「防空壕きくらげ」持続可能な地産地消を目指して

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戦時中、疎開してきた幼い少女たちの命を守るために作られた防空壕(ぼうくうごう)が、キクラゲの栽培所として生まれ変わった。栄養価が高く、食物繊維が豊富なキクラゲ。戦争の歴史を伝える貴重な遺構を残しながら、プリプリ食感が特徴の採れたてのキクラゲを広め、地産地消で持続可能な農業を実現する取り組みだ。

防空壕出現、思いはせ鳥肌

川崎市麻生区栗木の樹木が生い茂る一角で、たまたまこの土地を購入した小山仁美さん(51)が2013年に竹林の斜面にかまぼこ形の穴があるのを見つけた。中を確認すると、人の手で掘った形跡があり、きれいな状態で空間が広がっていた。防空壕だった。

 
「生々しい感じが残っていて鳥肌が立ちました。誰かが、誰かのために一生懸命つくった様子が目に浮かぶようでした」
 
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(2015年7月の発見当時の内部の様子。小山さんは「誰かが必死で掘ったんだと思ったら、鳥肌が立った」と振り返る=小山仁美さん提供)
 
小山さんが文献などを調べた結果、終戦前年の1944年夏、近くにある常念寺に、川崎市川崎区にあった大島国民学校に通う現在の小学4、5年生にあたる少女39人が疎開していたことがわかった。残された当時の手記には空腹に耐え、空襲におびえる日々の様子がつづられていた。防空壕は付近に計3カ所あり、少女たちを守るために作られた可能性が高そうだった。

 
「埋め戻すのは簡単なこと。でも、これまで無事に残ってきたのだから、もっともっと、もつはず。水も光もない暗がりで、少女たちはどんな思いでいたのか。外で大きな音がしたらどんな気持ちだったのか。ぜひ今の子どもたちにも見てもらいたかった」

 
防空壕が見つかると、崩落などの危険があるため、埋めるのが通常だが、小山さんは入り口に安全のために柵を設け、鉄骨やコンクリートで補強し、建物として法務局に登記もした。内部は幅2.4~2.9メートル、高さ約2メートル、奥行きは約13メートルあった。

 
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(疎開の少女たちが避難していたとみられる防空壕が見つかった山林)

 
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(防空壕の入り口。安全のため鉄骨やコンクリートで補強されている)

キクラゲ栽培に好環境、設備整え有効活用

小山さんは当時、米粉ドーナツを製造する事業を手がけており、農協の直売所で販売していた。ある日、シイタケ栽培農家の男性と納品時に出会い、雑談の中で防空壕の話になった。「シイタケを栽培してみたら?」。男性から菌床を10株譲り受けて栽培したところ、温度や湿度が安定している防空壕は適していたのか順調に生育し、収穫ができた。しかし、シイタケは手間がかかるうえ、原木は重く重労働。環境をいかしてキクラゲも栽培できることがわかり、2017年1月からキクラゲ栽培に専念した。

 
キクラゲに適した環境は、温度が17~25度で、夏場でもひんやり涼しい防空壕の内部とほぼ同じ。湿度は90%だが、加湿器を動かし続け、さらに1日6回、自動で水やりをしている。キクラゲは酸素を吸収するため、空気の循環にも気を配り、常に二酸化炭素の測定器のデータにも目を光らせる。冬場の温度低下を防ぐためにヒーターを完備しているが、酸素を好むキクラゲの生育を妨げないように、重油などを燃料にしたボイラーではなく、電熱線を使った発熱ヒーターを採用している。

 
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(適度な温度、湿度を維持するため、1日に2~3回は点検している)

 
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(防空壕の奥は広くなっており、上部は崩落防止の措置を施している)

 
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(菌床を湿らせるため、ホースから1日6回、自動で水やりが行われる)

 
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(湿度90%に保たれ、つややかに光るキクラゲ)

 
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(常にミストが吹き出し、内部は適した湿度に保たれている)

 
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(冬には電熱線が入ったヒーターで温度が低くなりすぎないように調節している)

