(外観01・南東から/photo by Jumpei Suzuki, Courtesy of Nori Architects)
SDGsで家を作ってみよう――。慶應義塾大学大学院教授の蟹江憲史さんが取り組む「SDGハウス」。プロジェクトを紹介するコラム第3弾は、建築設計を担当する建築家で東京工業大学 環境・社会理工学院助教の川島範久さんに建築としての考え方について書いていただきました。
「SDGハウス」の建築設計をしている川島です。前回、蟹江さんが「SDGハウス、始めます(2)」で、今回の住宅の構造材や仕上げ材に使用する、三重県尾鷲の「FSC認証材」について紹介しましたが、その木材をプレカット(柱や梁(はり)の継ぎ手・仕口を、従来は墨付けに従って手工具で加工していたものを、事前に機械で行うこと。これにより現場での廃棄物の発生を削減→ゴール12)する予定だった千葉の工場が、2019年9月の台風15号で被災したため、日程が約一カ月遅れましたが、10月中旬に現場に届けられ、無事に建て方(現場で土台の据付から柱、梁、棟上げまで、建物の主要な構造材を組み立てること)が完了しました。
材料選び、使い方を見直し、大切に住み続けられる家に
使用する構造材は、三重県の森で伐採・製材され、千葉に運ばれてプレカット加工したあと、東京の敷地に運ばれてきて施工されました。このように、建物を構成する建材や機器は全て、元をさかのぼっていけば必ず「自然」にたどり着きます。しかし、住む家を構成する建材や機器について、その原料がどこから来たものなのか、誰によって調達され、どのように製造・加工され、運ばれてきたのかを把握している人は多くないはずです。このようはマテリアル・フローの多くはブラックボックス化されています。そんなことに気を留めたことがないという人が大多数でしょう。
自分が住んでいる家が木造なのか鉄骨造なのかRC造なのかといったことさえも知らないという人もいるかもしれません。ましてや、隠蔽(いんぺい)された壁や天井の中がどうなっているのかを知ってる人はまれです。表面に見えている仕上材さえ、何なのかを正確に把握している人も少ないでしょう。
「木」だと思って日々見ていた面が、実は石油が原材料の塩ビシート等が貼られているだけで、本当の「木」ではなかった、といったことが最近ではよくあります。心当たりのある方は、家やオフィスで注意深く見たり触ったりしてみてください。それくらい現代の私たちは表層的で視覚偏重な世界に生きているのです。SDGsから建築を見直すといった時、外見だけでなく、そのマテリアルにまつわる社会も含めたネットワークを見直す必要が出てきます。
「SDGハウス」でも、そのような視点から材料の選び方・使い方を可能な限り見直していこうとしています。実際にそこに住む蟹江さんとご家族が現地に足を運び、その木が育てられた森を見て、加工場を見て、それが組み立てられ住宅になっていく様子を見て、その木材は単なる物質としての木ではなく、住み手にとって物語をもったものになっていくはずです。ですから、日々生活する中で、その木材を目にすることができれば、あの美しい森や澄んだ川を思い出し、この住宅を大切に使い続けようという思いにつながるはずです。
(内観01・吹抜から北を見る/photo by Jumpei Suzuki, Courtesy of Nori Architects)
そこで今回は、フローリングなどの仕上材だけでなく、構造材の木も可能な限り隠さないで「現す」のが良いと考えました。今回、壁は柱間に断熱材を充填(じゅうてん)して仕上げるため、多くの柱は見えなくなりますが、屋根や二階床を支える梁はむき出しのままになります。これについては、また仕上げ工事が終わる頃に詳しくリポートさせていただきます。
環境にフィット、快適で省エネルギーな家づくり
さて、「SDGハウス」で採用した構法は、木造住宅としては標準的な在来軸組工法なのですが、ちょっと変わったカタチをした住宅だなと思った人も多いかもしれません。この住宅は、住み手のライフスタイルにフィットするだけでなく、この敷地の周辺環境にもフィットするように、と考えた末に導かれたものなのです。
(外観02・東から/photo by Jumpei Suzuki, Courtesy of Nori Architects)
敷地は東京・世田谷。川に向かって下る南向き斜面の上方に位置しています。住宅が密集するエリアで、前面道路は細く、入り組んでいるため、車が通り抜けることは少なく、歩行者には安全で、隣家同士の距離も近いため、安心感のある閑静な住宅地となっています。このような敷地環境において「フィットしている状態」とはどのようなものでしょうか。
それは、その場所の環境のポテンシャルを生かすことができており、快適で省エネルギーな住宅になっているとともに、周辺環境に対して配慮されており、街区全体として調和が取れた状態だろうと考えています。そこで、降り注ぐ太陽、吹く風、降る雨……といった自然のエネルギーを上手に活用しながらも、周囲の住宅ともシェアするような建ち方を模索しました。
(建ち方のコンセプト・ダイアグラム01/Nori ArchitectsⓒAll rights reserved.)
