▲講談社の女性誌「FRaU」の関龍彦編集長(右)。オーガニック野菜が並ぶ青山ファーマーズマーケットに出店
講談社の「FRaU」は2018年12月に女性誌としては初めて1冊まるごとSDGsに特化した「FRaU SDGs」を発刊。これまでに4冊を出すなど、SDGsでは出版界をリードする存在になっています。環境省など官庁とコラボしてSDGsを発信するイベントにも積極的に取り組んでいて、2020年10月31日には初めて地方自治体と組んで静岡県富士市と協働したシンポジウムを開きます。同誌の関龍彦編集長(56)に、女性誌がファッションやビューティーばかりでなくSDGsにも力を入れる理由や、官庁や自治体とコラボする意味について聞いてみました。

社会や地球のためになるテーマをやりたい
――そもそも「FRaU」がSDGsをやろうと思ったのはなぜですか?
女性誌の編集に30年以上携わってきました。ファッションやビューティー、エンターテインメントなどを発信するのも大好きなんですが、ずっとそればかりやってきただけに、社会や地球のためになるテーマで何かできないかと思っていたんです。そんな時に友人を通じてSDGsのことを知り、もしかしたらFRaUのテーマになりうるかもしれない、と勉強を始めました。当時、日本でSDGsの認知率は14.8%という数字があり、消費をリードする若い女性層の認知度も低かったんです(※)。それは日本にとってもまずいんじゃないか、と自分たちにもできることをやりたいと思いました。
※ 2018年、電通の第1回「SDGsに関する生活者調査」(全国1400人対象)のデータ
――発刊することについて、周囲の理解はすんなり得られましたか?
最初はなかなか理解を得られなかったですね。雑誌の場合は、先立つものはクライアント(広告主)なので。知っている人に次々と「一緒にやろうよ」と口説くみたいな。社内でもSDGsなんてみんな知らないし、「関がまたおかしなことやり始めてるぞ」とか「ビジネスとして成り立つのか」、「女性誌のテーマになるのか」とか。雑誌を出すには社内の企画会議を通らないといけませんが、最初は発行の基準を満たしていなかったのです。
予想を超える反響があり重版も
――それでも何とか発刊にこぎつけて、反響はどうでしたか?
それが、出してみると思った以上に反響があり、重版になりました。「隅から隅まで読みました」という読者の声もあって。あまりいいことではありませんが、ネットでプレミアムの値段がついたりもしました。第2弾以降は広告も2倍、3倍に増えて、 雑誌もだんだん分厚くなりました。
――どんな読者が多いですか?
首都圏の30代後半からの女性が多いですね。結構、男性も買ってくれています。SDGsについて知ろうとすると、まとまって分かる雑誌はあまりないので手に取ってくれるのでしょう。
SDGsもメジャーなこととして受け止めてほしい
――編集部の体制は?雑誌作りで心がけていることはありますか?
編集チームが6、7人、デザインチームが3人くらい。ほぼ女性です。読者に「難しい」と思われては感覚的にシャットアウトされてしまうので、オシャレ感とか、誌面のクオリティーにはこだわっています。気持ちよく、オシャレな感じで読めることは大事だと思います。1冊目で表紙に綾瀬はるかさんを持ってきたのも、最もメジャーな女優さんが出ていることで、SDGsもみんなにメジャーなこととして受け止めてほしいというメッセージです。もし、表紙が「知る人ぞ知る」といったモデルさんだったらマイナー感が出てしまいます。誌面で紹介する商品記事などは、「買わないとだめ」みたいな決めつけはしないようにしています。世の中にとっていいものって、意外とデザインがよかったりする。そういう優れたものを紹介するようにしています。ただ、ありがちなのは若干、高いこと。だけど、普通のものより100円高いけど、地球にとってよいものであれば、その100円を出すことには価値があり、その商品を応援することになる。これからの消費は、そういうことが絶対に必要になり、そうでないものは淘汰(とうた)されてしまう。多分、すべてサステイナブルを考える消費になっていくという気がしています。
集まることで、より大きなパワーが生まれる
――これまでも環境省や農林水産省とSDGsのイベントを開かれていて、今度は地方自治体の富士市とシンポを開きます。積極的に違う組織と組む意味は?
環境省とは、食品ロス削減のために飲食店から食べ残しを持ち帰るための容器のデザインを競う「Newドギーバッグコンテスト」を開いてその審査委員長をやったり、農水省とは大人の食育のイベントを開いたり。そういうイベントでは企業の人も省庁の人も学校の先生や学生も集まり、同じ目標に向かって、アイデアを出し合います。一緒にやっていくことが「コレクティブ・インパクト」というか、 多様な背景を持った人々が 集まることによってより大きなパワーが生まれると思います。実際の住民に近いところにいる自治体の役割ってすごく大きいと思います。また、雑誌づくりにとどまらないのが「FRaU SDGs」だと思っていて、イベントもメディアの一つの表現であり、これからの雑誌のやるべきことの一つだと思います。地方自治体との協働は今回が初めてですが、すでに他の市からも一緒にやりたいという話がいくつか来ています。富士市を皮切りに全国に展開したいですね。


