「富山の置き薬」を通じて、アフリカにセルフメディケーションを広めるAfriMedico

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富山県で江戸時代に発祥し、300年以上ものあいだ日本人の健康を支えてきた「置き薬」(配置薬)というしくみ。家庭に薬箱を設置し、使用した分だけの料金を回収するというこの「置き薬」のシステムが、いま、日本から遠く離れたアフリカのタンザニアで活用されているのをご存じでしょうか。

 
「置き薬」のしくみをタンザニアに導入し、医療のインフラの整っていない村々にセルフメディケーション(自分自身で健康を管理し、医療製品を使用すること)を広める活動をおこなっているのは、AfriMedico(アフリメディコ)というNPO法人。

 
AfriMedicoの代表である町井恵理さんに、活動を始めたきっかけと、アフリカの医療の現状から日本が学べることについて、お話をお聞きしました。

 

◇◇◇

 
AfriMedicoの活動は、SDGsの中で特に「すべての人に健康と福祉を(目標3)」と深く関わります。

 
2018年に発表されたSDGs達成度調査によると、タンザニアの目標3の達成度はまだまだ達成しているとは言えない「赤色」です。
(SDSN(※) and the Bertelsmann Stiftung. 「The 2018 SDG Index and Dashboards Report」より。緑>黄色>橙>赤の順に評価が下がる)

 
SDGsが訴えている「誰も取り残さない」実現のためには、自国だけではなく国外にも目を向けることが大切です。

 
※Sustainable Development Solutions Network(=持続可能な開発ソリューション・ネットワーク)2012年8月、国連の潘基文事務総長が設立を発表したグローバルなネットワーク

インドとニジェール、2カ国でのボランティアが与えた衝撃

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(AfriMedico代表の町井さん)

 
「バックパッカーとして旅行をしていた大学生のとき、インドのマザーテレサの家で短期の医療ボランティアができるというのを聞いて、軽い気持ちでインドを訪れたのが途上国の医療問題に興味を持ったきっかけです。ボランティアはわずか数日間の体験だったのですが、そこで心が動き、学生の私にもできることがあるんだ、と強い衝撃を受けました」

 
AfriMedicoの代表で薬剤師の町井恵理さんは、学生時代、初めて海外のボランティア活動に参加したときのことをそう語ります。父が研究者、母が薬剤師という両親のもとに生まれた町井さんは、家族の影響で物心ついたときから薬剤師を志していたと言います。

 
「日本に戻り、薬剤師の資格を取得して製薬会社に就職しました。ただ、ボランティアの経験がずっと忘れられず、何年か働いたらまたボランティアに行きたいなと思っていたんです。薬剤師として6年間勤務したあと、会社を辞めて、青年海外協力隊に参加しました。派遣先はフィジー、トンガ、ニジェールの3カ国から選ぶことができたのですが、ニジェールは世界の貧困国のランキングで決まってボトム10に入っているような国で。せっかくボランティアをするならそういう国がいいと思ったので、ニジェールを選んで赴任しました」(町井さん)

 
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(ニジェールでボランティア活動をおこなっていたときの町井さん)

 
町井さんはニジェールで2年間、マラリア対策のボランティアに従事。15歳~24歳の若者の識字率が男子で35%、女子で15%(※1)という環境の中、紙芝居やラジオ放送といった方法を駆使して、マラリア感染予防の啓発活動に臨んだと言います。

 
「ニジェールに行く前、『ボランティア活動というのは、一歩間違えればただの自己満足。現地の人にとってはありがた迷惑にもなりうる』ということを周りから聞いていました。本当にその通りだと思って、派遣期間中は、効果を定量的に計測するということを意識しました。

 
そこで、ボランティアを始める前と後で、自分が活動をおこなったニジェールの6つの村を対象に、『マラリアの原因はなにか?』というアンケートをとったんです。ボランティアをする前は『蚊』と答えられた村人がわずか20%だったのに対し、2年間の任期を終えて同じアンケートをとったら、『蚊』という回答が80%にまで伸びていました。この結果を見たときに、自分の活動には意味があったんだ、と初めて思えました」(町井さん)

300年前の日本のアイデアは、アフリカでも応用できる

2年間のボランティア活動を通じて、たしかな手応えを感じたという町井さん。しかし、それと同時に、2年間という短い期間でできることの限界と、自分の能力の不足を強く意識させられたと言います。

