―八ケ岳エコハウス「ほくほく」プロジェクト―特別編 台風被害の千葉へ電力を届けた

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(台風の影響で停電が続いていた被災地に届けたソーラーパネル=千葉県富津市大沢)
 
「おお、動いた!動いたよ!」
 
洗濯槽の中で、水がグルグルと、勢いよく渦を巻き始めた。取り囲んでいた大人5人が一斉に歓声を上げ、自然と拍手が沸いた。
 
千葉県富津市の大沢集落。東京湾に面する内房の幹線道路から車で約20分。川沿いの細い崖道を分け入った先に10世帯、約30人が暮らしているという。千葉県で大きな被害をもたらした台風15号の影響を受け、集落では停電が続いていた。発電機はあるが、燃料の調達が困難で、住民は不自由な生活を強いられていた。
 
そこに持ち込んだのが、山梨県北杜市の八ケ岳山麓でつくろうとしているエコハウス「ほくほく」の工事に使う太陽光発電システムだった。台風襲来から9日目。洗濯機は太陽の力を得て、生き返ったように力強く動き始めた。

停電長期化、電気を届けたい

長くても2、3日で解消すると思っていた停電は、予想を超えて長期間に及んだ。房総で活動する友人・知人たちの叫びにも似たSNS投稿を見ながら、ぼくはやきもきしていた。被災地の役場では携帯充電のために住民が列をつくり、何時間も待っているという。いつ復旧するのか。なぜこんなことになったのか。どうすれば防げたのか――。
 
考えていても、きりがない。行動することにした。停電している地域や人へ、電気を届けよう!
 
電気を届ける!?
  
そう。電気は大手の電力会社でなくても、つくることができる。送電網を持っていなくても、届けることはできるのだ。決まったら即行動へ。さっそく頼りになる仲間たちに連絡を入れ、装備を調え、ハンドルを握った。
 
②電柱と発電機
(信号機に発電機が設置されていた。しかし、燃料切れか信号は消えていた。被災地では発電機の盗難も相次いだ=富津市金谷)

「ほくほく」電力 千葉・房総へ

エコハウス「ほくほく」は、電力会社の送電網(グリッド)につながないオフグリッドハウスにしたいと、前回(シリーズ①)で書いた。それならば、家をつくるときに必要な電気も電力会社に頼らず、自給自足にしたい。打撃を加えながらネジを強力に締め付けるインパクトドライバーや、木材を素早くまっすぐカットできる丸ノコなど、作業には電動工具が欠かせない。本格的にリフォーム工事が始まる前、以前、講演会で出会った太陽光発電の専門家、佐藤博士(ひろし)さんに相談してみた。
 
「太陽の力で、できませんかね?」
「やってみましょう」
 
佐藤さんは高校の教師を退職後、太陽光発電所ネットワークというNPO法人で理事をしていたこともあり、今は太陽光発電システムの販売や施工もしている。さっそく自宅がある群馬県安中市から山梨県北杜市の現場まで駆けつけ、太陽光発電システムをつくり上げてくれた。
 
③佐藤さんとほくほく電力
(佐藤さんが工事用に設置したソーラーパネル。日当たりが良い仮設トイレの屋根を活用している)
 
太陽光発電システムというと難しいイメージだが、実はそれほど複雑怪奇ではない。ソーラーパネルで発電し、バッテリーにためるのが基本。パネルとバッテリーの間に、電気が逆流したり過充電したりするのを防ぐコントローラーを挟む。そして、バッテリーから電気を取り出して使う機器を取り付ける。以上。
 
戸建ての家の屋根に何枚も並べたり、畑や森を切り崩して大規模に展開したりするようなものばかりが太陽光発電ではないのだ。本当はパネル1枚、バッテリー1個でも十分に働いてくれる。佐藤さんはエコハウス「ほくほく」プロジェクトのために、このシンプルなシステムを3基つくってくれた。ぼくはこれを「ほくほく電力」と名付けた。
 
解体や工事の様子はこのシリーズで改めて詳しく書く予定だが、木材を切る時も、ネジを外す時も、タイルを砕く時にだって、「ほくほく」に降り注いだ太陽の力でつくりだした電気を使った。時々、バッテリーの残量が足りなくなるときもあるけれど、その時は少し太陽を待てばいい。今のところ、大手電力会社からの電気はなくても大丈夫だ。
 
④太陽光の力で
(太陽の力で工具を動かす。玄関先のタイルも砕ける=山梨県北杜市)
 
停電が続く千葉で、「ほくほく」にある2基を使ってもらうことにした。バッテリー2個は、普通乗用車のトランクに入れることができ、ソーラーパネルは後部座席に収まった。大きなトラックを用意しなくても、車に一式を積み込むことができた。
 
いざ、千葉へ急げ!
 
