“フェアトレードの洋服”と聞くと、みなさんはどんなものを思い浮かべるでしょうか。おそらく、オーガニックコットンのワンピースやTシャツといった、カジュアルなものを連想する方が多いでしょう。
発展途上国でつくられた製品を適正な価格で継続的に取り引きすることで、生産者の生活を向上させるしくみ、フェアトレード。日本でもフェアトレードの商品を扱うブランドが少しずつ増えてきていることもあり、その知名度は年々上がってきています。
そんな中、今年の6月、ビジネスウェアのカスタムオーダーサービスを手がける『FABRIC TOKYO(ファブリック トウキョウ)』が、フェアトレードのコットンシャツをリリースし、大きな話題を呼んでいます。
フェアトレードコットンを使用したオーダーシャツの販売は、日本初。ビジネス向けのスーツやシャツの中でもめずらしい取り組みですが、「フェアトレードを売りにしようとはしていません」とFABRIC TOKYO代表の森 雄一郎さんは言います。
フェアトレードは、あくまで数ある選択肢のひとつ──。そう語る代表の森さんとフェアトレードシャツ開発担当の峯村昇吾さんに、お話を伺いました。
「フェアトレード=コーヒー豆」というイメージがあった
(右・FABRIC TOKYO代表の森雄一郎さんと、左・峯村昇吾さん)
訪れたのは、FABRIC TOKYO 渋谷MODI店。渋谷MODIをエスカレーターで3階まで上がると、清潔感のある白い空間の中に、青やグレーの生地のグラデーションがありました。
壁一面に並べられた生地サンプル、通称「FABRIC WALL」は、モダンなデザインの壁紙のように整っていて、その種類の多さにも目を奪われます。マネキンが着ているスーツも、細身で体のラインを美しく見せるもの、ゆったりとカジュアルな印象を与えるものなど、さまざまです。
オーダーメイドビジネスウェアのファッションブランドとして、4年前に立ち上げたFABRIC TOKYO。ここでしか買えない価値ある商品や、ほかでは知ることができない衣料業界の情報発信をやりたい、という思いを持った仲間が集まりました。
FABRIC TOKYOのビジネスウェアのオーダーでは、都内に8店舗あるお店のいずれかで、専門スタッフが丁寧に採寸をしてくれます。あとはその情報を元に、オンラインストア上で生地の色、機能、素材、サイズなどを目的に合わせて数百種類の中から選び、自分だけのスーツやシャツをつくることができます。
(フェアトレードのシャツは、2018年10月現在、無地のみを展開。それぞれに肌ざわりと色が微妙に異なる3種類のフェアトレードオーガニックコットンが用意され、好みの生地から1枚のシャツをつくることができる)
今回のフェアトレードシャツ発売のきっかけとなったのは、2015年に繊維業界から転職してきた峯村さんの入社だと言います。
「最初はフェアトレードと聞いても、あまりピンときていませんでした。“フェアトレード=コーヒー豆“のイメージがあり、フェアトレードのシャツというのが想像できなかったのです。けれど会社に当時からあった“サステナブル(持続可能)”というテーマとも重なったし、峯村の絶対にやりたいという情熱も伝わった。そもそもフェアトレードの理念はとても素晴らしいことだし、それを着るという選択もかっこいいなと思ったんです。
入社した峯村は、特定非営利活動法人フェアトレード・ラベル・ジャパンの人を呼んで社内勉強会を行うなど、まずは社内の理解度を上げるための取り組みをやってくれました」(森さん)
「前職で上海に駐在していたとき、児童労働や、バングラデシュの縫製工場が崩壊して何人も亡くなる現実を目の当たりにして、『このままじゃまずい』と思っていました。ものづくりも流通も不透明なので、アパレル業界の負の部分はあたりまえに解決されていくべき問題だと思ったんです。糸の開発から始まるので時間はかかりましたが、3年の時を経て、やっとフェアトレードのシャツの販売を実現できました」(峯村さん)
一時的な寄付ではなく、継続的に支援できるしくみをつくりたい
(コットン農家の方々の現実と本質的なあるべき姿のギャップに、この業界の大きな問題を痛感したという峯村さん。その情熱が森さんの心を動かした)
「一時的な寄付ではなく、継続して支援できるしくみをつくることが重要」と熱く語る峯村さん。フェアトレードコットンシャツの販売にあたっては、インドのオーガーニック認証とフェアトレード認証の両方の基準をクリアしたコットンを採用し、現地で特注の糸にして輸入。シャツ産地である兵庫県西脇市の工場にて通常の織りの10倍以上の時間がかかるヴィンテージの織機で丁寧に織りなすことによって、空気を含んだ独特のやわからい生地に仕上げた後、新潟で縫製し一着のシャツを完成させます。それぞれの工程は写真や映像におさめられ、徐々にWEB上にて配信していく予定です。
