2030 SDGsで変える

「私が神山町の古民家にサテライトオフィスを出した理由」プラットイーズ会長隅田徹さんの話【ソーシャル数珠つなぎ】

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

writer

秋山訓子

朝日新聞編集委員

ソーシャル数珠つなぎ 6人目 プラットイーズ(株)会長 隅田徹 さん

 
隅田徹(すみた・てつ)さん 1962年生まれ。大阪府出身。慶応義塾大学卒業後、日本ケーブルビジョンに入社、CNNの担当後、社内ベンチャーを二つ立ち上げる。2000年に退社、01年にTV番組情報の編集・配信を行う「プラットイーズ」を起業。2013年に人口5千人の神山町にサテライトオフィスと子会社えんがわを設立、自身も移住。15年に宿泊施設「WEEK神山」を開業。

 
この記事は…、ソーシャルなことをしている人に、何をしているのか、なぜしているのかを聞きます。その人が「面白い!」と思う人を紹介してもらい、次に会いに行きます。そう、いわば数珠つなぎです。5人目のNOTE・藤原岳史さんに紹介してもらったのが隅田徹さんです。
 
 
ソーシャル数珠つなぎ、まだまだ地方が続きます。
都会での慌ただしい日々にふと思うことがあります。忙しくって一見充実しているような気もするけれど、何かを感じ取ったり、つくりだしたりしていく感覚が摩耗しているんじゃないかと…。
隅田さんはサテライトオフィスを徳島県の神山町につくり、クリエイティブな仕事をするには田舎のほうがいい!と断言しています。でも、そもそも何で徳島に?

 

「生まれも育ちも、都会でした」

生まれたのも育ったのも都会です。友人にも実家をついだ以外で地方に行った人は聞いたことがないですね。バブルのまっただ中で大学を卒業し、CNNを創業したテッド・ターナーにあこがれて、日本でCNNを編集・配信していた日本ケーブルビジョンに入社しました。当初はCNNの仕事をしていたんですが、バブルの盛りで、社内で新規事業を立ち上げることになって冗談半分で手を挙げたんですが「そうか」ということになって、衛星使って今でいうところのネットの動画配信のようなことを企画、立ち上げることになったんです。しかし今から28年前、1989年ですからね、世間の反発も強く時期尚早すぎてすぐにダメになってしまいました。

 
ところがチャンスが再びやってきて3年後、92年にやはり同じ事をやる会社を立ち上げました。めでたく黒字化して累損も一掃したんですが、親会社がここを外資系企業に売ってしまい、またもやお役御免になってしまいました。

 
その頃には新規事業を起こすこと以外は考えられなくなっていて(笑)、今の会社、プラットイーズの事業を思いついて3度目の提案をしたんですがさすがに通らない。それで会社をやめて2001年に「プラットイーズ」を2度目につくった会社の同僚達と立ち上げました。この会社の業務を一言で言うと、図書館の司書さんの仕事のテレビ版です。テレビ番組のあらすじや出演者、権利やCMなどに関する情報を編集、整理し、映像と共に保存(アーカイブ)し、必要な時に配信先に届ける仕事です。

 

地方の古民家に来たきっかけ

で、地方に来たきっかけですが…。東北大震災の起きる少し前に、取引先から「会社が災害にあった時に備えて、危機対策プログラムを作っていますか?」とたずねられたんです。もちろん拠点は東京にしかなかったですから、場所さがしを始めました。大阪とか名古屋も考えたけど、どうせつくるなら東京とはまったく違う場所がいいよね、と会社のみんなと話しました。

 
CNNも本拠地はジョージア州のアトランタだけど、当社と同じような事業をしているヨーロッパの会社は古い石造りの建物をリノベーションして使っています。

 
じゃあ、日本なら古民家だよね、というわけで。日本の田舎で業務に必須の光ファイバーが敷かれていて、かつ古民家がある場所を探し始めました。

 

「最初に候補を探したなかでは神山町は入っていなかった」

最初に候補を探したなかでは神山町は入っていなかったんです。たまたま教えてくれる人がいて、高知の帰りに寄ってみて会ったのが、神山町のNPO法人「グリーンバレー」理事長の大南信也さん。移住者の受け入れやアーティストの創作滞在などをサポートされていました。

 
この大南さんが面白くって。会話の大半がジョークで(笑)徹底的にポジティブ、洞察力もあって「この人面白いな」って。で、もう一回会いに来ました。術中にはまったようなものです。2012年の4月に初めて来て、6月にはサテライトオフィスをつくることを決めました。

 

