▲SDGハウス内に子どもたちの遊び場兼寝室として設けられたBBB (Book and Bed Booth)。ベニア合板でつくられ、壁は本棚として使える
SDGsで家をつくってみよう――。この発想から始まった、私、慶應義塾大学大学院教授の蟹江憲史が取り組む「SDGハウス」プロジェクト。ついに、SDGハウスが完成し、プロジェクトの様子を紹介するコラムも今回が最終回です。
この度「SDGハウス」が、「第9回サステナブル住宅賞」(一般財団法人 建築環境・省エネルギー機構主催)で、「一般財団法人建築環境・省エネルギー機構理事長賞」という栄えある賞をいただきました。また、この間、朝日新聞出版からは、「SDGsハウスのつくりかた 一軒まるごと、SDGs で建ててみた」という書籍の出版もありました。その一つの特徴でもあり、これまでのコラムでカバーされていなかった子ども部屋のBBB (Book and Bed Booth)について、今回は監修の小林博人さん(建築家・慶應義塾大学大学院教授)のお考えをいただきながら、いま一度「SDGハウス」プロジェクトを振り返り、今後のあり方を考えたいと思います。
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なぜSDGハウスをつくるのか
SDGsが求められる基本的な態度の中に「人のことを自分のこととして考える、自分ごととする」という概念があると考えています。取り扱うテーマはグローバルで広い世界の話だけれど、一つ一つの課題を他人事としてほうっておかない。自分から関わることでそのことをよく理解し、積極的に問題解決に取り組む。この一人一人の小さいけれども強い志と行動の集積がやがて世界の流れを変えていくんだ、そういう姿勢が大切だと考えています。
私が蟹江さんにひょんなことからSDGハウスとしての蟹江邸を提案したのも、SDGsの活動の先導をされている蟹江さん自身が、自分の家そのものを誰かに頼んでつくってもらうのではなく、自分のこととして家づくりを考える中で、SDGsの思想を家という形で具現化してもらいたいと思ったからです。蟹江さんはすぐその意図を理解し二つ返事でOKと言ってくれました。
家づくりをするためには、思いを形にすることをつかさどる建築家や、施工をする棟梁、そして設備や構造のエンジニア、造園家など多くのプロフェッショナルと多くのミーティングをもちながら、一つ一つ、形や材料、施工方法、そしてそれらに関わる費用を総合的に勘案して判断していかなければなりません。特にSDGsの思想に則した材料の選定や環境性能、施工方法などを考えると、通常以上の努力をして建築と向き合っていかなければなりません。もちろん、ワンストップで一括して発注し、それらの手間を省く「メーカーへの発注」という方法もありますが、SDGハウスの目指すものづくりを実践するために、蟹江邸ではあえて手間のかかる方法をとることによって、「サステイナブルな世界につながる家づくり」や「自分の居場所づくりのための道筋」を示せるのではないかと思いました。
具体的な建築の設計は建築家の川島範久さんにお願いしました。蟹江さんのご家族と川島事務所とで何度もミーティングを重ね、一つ一つの決定が入念に行われました。私の役割は、要所要所でミーティングに参加し、蟹江さんご夫妻だけでなく、2人のお子さんも直接家づくりに参加できるよう機会をつくっていくことでした。
BBBとは? 家族で一緒につくる子どもの居場所
子どもたちの活動するスペースは2階に設けられました。天井の高い明るい2階は、子どもの成長のためにうってつけの場所です。ここに2人の男の子のためのスペースをどうつくるか、それがBBBの計画の始まりでした。

BBBとはBook and Bed Boothの略で、本棚となっている壁を持つベッドの入った立方体のべニア合板でできたブースです。この大きな家具のような小さな建築のようなブースは、子どもたちが自分たちの居場所として安心して遊び、学び、そして眠ることを意図して設計されました。

本棚は外と内の両方の好きなところに設けることができます。面全体を本棚として閉じて使うこともできますし、所々窓のようなものを開けて使うこともできます。子どもの成長に合わせて使い方を変えていけばいいと思います。屋根の上には棚を足掛かりに、側板に開けた穴を手掛かりにして上がることができます。ここは家の中で一番高い場所で、秘密基地として自分の世界をつくってもらうことを想定しました。

BBBは、特別な道具や釘などを使わずに手だけで組み立ててつくることができることから、家具を組み立てたことがない人でも自分で自分の居場所をつくることができます。自分の場所を自分でつくることは楽しいですし、自ら関わることで愛着も湧き、つくったものに責任感も感じるようになります。また家族で一緒につくることを通して親子の会話もはずみ、みんなの家づくりができると考えています。

