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先祖からの愛のバトン「継承語」 カナダで寺子屋を始めて気がついたこと

更新日 2022.07.11
目標4:質の高い教育をみんなに
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コラム】 from Canada

エシカルのその先へ

国産ニット帽子ブランド「ami-tsumuli (アミツムリ)」デザイナーの寺本恭子です。28歳の時に、祖父から老舗の帽子メーカーを引き継ぎました。2004年にはブランドを立ち上げ、ファッション小物の国際展示会であるパリのプルミエールクラスでデビュー。エレガントで高品質なニット帽子と国内外で評価されましたが、その後、アパレル素材の背景に隠れたストーリーを知り、「良いモノづくり」の定義を見直しました。「真のラグジュアリーとは何か?」をカナダに移住した今も追究中です。

何のために日本語を学ぶのか

「継承語」という言葉をご存じですか?

海外で生まれ育った日系人にとって、日本語は「母国語」ではありません。「第一言語」も日本語ではなく、現地の言語となる場合が、ほとんどです。でも、日本人の血が流れている彼らにとって、日本語は単なる「外国語」ではありません。彼らにとって日本語は、代々受け継がれる言葉、「継承語」となるのです。

私は、不定期ですが、モントリオールで日系の子供たちに、継承語としての日本語を教えています。今まで教えた生徒は、お母さんが日本人というケースが多く、お母さんとは日本語だけど、お父さんとの会話も、幼稚園や学校での会話も、英語やフランス語という環境が一般的です。そんな彼らは、日本語ができなくても、十分に生きていくことができるし、仕事にも困らないことでしょう。

ところで、日本語を勉強する人たちは、何のために日本語を学ぶのでしょうか。

  1. 周りとのコミュニケーションを円滑にするため
  2. 入学試験などに合格するため
  3. 日本で仕事をするため
  4. 日本文化を学ぶため

偏差値で数値化される国語の勉強などは、「2」のためでしょうか。日本に出稼ぎに来る人たちが勉強するのは、「1」や「3」が主な理由でしょう。日本文化が大好きで、日本文化を理解しようと日本語を学んでいる方は、「1」や「4」が中心でしょうか。

では、「継承語」の場合はどうでしょうか?継承語の目的を「1」や「4」だと考えている親御さんは、とても多いです。私も、その通りだと思います。しかし、その場合、アニメや和食など日本文化が好きな外国人が学ぶ「外国語」としての日本語と何が違うのでしょうか?「継承語」には、「外国語」とは違う「何か」があるはずです。

私は、この「何か」について、ずっと考え続けています。この「何か」を「日本人としてのアイデンティティーの確立」と答える人は、とても多いです。ところが、「日本人としてのアイデンティティーって、具体的に何ですか?」と聞くと、答えはまちまちで、いつもあいまいです。

私自身は、その「何か」は、「ご先祖様から受け継がれてきた愛のバトンを受け取るため」だと思っています。私の仕事は、その子供が、親からその愛のバトンをうまく受け取れるようにサポートすることだと考えていて、保護者の方にもその様に伝えています。

絵本の読み聞かせを通して伝わるもの

4年前、日系人の幼児を対象に、絵本の読み聞かせボランティア活動を始めました。五味太郎さんの「かくしたのだあれ」、わかやまけんさんの「しろくまちゃんのほっとけーき」、馬場のぼるさんの「11匹のねこ」……息子がお気に入りだった絵本を読む時、当時の息子の笑顔が、子供たちの表情と重なります。

かこさとしさんの「だるまちゃんとてんぐちゃん」、せなけいこさんの「ねないこだれだ」、松谷みよ子さんの昔話などなど、ロングセラーの絵本を読む時、自分自身が子供時代にタイムスリップし、あの頃の母のぬくもりがよみがえります。絵本を通して伝わるものは、決して物語の内容だけでないと、ボランティア活動を通して確信しています。

