(上の写真は、現在設計中の「SDGハウス」の外観イメージ。SDGsの経済・社会・環境の三側面から建築デザインを検討中)
SDGsで家を作ってみよう。こんなプロジェクトを始めました。
きっかけは、大学でのふとした会話からでした。家族が成長し、今のマンションが手狭になりつつあることから、そろそろ住み替えを考え始めていました。
同じ大学キャンパスには建築を専門としているグループがいます。そのうちの一人、小林博人さんとちょうど一緒になった時に、戸建てが良いかマンションが良いか、そしてどのようなディベロッパーが良いのか、歩きながら話を始めました。
すると、彼は開口一番、「蟹江さん、あなたがやるならSDGハウスを作りましょうよ」と。続けて「建築家と一緒に作りましょう」。全く想定していなかった回答に、僕は驚きました。
ただ確かに、僕は常日頃から、SDGsの良い点は、グローバルな課題や目標を身近に落とし込むことができる点だ、などと言っています。自宅は毎日関わるものなので、その点ではまさに身近なものです。とはいうものの、さすがに自宅に関してこの発想はありませんでした。
そんなことを考えながらも、実は真っ先に頭に浮かんだのは価格です。建築家にお願いすると値段が高くなるのではないか、という先入観にとらわれていた僕は、まずそのことを聞きました。すると意外にも、やり方次第で、建築家が作ってもそうでない場合とそれほど変わらない価格でできる、とのご回答。
ふーむ。よくよく考えると、SDGsには経済・社会・環境の3側面がありますが、経済的な制約がある中で、社会や環境面で効果を出していくことも、実はSDGsの本質の一つではないか、こんな考えが僕を支配し始めました。
こうして「SDGハウス」プロジェクトが始まりました。
当初、数年単位での引っ越しを考えていたところ、案外早く土地が見つかったところから、話が転がり始めました。SDGsを専門に研究している僕自身がオーナーになることで、これまではできなかったこともできるのではないか。建築プロセスは建築家の先生におまかせするとしても、例えば素材の選定、建築後の計測(そしてこれがSDGsではすごく大切なのです!)なども、個人情報の壁に阻まれて通常はできないことが、自分が「実験台」になることで簡単に進めることができます(家族の協力は必要ですが)。
そしてなによりも、今一番必要とされている、「こうやるのがSDGsのアクションだ」ということを具体的に示すことができるというのは、最大の魅力です。
このコラムで、何回かに分けてこの「SDGハウス」建築について書いていきたいと思っています。その初回の今回は、「SDGハウス」チームと、そのメンバーからの思いを述べていただくところから入りたいと思います。チームの構成は、建築家で同僚の小林博人さん、そして、僕自身の以前の職場でもある東京工業大学の助教で、建築環境デザインで新進気鋭の建築家・川島範久さんが中心となっています。
今回はまずお二人からそれぞれ、SDGハウスへの思いを語ってもらいました。
【小林博人さんからのメッセージ】
建築設計と都市デザイン、まちづくりを実践・研究している小林です。
蟹江さんとひょんなことから始まった「SDGハウス」プロジェクト。今までSDGsは「世界」の問題解決の話なので、「自分」の身近にはあまり直感的に感じられないことと思ってしまっていました。
ところが蟹江邸の新築のお話を伺ったときに、「それは蟹江さん、まず自分の家から実践すべきですよ!」と思わず言ってしまったのです。SDGsの考え方を多くの人に伝える蟹江さんご自身が、まず自邸をSDGsの目標に即した家にしないといけない、そのためには自分も何かできることがあるかもしれない、そう思った瞬間にSDGsは自分のすぐ近くで起こること、自分が動くことで世界の目標に一歩近づけるかも、と感じました。SDGsの考えは、世界の人々がお互いの立場を超えて、広く等しく共有しあうものだと考えていましたので、この瞬間、自分もその輪の中に入ったのかなと今思っています。
建築は、自分の生活を受け入れ育て発展させる場所です。特に家は、その人の人生にとって、生き様にとって大切なベースとなる場所です。その家を建てる。これはとても大きなディシジョンメイキングです。人生にそう何回もあるものではありません。そこでこのような人生の大切な「もの決め」の時に、世界の問題解決となるSDGsの考えを理解し、その実践を行うことは、とても大切ですし、そしてなお、その家で毎日生活を送るという体験がより大切なことだと思います。建築づくり、そしてその中での生活を通して、世界の問題を身体を通して理解し、そして感じることが私たちには大切なのだと考えています。
世界には様々な生活の送り方があります。先進国における先端技術やIoTを駆使した未来志向の生活を追求する生き方、今日使う水をくみに行ってはその水を大切にそのやり繰りを考えて生活する人間にとって原初的な生き方。日に5回お祈りをして神様を信仰し、その教えに沿って生きていく信仰心にあふれた生き方。様々な人の様々な生活の中に、それぞれが考えるSDGsがあるはずです。
私はそれぞれの人のそれぞれの生活に即した目標達成の仕方があっていいと思います。自分のこととして自分のできる範囲でアクションを起こす。このことを追求できればと思っています。