「コットンにしても、売り上げの1%はフェアトレード・ラベル・ジャパンの規程に則って、コットン農家に還元されています。実は、インドではコットン農家の方が30分に1人自殺しているというデータがあります。そんな状況を改善するには、一時的な寄付という解決方法ではなく、継続して支援できる仕組みから変えることが重要だと思いました。ファッション業界において、もっとも川下にあたるブランドがもっとも川上の原料屋から糸の在庫を買うことは通常ありえないのですが、中間流通を省き余計なコストを抑えることで適正な価格として販売が可能となり、彼らに還元できる売り上げを作り出せるのです」(峯村さん)
インターネットビジネスだからこそ、農家や工場との直接取引で流通にかかる費用が削減できます。また、製造工程を配信することで消費者に製品の価値を知ってもらい、適正価格で購入してもらうこともできます。そうして生産者にお金が入る仕組みを整えることで、安い衣料品に押されつつある発展途上国の農家だけでなく、日本の技術者や職人にも、還元することができるのです。
6月のリリースから数ヶ月経って、フェアトレードシャツは順調に売れ続けています。「通常の新商品は、発売直後にドンと売れてゆっくりと減っていくのですが、フェアトレード商品は淡々と売れるんです。それは、僕たちがやりたかったサステナブルで普遍的なスタンダードにしていきたいという狙いにリンクしています」と森さんは語ります。
「フェアトレードを知っている人はまだ日本では少ないし、自分に関係があると思っている人はもっと少ない。その人たちにフェアトレードを知ってもらいたいわけではなく、まず僕たちが考える『本当のかっこよさとは何か』を伝えたかったんです。その上で、社会にもいいものなのだと伝えられたらよりいいなと。
僕たちはただ、選択肢のひとつとしてフェアトレードシャツをつくっています。一部のフェアトレードが好きな人だけが購入するのではなく、オーダーメイドシャツを購入するときに、普通の生地とフェアトレードの生地が並んでいるなら『フェアトレードがいいかな』と考える人が少しずつ増えていけばいいですよね。そうやって思いを持って選べば、着るときにちょっと気持ちが引き締まったり、大事にしようと思うでしょう。それが日常を豊かにし、自分の生活の価値を高めていくと思うんです」(森さん)
自分の生活を自分で選択できることが、いまの時代の豊かさ
(FABRIC TOKYO 渋谷MODI店にて。「FABRIC WALL」と呼ばれる、壁一面に飾られた生地サンプルは約60種類にもおよぶ)
FABRIC TOKYOには、「テクノロジー」「トレーサビリティ」「サスティナビリティ」という3つの軸があります。この軸を基に、FABRIC TOKYOでは「誰が」「どんな想いで」「どのように」商品をつくっているのか、をオープンにしようと働きかけています。
「フェアトレードを企業のブランディングやPRのために取り扱っている会社はたくさんあります。でも、一番大事なのはお客様です。企業のブランディングのため、社会のためだけでなく、ものづくりのよさを伝えることでお客様が納得して購入し、日常が豊かになっていく。そうやって経済に転換されていく……という流れをつくることが大事だと思っています。
その循環ができている会社はまだ日本では少ないのですが、アメリカではものづくりやクリエイティブが生み出す価値がビジネスに転換されているし、イタリアやイギリスのアパレルでも、
優れた服の生地そのものをブランド化することにすでに成功しています。僕たちも日本で、各工場さんと一緒に共同開発をし、それを配信して伝えていくことで、全方位に満足していただける道を模索していきたいです」(森さん)
近年、日本の工場は各分野で数が激減しています。アパレル業界でも安いファストファッションが広く流通し、多くの農家や工場が危機に瀕しています。それらの技術の価値を見出し、クオリティの高い製品をつくっているFABRIC TOKYO。「メイド・イン・ジャパン」であることは、発展途上国とのフェアトレードだけでなく、国内の工場にも還元しているのです。
しかしあくまで大事なのは“ユーザーファースト”。スーツ・シャツに続き、いずれはメイド・イン・トウキョウのフェアトレードポロシャツをつくってみるのもいいかも、と森さんたちは顔を綻ばせます。顧客一人ひとりの価値観、ライフスタイルにフィットする洋服を自分で選び、つくれるサービスがFABRIC TOKYOの目指すスタイルです。
自分で自分の生活を選択できることが、いまの時代の豊かさ。それが結果的に社会のためになるということが、サステナブルな循環を生むのでしょう。
<編集>サムライト <WRITER>河野桃子