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「倒れても立ち上がれ」野武士集団 伊藤忠副社長が明かす「敗者復活」の人事 誰ひとり取り残さないために

更新日 2023.02.14
橋田正城
目標5:ジェンダー平等を実現しよう
目標8:働きがいも 経済成長も
目標17:パートナーシップで目標を達成しよう

新入社員を歓迎する伊藤忠商事のサプライズ企画。約300本の満開の桜を設営し、経営トップが新人を拍手で出迎えた。世界各地の駐在員らも映し出した=2021年4月1日、東京・北青山

「敗者復活の人事をやっている」と明言している会社があります。学情の就職総合ランキングで5年連続首位の伊藤忠商事です。人間は過ちや失敗を犯してしまうもので、懲戒処分を受ける人はどの組織にもいます。つらい思いをした社員のやる気を引き出し、会社に貢献してもらうにはどうしたら良いのでしょうか。誰ひとり取り残さない経営は、どうあるべきでしょうか。人事と総務を担当する小林文彦副社長に、自身の紆余曲折(うよきょくせつ)も含め、真意を聞きました。

(SDGsミライテラスのサイトはこちら

人事・総務を担当する伊藤忠商事の小林文彦副社長

「利益の源泉は現場に」「格好良い仕事はない」

「海外で働きたいという単純な理由で商社を志望しました。振り返ると、恥ずかしい限りですが」。学生時代、外国語劇のクラブ活動に打ち込んだ小林さんは入社前、商社勤務の先輩にあこがれを抱いていました。

「国際的なマナーを身につけた洗練された人たち、と映りました。でも入社後、大きなギャップを感じました。仕事で格好良いところはどこもありませんでした。後輩には格好をつけるものなのだと、今になって思いますね」

機械部門を希望したものの、配属先は木材本部でした。「どんな現場も、すてきな世界は広がっていませんでした。(地道に働くことを求められる)ベタな世界しかありませんでした。ただ、そうした現場にこそ利益の源泉が宿ることを理解しました」。

近江商人の姿勢に学ぶ研修。新入社員が住民(右から2人目)に自社の堆肥をPRした=滋賀県高島市

駆け出し時代の失意 悶々とした日々・・・

入社から9年間、主に木材のトレードを担当しました。売りと買いの差益で利益を得る仕事です。「相場のおかげ」で社長表彰を1度経験したものの、総じて思ったような成果をあげられず、悩んだといいます。駆け出し時代のエピソードを紹介しましょう。

木材を卸す価格(1㎥あたりの単価)を出張して取引先の社長にやっとの思いで納得してもらい、商談が合意した夜中のことです。会社で請求書を起票していると、ファクスが1枚のメッセージを受信しました。「●●円にならんか? これで頼むわ」。日中、契約に合意したはずの社長が値下げを求めてきたのです。

「僕の仕事は何だったのか。こういう人たちとずっと仕事をやっていけるのか。そんな思いがしましたね。(性格的に)営業でただただがっつりもうけるというスタイルにもなじめませんでした。悶々(もんもん)とした時期が結構ありました」

伊藤忠東京本社に準備された新型コロナワクチン接種会場=2021年6月

10年目の霹靂、人事に異動 気付いたことは?

10年目、人事への異動を打診されました。ところが、営業とは180度異なる雰囲気になじめず、3カ月で体重が7㌔減りました。上司は「だまされたと思って1年我慢しろ。1年たったら好きな部署に行かせてやる」。将来への希望が見いだせないまま、こつこつ働くうちに、小林さんはひとつのことに気付きました。

「常に会社全体、〈we伊藤忠〉を考えるのが人事の仕事だとわかったのです。それまでは自分たちの仕事ばかり考え、隣の部署のことは考えたこともありませんでした。人事は視野の広い仕事だ、と」

早朝に出勤する伊藤忠社員。午前8時までは軽食が無料で配られる=2020年7月

仕事に誇りを持てるようになった小林さんはそれ以来、人事総務一筋の会社員人生を歩みました。岡藤正広会長CEO(最高経営責任者)のもとで、働き方改革を矢継ぎ早に打ち出したことで知られます。深夜残業を見直し、朝型勤務にシフト▽研修を手厚くし、中国語に堪能な社員1千人を育成▽がんと仕事の両立支援、といった具合です。伊藤忠の社員数は5大商社で最も少ない4200人です。「一人ひとりの生産性を高めないことには、他社に勝てません。働き方改革は必然だったと思います」。

「中国語人材」を約1千人育てたことを祝う社内の集会=2018年4月13日

その一方、岡藤さんの方針でもありますが、「敗者復活」を認める人事にも乗り出しました。就業規則に基づいて処分を告げる際、小林さんは、ある約束事を伝えることにしています。

人事の信念 失意の社員に伝える約束ごと

「今回、斯様(かよう)なことがあって、あなたの責任を問うことになりました。しかし、二度と繰り返さないと誓って業務に邁進(まいしん)する限りにおいて、今回の処置はあなたの将来に何の影響も及ぼさないことを約束し、辞令を交付します」

伊藤忠の小林副社長。事業所内保育所の運営を委託するポピンズの保育士もワクチンの職域接種の対象にした

はい上がって成果を 敗者復活の狙い

なぜ、こうした約束を伝えるのでしょうか。小林さんには信じてやまないところがあります。

「1度つまずいた社員はダメ、事業に失敗した社員はダメ、という会社がいくつもあります。それはおかしい。倒れても立ち上がれば良いではありませんか。すねに傷を負った社員は、平穏に過ごしていた時よりも、はるかに成果を出します。だから、敗者復活が大事なのです」

処分を受けた社員は、会社から見放されて「お荷物」となることに甘んじるのか。それとも、多様性を重んじる社風のもとではい上がって成果を出すのか。会社にとってどちらが良いかは火を見るより明らかだ――。そんな考えに基づく人事が、伊藤忠が「野武士集団」と呼ばれる所以(ゆえん)の一つなのかもしれません。

writer:橋田正城

朝日新聞マーケティング戦略本部

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