SDGsをもっと詳しく知り、今、世界に存在する社会課題についてより深く考えてみたいけれど、なんだか難しそう──。SDGsに対してそんな印象を抱いている人は、少なくないのではないでしょうか。
SDGsを理解するために、カードゲームとレゴ®ブロックというツールを用いたワークショップを制作・主催している団体があります。NGO(非政府組織)こども国連環境会議推進協会(通称:こども国連)です。井澤友郭(いざわ ともひろ)さんが事務局長をつとめるこども国連は、国際連合大学と連携して持続可能な社会を創る「人材」を育成するNGOとして、2000年(平成12年)に設立されました。“人づくり”を目的にワークショップなどを中心とした共創型・探究型の学習プログラムを提供している団体です。特定の社会問題のみにコミットするのではなく、扱うテーマはさまざま。活動を通して、社会課題を自分ごととして捉え、世の中のジレンマを乗り越えられる人材を育てている、いわば「教育NGO」です。もともとはこどもの育成を目的としていましたが、最近は、大人からのニーズが増えているといいます。
こども国連がワークショップを通じて伝えたいことは何なのか。そして、実践型のワークショップを通して、世界にどんな人材を増やしたいと思っているのか。実際にこども国連が主催したワークショップを体験しつつ、井澤さんにお話を伺いました。
SDGs理解のためのワークショップ
2018年11月23日(金・祝)。この日、東京大学の学園祭「駒場祭」のプログラムのひとつとして開催されたSDGsのワークショップに、実際に参加させてもらいました。
これは、SDGsの世界観を“楽しみながら”体感できる企画として、SDGsに関心のある大学生の有志が集まり企画して、こども国連が主催したもの。ワークショップには、親子連れから中学生、20代女性、50代男性までの約50名が参加しました。「SDGsを知っている人?」と聞いて挙手した参加者は約半数。世間のSDGsの認知度14%と比較すると、この日は、SDGsに興味・関心の高い人たちが集まったようです。
井澤さんはワークショップの最初に、「SDGsとは、“誰ひとり取り残さない”世界の実現」が大切だと説明。そして今、実際にどんな人たちが世界から“取り残されている”のかを、SDGsの17の目標に照らし合わせながら紹介しました。
「たとえば、目標4の『質の高い教育をみんなに』。日本の小学校就学率、小学校卒業率、識字率はすべてほぼ100%ですが、アフリカ南部のモザンビークでは、小学校に入学する子どもは90%で、そのうち卒業まで通える子どもは男子で34%、女子は32%というデータがあります。エチオピアでは、20代前後の識字率は男性で63%、女性で47%とされています。(※1)」(井澤さん)
また、目標6の「安全な水とトイレを世界中に」。私たち日本人は家の水道の蛇口をひねればいつでもおいしい水を飲める環境で暮らしていますが、世界には安全な水を自宅で飲めない人が21億人、つまり10人につき3人いるというデータ(※2)もあります。
このように、衝撃的なデータは挙げればきりがありません。SDGsに当てはまる社会問題は、世界中にたくさん存在するのです。
カードゲームとレゴ®を活用したワークショップ
ワークショップは、カードゲームやレゴ®ブロックを用いて進められます。最初におこなわれたのは、カードゲーム「2030SDGs」。2人組のチームに分かれ、カードを用いて2030年までのシミュレーションをします。チームには『大いなる富』『悠々自適』など個別のゴールが与えられています。2030 年をゴールとして、どのような手段でもかまわないのでそれぞれが自分の目的の達成を目指します。チームを超えて協力してもいいし、競争してもかまいません。ただ、参加者の行動しだいでリアルタイムに「経済」「環境」「社会」の状況が変わっていきます。
40分後、『それぞれのミッションは達成できたか』『その時、2030年はどういう状況になっているか』を確認します。「うーん、経済状況はいいけれど、環境状況と社会状況はそれほどバランスよくありませんね」と井澤さん。
カードゲームのあとは、参加者一人一人がゲームで何を体験していたのかを、レゴ®ブロックを活用して振り返りをしていきます。