具体的には、冬には太陽からの日射を十分に取り込み、夏には遮る。春・秋および夏の夜間など涼しいときは自然の風を取り込めるようにすることで、空調機を使用しなくても快適に過ごせる時間を長くします。年間を通して天空からの光を利用できるようにし、日中は人工照明を使用しなくてもよいようにする。屋根面では太陽光発電パネルで住宅で使用するエネルギー分を発電し、雨水はタンクにためる。隣接する住宅に配慮して、高さを抑えて圧迫感を少なくし、落とす影を小さくするようにする。そして、少し折れる坂道の上に建つ利点を生かし、南側に抜ける眺望を楽しめる開放的な空間とする、などなど。
こういった様々な環境的な目標を可能な限り同時に満たすようなカタチを、法的規制はもちろんのこと、材料・構法、住み手のライフスタイル、そして、建築表現といった観点からの検証も重ねながら探していきました。建築デザインとはこのような多元方程式なのです。
SDGsにつながるカタチと配置をデザイン
この方程式を解く答えは一つではありませんが、今回は、メーンの居住空間を、南に向かって緩やかに上る屋根をもつ東西幅2間(約3.6m)のボリュームにまとめ、それを東側道路側に寄せ、西側に西に向かって下る片流れの下屋ボリュームを付加する、といった構成にすることにしました。このカタチ・配置を導き出すプロセスでは、コンピューターを用いた環境シミュレーションを活用したのですが、この詳細についても、また今後ご紹介します。
(建ち方のコンセプト・ダイアグラム02/Nori ArchitectsⓒAll rights reserved.)
この下屋ボリュームに耐震壁を配置することで、メーンのボリュームを内部に構造壁のないフレキシブル(将来的な間仕切り変更に容易に対応が可能)で開放的な空間とするともに、眺望の確保と冬の日射を取り込む上で重要な南面の吹抜けと大開口を、構造上の十分な安全性を確保しつつ実現する計画です。
(内観02・2階から西を見る/photo by Jumpei Suzuki, Courtesy of Nori Architects)
この写真を見るとわかるように、南に向かって緩やかに上がる屋根は、部分的にめくれ上がっていますが、この間には北向きのハイサイド窓が設けられます。これにより、北からの安定した昼光を取り込むと同時に、南から入った風を抜き、屋根に降った雨を集め、南からの太陽光で発電することを可能にします。私たちの生活環境は、建築を通して、地球環境とつながるのです。
このような建物の「カタチと配置」のデザインはSDGsの目標にも通じます。快適な温熱・光環境を作り出すことで「健康増進に寄与」(ゴール3)、雨水を集めることで「節水に寄与」(ゴール6)、省エネルギーと創エネルギーを実現(ゴール7)、街区環境を良好なものとし(ゴール11)、気候変動対策(ゴール13)にもつながり、SDGsの達成に向けても重要な役割を果たすものなのです。
今回は地球とのつながりや環境との関係に重点を置いてみていきましたが、その中でも社会とのつながり、まちづくりとのつながりが出てくるなど、多角的にみていく視点が盛り込まれています。SDGsへの貢献のやり方は十人十色だと思います。今回の「SDGハウス」プロジェクトの考え方やいくつかの取り組みは、これから家づくりやまちづくりを考えていらっしゃる方のヒントになるのではないかと思います。我が家の場合は、「都会の狭小地に家族4人が住める二階建て」ですが、町との関係性やデザイン、考え方、素材の選び方などを参考に、SDGハウスが増えていけばいいなと思い、実験的取り組みをしています。SDGハウスづくりを行いながら、私自身も学んでいます。