  ⑤ほくほく電力一式
(ほくほく電力1号機(右)と2号機)

孤立していた集落に電気を

山梨県北杜市から約3時間半、アクアラインで東京湾を渡りしばらくすると、平穏な景色が崩れた。君津、富津、鋸南、南房総……。車窓から見える範囲のどこかが、何かしらのダメージを受けているのがわかる。町も山も畑も、漁港も家屋もビニールハウスも電柱も、見上げる空をのぞいてほとんどがいためつけられたと言っていい。
 
被災地に入って初めて、長期停電の理由がわかった気がした。被害の及んでいる範囲が広すぎるのだ。
 
そして、一見すると人など住んでいないだろうと思われる山の奥先にも道が通じ、山に抱かれるように集落があるのが房総の特徴のようだった。ここまで広範囲に、深く、細かく張り巡らされていた電力網がいっぺんに傷ついたとき、一切を再び復旧させるには、途方もない労力と時間がかかる。それを肌で理解することができた。
 
   ⑤被害甚大散乱
(原形をとどめないほど破壊された建物=南房総市)
 
⑤被害甚大トタン
(強風で吹き飛ばされたトタン=富津市金谷)
 
途中で、群馬から駆けつけた佐藤さんと合流。さらに富津市金谷に住むライターの西野弘章さんが不自由な生活を強いられている大沢へと、軽トラで導いてくれた。西野さんは釣りや小屋づくりでは著書があるほどの名人で、これまで取材で何度もお世話になってきた人だ。
 
   ⑥梨沢集落へ
(大沢集落への道は、車一台が通るのがやっと。電柱が倒れたり、電線が垂れ下がっている場所もあった)
 
「わざわざ、遠くまで、どうもすみません」
 
住民の池田幸雄さんがねぎらってくれたが、台風の影響で木や電柱が倒れ、集落に通じる一本道がふさがれてしまい、しばらくは通信も途絶え、孤立していたという。疲れはもう限界を超えているはずだ。
 
到着した数日前にようやく道路が通じ、発電機も借りることができたという。しかし、思いのほか燃料の減りが早く、最寄りのガソリンスタンドまでは往復で30分以上かかる。近所の人たちで融通し合って使っているものの、難儀しているとのことだった。
 
集落に持ち込んだ「ほくほく」電力は、100wのパネルと100Ahのバッテリー。佐藤さんは、電気を取り出すためのインバーターと呼ばれる機器を手際よく取り付けていく。作業は約15分で終わった。
 
⑦梨沢でシステムを組む
(佐藤さんの作業を見守る池田さん=富津市大沢集落)
 
動き出した洗濯機を見て、池田さんが「これでテレビも見られます?」と聞く。佐藤さんが「大丈夫ですよ」と答えると、「助かるなあ。これなら静かでいいよね。発電機はけっこう音がうるさいからね。いいなあ」と池田さんがしみじみ言った。
 
持ち込んだシステムだと、一度に2000Wまで家電が使える。天候に恵まれれば、1日の発電量はおおむね350Wh。25インチ程度のテレビの消費電力は50Wほどなので、7時間見られるくらい発電する計算だ。ここに持ち込んだシステムの価格は一式10万円程度。気象条件にも左右されるから、今まで通りに使えるとは言えないが、洗濯機はもちろん、冷蔵庫も短時間なら動かすことができる。パソコンやスマートフォンの充電くらいならば、消費電力がもっと少ないので数万円のシステムで可能になる。決して安価とは言えないが、太陽の力を得て、電気を自給できるシステムの強さはこうして電気が途絶えた緊急時に発揮される。
 
  ⑧梨沢ほくほく電力
(日当たりの良い場所を求めて移動することもできる=富津市大沢)
 
 ⑨(西野さんの家も停電が長引いていたので、太陽の力で電気を自給自足できるシステムを届けた。自然とみな笑顔に)

自立分散型のエネルギーシステムに見いだす活路

ぼくたちが訪れてから3日後、大沢集落の電気が復旧した、との連絡があった。多くのマンパワーを投じた結果、千葉県内全域で全面復旧したと電力会社が発表したのは台風襲来から2週間以上たった9月24日だった。

 
今回の災害でも「電気がないと暮らしていけない」という声を多く聞いた。残念ながら、電気は電力会社から安定的に供給されて当たり前だという安寧の日々は過ぎ去った。100年に一度といわれる災害が日本各地で毎年のように起きる時代だ。いつ破壊され、いつ復旧するかも予測できない巨大なシステムにすべてを預け、寄りかかってばかりではいられない。

 
大きくなくていい。巨大な鉄塔も、長大な送電網も必要ない。これまでの中央集権的な電力供給体制とは違って、エネルギーを地産地消するシステムが各地域にできれば、そこがいざという時には電源拠点として機能する。

 
自立分散型のエネルギーシステムに活路を見いだしたいと、ぼくは真剣に思っている。地下資源を奪わず、持続可能で、誰の頭上にも分け隔てなく降り注ぐ太陽を味方につける。「ほくほく」が電力網につながないオフグリッドハウスを目指す理由だ。

 
自然エネルギーの力だけで生活を成り立たせるにはどのくらいの設備が必要で、費用はどのくらいかかるのか。まずは自分が実験台となって試してみようと思う。

 
太陽光発電システムに関する問い合わせや相談は、佐藤さんが代表を務める「サンライン」(sugar.doctor55@gmail.com)へ。

  • writer斎藤 健一郎(さいとう・けんいちろう)

    朝日新聞be編集部記者

    1974年、東京都小金井市生まれ。テレビディレクターを経て、2004年に新聞記者に。福島県郡山市に赴任中、東日本大震災で被災。12年から始めた節電生活は8年目になり、「健康第一電力」の所長として東京で借りている団地のベランダで太陽光発電もしている。19年5月に第1子が産まれ、ただいま1年間の育休中。著書に『本気で5アンペア』(コモンズ)、『5アンペア生活をやってみた』(岩波書店)。
    ツイッター https://twitter.com/kenichiro_saito

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