多くの参加者が、自分の組み立てたレゴ®を説明するときに、“壁”という言葉を使いました。「他のチームと協力できなかったのは、相手のミッションや考え方が分からず “壁”を感じたから」「自分のチームと相手のチームの『ゴール』が違うことも、チーム間の “壁”を生んでいた」など、さまざまな解釈が飛び交います。
しかし“壁”の表現はさまざま。レゴ®で、文字通り何かと何かの間に壁を立てる人もいれば、特定の人物の四方を取り囲むものもあります。高さをつけることである層からはほかの層の状況が見えないという状況(=壁)をつくり出しているものも。また、“壁”にも、大きなものから小さなもの、黒いもの、透明なもの、穴が開いているものなどがあり、ひとことで“壁”といっても多様なイメージが存在していることが、レゴ®によって見えてきました。
井澤さんは、ワークショップにカラフルなレゴ®ブロックを用いる理由をこのように語ります。
「言葉で説明するだけだと、人によって受け取った言葉のイメージのズレが生じてしまい、お互いの解釈のズレに気づかないまま話が進んでしまうことも多いです。しかしレゴ®ブロックを使うとイメージが視覚化されるので、お互いが考えていることが明確になるのです。同じ言葉を表現しようとしても、人によって選ぶブロックの色や形、組み立て方はまったく違います。それが視覚化されることで、人が見ている景色は千差万別だということを改めて実感できるのです」(井澤さん)
そしてワークショップの最後には、SDGsの実現につなげるために、今からなにを始めればよいのか、一人ひとりが考えた“アクション”が発表されました。
その中には「まず調べ、知り、そして発信する」「コミュニケーションをためらわない」「今日のことを家族に話す」「身の回りに気を配る。道に迷っている人がいたら声をかける」といった、今すぐにできることがあります。
この日が初対面の参加者がほとんどですが、ワークショップ終了後にはしばらく部屋に残ったまま話し込んでいる人たちが何名もいました。参加者は皆さん笑顔。この日のワークショップが、とても充実した時間だったことが伝わってきました。
ワークショップは失敗できる場所
井澤さんは、ワークショップを実施している理由をこう語ります。
「ワークショップを設計する際は、情報提供で終わらずにジレンマを疑似体験できることを大事にしています。講演を聴くだけだと、そこで得た情報を整理して自分の知識に紐づけるのはなかなかスキルのいることですが、ワークショップであれば、実際に自分が体験し、その体験について新しく得た知識も活用しながら語ることができる。もちろん、例えば実際に難民のシェルターに行くことができれば、その方が知識を越えたインパクトの強い体験となります。しかし、それにはコストもリスクもかかります。ワークショップを通じて、さまざまなジレンマを疑似体験することによって、安全が担保されている場所でスキルや知識を身につけられるんです。ワークショップは『失敗できる場』ですから」
たとえば今回のゲームでは、チームに与えられたミッションをクリアするにあたって「子どもを労働力として働かせる」という選択肢もありました。これは現実であれば倫理的に問題のあることですが、ワークショップという疑似体験の場だからこそ、「もし実行したら、世界はどうなるだろう」というシミュレーションができるのです。
「今回は、協力して状況を良くしていこうとするチームが多かったですが、企業研修や出前授業で毎回こうなるかと言うと、なかなか難しいのが現実です。企業でのワークショップでは、自分のミッションをクリアしてしまうと、じっと座って待っている人も出てきてしまいます。でも、だからこそゲームの振り返りをするときに、どういう過程があってその結果になったのか、他者はどういう思いを持っていたのかをきちんと検証すれば、なにが現実において社会問題になっているのかを擬似的に学ぶことができます。レゴ®で自分の言葉を可視化することで、自分が眼の前の世界をどう捉えていたのかを俯瞰(ふかん)して見ることもできますし、レゴの作品を通して他者の発言にも、興味を持ちやすくなるのです」と井澤さん。ゲームプレーから振り返りの時間までが、ひとつのワークショップなのです。
こども国連の活動は、「人を育てる」こと
