(=横浜市立日野中央高等特別支援学校提供)
軽度の知的障害者が通う横浜市港南区の市立日野中央高等特別支援学校は、社会的な自立を目指したユニークなキャリア教育に取り組んでいる。コミュニケーション能力を高めながら、働くことの意味を理解し、喜びを感じながら長く働くことができる人材を育成するのが狙いだ。持続可能な社会の実現にも共通項が多く、人と人との縁で結ばれた地方や企業、団体なども豊かな学び場になるように支援している。
働くことで成長し続ける人材を 卒業後も支援
JRや私鉄、地下鉄が乗り入れる横浜駅から約10キロ離れた郊外にある同校。国語や数学、音楽などの一般教科を学習するほか、働くことで成長し続ける人材に育つように、実際に製品を作り、清掃や野菜栽培などの作業にも精を出し、積極的に校外での活動を展開している。
これらの作業は、「日野中央カンパニー」と名付けられ、製造とサービスの両部で計8の課がある。生徒は1年生の時から就労する際に必要なあいさつや態度、技能などを身につけるため、いずれかの課に所属。卒業までに職業人としての力を身につけさせるようにし、過去3年間では卒業生の9割弱が一般企業に就職した。
また、卒業後、職場が合わないなどの事情で退職した場合、少なくとも3年間は就労が定着するように支援している。
駆除の鹿の革で革製品 「おぜしかプロジェクト」に協力
「いつも心がけていることは、『あいさつ』『報告』『相談』です」。革製品を作る革工課は、様々なデザインや色のコインケースやキーホルダー、しおりなどを製作。部屋を訪れると、生徒たちは元気にあいさつしたあと、真剣な表情で刻印を打ったり、筆やはけで染料を塗ったりして、それぞれの作業に集中していた。
(様々な注文に応じて製作している革製品)
(作業に集中する生徒たち)
革工課の製品の中でも特に人気が高いのは鹿の革だ。この鹿は尾瀬のふもとに位置する福島県南会津町周辺で駆除、捕獲された野生のもの。地球温暖化のほか、高齢化が進んで猟師が減ったことなどの影響で、天敵がいない鹿の数が増え過ぎてしまい、その結果、ニッコウキスゲなどの貴重な高山植物は荒らされ、稲や豆、白菜などの農作物への被害が深刻になっているのだという。
革工課で指導する加藤博夫さんが約5年前、尾瀬周辺で駆除した鹿の革を資源にし、人間や動物、自然とのつながりを考える「おぜしかプロジェクト」に関する話を聞いて共感し、同校で鹿の革を活用した製品作りが始まった。
今では尾瀬の山小屋で限定発売しているバッジなどがハイカーらの人気を集めている。また、尾瀬を源流とする伊南川沿いをめぐるウルトラマラソン「伊南川100kmウルトラ遠足(とおあし)」では、全国から集まったランナーたちに特製のキーホルダーを記念品として配った。
ミスコン出場者に特別注文のヒールカバー提供
鹿の革は柔らかいのが特徴。革工課では社交ダンスなどでハイヒールを履く際、床面を傷つけないためにピンヒールの先端に巻き付ける「ヒールカバー」も製品のひとつとして作っていた。価格は一般的な市販品よりも安く、インターネットで注文を受け付けていたところ、これが2017ミス・ユニバース神奈川事務局(2019年から「ベストオブ神奈川事務局」に名称変更)の目にとまった。ミスコンの場合、ヒールがより高く、中央部が細いため、専用の抜き型を用意し、通常のヒールカバーより柔らかく厚みのある革にして、リクエストに応えたという。
(ミスコン出場者のために作ったヒールカバーと専用の抜き型)
出場者からは「牛革と違い、カラーバリエーションが豊富で、服や気分に合わせられる。何より、プロジェクトの思いに貢献できるのがうれしい」と反響があった。このヒールカバーは神奈川事務局が2017年以降も使い続けているほか、山梨や栃木、埼玉や福岡、愛媛、沖縄で開かれた大会のレッスンでも使用され、愛用者は全国に広がっているという。
一方、生徒たちは社会から求められている製品を自分たちの手で作り上げていることを実感し、自信にもつながった。現在はミスコンのヒールカバーのほか、全国の個人や企業、学校などから様々な製品の注文が舞い込み、色や形、大きさなど細かいオーダーに合わせて受注製造している。使い込んだ製品の修理依頼にも応じているという。