原点は東日本大震災
このBBBのつくり方の原点は、約10年前の東日本大震災に端を発しています。当時、私たちがお世話になっていた合板の製造会社とその工場は、宮城県石巻市の港の近くにあり、津波で大きな被害を受けました。宮城県には森林が多く、合板をつくる会社が石巻には数多く存在していて、地域の産業となっていましたが、震災によってその活動は停滞してしまいました。私たちは、津波で流される前には多くの家が軒を並べて立っていたであろう、広漠とした町の痕跡を目の当たりにして、何かこの状況から一歩でも復興のためになることはできないかと考えました。家をつくってくれる大工さんたちは全国から集まっていましたが手が足りませんでした。通常の建築施工では時間がかかりすぎて需要に追いつきません。そこで、家を建てた経験のない素人でも簡単に建てることのできる家ができないかと考え始めたのがべニアハウスの建築構法です。
地元でつくった合板を使って、特殊な道具を使わずに、ゴムハンマーだけで組み立てられる、プラモデルのような家を考えました。合板に切り込みを入れて、それらを差しはさむことで立体をつくり、それを柱や梁にして建築をつくる、それがベニアハウスです。前もって部品をカットしておけば、現場では組み立てるだけです。難しい作業が少なく、みんなで一緒に家づくりができ、自分たちの居場所は自分たちでつくる、自分たちの未来は自分たちでつくるという自信をつけてもらえるのではないかと考えました。

東北の震災以降、宮城県南三陸町や石巻市、福島県、熊本県など国内における家づくりの他、海外でも地震や津波、洪水の被害を受けたミャンマー、ネパール、フィリピン、インドネシア、イタリアなどでベニアハウスをつくってきました。多くの人たちが自分たちの居場所を自分の手でつくってきました。その延長線上にBBBがあります。


世界には、さまざまな困難に直面している人たちがいます。その人たちを一人も残さず困難から解放しようとするSDGsの運動があります。東北の震災が私たちに教えてくれたのは、日本のように豊かな自然に恵まれ、穏やかな生活が送れる国においても、想像を超えた災害に見舞われ、日常的な生活を送ることすら、ままならない人たちがいるという事実でした。このことを通して、世界に目を向け、世界の課題に応えようとする眼差しをもつこと、そのような活動の中に、ベニアハウスの活動が位置付けられればと考えています。
蟹江邸のBBBは小さいものづくりですが、このブースづくりを通して、蟹江さんのお子さんたちが自分の場所を持ち、そしてそこから広がる広い世界を想像し、思いを巡らせてくれればうれしいです。私たち一人一人がSDGsを自分ごととして考え、行動することに寄与できればと考えています。
小林博人

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小林さんも書いているように、SDGsを自分ごと化していくことが、2015年につくられた合意からみて、2030年へむけての折り返し地点を過ぎたSDGsの今後にとって大事なことだと思います。自分ごと化することから始めることで、自分にはできないことが見えてきます。自分だけでは届かない「変革」の必要性も見えてきます。

SDGハウスプロジェクトを進めてみて、私にも色々な気付きがありました。ほんの一例を挙げると、建築を進める上では、まだまだ見える化が進んでいない面が多々あること、環境面の持続可能性確保は進んでいるものの、社会面の持続可能性や、サプライチェーン全体を通じた持続可能性確保はまだほとんど手を付けられていないこと、ジェンダー平等の視点などは未開拓部分が多いこと、などです。こうした気付きは、次に何をすべきか、何を働きかけるべきか、ということを考えるうえで、大きな示唆を与えてくれています。
家に関することですから、SDGハウスプロジェクトは、まだここで終わったわけではありません。子どもの成長に合わせてBBBはリフォームする必要があるでしょう。そうなると、BBBのその後をどうするかも考えながら、リフォームを進めることも大事になります。エネルギー面でも、今回はコスト面での負担が大きいことから出来なかったことがいくつかあります。そうしたことは、今後少しずつ進めていきたいと思っています。そして、そうした経験をまた皆さんと共有させていただきながら展開していくことで、皆さんがSDGsを考える上での何らかのヒントになれればいいな、と思っているところです。
蟹江憲史
【SDGハウス・記事一覧】
・SDGハウス、始めます(1)
・SDGハウス、始めます(2) 尾鷲訪問
・SDGハウス、始めます(3)建て方編:SDGハウスの『カタチ』
・SDGハウス(4) SDGハウスの『外皮』:断熱気密について
・SDGハウス(5) SDGハウスの『外皮』:窓でまもる