保護者の方々の後押しもあり、この度自宅で、日本語の寺子屋を始めました。置き畳でしつらえた和室で、読み聞かせだけでなく、手遊びをしたり、カルタをしたり、伝統的な日本文化を伝えています。「お先に」「いただきます」などのあいさつも教えます。

継承語にテキストはありません。毎回、何をしようかと考えるのですが、準備をする中で、「知らなかった!」「こんなこと、学校で習わなかった!」と思うことがたくさんあります。

見えてくる自然との一体感

例えば、節分、お彼岸などは、二十四節気によるものです。茶摘みの「八十八夜」を立春から数えていることからも、立春が一年の基準になっていたことがわかり、だからこそ前日の節分には、日本人にとって大切な大豆で豆まきをすることにつながります。 ご先祖様たちが、いつどの様な行事を行ってきたかを調べると、日本人の生活が、本来どんなに自然を敬い、四季の移り変わりと一体化しているものなのかが、見えてきます。

日本で買った色鉛筆には、カナダでは手に入らない「山吹色」「藤色」「藍色」などがあります。子供たちに教えるため、それぞれの花の写真や藍染めの布を用意していると、色の名前にしてしまうほど植物が身近だった様子、「藤色」「すみれ色」「紫」を使い分ける繊細な感性が伝わってきます。藍の花がピンクなのに、染色した濃紺を藍色と名付けたことから、様々な効能をもつ藍染めが身近だったことや、ご先祖様の生活の知恵までうかがえます。

他にも、「いただきます」とは、誰に対して言っているのかと考えるだけでも、この言葉を作り、つないできた先人からのメッセージが伝わってきませんか?

生活の中で継承されてきた日本の文化に思いをはせると、自分は、突然現れたのでなく、しっかりと長いルーツがあること、そのルーツを通して、ご先祖様は今も私たちに愛を伝えようとしていることを感じます。それを伝えるための有効な手段となるのが、継承語であると思うのです。

「継承語」なんて、自分とは無関係と思う方も多いかもしれません。

でも実は、私たちが使っている日本語の中に、すでに「継承語」の要素はちりばめられているはずです。試験勉強や仕事の効率を求める中では直接役に立たないと軽視されがちな継承語こそ、日本人としての本来の生き方を指南してくれ、安心感や幸福感を与えてくれる愛のメッセージなのです。

継承語としての日本語を学んだ子供たちは、ご先祖さまからの愛のバトンを受け取り、自分のルーツに誇りをもつことで、さらには他の人のルーツもリスペクトできるようになっていくのではないかと、温かく見守っています。

【コラム一覧】
①ママ友の言葉で始まった「良い素材」を知るための「旅」 自分の目で見て考え続けた10年
②「ハッピーホリデーズ」が教えてくれた多様性 勘違いだった「日本人VSカナダ人」のバトル
③薄紙で「クシュクシュ」と布で「お弁当包み」 日本を離れて感じた「包む文化」の魅力と戸惑い
④「私、ベジタリアンなんです」と言ったら、どう思いますか?お肉を食べなくなった6年で考えたこと
⑤ウクライナ人とロシア人の友だちがいる私 戦争のない未来「イメージ」する力

writer:寺本 恭子

国産ニット帽子ブランド「アミツムリ」デザイナー

東京生まれ。慶應義塾大学商学部卒業後、新卒で入社した銀行を2年で退職し、大好きだった洋裁を学ぶために、東京田中千代服飾専門学校デザイン専攻科へ。卒業後は、オートクチュール・ウエディングドレスデザイナー・松居エリ氏に師事。28歳のとき父が急逝したため、母方の祖父が経営する老舗ニット帽子メーカー吉川帽子株式会社を受け継ぐ。2004年にニット帽子ブランド「ami-tsumuli(アミツムリ)」を立ち上げ、同年にパリの展示会でデビュー。2014年からカナダ・モントリオールへ移住し、サステナブルな視点を生かしながら創作を続けている。

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