サテライトオフィスは“支社”ではない

20170803_171744_resized
(えんがわオフィスの隣に残る劇場「寄井座」。昭和4年に建てられ、戦前は劇場として使われていました。戦後は映画館、そして縫製工場に変わり、工場が撤退したあと空き家になっていたのを片付けていたら、天井から写真のような広告が現れたそう。現在はアーティストの作品展示会や小さなイベントに利用されているそうです。)

 
2013年に古民家のオフイスをつくり、今はプラットイーズと、子会社の「えんがわ」が入っています。サテライトオフィスっていうのは、支社ではありません。東京と対等、すべての部門がこちらにもあるんです。だからこちらで完結してサービスを提供することができます。東京か神山か、社員の働く場所は自分の意志で選べます。選べるということにまだしっくりこない人もいますが仕事の方は驚くくらい変わりません。やってみたら意外と東京と同じように出来てしまいます。無駄な会議も減りました。現在22人がこのサテライトオフィスで働いていますが、うち5人は神山町出身です。

 

田舎に移住して、働いてみて気付いたこと

20170803_184731
(WEEK神山の近くの風景。夏にはホタルが飛ぶそうです。)

 
田舎って、都会に比べれば地域との接点は多いですよ。土日のイベントが多いんです。イベントといってもちゃんと運営者がいるようなものばかりではなくて、例えば「持ち寄り」といって誰かの家にそれぞれがお酒か「あて」を持って集まります。これが楽しいんです。そのほかにもいろんな共同作業がある。草刈り、神社の清掃、祭りの準備など。都会っ子なので、地域のつながりは未体験で新鮮ですね。

 
私自身の生活は当初、東京と半々でした。それが6割4割になり…当時はそれが理想的な働き方だと思っていました。場所が変わるのはクリエイティブな仕事にすごくいい、東京の恵比寿にあるオフィスは白が基調のポップな感じ、古民家とは対照的で、この違いもいいなあと。

 
ところが、身体が田舎生活に慣れてきたんでしょうか東京にいる時に疲労度が増すようになったんです。それで、2013年にこちらに引っ越してきました。仕事上は今でも二拠点生活がベストだとは思っていますが、でも、こちらに来て人生変わりました。バツイチだったんですが、同じように移住してきた女性とこちらで再婚もしました。

 

2015年には宿泊施設「WEEK神山」もオープン!古民家をもっと活用したい

20170803_184646
(「WEEK神山」のレセプションやレストランが入る建物。アンティークの建材や、田舎の蔵から持ってきたものがたくさん使われています。)

 
 2015年には、「WEEK神山」という宿をオープンしました。きっかけは飲み会での話です(笑)。視察の人がたくさん来るけど、ここには宿が少ない、しかも田舎に移住したら友達もよく来るようになるよなあ、と。東京に住んでいた時はほとんど来客などなかったのですが、神山町の私のところには4年間で延べ200人ぐらいが来ています。だったら宿をつくろう、ってことになったんです。町内限定で一口5万円で出資者を募り、五十人が出資してくれて2000万円が集まりました。さらに町役場が300万出資してくれて2015年7月に開業しました。女将は私の妻が務めています。時々お客さんと一緒に食事をとったり、お茶を飲んだりしていて家みたいですね。低稼働率でも成り立つことを目指していて、予約サイトにも出していないので大して流行っていないのですが、2016年にはどうにか単月黒字を達成して、借金も少しずつ返しています。

 
 これからも映像の仕事は続けていきます。そのほかに、古民家を改修して何か事業ができないかと考えています。そうすればまちなみの景観や文化が残せるし、個人利用だけの場合より持続的になる。朽ちてゆく日本の大事なものにお金が回る仕組みを作りたいです。家や家具、食器、和服……そういうものが機能性だけでなくて、価値があると思っています。

 
 そして、そういう古いものを大事にしている他の地区の人たちとも、自治体の枠を超えて何か連携してできないかとも考えています。そうすれば、規模や人脈のパワーが出ると思いますから。

 
 アキヤマの感想…路線バスを降りたらしーんと静かで、す、すごい田舎…と思ったんですが、実は面白いものがざっくざく!アンティークなおうちに家具、昔の広告……。古事記に出てくる由緒ある神社や、邪馬台国の伝説も。私たちはこういうお宝を知らないだけで、実はたくさん埋もれているものがあるのでは……。確かに、こういうものを発見して、クリエイティブ能力も磨かれそうです。

 
隅田さんが紹介します>>NEXT>>株式会社モノサスのプロデュース部長で、神山町で農業の会社「フードハブ・プロジェクト」の支配人を務める真鍋太一さん。
「人口五千人しかない町で、仕入れも販売先も住民を対象にするという常識外の事業を立ち上げたとんでもない男です」

2030 SDGsで変える