――「FRaU SDGs」のこれからの予定は?
11月27日に「SDGsムック マネー」というのを出します。若い人のお金の考え方が変わってきている。ただためるとか倹約するとかではなくて、社会のためにどう使えるかという風に。SDGs的なお金の使い方、「私のお金が世界を変える」というのが雑誌のタイトルです。2年続けて年末に出しているメインのものは、2030年まで続けたいと思っています。私がそれまで編集部にいるかどうかは分かりませんが(笑)――。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

シンポの開催でSDGsの啓発につなげよう
「FRaU」と協働でSDGsをテーマにしたシンポジウム「富士市から『世界を変える、はじめかた』」を開く同市は、政府が7月に全国の33都市を選定した「SDGs未来都市」の一つ。未来都市としての最初の取り組みがシンポの開催で、雑誌の力を借りて、難しいと思われがちなSDGsの啓発につなげようとしています。市の担当者になった企画課の宇佐美尚子さん(40)は、担当になるまでは自身もSDGsがどんなものが分かっていなかったと正直に打ち明けます。「市民の間でもSDGsという言葉はまだまだ浸透していないと思いますが、今回のイベントをスタートに広めていきたいです」。6歳の男の子の母親としても「SDGsに合ったライフスタイルを意識するようになりました」と話しています。
「FRaU」と富士市をつないだのは、「FRaU SDGs」の創刊から編集を含む全般的なプロデューサーとして関わっているドリームデザイン社の石川淳哉さん。一般社団法人「助けあいジャパン」の共同代表理事を務める石川さんは、災害派遣用トイレトレーラーを普及させる社会事業にも携わっており、富士市が2018年に自治体として全国に先駆けて導入したことで市との結びつきが生まれました。自分の町で使うだけでなく、災害が起きた場所に出向いて活躍するトイレトレーラー。SDGsの課題でいえば、6番目の「安全な水とトイレを世界中に」や17番目の「パートナーシップで目標を達成しよう」にかかわります。そのトイレでつながった絆で開かれることになった今回のシンポには、SDGsの先進自治体として横浜市や富山市のほか、福岡県北九州市も参加してそれぞれの取り組みの実例を語ります。
「(製紙業が盛んな富士市のような)工業都市がSDGsに取り組むには産業界の理解や協力を得ながら進めなければいけない点で難しい面もある」と石川さんは言います。北九州市は、富士市と同じ工業都市でかつては深刻な公害問題に悩んだ歴史を抱えながら、全国有数のSDGs先進都市になりました。これからSDGsを発展させていこうとする富士市にとって、これらの先進都市とつながることは大いに力になりそうです。それも、「コレクティブ・インパクト」の力かもしれません。