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「あの本読んだ?」ロービジョンの子にも、友だちとの会話を楽しんでほしい

更新日 2022.02.03
目標4:質の高い教育をみんなに
目標16:平和と公正をすべての人に

視機能が弱く、矯正はできないけれども全盲ではない視覚障害を、ロービジョンといいます。今回はそんなロービジョンの子どもたちに、読書の機会を増やしたいと2009年9月にスタートした「大きな活字の児童書」について紹介します。

ロービジョンを取り巻く学習環境

「うわぁ!見やすい」
 
書見台に開かれた本を見て、声をあげたのは愛知県名古屋市の瑞穂小学校に通う西尾彩花ちゃん(4年生)。通常の本よりも大きな活字で印刷された本を見るなり、弾んだ声で朗読を始めました。
 
彩花ちゃんが読んでいるのは、「青い鳥文庫」に収録されている、宮部みゆきさんのベストセラー「ステップファザー・ステップ」。大きな文字と読みやすいレイアウトで再編集された特別版です。
 
彩花ちゃんの視力は、左目が0.2、右目が0.03。FEVR(家族性滲出性硝子体網膜症)という網膜の病気で、通常の書籍は拡大鏡がなければ非常に読みにくい状態です。
 
彩花ちゃんのように、視力が低下したり物が重なって見えたりすると見え方に支障が出る状態を、ロービジョンといいます。彩花ちゃんは現在、特別支援学級に籍を置きながらも通常の学級の両方で学んでいます。
 
2年生までは教科書の文字も大きかったので、クラスメイトと同じ教科書を使っていましたが、3年生からは拡大教科書を使っています。それでも、教科書に目を近づけなくては文字が読めないので、姿勢を保つための書見(しょけん)台(だい)(しょけんだい)が必須です。
 
遠くの文字や絵を見るときは、単眼鏡や、板書を拡大するモニターを使用します。最近では、iPadで板書を撮影し、手元で写真を拡大する方法も併用しています。
 
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いろんな道具や器具に慣れることが将来につながる

「将来的に、どの補助具類を使うのかは、就く職業や生活環境によって変わります。ですから、若いうちにさまざまな補助具類に慣れておくことが大切なんです。いろんな補助具類が使いこなせれば、それだけ生活の幅も職業選択の可能性も広がります」
 
そう話すのは、愛知教育大学特別支援教育講座の講師、相羽大輔先生。自身もロービジョンで、学校と連携しながら弱視の子どもに対する教育支援のアドバイスをしています。
 
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ロービジョンの児童への教育支援計画は徐々に整備が進んでいるものの、いまだ不便も多いのが現状です。特別支援教育が開始されてから10年以上が過ぎ、ロービジョン児童生徒への支援も全国的に進んだ部分があります。例えば、愛知県でいえば、平成27年度から弱視学級はロービジョン児ひとりでも作れるようになり、平成27年が19学級(小学校16学級・中学校3学級)、平成28年は23学級(小学校20学級・中学校3学級)、平成29年度は31学級(小学校26学級・中学校5学級)、平成30年度は34学級(小学校29学級・中学校5学級)、令和元年度は、35学級(小学校29学級・中学校6学級)と増加しました。これはロービジョン児が地域で学べる体制が整ってきているという意味でよいことです。
 
しかし、中身は問題がまだあります。多くの場合、弱視学級の担任の先生は視覚障害の専門知識を持っていません。ほとんど視覚障害について知らなかった先生が1年かけてようやく慣れてきたころで、任期終了、あるいは、人事異動により担当が変わってしまうため、ロービジョン児の学ぶ権利が十分保障できていない状況が実際にはあります。新年度になると毎年のように、児童生徒や保護者からの問合せがあります。
 