無農薬栽培、丹精込め月200キロ出荷

栽培期間は菌床から芽が出るまでに約2週間、さらに約1週間かけて出荷サイズに育てる。現在では月200キロの収穫があり、約700個の菌床を少しずつ時期をずらして栽培し、2日に1回のペースで食べごろサイズをパック詰め。キクラゲをJAセレサ川崎のファーマーズマーケット「セレサモス」2店舗などで販売している。乾燥ではない生の状態は珍しく、ゆでれば冷凍保存もできることから人気が高く、買い求めた人々からの反響が励みになっている。

 
「農業は全くの素人。ゼロからの出発で、勉強を積み重ねてこれまでやってきた。出荷できるような立派な野菜を栽培するのは技術的に難しい。キクラゲは温度や湿度の環境を整え、条件がそろえば育ってくれた。防空壕の有効活用で、何より無農薬で栽培できるのがいい」と小山さん。防空壕内に万が一、ハエが入っても殺虫剤は使わない。菌床が並ぶ横には昔ながらのハエ取り紙があった。

 
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(「『おいしかった』のひと言が何よりの励み」と話す小山さん)

 
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(パック詰めされたキクラゲ。店頭ではレシピを紹介したチラシを配布している)

栽培システム開発、全国各地で栽培可能に

小山さんはキクラゲ栽培をより安定的にできるようにすることが必要と考えて栽培システム「カルバートBOX」を完成させ、ヒーター線を開発しているグループ会社「熱源」で特許を取得した。システムは厚いコンクリートの型を組み合わせて気密性を高めたもので、内部には同社の発熱ヒーターケーブル線を配備。温度や湿度を自動的にコントロールできる仕組みになっている。さらに外壁には特殊な塗装を施し、強い日差しが当たる夏場でも高温になるのを防ぐ。降雪がある寒冷地でも生育環境を維持できるといい、屋根部分に太陽光パネルを設置して電力を供給することもできる。このシステムを使えば、モヤシやウドなど生育条件が厳しいほかの作物も栽培可能という。敷地内に新たに設置したカルバートBOX栽培システムでは、本格的に稼働すれば、月400㎏の収穫が見込め、いかに販売先を確保するかを検討している。

 
小山さんの夢は、普通に生の国産キクラゲが食卓に並ぶことだ。「全国各地でキクラゲ栽培の輪が広がれば、乾燥や輸送の手間が省け、新鮮なものを地産地消することができる。雇用の創出にもつながる」と期待している。

 
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(新開発の栽培システム。温度や湿度を自動管理できる)
 
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(気密性を高めるため、コンクリートの厚さは20センチを超える)
 
「防空壕きくらげ」。食べ物にはあまりなじみのない名前だが、小山さんはなぜこの商品名にしたのか?「家庭で防空壕のことを話題にして、今、普通に生活できていることの意味を考えるきっかけになればいいと思いました。防空壕の存在は忘れてはいけない気がします」

 
■生キクラゲ■
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(菌床に切れ目を入れて栽培スタート)
 
 sdgs_boukubokikurage16(約2週間で出芽)
 
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(赤ちゃんキクラゲが続々誕生)
 
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(収穫を待つキクラゲ。身が厚くプリプリだ)

 
漢字では「木耳」。クラゲではないが、コリコリした食感からキクラゲと呼ぶようになったという。ビタミンDやカルシウム、鉄分が豊富なほか、食物繊維が多く含まれており、生活習慣病の予防に効果的。新鮮なものは胞子が表面などに付着している。下処理は石づきを取り除き、30秒から1分程度ゆでるだけ。下ゆですれば刺し身でも食べられ、炒め物やスープ、天ぷら、つくだ煮などあらゆる料理に使える。また、あら熱を取って約1カ月の冷凍保存も可能。

 
■販売店■
防空壕きくらげを販売しているのは、JAセレサ川崎ファーマーズマーケット「セレサモス」の麻生店(044-989-5311)、宮前店(044-853-5011)。

 
■問い合わせ■
防空壕きくらげ生産所(070-4202-8918)

 
 
<WRITER・写真>小幡淳一

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