これからの連載では、世界の様々な人々の生活のシーンを取り上げながら、生活に根ざしたSDGsの考え方の実践をお伝えできればと思います。読者のみなさんも日々の生活の中のどこにSDGs実行のチャンスがあるか、早速探してみてください。
プロフィール
小林博人(Hiroto Kobayashi)
建築家、慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科教授
京都大学、同大学院、Harvard University Graduate School of Design(GSD)にて、建築設計・都市デザインを学び、日建設計、Foster and Partners事務所にて設計の実務に携わる。1999-2000年フルブライト奨学金を受けGSD特別研究員、2003年GSDからデザイン学博士号取得。同年、槇直美と小林・槇デザインワークショップ(KMDW)を開設。現在東京と米国カリフォルニア・バークレーにオフィスを構える。米国設計事務所Skidmore Owings and Merrill LLP(SOM)日本代表。2003-05年GSD客員研究員、2011-12年Massachusetts Institute of Technology(MIT)客員准教授、2012-13年カリフォルニア・バークレー大学日本研究所研究員、2017年スロベニア、リューブリアナ大学客員教授。
(打合せの様子。使い手が参加することも「SDGハウス」の大事な側面。そうすることで、つかう責任とつくる責任(目標12)が合致する)
【川島範久さんからのメッセージ】
今回の「SDGハウス」の建築設計を担当させていただいている川島範久です。私はこれまで「サステナブル建築デザイン」をテーマに実践・研究をしてきたので、今回「SDGハウス」という、テーマの関連が深いプロジェクトのお話をいただき、「ぜひ!」と二つ返事でお引き受けしました。
サステナブルな建築の実現に向けた建築関連の環境・エネルギー技術はこれまで多く開発されてきています。低環境負荷な建材や、省マテリアルな構法、省エネルギーな高効率設備といったハードな技術がまず挙げられると思いますが、近年大きく進化しつつある注目すべき技術のひとつに、コンピューターを用いた環境シミュレーションが挙げられます。
敷地・気象情報や建物の形状・配置・素材などの情報を入力することで、太陽からの光や熱、自然の風がどのように建築に取り込まれ、どのような室内環境になり、日々の生活でどれだけのエネルギーを消費することになるのか、といった計画建物の環境性能を定量的に測り、見える化しながら設計を進めることが、近年のコンピューター性能の向上により可能になりつつあります。この「環境シミュレーションを用いた建築設計プロセス」が私の研究・実践テーマのひとつになります。
SDGsの達成にはその進捗(しんちょく)を「測る」ことが重要ですから、この設計プロセスは「SDGハウス」の実現に活(い)かすことができると考えていますが、効果検証の対象を、環境のみならず、経済・社会にまで拡張することが、今回のプロジェクトにおける大きな課題のひとつになると考えています。ある環境性能を実現する技術の導入に際し、製造から廃棄までのライフサイクルにおいて、どのような影響を環境・経済・社会に与えるのかを検証していくことが必要になります。そのためには、建築を取り巻く複雑な事物の連関を解きほぐしていかなければなりません。
このような難題に取り組むには、SDGsのゴール17でも掲げられているように、パートナーシップが必須です。まずはこの家で生活を実践していくことになる蟹江さんご家族のみなさん。施工者のみなさん。そして、建物を構成する様々な材料や機器を開発・製造されている建築関連企業の方々の協力も重要で、既にいくつかの企業とのコラボレーションも始まっています。そして私たち設計者も、建築家の職能を活かし、最大限貢献していければと考えています。このような「SDGハウス」における具体的な取り組みについても、今後このコラムでご紹介していければと思います。よろしくお願いします。
プロフィール
川島範久(Norihisa Kawashima)
建築家、東京工業大学 環境・社会理工学院 建築学系 助教
1982年神奈川県生まれ。2005年東京大学卒業、2007年同大学大学院修士課程修了後、日建設計勤務。2012年カリフォルニア大学バークレー校客員研究員。2014年ARTENVARCH共同設立。2016年東京大学大学院博士課程修了、博士論文『日本における環境配慮型建築の設計プロセスに関する研究』で博士(工学)取得・第25回前田工学賞。2017年川島範久建築設計事務所設立。現在、東京工業大学助教のほか、慶応義塾大学SFC・東京理科大学で非常勤講師も務める。
2014年《ソニーシティ大崎(現・NBF大崎ビル)》で日本建築学会賞(作品)、2016年《Diagonal Boxes》で第7回サステナブル住宅賞国土交通大臣賞(最優秀賞)、2017年《Yuji Yoshida Gallery / House》で住まいの環境デザイン・アワード2017グランプリ。