鳥瞰(南西から):フェノールフォームの外貼断熱・気密工事/Photo by Jumpei Suzuki, Courtesy of Nori Architects
新型コロナウイルスの影響で、「おうち時間」が増えています。ウイルス対策はSDGsでも目標3で感染症に立ち向かうことや、ワクチン開発を進めることが目標として掲げられています。しかしそれだけではありません。ウイルスの影響や、それがもたらす社会の変化にも負けないまちづくりや建物づくり(レジリエントなまちづくり)もまた、SDGsが目標11をはじめとして掲げるところです。
コロナウイルスのパンデミックの後には様々なところで社会や経済のかたちが大きく変わるといわれ始めていますが、まちづくりや家づくりもその一つだと思います。「SDGハウス」の重要性は、今後ますます高まると思います。
SDGsで家を作ってみよう――。私が取り組む「SDGハウス」プロジェクトを紹介するコラムの第4弾では、建築設計をお願いしている建築家の川島範久さんから、その『外皮』の重要性を語っていただきます。
外皮における「断熱・気密」がなぜ重要か?
今回の「SDGハウス」の建築設計を担当している川島です。
一年のうちの多くを占める寒い時間・暑い時間を快適に過ごすためには、「守る」技術が必要です。断熱・気密を行うと、室内の熱を逃がしにくくなります。それにより、室内の人体や照明・家電からの発熱や、冬に取り入れた日射の熱を逃がさず、暖かい時間が増えます。それでも寒い時もありますから、その際は暖房をする必要があります。夏は日射遮蔽(しゃへい)をきちんと行い、外気温が涼しい時間帯に自然通風を行えば、涼しい時間帯が増えます。それでも暑いときには、窓は閉めて冷房をするのが良いです。断熱・気密をしっかりと行っておけば、暖房や冷房の効きも良くなります。このように、断熱・気密にはメリットがたくさんあるのです。
どれくらいの断熱性能をめざすか?
今回のSDGハウスでは「HEAT 20 G2レベル」以上の断熱性能を目指すことにしました。HEAT20とは、研究者、住宅・建材生産者団体の有志によって構成される「2020年を見据えた住宅の高断熱化技術開発委員会(HEAT 20)」が提示する外皮性能基準(民間基準)です。省エネルギー性能だけでなく冬季の室内温熱環境(非暖房室における体感温度)に配慮した外皮性能基準で、建築物省エネ法における省エネ基準と比べると高いものとなっています。G1とG2の二つの基準値が地域ごとに示されており、G2の方がG1より高い性能が要求されます。G2は、冬季に暖房のない部屋で体感温度15℃以下となる割合が15%程度かつ、13℃を下回ることがないレベルの外皮性能です。
断熱性能が低い住宅だとしても、暖房がある部屋であれば、無理やり室温を高くすることは可能です。しかし、室内側の床壁天井などの表面温度は低くなってしまうため、体感温度は低く不快で、エネルギー消費量も大きくなってしまいます。一方で、暖房がない部屋では室温も体感温度も高くすることが難しく、特に浴室やトイレといった住宅の中でも人間が最も薄着になるような部屋が、冬には最も寒い部屋になってしまうわけです。このような低温や住宅内の温度差によって、人間の身体はダメージを受け、健康を害することに繋がります。
そのため、暖房のない部屋でも適切な体感温度を保つことは、光熱費を節約するだけでなく、健康維持のためにも重要なのです。暖かく部屋間の温度差の小さな住宅では、血圧が下がり、活動量も上がるといった実験データも報告されています。
どういった材料を採用するか?
断熱性能を高めるためには、断熱材と呼ばれる熱を伝えにくい材料を外壁や屋根などに用いる必要があり、その厚さを厚くするほど断熱性能を高くすることが可能です。断熱材には様々な種類があり、それぞれ異なる特性を持っています。東京(省エネ基準地域区分6地域)で、今回の住宅のような開口率(窓の割合)でHEAT20 G2レベルを達成しようとすると、外壁では一般的な高性能グラスウール16Kで170mm程度必要になります。
今回の敷地は都心の狭小地のため、室内を広く確保するためには、この厚みを少しでも抑えたいところ。そこで、厚みあたりの断熱性能がグラスウールの約2倍のフェノールフォーム(旭化成建材株式会社の『ネオマフォーム』)を採用することにしました。この材料はボード状の断熱材で、他のボード状断熱材と比べて燃えにくく、さらには経年で性能劣化しにくく、端材を回収しリサイクルが可能といった、非常に優れた材料です。
このフェノールフォームは、フェノール樹脂を発泡、硬化させてつくられたものです。フェノール樹脂とは、熱硬化性樹脂の一つで、世界で初めて人工的に合成されたプラスチックです。多くのプラスチックが、 熱を受けると溶けるのに対して、フェノール樹脂は熱に強く、熱で硬化する特徴があります。そのため、1900年代初頭から、高い耐熱性・ 難燃性が求められる箇所に幅広く用いられてきました。身近なところでは、フライパンの取っ手や自動車の部材、プラスチック灰皿等に用いられています。

