自然の恵みをいかした日本酒造りを未来へ ――。
秋田市の「新政(あらまさ)酒造」の佐藤祐輔さんと、千葉県の「寺田本家」の寺田優さんは、江戸時代から続く伝統的な製法にこだわり、酒米の無農薬栽培や地域共生などに取り組んでいます。SDGs(持続可能な開発目標)の理念に結びつくことから、24回目の未来メディアカフェでは、若手蔵元当主の2人をゲストに迎えて、思いを聞きました。
2019年11月17日、東京都千代田区のヤフー株式会社「LODGE(ロッジ)」で開かれました。この日集まったのは約150人。朝日新聞社マーケティング部運営のウェブサイト「2030 SDGsで変える」が主催、日本酒の魅力を伝えるメディア「わん酒」が共催、ヤフーが協力しました。
■日本酒とは? 歴史や製造工程などを「わん酒」や「日本酒造組合中央会」のホームページで詳しく紹介しています。
秋田県産素材にこだわり 新政酒造8代目当主 佐藤祐輔さん
酒の主な材料は水と米と麴(こうじ)です。2012年に当主になってから、県外のブランド米はやめて、秋田県産だけを使うようにしました。地域性を尊び、できるだけ昔のように、すべての素材を地元でまかなえる酒造りに戻してみようと考えたからです。アルコール発酵を促す酒母造りは江戸時代に考案された、天然の乳酸菌を活用する生酛(きもと)造り〈注釈〉をしています。酵母は約90年前に曽祖父が蔵で発見し、現在日本で使われている中で最も古い「6号酵母」だけを使っています。できあがった酒は「NO.6」(ナンバーシックス)などの銘柄で販売しています。
(仕込みには約2000~2500リットルの容量がある木桶を使う=新政酒造提供)
仕込む際のタンクはホーローやステンレス製よりも、昔ながらの木桶(きおけ)を主に使用しています。木桶には様々な微生物がすみ付くので、個性的な酒が醸し出されます。米は木製のせいろなどを使って蒸しています。断熱性に優れているからです。蒸した米に麴菌を繁殖させるときは麴蓋(こうじぶた)という木製の盆のような道具を使います。温度や湿度の管理が大切で、米粒の条件が一緒になるように、積み重ねた麴蓋の場所を細かく移動させることができます。伝統的な製法は手間がすごくかかりますが、仕込み量を減らしたり、やるべき作業を取捨選択したりすれば、まろやかさや絶妙な味わいが得られます。最近は自社田で無農薬栽培の米作りにも挑戦しています。景観保護や山間農村の活性化に貢献していければと思っています。
佐藤祐輔(さとう・ゆうすけ)さんのプロフィール
秋田市生まれ。東京大学文学部卒業。編集プロダクションを経て、フリーのジャーナリスト。2004年に日本酒に目覚め、07年に新政酒造入社。12年に代表取締役社長に。
〈注釈〉…発酵に必要な酒母を造る際、蔵に自生する乳酸菌を取り込む方法。江戸時代に確立されたとされる。微生物の力だけを利用するので、雑菌の繁殖を抑えるために低温でじっくりと時間をかける必要がある。
千葉の利根川流域で「自然酒」 寺田本家24代目当主 寺田優さん
創業は江戸初期の延宝年間、1670年代です。蔵は千葉県指定の天然記念物「神崎森(こうざきもり)」が近くにある利根川流域で、仕込みに使う井戸水が豊富。酒造りに適した環境です。私が「自然酒」と呼んで、こだわるのは無農薬栽培の米を使って、酵母無添加で発酵させた生酛造りの酒です。一番大事にしているのは微生物。アルコールは微生物がつくってくれるから。微生物がいかに元気に発酵してくれるかで、酒の出来が変わってきます。
「自然酒」を始めたきっかけは、1985年に先代当主が病気をしたことです。そこから、「おれはおれは」から「おかげおかげ」に意識を変え、余計なものを加えず、微生物に任せた酒を造ろうと方向転換しました。蔵の中には、いっぱい微生物がいるので、それを使えばいいと考えました。微生物が主役なので温度などの環境作りに気を使ってあげると、ちゃんと(蔵付きの)酵母がわき出します。昔から言われる「酒は百薬の長」というのは、微生物が交わり合い、しっかりと発酵することでお酒のエネルギーが高まり、のんだときに体が元気になるからだと思います。発酵の世界は多様な菌が支え合い、生かし合っています。それはSDGsの目標達成にも通じるものだと思います。酒と一緒に発酵の魅力もみなさんにお届けしていきたいです。
(蒸した米を広げ、適温に冷やす作業=わん酒提供)
寺田優(てらだ・まさる)さんのプロフィール
大阪府堺市生まれ。横浜国立大学経済学部卒業。自然映像の製作プロダクションでのカメラマンを経て2003年に寺田本家の蔵人に。04年に寺田家に婿入りし、先代当主の急逝に伴い12年に24代目代表取締役(当主)に就任。
「SDGsとお酒」をテーマに語り合った
伝統産業としての酒造り、発酵文化に対する思いは?