 
「実はニジェールでは、マラリアの原因を問うアンケートと同時に、『あなたはマラリアの感染を防ぐために、なにかしていますか?』というアンケートもとっていたんです。この質問に対してイエスと答えた人は、ボランティア活動をおこなう前と後で変わらず、とても少なくて。蚊に刺されないためには蚊帳を用意するのがいいと知ってはいても、実際にはそこまで行動を起こせなかったのです。

 
私たちが、健康のためだと分かっていてもなかなか運動の習慣をつけられないのと同じで、意識することと実践することはまったく違うんですよね。ニジェールでの2年の経験を通じて、現地の人を動かすためには自分の能力をもっと高めるような学びが必要だと痛感しました」(町井さん)

 
自分がなにをすれば、アフリカの人々がより健やかで安全な環境を手に入れることができるのか──。その問いに対する答えを見つけるため、町井さんは帰国後、グロービス経営大学院に進学します。「アフリカの医療への貢献」というテーマでなにをすべきかを考え続け、卒業が迫った頃、「置き薬」のビジネスモデルはアフリカに応用できるのではないか、と思いつきました。

 
「医療環境の改善というテーマに沿ってセミナーをたくさん開くとか、病院でより症状の重い患者さんを先に診ることができるしくみをつくるとか、100個近いアイデアを出したんです。『本当に自分がやりたいか』『実際にできるのか』『課題解決につながるのか』という3つの軸でその100個のアイデアを検討していったとき、最後まで残ったアイデアが『置き薬』でした。

 
置き薬って、300年前に日本で生まれたしくみですよね。置き薬のシステムが大きなインパクトを生み出せる3つの条件が、①皆保険制度がない、②大家族が多い、③インフラが整っていないという点で、これはまさにいまのアフリカだと気づいたんです。私は実際にアフリカで、下痢や風邪といった、日本なら病院に行かなくても治る病気で人が亡くなるという悲劇を目にしていました。だから、自分たちの健康を自分たちでケアするセルフメディケーションという観点から見ても、『置き薬』は広まるべき価値のあるアイデアだと思ったんです」(町井さん)

タンザニアの家々を地道に回り、置き薬を設置してもらう

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(タンザニアの女性に置き薬のしくみを説明するAfriMedicoの現地スタッフ)

 
町井さんは2014年、このアイデアをもとに、大学院の仲間を中心とする20名のメンバーとAfriMedicoを設立。かつて青年海外協力隊で赴任したニジェールは情勢悪化によりボランティアも撤退している状況だったため、薬剤師のネットワークのあるタンザニアを拠点として選び、タンザニア人のスタッフを人づてに紹介してもらうところから活動をスタートしました。

 
「まずは現地の病院を対象にどんな疾病が多いかというヒアリングをおこない、その中で『置き薬』が効果を発揮できそうな疾病がないかを調査しました。
頭痛や下痢といった疾病は想定内だったのですが、意外だったのは『首の筋肉痛』の多さ。話を聞いてみると、タンザニアは荷物を頭に載せて運ぶ習慣があるので、マンゴーの収穫期などは特にそういった症状を訴える患者さんが多いそうで、文化の違いを感じましたね。

 
そのほか、看護師や薬剤師、大学の薬学生などを中心とするタンザニア人のメンバーにも必要な薬を選定してもらい、各家庭を回って置き薬を設置しないかという提案を始めました」(町井さん)

 
置くのは無料で、薬を実際に使った分だけ料金が発生する──。そう説明すると、何軒かの家がまず導入し、「お隣さんが置いているならうちも」という形で、村の中で置き薬が少しずつ広まっていきました。病院が家から遠く、交通費を捻出できないためになかなか薬を手にできないという村人たちからは、特に歓迎されたと言います。

 
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(タンザニア人のある利用者は、村の食堂で朝から晩まで働いていて、勤務後に家の近所にある薬局に行って薬を買う時間がなかったという。置き薬を導入したことによって、24時間いつでも薬が必要なときに利用できるようになった)