毎年4月になると、相羽先生のもとには、
 
「罫の太いノートはどこで手に入りますか?」
「ロービジョンでも使えるメモリの大きな定規や分度器はありませんか?」
「見やすい地図や漢字辞典はありませんか?」
 
といった、親からの問い合わせが増えるのだとか。文房具ひとつとっても、ロービジョンの子どもが使いやすいデザインのものは選択肢が少ないのです。

ロービジョンの子どもが読める書籍はひと握り

書籍も同様です。
 
授業に使用する拡大教科書は行き渡っているものの、一般に販売されている書籍の中でロービジョンの人が読みやすい「大きな文字の本」に該当する本の数は限られています。あったとしても、大人向けの書籍が多く、これまで彩花ちゃんの興味を引くような書籍はほとんどありませんでした。
 
小学校に入学する前は、絵本を読むのが好きだった彩花ちゃんですが、気づけば教科書以外の文章に触れる機会は減り、徐々に読書への関心が薄れていったそうです。
 
そんな彩花ちゃんに、今回、相羽先生が紹介したのは、大きな文字の書籍。22ポイントのゴシック体で印刷されています。その文字のサイズの違いは、通常本と並べてみると一目瞭然。
 
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「すごく読みやすし、挿絵もわかりやすい!」と、彩花ちゃん。どんどんページをめくり、音読を続けます。
 
そんな彩花ちゃんの様子を、教室の後ろから嬉しそうに見守っていた人がいます。
 
読書工房の成松一郎さん。この成松さんこそ、「大きな文字の青い鳥文庫」が誕生するきっかけをつくった人の一人なのです。

どんな人でも自分にあったやり方で読書できるように

成松さんが視覚障害を持つ人たちと、深く関わるようになったのは、大学生時代の盲学校でのボランティア活動がきっかけでした。
 
盲学校の生徒からリクエストがあった書籍を、声に出してカセットテープに吹き込んで手渡す活動を通して、「視覚障害を持つ人たちの読書の機会を増やすサポートをしたい」と考えるようになります。
 
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とくに、在籍していた学習院大学の受験を希望した盲学校の生徒を点字で受験できるようにするために、署名活動を行った経験は忘れられません。今でこそ多くの大学で、点字での受験が可能になっていますが、成松さんが署名活動をしたのは1982年のこと。最終的に当時の大学側の判断で、点字による受験が認められなかったときの悔しさや申し訳なさは、今でもときどき思い出すそうです。
 
「すべての人たちが、自分にあったやり方で学習できる世の中になってほしい」
「ボランティア活動だけに頼るのではなく、出版活動を通して、『読める』読者を広げることはできないだろうか」
 
そう考えた成松さんは、大学卒業後、いくつかの出版社でおもに書籍編集の仕事に携わった後、2004 年、ロービジョンをはじめとする、読書や情報入手に困難のある人を支援するための本を手がける読書工房を立ち上げました。

視覚障害者向け書籍、その一長一短

ひとくちに、視覚障害者のための書籍といっても、いろんなタイプの書籍があります。
 
ひとつは点字本。次に、音読されたカセットやCD本。そして大きな文字の本。さらに、最近増えているのが、電子書籍です。
 
成松さんによると、これらの読書手段には、それぞれ一長一短あるそうです。
 
「たとえば、点字はポピュラーな手段だと思われているかもしれませんが、実は30万人いるといわれる視覚障害者のうち、点字を読める人は1割程度しかいません。とくに、中途で視力を失った人にとって、点字の習得は難易度が高いものです。また、音声本は目にかかる負担はないものの、制作に手間がかかるのがネックです。私自身も音声吹き込みのボランティアを経験したことがありますが、固有名詞の読み方を調べたり、基本的には1冊を一人が担当したりする方式が主流なので、時間がかかってしまい、読者が読みたいと思ったときに提供されない場合があります。」
 
もちろん、一般的な書籍を拡大鏡で拡大して読む方法もあります。
 
しかし、拡大鏡の倍率があがればあがるほど文字に歪みが出るので、長時間の読書は目に負担をかけます。また、ビデオカメラで映した書物をモニター上で読む拡大読書機もありますが、機材を置く場所が必要なことや、紙をずらしながら読まなくてはいけない面倒、そして目が疲れやすいというデメリットがあります。
 
電子書籍をタブレットで拡大して読むことも可能ですが、液晶の画面を見続ける負担が生じます。また、視覚障害の中には「羞明(しゅうめい)」といって、光に対して目の痛みを感じる症状が出るものもあり、この場合は、電子書籍での読書には向きません。
 