生徒同士で協力、行動力育成
社会との接点を設け、生徒たちで協力し合ったり、主体的に行動する力を身につけさせたりする試みは、ほかの課でも進んでいる。
紙工課は生徒同士の意思疎通を大切にしている。色とりどりの和紙を使った小物入れや文庫本カバーなどを製作しているが、例えば、付箋(ふせん)ケースでは、表紙や裏、まとめるひもの色の組み合わせを話し合いながら決めている。自分の意見を伝え、人の話を聞き、お互いが納得するようにコミュニケーション能力を育むのだという。神奈川県鎌倉市に本店がある有名菓子メーカーで使う箱折りも受注しており、衛生面で細心の注意を払うなど作業は難しいが、社会とつながっていることがやりがいに通じているという。
(意見を述べ合って色合いを決める生徒たち)
織物とミシン縫製に取り組む縫工課は、保育園や高齢者の施設でワークショップを開いている。生徒が教えることによって、相手に合わせた接し方や物事の進め方が学べるといい、生徒たちは回数を重ねることで臨機応変に対応出来るようになっていくという。木工課は鎌倉市のセレクトショップから小物入れなどを受注し、大きさやデザインなど要望の規格に合わせて加工して納品。そのほかにも区役所から小中学生に渡す表彰状の額縁の注文を受けたり、区役所で定期的に直売したりしている。
(保育園でのワークショップで園児に指導する生徒=横浜市立日野中央高等特別支援学校提供)
(細かい作業に集中する生徒)
校内でのちょっとした作業もすべて生徒たちが仕事として請け負っている。コピーや書類の裁断、古紙の分別などはオフィスサービス課が担当。実際の店舗のように廊下に面した受付窓口で申し込む仕組みになっている。革製品など製造部の製品の在庫や売上金などはロジスティクス課が管理し、校内の清掃を手がけるメンテナンス課は、隣接する福祉施設での清掃活動のほか、横浜市営バスの車庫で車両の清掃もしている。グリーンサービス課は校内の畑で野菜を栽培し、サツマイモは近くにある保育園の園児と一緒に収穫した。
(窓口から作業を申し込むオフィスサービス課)
(「あおいくまモン」。みんなの合言葉だ)
増える障害のある子どもたち 「働ける環境を」
軽度の知的障害や、発達障害がある子どもたちは増加傾向にあり、高等特別支援学校では実際に入学希望者が定員を上回ることが多い。小中学校には特別支援学級があるものの、高校にはない。軽度の知的障害や、発達障害はあるが、働いて自立できる可能性がある子どもたちにとって、高校段階の学びをどこに求めるか、その選択を迫られる状況にある。
重度の障害者もいる特別支援学校の高等部は、生徒たちの障害の幅が大きいため、進路先も多岐にわたる。一方、日野中央高等特別支援学校は働くことによって社会的自立を目的としているため、進路先は企業での就労が中心となる。しかし、教職員が企業や地域社会などと連携を深めていくには限界もあり、子どもたちの適性に応じた持続可能な学び場をいかに設けていくか課題も残る。
村山小百合校長は「大人でも子どもでも発達障害などのある人がいるということは今や世の中に周知されてきている。社会全体が『お互いさま』と受け止めるようになり、働ける環境が整っていけば、さらに生徒たちを安心して社会に送り出せるようになると思います」と話している。
■横浜市立日野中央高等特別支援学校
1981年に横浜市立高等養護学校として開校。知的障害が軽い生徒の後期中等教育を充実させ、企業への就労による社会的自立を目的とする職業教育を行う高等部だけの特別支援学校。男女共学、生徒数187人。横浜市港南区日野中央2丁目。
「日野中央カンパニー」は製造部(革工、紙工、木工、縫工)とサービス部(メンテナンス、オフィスサービス、グリーンサービス、ロジスティクス)の計8課あり、提携可能な企業や団体などの情報を求めている。問い合わせは、同校(045-844-3015)。
<WRITER・写真>小幡淳一