 
現在は、薬剤師を中心とした8名のタンザニア人スタッフが現地の2つの村で置き薬を広める活動をしつつ、そのうち2名のコミュニティ・ヘルス・ワーカーがそれぞれの村の置き薬の管理者となって、アフターフォローや料金の回収をおこなっています。

 
「最初は私たちが現地のスタッフをうまくフォローできていなかったこともあり少し苦戦したのですが、2016年は30軒、2017年は33軒、そして2018年には180軒の家に置き薬を設置してもらうことができました。

 
実は、現地の病院から『置き薬が広まったせいで病院の患者が減った』という声が上がったこともあるんです。でも、当然ながら癌など置き薬では対処することのできない病気はたくさんあって、それを診るのが病院の役割だと思っています。セルフメディケーションと病院での治療、それぞれの利点を分かってもらって、連携していけたらと思います」(町井さん)

日本がタンザニアという国に学べること

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少しずつ広がりを見せているAfriMedicoの活動。いまの課題はなにかと尋ねると、町井さんからは「お金のなさです」というストレートな答えが返ってきました。

 
「日本人のスタッフは、40名いる全員が2つ以上の仕事を持つパラレルワーカーで、かつプロボノ(社会人ボランティア)としての参加なので、人件費はかかっていません。やはりお金がかかるのは、現地の薬代とその輸送費なんです。タンザニアでは薬剤の開発がされていないので、インドや中国からの輸入に頼っている状況です。現地の病院や薬局で薬剤が切れてしまいがちになる一因もそこにあるので、いずれはタンザニアでも薬の開発ができるようになってほしいし、そのサポートもしたいと思っています」(町井さん)

 
タンザニアの医療インフラは、まだまだ整っていません。一方で、町井さんはタンザニアを訪れるたびに、日本がタンザニアから学ぶべき点も多いと感じるそう。

 
「タンザニアに行くと、元気のいい子どもたちがたくさん外を走り回っていて、子どもの人口が多い国というのは本当に活気があるなと思います。一方、当たり前ですが日本に帰ってくると子どもが少なく、その分年配の方が多くて、生きる力のようなものはタンザニアに負けているな、と思うんです。

 
それに現地のスタッフは行動力があり、とにかくトライアル・アンド・エラーを重ねられる人が多いです。日本は失敗を許容する文化が乏しいので、とても新鮮でした。タンザニアの人たちを見ていると、お互いの国のよいところやアンバランスさを学び、補うことができたら、それぞれの国がもっとエネルギッシュになるだろうなと感じます」(町井さん)

 
AfriMedicoの「置き薬」のしくみは、SDGsの「すべての人に健康と福祉を(目標3)」の達成に寄与していると共に、マラリアの感染源といった医療知識をアフリカで啓蒙していることから、「質の高い教育をみんなに(目標4)」にも深く関わりがあります。
また、お金がないことで病院に行く交通費を捻出できない人々がいるという背景を忘れてはならず、「貧困をなくそう(目標1)」との関連もあります。

 
「SDGsというとどうしても貧しい国、インフラの整っていない国の支援というのが最初に浮かびますが、日本は決して『与える側』だけではありません。日本がそういった国々から学べることも、まだまだあると思います」とも、町井さんは言います。

 
「いまのしくみのままだと、『置き薬』の役割は、日本のようにすでに十分な皆保険制度とインフラが整った環境では限定的になると考えています。現在の日本の置き薬の市場は約200億円と言われていますが、そのままではこれ以上は広がりにくい。実際に日本の都市部で置き薬を利用している家庭ってごくわずかですよね。

 
でも、このシステムがアフリカで成功し、置き薬をいまの時代に合った形にうまく進化させることができれば、それを日本でもふたたび展開できる可能性があります。リバース・イノベーションの考え方ですね。タンザニアでも日本の僻地でも、そのほかの国でも、条件が合えば同じように『置き薬』が真価を発揮してくれるところがあるはずです。もちろん、情勢が落ち着けばニジェールを含むアフリカのほかの国にも進出したいと思っています」(町井さん)

 
これからも、実証を重ねて「置き薬」をバージョンアップさせつつ、セルフメディケーションの大切さを世界中の人々に伝えていきたい──。町井さんは、明るい声でそう語ってくれました。

 
(※1……日本ユニセフ協会『世界子供白書2017』より)

 
<編集・WRITER>サムライト

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