このような事情から、ロービジョンの人にとって読みやすい「大きな文字の本」に、今でも大きなニーズがあるのだそうです。

大きな文字の本で有効なのは、ゴシック体

「大きな文字の本といっても、単に文字を大きくすればよいというわけではありません。視野の欠け方は人それぞれ。周辺が欠ける人もいれば、中心暗点といって真ん中が欠ける人もいます。彩花ちゃんのように低視力で強制しても視力が0.1以上にならない人もいます。症状に個人差がある中で、できるだけ多くのロービジョンにとって読みやすい大きな文字の本にするために、重要なのはフォントの選び方になります」と、相羽先生。
 
成松さんが手がける大きな文字の本には、すべてゴシック体が使われています。横線が細い明朝体は、拡大しても細い線のまま。ロービジョンの人たちにとっては、読みにくさの原因になります。とくに、画数の多い漢字は、明朝体とゴシック体では、同じサイズでも視認性に大きな違いが出るそうです。
 
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近年は、明朝体(写真右)よりもゴシック体(写真左)が見やすいことが、徐々に認知されてきました。新規に作られる大きな文字の本の多くにゴシック体が採用されています。

拡大本を作る上でのハードル

大きな文字の本の中でも、成松さんがとくに力を入れたいと考えたのが、児童書でした。前述したように、大人の本に比べ、ロービジョンの子どもたちが手に取れる拡大本はごくわずか。クラスで話題になっている本を、ロービジョンの子どもたちにも読んでもらいたい。本を読んだ感想を、友だちと分かち合ってほしい。そんな思いがありました。
 
そんな中で、大きな転機になったのが、講談社の「青い鳥文庫」シリーズの編集長だった高島恒雄さんとの出会い。2009年のことでした。

「青い鳥文庫」の大きな文字版を出版しよう!

当時、児童書のベストセラーを多数出版していた「青い鳥文庫」の高島さんは、大きな文字版の主旨に賛同し、編集部主導で次々と作家の許諾を取り付けていきました。
 
「成松さんから、いまある児童書の大きな文字版は、何十年も前に書かれた本がほとんどだと聞きました。『青い鳥文庫』には、当時、初版で10万部を超えるシリーズが何本もありましたが、そのような旬の本について、ロービジョンの子どもたちが、家族や友達と話せたらいいだろうなあと思ったのです」と、高島さん。
 
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講談社がオンデマンド出版を扱うようになったタイミングと重なったことも、追い風となりました。オンデマンド出版とは、顧客の要望に従って、一冊単位で印刷して出版する方法をさします。小ロットでの印刷が低予算でできるようになったのです。
 
2009年に、まずは全国70校の盲学校への寄贈本からスタートしたこの取り組みは、「盲学校以外でも読みたい。ぜひ販売してほしい」という声を受け、徐々に取り扱いタイトルを増やしてきました。これまでに118タイトル・220冊の青い鳥文庫の児童書が、大きな文字の本となって販売されています。

大きな文字の本への再編集は書き手にとっても嬉しいこと

著作が大きな文字の本になることは、書き手にとっても嬉しいことだったようだと、高島さんは語ります。
 
「30人を超える作家にお願いをしましたが、自分が書いた本が、ハンデのある子どもたちにも読んでもらえることに、異をとなえる著者は一人もいませんでした。むしろ、『そんな取り組みがあるんですね。ぜひ協力したいです』と言ってくれた方ばかりです。このことは、現在、許諾に後ろ向きな編集者の皆さんに、ぜひ知ってもらいたいことです。将来的には、もっといろんなレーベルの書籍が、大きな文字の本になって、ロービジョンの皆さんの手に渡ることを願っています」
 
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大きな文字の本を手にして、嬉しそうに何度も朗読して聞かせてくれた、彩花ちゃんの顔が思い起こされます。拡大本の普及を通じて、彼女のような子どもたちの笑顔がさらに増えることを願うばかりです。
 
<WRITER>佐藤友美 <写真>川田直敬

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