中でも、旭化成建材株式会社の『ネオマフォーム』は、同じフェノールフォームの中でも、100ミクロン未満という微細な気泡構造によって、より高い断熱性能を持ち、経年劣化を抑える高ガスバリア性と高い独立気泡率で、断熱性能を長期間維持できるという特徴も持ちます。また、ノンフロン発砲の環境配慮型で、従来は難しいとされていたマテリアルリサイクルも実現しているのが特徴です。

SDGsの達成に向けて、特に目標14(海の豊かさを守ろう)に関連して、プラスチック汚染の解決が叫ばれているのに、断熱材に樹脂=プラスチックを使っていいの?と思う方もいるかもしれません。しかし、止めるべきは「必要のないプラスチックを使うのをやめること」であり、特に「使い捨て」が一番の問題です。
建築は、適切なメンテナンスにより永く使い続けていくことが重要です。そして、建築を構成する部材ごとの耐久性の高さが求められます。今回採用した『ネオマフォーム』は、石油由来ですが、先に述べた通り高性能であるだけでなく、耐久性が高く、将来的にはマテリアルリサイクルも可能な素材です。
どういった構法を採用するか?
さて、この断熱材をどのように施工するか。フェノールフォームはボード状断熱材のため、構造材の外側から貼り付ける「外張断熱」が可能であることが特徴ですが、柱間に充填する「充填断熱」にも使用可能な断熱材です。そこで今回は、少しでも壁厚を薄くするために、外張と充填を組み合わせることにしました。


ただ、断熱性能をどれだけ高くしても、気密性能が低い(=隙間が多い)と冬には冷たい隙間風が入ってきてしまい、台無しになってしまいます。そこで、繊維系断熱材の場合、壁体内に湿気が侵入しないようにするために室内側で防湿層を連続させるように防湿気密シートを施工するのが一般的です。フェノールフォームを外張りする場合は、室内側での結露の心配がないため、外張りされたボード断熱材の外側の継ぎ目を気密テープでふさいでいくことで気密を取っていけばよく、非常にシンプルで簡単な施工となります。

今回のSDGハウスの施工を担当した工務店はこれまで外張断熱工事の経験がなかったのですが、秩父で高気密高断熱住宅の世界基準であるパッシブハウスを建てている高橋建築の高橋慎吾氏に断熱気密工事のアドバイザーを務めていただきました。助言をいただいて設計の納まり詳細等を事前に調整し、施工もサポートいただいたことで、気密性能の指標であるC値(相当隙間面積)を実測したところ、0.1cm2/m2という非常に高い性能を実現することができました。高橋さんのアドバイスによるところも大きいですが、外張断熱工事がはじめての工務店がこの高い気密性能を実現できたことは、今回の断熱気密構法の一般普及性の高さが証明されたと言えるでしょう。


なるほど、川島さんの説明にあるように、断熱や気密性能が上がることで、目標7にあるエネルギー効率改善や、目標13の気候変動対策の実現といった目標達成に貢献できるだけでなく、目標9の持続可能なインフラや目標11の持続可能なまちづくりにも貢献出来ていくのです。そして、廃棄やリサイクルを考えると、目標12の持続可能な消費と生産の実現にも貢献することができます。また、プラスチックを利用しても、そのリサイクルやリユースを行うことができれば、目標14に逆行する海洋プラスチック汚染にも対応できるということです。
いくつかの目標達成に貢献しつつ、他の目標の足かせになることなく家や街をつくっていくことは、コロナ後にはますます重要になっていくと思います。次回は今回のコラムの延長として、窓についてみていきたいと思います。