(民謡を唄いながら仕込む寺田本家の蔵人たち=わん酒提供)
寺田さん(以下敬称略) 「仕込みは民謡を唄いながらやっています。ちゃんと発酵してくれよという願いを込めています。みんなで唄いながら作業していると、楽しいし、蔵の空気が変わっていく。2005年ごろに始めてから『味が良くなった』と言われました。菌がうまい酒を振る舞ってくれる。微生物をこれほど多く使った酒は世界中どこにもなく、日本酒はすごいと思う」
佐藤さん(以下敬称略) 「生酛造りは完全に日本独自の手法。いくつもの微生物が増えたり減ったりしながら、最後に酒造りに適した優良酵母だけになる、魔法のような技術です。蔵にすむ菌のほか、素手で作業する蔵人たちが持つ常在菌によって味が微妙に違ってくるのも面白い。工程にも文化的な価値があると思います」
コストがかかる伝統製法を続けられますか?
佐藤 「大量生産はいらない、しなくていい時代。だから機械に任せたくない。伝統製法やアナログの方が自由で、自分でちゃんと見ることができます。酒造りはワイワイと楽しくやった方がいい。人件費は単なるコストではない。面白いことをやるための未来への投資です」
寺田 「機械に負けないように感性を研ぎ澄まし、自然や気温を理解することが大切です。お酒の原価のほとんどは米代と人件費。お得意様を一軒一軒回るような売り方をやめました。欲しい人に売ればよいので余計な経費はかかりません」
自社田で無農薬栽培、地域社会とのつながりは?
(酒米の無農薬栽培で収穫作業をする前醸造長=新政酒造提供)
佐藤 「2016年から農業経験ゼロの前醸造長を秋田市郊外の鵜養(うやしない)地区に送り込み、無農薬の米作りを始めました。そこは川の上流に位置し、自然が豊か。平均年齢は75歳ぐらいで、クマがよく出没するところです。雪のシーズンは地域の雪かきも手伝います。近隣の農家と一緒に汗を流して米を育てます。無農薬だと酒の味もよくなる。地元の人とどれだけ密接なコミュニケーションがとれるかが一番大事です」
寺田 「無農薬の米の方が発酵しやすくなると思っています。契約農家だけでなく、自分たちも実践していきたい。自分でつくるとコストが絶対かかりますが、お金に代えがたいものがあります。神崎町は『発酵の里』として古くから知られており、町内の蔵元同士で協力して毎春、酒蔵まつりを開いています。今では5万人ほどの規模となり、シャッターを下ろしていた店が開くなど、にぎわうようになりました」
(多くの人でにぎわう酒蔵まつり=寺田本家提供)
(モデレーターを務めた「わん酒」プロデューサーの細野透子さん)
試飲会、発酵食品のおつまみも
試飲会では、新政酒造「農民藝術概論」「NO.6 X-type」、寺田本家「純米90香取」「醍醐のしずく」(写真の左から)が用意されました。参加者からは「すごくフレッシュな味」「程よい香りで飲みやすい」などの声が上がっていました。
(おつまみは上から、「ごぼうとおからの酒粕(かす)リエット」「菊芋の粕漬」「酒粕クラッカー」)
■購入希望者はこちらから。寺田本家。新政酒造は直接販売をしていませんが、特約酒販店を紹介しています。問い合わせは同酒造(018-823-6407)へ。
(プレゼンやクロストークの内容を、イノベーションチームdot(ドット)のメンバーがグラフィック・レコーディングでまとめた)
<WRITER・写真>伊庭修一