、技術支援も実施するこの活動。担当者は長くて半年程度は現地農家で一緒に研究したり、作業したりしている。技術力の向上だけでなく、心身共にゆとりある生活が送れるように、井戸の整備や小学校に備品を寄付するなど環境づくりも手がけている。
「チョコレートを通じ、原産国の農家の方々とそれをおいしく食べる日本の消費者を結びつけ、持続可能な循環を促す仕組みにつなげていきたい。チョコレートに関わるすべての人々を笑顔にしたい」と話した。
深刻な飢餓問題 「#ゼロハンガーチャレンジ」で理解を 国連WFP
(外岡瑞紀さん)
世界中で飢餓に苦しむ人々は8億2100万人に上り、世界人口の9人に1人と言われている。飢餓人口は10年以上にわたって減少傾向が続いてきたあと、最近は増加に転じているという。2050年には世界人口が95億人になると予測されている中で、人口が増える地域は裕福な国ではなく、飢餓問題がさらに深刻化する恐れが浮上している。
飢餓問題の啓発などをしている国連世界食糧計画WFP協会の広報マネジャー、外岡(とのおか)瑞紀さんは「豊かな国にいると飢餓問題は遠い世界のものに感じられがち。きちんと理解して取り組むことの重要性を知って欲しい」と話す。講演で訪れた小学校では「食べられないのならば、コンビニエンスストアでご飯を買えばいいじゃん」という意見が出たこともあったといい、危機感を募らせている。
飢餓の原因は慢性的な貧困や紛争など様々あるが、気候変動による異常気象と自然災害の増加が大きな要因に挙げられるという。森林破壊などもあり、乾燥地帯の広がりや砂漠化が進んだ結果、農地がなくなり食料不足に陥る悪循環に結びついている。
一方で、日本では国民1人当たり1日お茶わん1杯に相当する年間650万トンもの食料が廃棄されている。食品ロスは温室効果ガスの排出を招いている。外岡さんは「食の不均衡が飢餓の原因の一つ。2030年にはすべての人が食べられるように、まずは家庭から変えていく、私たちの意識から変えていくことが重要」と訴える。
協会は食品ロスと飢餓の問題のほか、SDGsへの理解を促すため、「世界食料デーキャンペーン2019」を8〜10月に実施する。野菜の切れ端などロスになりがちな食材を使った料理の写真をSNS上でハッシュタグ「#ゼロハンガーチャレンジ」をつけて投稿すると、1投稿で120円(学校給食4日分)が寄付される。また、レストランで同様の食材を使ったメニューを提供し、売り上げの一部を寄付するという。いずれも飢餓ゼロへの支援に気軽に参加できる仕組みになっている。「今日も命を落とすかも知れないという子どもたちがいることを忘れてはいけない。苦しんでいる人たちに手を差し伸べることも大切」と参加を呼びかけている。
みんなつながろう 素晴らしい世界のために
(黒川清さん)
フォーラム最終日、パネリストとして最後に登壇した政策研究大学院大学・東京大学名誉教授の黒川清さんは、世界中で多くの人々が飢餓で亡くなっている一方、食べ過ぎによる肥満が問題になっていることを指摘。医師でもある黒川さんは軽妙な語り口で「この肉と脂を渡しましょうよ。脂はみんな取って欲しいんだから。これができればかなりの問題が解決するんです」。さらに先進国で廃棄される食品を、飢餓問題を抱える国々に渡す方法は無いものかと会場に問いかけた。
「デジタルテクノロジーの時代。30時間あれば飛行機でどこにでも行ける。みんなが考え、そして広げて、アクションを取る。やれることをやっちゃおうというのが大事じゃないかと思います。ちっちゃな一歩があっという間に大きくなる。みんながつながろうよ、と一歩踏み出してやっていけば、素晴らしい世界になるのではないかと思います」
人類が合理的に飲食することによっていかに健康と長寿を実現するかについて話し合われたフォーラム。最後に食に関わる社会の持続的な発展に向け、四つの重要課題と世界における健康生活の食事バランスガイドの推進を掲げた「SDGs(持続可能な開発目標)淡路島宣言」に調印し、幕を閉じた。
(「SDGs<持続可能な開発目標>淡路島宣言」に調印し、記念撮影したパソナグループの南部靖之代表<右端>ら)
(討論後には世界中から会場に集まった人々から質問が相次いだ)
G20参加国シェフ、淡路島の食材で腕競う
(制限時間60分で料理を作り上げる各国代表のシェフ)
一方、「ワールドシェフ王料理大会」は別会場の「HELLO KITTY SMILE」で開催。G20参加国の著名なシェフ計20人が淡路島の食材を使った自国を代表する料理を作り、コンテスト形式で腕を競い合った。
(「美味しさ」「美しさ」「淡路島素材の使い方」などを指標に審査する料理評論家の服部幸應<ゆきお>氏<前列左>ら)
会場は世界最大のハローキティのオブジェ(縦11メートル、横14メートル)がそびえ立つ海辺のレストラン。シェフたちは仲間の声援を受けながら、真剣な表情で制限時間の60分以内に料理を作り上げていた。予選を勝ち抜いた上位4人が決勝に進み、「淡路ビーフと野菜をふんだんに使ったカルビチム」を作った韓国代表のシェフ、ジョン・ユーさんが頂点に輝いた。
<WRITER・写真>小幡淳一