井澤さんはこども国連に参加する前、サラリーマンとして営業職についていました。そのとき、ボランティアでたまたま子どもの夏休みの合宿イベントに関わる機会があり、たった3泊4日で子どもたちが劇的に変わる様子を目撃したと言います。
「ほんの数日前には人前で発表なんてできなかった子どもたちが、最終日には、人前で受けた質問にも堂々と答えられるようになっていたんです。その様子を見て、こんな場をもっと広げていきたいと思うようになりました。
私たちは点数で評価されたり、正解を求められたりすることに慣れていますよね。しかし、人生において「たった1つの正解」はないんです。正解のない問いに向き合い、自分なりの答えを自分の言葉で語れるようになるには、『体験の場』と『体験を言語化する場』を増やさなければいけません。価値観の違う人と一緒になにかに取り組み、答えのないものに向き合うスキルが身につくような場を作りたいと思い、この活動を始めました」(井澤さん)
はじめは中学生・高校生向けにスタートさせた「こども国連」ですが、最近では、企業のマネージャー育成研修や自治体の基礎計画づくりに際したワークショップといった、大人からのニーズも増えてきたと言います。
つくば市や豊田市などSDGs未来都市に選定された自治体をはじめ、近年は地域の基礎計画の中にSDGsを取り入れるところが増えています。地域が世の中から“取り残されない”ためになにをすればよいか、ということを意識するには、SDGsを基準に考えることはとても有効です。公害問題や震災復興に関するワークショップを実施することもあるのだそう。それらは例えば【SDGs:3 すべての人に健康と福祉を】【SDGs:7 エネルギーをみんなに、そしてクリーンに】【SDGs:11 住み続けられるまちづくりを】を疑似体験し、実際に行動するきっかけになります。そこから自治体ごとのさまざまなニーズに合わせて内容をカスタマイズするワークショップは大人気で、今では仕事の半数以上が大人向けです。
「こんなに企業や自治体など大人に求められるなんて、想定外でした。でも、大人も子どもも同じ人間ですから、ワークショップですることはそんなに変わりませんよ。年齢に関係なく、人はジレンマに直面するものなんです」(井澤さん)
自分を取り巻く理不尽と、社会課題は繋がっている
井澤さんが年間180本以上実施するワークショップのうち、SDGsに関わるものは全体の約3分の2にものぼります。明確に「SDGs」と銘打たないワークショップでも、気候変動やジェンダー、ダイバーシティといったテーマはすべて、SDGsに関連することです。
「SDGsというと難しく聞こえるし、“誰ひとり取り残さない”世界の実現なんて無理だ、と考える人はどこにでもいます。たとえば、プラスチックのストローはやめて紙にしようと誰かが言ったときに、『そうは言っても……』とどこかで必ず言い訳の声は上がるんです。こども国連では、その声に負けず、一歩ずつ歩みを進めていこうと行動できる人を育てたいんです。別に、SDGsという言葉は使わなくてもいい。目の前にいる取り残された人に対して、『何かしよう』『これは自分の問題だから』と言える人を増やしたいと思って活動しています」(井澤さん)
どうすればSDGsがもっと私たちにとって身近になるか──。そんな質問に対し、井澤さんはこう答えてくれました。
「自分自身が感じる社会の理不尽さといった、“取り残されている感覚”から考えてみたほうがいい。たとえば、電車でベビーカーが立ち往生していたとか、友人のLGBTの人が差別を受けていたとか、そんな自分の周りのことから始めて広げていくと、社会全体の理不尽が見えてきます」
社会課題を“自分ごと”として捉えるために、まずは、“自分ごと”を社会課題だと捉える。そんな人を増やすために、井澤さんは今、ワークショップを組み立てて実践できるファシリテーター(進行役)の養成にも力を入れていると言います。
目の前の人ときちんと向き合い、そこに存在する社会課題について考え、行動できる人材が増えれば、世界は少しずつよくなっていくはず。それが、SDGsが目標とする“誰ひとり取り残さない”世界の実現に繋がるのかもしれません。
※1……『世界子供白書2017:統計データ 教育指標』(ユニセフ)
※2……『衛生施設と飲料水の前進:2017年最新データと持続可能な開発目標(SDGs)基準』(ユニセフ・WHO, 2017)
<WRITER>河野桃子 <編集>サムライト